言論の自由と「危機感」

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2008-11-28

忘れたころにやってくる特集「メディア関係者の呟き」第4回。

発信箱:民主主義を守る=与良正男(毎日新聞:発信箱)
 元厚生事務次官宅連続襲撃事件が起きた時、最初に考えたのは、年金問題をめぐって厚生労働省を再三、批判してきた私たちメディアの報道が、結果的にこうした許しがたい行為をあおってしまったのではないか、ということだった。

 小泉毅容疑者の動機など、まだ、はっきりしない点が多い。だが、この事件にも東京・秋葉原での無差別殺人事件と共通する「自分の人生はこんなはずではなかった」「それもこれも社会が悪い」といった短絡思考が背景にある気がする。「悪い社会」「悪い官僚」という口実をメディアは彼らに与えてしまったのかもしれないと思うのだ。

 無論、私たちは批判すべき点は言論で批判する仕事をやめるわけにはいかない。でも、「人を殺してはいけない」という当たり前の話が通じない時代が来ていることも残念ながら認めなくてはならないのだろう。

 求められているのは、感情的にあおり立てるだけではない、冷静で理性的な批判であり、言論なのだと思う。社会に不満があるのなら、言葉の力で変えていく、選挙での投票を通じて変えていくのが民主主義だ。それを私は繰り返し、言い続けていくしかないと考えている。

 インターネットには今回の犯行を称賛するかのような意見も見受けられる。書き込むのは少数の人だと思うし、本気で書いているとも信じたくない。

 勝手気ままに話すのが「言論の自由」ではないのだ。無責任な発言ばかりになれば、かえって時の権力者により、言論は制限されていくだろう。その点も含めて、民主主義が危機にあることを、私たちは今一度、確認しておく必要がある。(論説室)
 → 初動に「年金テロか」と推測報道するならまだしも、扇動的に報道したことについては、検証されたものが公に発信されていないと思うが。

『勝手気ままに話すのが「言論の自由」ではないのだ。無責任な発言ばかりになれば、かえって時の権力者により、言論は制限されていくだろう。』

その危機感の割には、メディア自身が「言論の自由と責任」を真面目に考えているのだろうか。

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