2007年12月
2007年12月31日
偽装国士
勝谷氏の使命は「愚民の撲滅」なんだって。へ〜。
そのために愚民を罵倒しているのかな〜?
でも愚民を罵倒すると、その愚民はいなくなるの?
愚民を罵倒すると、その愚民は啓蒙されちゃって愚民でなくなるの?
そんなことないよねぇ。
そんなに簡単なことなら、世の中とっくに愚民なんていなくなってるでしょ。
勝谷氏の言う愚民って、「自分が気に入らない人間」というほどの意味なんだけど(いつか詳しくやりましょう)、そういう人たちを罵倒したところで、返って反発を招くだけですよねぇ。私のように。
罵倒されて勝谷氏好みの人間になるようなヤツばっかりだったら、そっちの方が気色悪い世の中ですよ。
結局勝谷氏のやり方って、氏の目的の達成にはまったく効果がないか、返って逆効果というところです。
そもそも、愚民を口激してその数を減らし、でもって日本を改革しよう! なんて、ファンタジー意外の何ものでもないですよ。勝谷氏も、それくらいわかってるでしょ(わかってないかも、という一抹の不安ありですが)。つまりね、氏の掲げている使命なんて嘘っぱちなんです。いわゆる「偽装」ですな。
では勝谷氏が他人を罵倒する真の目的はなんでしょう?
お金儲け? そうですね、「芸」として受けるという側面はあるでしょうね。でも「芸」としてやっているだけではない、というのは前回言った通りです。
一番の目的はなんといってもこれでしょう。
「自分の心を守ること」。
彼の父親は医者だそうです。彼の弟も歯科医になったそうです。エリート家族といっていいんでしょうねぇ。
彼自身も灘中・灘高という名門校で教育を受けています。
ところがそこでの成績はまったくふるわず、ほとんどビリ。
相当な劣等感を味わったでしょうねぇ。エリート意識との狭間で引き裂かれるような思いだったんでしょう。
昨今のイジメ問題に関する彼の熱のこもったコメントから察するに、もしかしたら自身もこの頃イジメにあっていたのかもしれません。
そして学業不振の当然の結果として、医学部受験に失敗してしまいます。敗北感ですよね。
しかし彼は、こうした劣等感や敗北感を合理的に受け入れることができません。そこで出てくるのが歪んだプライドです。本当は自分は偉いんだ、自分は特別なんだと思い込むことによって、劣等感・敗北感を隠蔽してしまいます。
そのプライドを保持するため、自分を大きく見せるために、氏は他人を侮蔑し、罵倒するんです。
私からちょっと間違いを指摘されただけで、病的なまでに食って掛かるのは、その指摘によって懸命に隠蔽していた劣等感・敗北感が顔をのぞかせてくるからです。彼はそれが怖くて怖くてたまりません。
普段彼は、国を憂う国士のように振る舞います。でもそれは自他を欺く「偽装」です。
彼の真の姿は、他人を傷つけてでも自分の劣等感から必死で逃れようとあがいている、臆病な小男です。
勝谷氏のコラム『ニュースバカ一代』を連載している『週刊SPA!』では、彼のことを「疾走するコラムニスト」などと紹介しています。でも私に言わせれば勝谷氏なんて「失禁する小猿男」といったところでしょうかね。
(ご参考までに『カウンセリングサービス・心理学講座「エリートの心理〜その内側に秘めるもの」』)

そのために愚民を罵倒しているのかな〜?
でも愚民を罵倒すると、その愚民はいなくなるの?
愚民を罵倒すると、その愚民は啓蒙されちゃって愚民でなくなるの?
そんなことないよねぇ。
そんなに簡単なことなら、世の中とっくに愚民なんていなくなってるでしょ。
勝谷氏の言う愚民って、「自分が気に入らない人間」というほどの意味なんだけど(いつか詳しくやりましょう)、そういう人たちを罵倒したところで、返って反発を招くだけですよねぇ。私のように。
罵倒されて勝谷氏好みの人間になるようなヤツばっかりだったら、そっちの方が気色悪い世の中ですよ。
結局勝谷氏のやり方って、氏の目的の達成にはまったく効果がないか、返って逆効果というところです。
そもそも、愚民を口激してその数を減らし、でもって日本を改革しよう! なんて、ファンタジー意外の何ものでもないですよ。勝谷氏も、それくらいわかってるでしょ(わかってないかも、という一抹の不安ありですが)。つまりね、氏の掲げている使命なんて嘘っぱちなんです。いわゆる「偽装」ですな。
では勝谷氏が他人を罵倒する真の目的はなんでしょう?
