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78年KAL機によるソ連領空侵犯は航法士のミス

30年前の外交文書公開

 冷戦中だった1978年、ソ連領空を侵犯したことから大韓航空旅客機が銃撃を受けて不時着した事件は、航法士のミスが決定的要因だったことが、12日に公開された外交文書により分かった。

 また、韓国政府が1970年代後半に米国から戦時と平時の作戦統制権を譲り受けようとした状況についても明らかになった。外交部はこの日、「外交文書公開に関する規則」にのっとり、30年が過ぎた1978年度の外交文書を公開した。

◆航法士のミスでソ連領空を侵犯

 1978年4月20日、大韓航空707便はパリを出発し、経由地となるアンカレジに向かっていたところソ連領空を侵犯、ソ連空軍の戦闘機から攻撃を受けてムルマンスク南方200マイル(約322キロ)の地点にある凍った湖の上に不時着した。この事件で乗客二人が死亡し、13人が重軽傷を負った。

 この事件について記録した外交文書によると、飛行機を操縦していた機長のキム・チャンギュ氏は、銃撃を受ける30分前に航路から外れていると感じ、航法士のイ某氏に確認を指示した。しかしイ氏は、「問題ない」としてそのまま運航するよう答えた。その後機長が「この位置からは陸地が見えないはずなのに、どうなっているのか」と再び確認を要請したが、イ氏は「航路は正確だ。引き続き操縦しても問題ない」とした。銃撃を受けた後にソ連当局に拘束され、後に解放された二人は、駐ソ連デンマーク大使との面会で「飛行機の方向を知らせる羅針盤が故障し、グリーンランドとアイスランドのローラン・ステーション(地上から送る電波で航空機の位置を知らせる基地)がすべて撤去され、航路から外れていたことが分からなかった」と証言していた。

◆米軍撤退に対し、「戦時作戦統制権の移管」で対応

 1976年11月に作成された外交文書によると、韓国政府は当時の米国カーター新政権が韓国の人権問題にクレームをつけ、在韓米軍の撤収と軍事援助の削減を進めていると判断した。

 外務部はそれに対抗するため、「韓国軍現代化計画のスケジュールを前倒しし、戦時と平時の作戦統制権を(米国から韓国へ)移管するための交渉に応じるべきだ」という意見を主張した。政府はカーター大統領の計画に強く反対していた日本政府と協力し、欧州、米州、アジア主要国の公館長に対しても、在韓米軍撤退反対の意思表示をするために、駐在国の関係者とひそかに接触するよう指示していた。

任敏赫(イム・ミンヒョク)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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