「マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”」という「常識」

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2008-04-27

「メディア関係者の呟き」第3回。

このメディア元関係者が言う「当たり前」を、「メディア関係者だけ」の「常識」ではなく、皆に理解され、共有される日は来るのだろうか ↓

マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”(Half Moon Diary) より
 記者の仕事について先日書かせていただきましたが、あの仕事をやっていて1つ実感したことがあります。

 それは、よくTVや新聞で取材陣が取材対象に群がって、道を塞ぐとかおしくらまんじゅう的に詰め寄るみたいな「あんた絶対邪魔してますよねえ!?」という動きをとったり、まともな神経の持ち主なら絶対に失礼とわかる質問を投げかけたりとかすることについて、なんであんなことをするのかという理由です。先日も、光市母子殺人事件で被害者遺族への「この判決で死刑に対するハードルが下がったことに対してどう思いますか?」という発言がプチ祭りになりましたけど。
 理由もなにも、そうするのが当たり前なんですよね。だってそれが仕事なんですから。
 → その「仕事」について、ラルフ氏はこのように説明する。

マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”(Half Moon Diary) より
 報道におけるマスコミの存在意義は、どれだけ多くの情報を、どれだけ早く伝えられるかというところにしかありません。
 遠慮なんかしていたら、取れるはずだった情報をみすみす逃してしまうかもしれません。そしてそれは、他社に負けるということを意味します。
「負けらんねーよ、負けてらんねーよ」と、みんなそう思っているからこそ、体を張って取材対象の前に飛び出すし、エグい質問もばんばん投げるのです。
 → 実は、マスコミの存在意義という部分はまさに「どれだけ多くの情報を、どれだけ早く伝えられるか」という仕事に尽きる。なぜなら、マスコミ自身が情報源を「掘り起こす」「引き出す」「手に入れる」能力は持ち合わせていても、情報源を「作り出す能力」というものは、「報道」に対しては基本的に備えてはいないからだ。情報源を「作り出す」場合、それはマスコミ企業としてのプレスリリース・広報以外に存在しない。それ以外の「作り出されたニュース」があるというならば、それは「捏造」である。

マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”(Half Moon Diary) より
 そしてマスコミは、取材する相手の気持ちなんかこれっぽっちも気にしません。相手が傷つこうが何だろうが、情報が引き出せれば正義です。
 紙面なりウェブサイトには、取材して得た情報だけしか載りません。いくら気を配ってエレガントに取材をしたところで、そんなことには意味がないのです。表に出ませんからね。
 特に事件の被害者のような「いきずり」の相手ならなおさらでしょう。政治家とかスポーツ選手とか仲良くなればメリットがある(=新しい情報が手に入る)相手ならともかく、その場その場の関係でしかない相手になら、いくら失礼なことを言ってもマスコミ側にダメージはないからです。
 もしかしたら視聴者の大半は、そこまで知りたがっていないかもしれない。なんであんなこと聞くんだろう、かわいそうじゃないか、と思うかもしれません。しかしマスコミは、それをいちいち判断していられません。だいたい失礼の基準って人によって違うじゃないですか。
 であれば、マスコミがやることは1つしかありません。どんなにエグかろうが、思いついた質問は全部投げる、それだけです。
 → あらゆる角度から情報を引き出すための戦略として、「どんなにエグかろうが、思いついた質問は全部投げる」というのは、非効率であり、時に相手の心象に対して悪い影響を与えようとも、ひとつの戦略だ。

非情な話ではあるが、相手が理性により抑えている感情を吹き飛ばし、感情的な状況を作り出して本音を引き出そうとする方法は、彼らの仕事として取るべき手段のひとつであるだろう。

問題は、その手段を「誰に」「どのように」取るべきかという方法、そして「報道」を引き出す「手段」について、説明責任をどう取るかということだ。(報道された内容の結果責任としては、全てをマスコミに負わせるのかというのには、全てには賛同しないが。)

ここが理解されていない側面が、感じられるのだ。

マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”(Half Moon Diary) より
 ただ、それでもTVは他のメディアとは違うな、と思います。TVなんてやったことありませんが、傍から見ていてもそう思う。
 TVというのは、1つ1つのニュースは一瞬しか紹介されません。他のメディアに比べて、情報量自体は圧倒的に少ないんですね。
 だから1つ1つのニュースを分かりやすくするために、極端に単純化します。そのために、最初からTV局側が結論を用意していることも少なくありません。取材相手にはそれを補強する発言だけしてくれればいいや、みたいな。求めている発言さえ取れれば、前後の文脈なんかおかまいなしです。だって放送されないし。
 よくTVが自分の意見を押し付けてくるなんていいますが、あれは分かりやすさを求めた結果なんだろうなと、自分は見てて思います。マスコミっていうのは、視聴者の理解度をものすごく低く設定してるんで、そのくらい極端にしなきゃ分からないと、連中はそう考えてるんでしょう。
 → ここについては違和感がある。

というのも、TVだけが「視聴者の理解度をものすごく低く設定」しているとは思えない。新聞記事についても、ニュースの極端な単純化に走る傾向があり、結論を用意していることもあり、結果として「読者の理解度をものすごく低く設定」している風にも読める記事は多々存在している。

