野球不毛の地といわれるアフリカで、野球の簡易版「三角ベース」を普及させようと、NPO法人「アフリカ野球友の会」が活動している。アフリカはボール一つでできるサッカーが盛んなので、グラブもバットも使わずにゴムボールを手で打つ「三角ベース」なら興味を示してくれるはずと考えた。「三角ベース」が入門編となり、アフリカ全土に野球を浸透させたい。夢を雄大な大地のように広げる人々を紹介しよう。
そもそもの始まりは、国際協力機構(JICA)職員、友成晋也さん(44)が96年に西アフリカのガーナに赴任したことによる。着任早々、元慶大野球部のキャリアを買われ、地元チームを指導することになった。とはいえ、国のスポーツ予算の98%をサッカーが占める不毛の地である。
それだけに友成さんにしたら、やりがいがあった。その熱意は選手に伝わり、優れた指導者を得て、ついにはナショナルチームができた。友成さんは98年に初代監督に就任。99年にシドニー五輪アフリカ予選で大健闘の4位に躍り出た。
予想以上の成果を残したことで、大会後は仕事に専念するつもりだった。が、帰国間際にあった同国初の野球大会で、友成さんは心変わりした。参加した少年に「野球のどこが好きなの」と聞いた時のことだ。
「バッターボックス!」。元気な声が返ってきた。だが打撃好きという意味ではない。「打席では味方が応援してくれて、相手も注目する。そんな場に全員が公平に立てるなんて、すごくデモクラティック」
ガーナは貧富の格差が大きく、小学校を卒業できる児童は4割前後という。それだけに機会が均等に回る「打順」は少年を素直に感激させたようだ。
野球でアフリカの子どもたちに夢を--友成さんは、このとき決めたのだ。
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そこでNPO法人「アフリカ野球友の会」である。友成さんは帰国後、準備期間を経て03年7月に会の設立総会を開いた。04年にNPO法人となった。メンバーは当初、友人やJICAの同僚ら15人だったが、現在は300人を数える。
野球の道具やコーチを日本から送り、現地の子どもらを日本に招いてきた。会員は休暇をつぶし、自費で飛び回っている。
この過程で並行して行われたのが、「三角ベース」の普及だった。野球は用具代がかさみ、ルールも複雑だ。野球を根付かせるには、下地となる普及型の「三角ベース」がうってつけと考えた。三角ベースは一辺14メートルの正三角形の各隅に塁を置き、投手は攻撃側から出すなど、いくぶん野球と異なるが基本は同じだ。05年2月に「三角ベース」をアフリカに広めるプロジェクトを始めた。
元高校球児の船見尚史さん(30)=大阪市旭区=も賛同した一人。早稲田実高3年の96年夏、甲子園に出場した。社会人になっても情熱は衰えず、07年12月に大手電子部品会社を退職。インターネットで見つけた同会に合流し、08年3月のアフリカ遠征に同行した。
6人の仲間とヨハネスブルク市郊外の広場に向かうと、子どもたち、父母ら計300人とさっそくゲームを行った。最初は参加するのを尻ごみしていたが、すぐに子どもたちはゴムボールを奪うように持ち去り、広場の思い思いの場所でゲームを始めた。「三角ベースは初めての人も夢中にさせる『楽しさ』を秘めている」。船見さんは遠い国アフリカにも受け入れられることを確信した。
「アフリカ野球友の会」のメンバーで最も精力的に活動する一人が、大阪大外国語学部スワヒリ語科3年、川口博子さん(23)だ。
入会は06年。過去の「三角ベース指導の旅」では07年2月の南アフリカ訪問を皮切りに、ウガンダ南部で小学生70人に1人で教えたり、日本の非政府組織によるエイズ孤児ケアセンターなどを訪ねた。
07年3月にはウガンダ北部のキトゥグム県でも国民避難キャンプ村で指導を行ったが、印象的だったのは、その時出会った無口な少年だ。何度も誘ってようやく仲間に入ったが、次第に後から入ってきた子にルールを教えるようになった。笑顔といえば、別れの時に見せたかすかな笑みだけ。「サンキュー」。それだけ言うと走り去った。「計り知れない苦労が彼の背中にのしかかっているのかもしれない」。小さな胸に不安を抱える生活で、三角ベースは一時の安らぎだったのだろう。
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船見さんはこの1年間、「世界一周キャッチボールの旅」と称し、野球の現状を探るため台湾やマレーシアなど世界各地を巡回。キューバやグアテマラでは現地野球連盟のコミッショナーと面会した。一方、川口さんは現在、ウガンダの国内避難民キャンプに通う。「場所によってはマウンテンバイクで4時間もかかるんですよ」
友成さんは日本にいて、3月にウガンダで三角ベースの大会を準備中だ。同時に、15歳以上の識字率が21・8%と世界でも有数に低い西アフリカの内陸国ブルキナファソの子どもたちを日本に招く計画も同時に進んでいる。いつものように悩みは資金不足だ。それでも、「最近は野球や三角ベースを広める使命があると信じてます」と笑う。活動に賛同した方はぜひ次のホームページを開いてほしい。「アフリカ野球友の会」(http://www.catchball.net)。
毎日新聞 2009年2月11日 大阪朝刊