新聞紙面については、ここ最近各社が「新聞紙面の文字拡大」に走り出し ↓

朝日新聞の文字拡大は実質22%の値上げ!(当社比) (マスコミ不信日記) より
なるべくフォーマットの決まったものがよかろうということで、文字拡大前・3月28日と、拡大後の4月4日の第3社会面「もっと知りたい!」の右上から10cm四方を切り取って文字数を数えてみます。基準はうちのOCRソフトで読み込めるかどうか。

<中略:文字拡大前・3月28日の文字数は456文字、拡大後の4月4日は374文字>

456÷374=1.21925...
つまり文字数が22%減少し、そのぶん実質値上げということになります。
 → 実質値上げということについてはとりあえず知らないとして、例えば文字数の22%減少を伴うということは、その減少した文字数を補うため、推敲し、分かりやすい表現にしなければならない。そうなると、結果として「分かりやすい記事」へ走らざるを得ない。

『光市母子殺人事件で被害者遺族への「この判決で死刑に対するハードルが下がったことに対してどう思いますか?」』という質問も、読者に分かりやすい、読みやすい記事を提供するというマスコミ記者の「使命」「理論」「常識」が働いた結果だろう。

マスコミが無神経な質問をするのは“当たり前”(Half Moon Diary) より
 そんなわけで、マスコミ関係者というのは情報さえ取れれば何やってもいい、みたいなところがあるので、基本的に周りへの配慮がない=偉そうです。
 特にTV・新聞はひどいですね。自分も取材でかち合って何度か不愉快な思いをさせられました。「そこに立ってると撮れないからどいて」とか当たり前のように言うのですが、こっちだって仕事で来てんだっつうの。当然ガン無視ですけどね。
 ただ、そういう人たちも、別に人格に問題があってそういう態度を取っているのではありません。仕事だから“仕方なく”やっているんです。
 でもまあ、あんな仕事何年もやってたら性格だって歪むとは思いますけどね(問題発言
 → 「マスコミ関係者というのは情報さえ取れれば何やってもいい、みたいなところがあるので、基本的に周りへの配慮がない=偉そうです。」というのは当然なのだという結論。

恐らく、問題なのはマスコミ記者が「職業としての人格」として表現している「基本的に周りへの配慮がない=偉そう」な側面が、記者会見や取材VTRなど、テレビのブラウン管を通じて放送され、その感想や疑問が単に内輪・仲間内という狭域コミュニティの共有意識だけではなく、インターネットで「議論の俎上」となる土台ができたことにより、広域コミュニティの共有意識へと変化し、「マスコミの仕事・存在」に対する疑問としてより大きな形で噴出し、結果として「疑問が解消されないことに対する不信感」が表面化していることが問題なのだろう。

この疑問が解消されるようにならないと、「不信感」が「マスコミ批判」となるのは当然であろう。

さて、マスコミはこの「不信感」に対し、説明を果たそうとするのか、それともマスコミの「常識」として無視を決め込むか分からないが、まずは、今回述べられた「マスコミの常識」というものが、広く一般に浸透しない限りは議論も始まらない。不信感の解消へ進むための第一歩も、踏み込めないだろう。

この一歩が踏み込めないまま、マスコミ批判が広がることはマスコミとしても、むしろ公共の福祉として不利益なことだと私は考えるが。

Comment

take : 2008年04月28日(月) 23:34 URL edit
「マスコミの常識」が浸透しないのはマスコミとして不利益(公共の福祉としては言い過ぎかと)というのはあると思います。
しかし、それはあくまで第三者的な観点での杞憂であって、
マスコミがそういった活動をしてこなかった現状を鑑みるにマスコミ自身は「説明は不要」という考えなのではないでしょうか。
炬燵犬 : 2008年04月30日(水) 08:09 URL edit
”仕事”を言い訳にすれば、何をしても許されるわけではない。不誠実、下品な者の言葉を信じる者がいるだろうか。
プロとはエレガントに仕事をする者たちだと、信じたい。
常識以前 : 2008年05月06日(火) 12:28 URL edit
「報道におけるマスコミの存在意義は、どれだけ多くの情報を、どれだけ早く伝えられるかというところにしかありません。」

と言う位なら、小泉純一郎の真実を暴いてみろよ。 それもできずにただ、弱いものイジメしかできないヤツがマスコミを語るな。情けないヤツだ。
マスゴミ今日も反省せず : 2008年06月03日(火) 18:09 URL edit
マスゴミに自浄能力が期待できない以上、取りうる選択はただ一つ。
強制排除あるのみです。
the48 : 2008年06月11日(水) 13:33 URL edit
政治家がうそをついたり公約を守らないのは常識でおけ?
名無し探照灯保守要員 : 2008年06月11日(水) 17:05 URL edit
「場当り的な取材だから、配慮しなくてよい」?

確実に信用は喪われると思いますが。
最も、視聴率やら売上やらに比べたら一つ一つは小さいですがね。

あと、マスゴミはやっぱり人間の屑ですね。結局、コネとカネしか頭にないわけだ。

絶対に関わりたくないですね。
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