お金儲け? そうですね、「芸」として受けるという側面はあるでしょうね。でも「芸」としてやっているだけではない、というのは前回言った通りです。
一番の目的はなんといってもこれでしょう。
「自分の心を守ること」。
彼の父親は医者だそうです。彼の弟も歯科医になったそうです。エリート家族といっていいんでしょうねぇ。
彼自身も灘中・灘高という名門校で教育を受けています。
ところがそこでの成績はまったくふるわず、ほとんどビリ。
相当な劣等感を味わったでしょうねぇ。エリート意識との狭間で引き裂かれるような思いだったんでしょう。
昨今のイジメ問題に関する彼の熱のこもったコメントから察するに、もしかしたら自身もこの頃イジメにあっていたのかもしれません。
そして学業不振の当然の結果として、医学部受験に失敗してしまいます。敗北感ですよね。
しかし彼は、こうした劣等感や敗北感を合理的に受け入れることができません。そこで出てくるのが歪んだプライドです。本当は自分は偉いんだ、自分は特別なんだと思い込むことによって、劣等感・敗北感を隠蔽してしまいます。
そのプライドを保持するため、自分を大きく見せるために、氏は他人を侮蔑し、罵倒するんです。
私からちょっと間違いを指摘されただけで、病的なまでに食って掛かるのは、その指摘によって懸命に隠蔽していた劣等感・敗北感が顔をのぞかせてくるからです。彼はそれが怖くて怖くてたまりません。
普段彼は、国を憂う国士のように振る舞います。でもそれは自他を欺く「偽装」です。
彼の真の姿は、他人を傷つけてでも自分の劣等感から必死で逃れようとあがいている、臆病な小男です。
勝谷氏のコラム『ニュースバカ一代』を連載している『週刊SPA!』では、彼のことを「疾走するコラムニスト」などと紹介しています。でも私に言わせれば勝谷氏なんて「失禁する小猿男」といったところでしょうかね。
(ご参考までに『カウンセリングサービス・心理学講座「エリートの心理〜その内側に秘めるもの」』)
2007年12月28日
勝谷氏からのメール(3)
勝谷氏からのメールについては、(2)で終わろうと思っていたんですが、やっぱりこの(3)も書くことにしました。
評論家兼CMタレントの宮崎哲弥氏や弁護士兼大阪府知事選候補者の橋下徹氏などは、勝谷氏がよくやる過激な発言は「メディア向け」、つまり「芸」としてやっていることだとおっしゃっています(読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)。しかしそれが誤りであることは、この勝谷氏からのメールが証明しています。このメールはメディアに公表されることを意図して書かれたものではなく、あくまで私個人に対して書かれたものです。実は私の家族も、勝谷氏のことを「キレ芸」をやっている人と思っていたようで、このメールを見たときはビックリしていました。私自身は「芸」ではなく「素」だなと思っていましたが。
その「素」の発言で私が一番引っかかるのはここです。
「あまりにご自分の頭の悪さをご存じないままに生きておられるのが
気の毒なので」
「頭が悪いこと」が「気の毒」なのではなく、「頭が悪いことを自覚していないこと」が「気の毒」なのでもなく、そう言う状態で「生きていること」が「気の毒」なんだそうです。
「生きていること」が「気の毒」。つまり「死んだ方がマシ」、という意味ですね。勝谷氏によると「自分の頭が悪いことを自覚していないような人間は死んだ方がマシ」なんだそうです。そうなんでしょうか?
私の叔母は知的障害者です。頭が悪いです。私よりも相当悪いです。そのことを叔母はたぶん自覚していないでしょう。そこまで悪いです。そいうい叔母は「生きているのが気の毒」なんですか? そういう叔母は「死んだ方がマシ」なんですか?
「その発言は知的障害者に言ったものではなく、健常者であるオマエに言ったのだから、そんな風に考えるのは間違っている」、そう思われる方もいるんでしょうかねぇ。だったらこの発言、健常者になら妥当なんですか? 健常者であれ知的障害者であれ、頭が悪いとか、それを自覚していないとかいう理由で「生きているのが気の毒」なんていう人間がこの世の中にいるんですか!? そんな発想をしている勝谷誠彦こそ人間のクズじゃないんですか!?
もし勝谷氏がそれでも自分の言っていることは正しいというなら、テレビで言ってみろよ! 知的障害者やその家族が環視する中で、私に向かって言ってみろ!
「まあ、まあ、売り言葉に買い言葉なんだから」(私の出したメールのどこに売り言葉があるんだよ)。いいですねぇ、メディアに出て発言している人たちは。あるときは「メディア向けの発言」、あるときは「売り言葉に買い言葉」、いかようにも言い逃れができる。一体あんたらどこで責任とるんだよ。
責任ついでに言っておきましょう。前出、宮崎哲弥氏は『たかじんのそこまで言って委員会』や『ムーブ!』で、また作家の大石英司氏は自身のブログ『代替空港』で、次期大阪府知事に勝谷氏を推薦していました。
「無責任なこと言うな!」
大阪府民である叔母にかわって、私が言わせてもらいました。

評論家兼CMタレントの宮崎哲弥氏や弁護士兼大阪府知事選候補者の橋下徹氏などは、勝谷氏がよくやる過激な発言は「メディア向け」、つまり「芸」としてやっていることだとおっしゃっています(読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』)。しかしそれが誤りであることは、この勝谷氏からのメールが証明しています。このメールはメディアに公表されることを意図して書かれたものではなく、あくまで私個人に対して書かれたものです。実は私の家族も、勝谷氏のことを「キレ芸」をやっている人と思っていたようで、このメールを見たときはビックリしていました。私自身は「芸」ではなく「素」だなと思っていましたが。
その「素」の発言で私が一番引っかかるのはここです。
「あまりにご自分の頭の悪さをご存じないままに生きておられるのが
気の毒なので」
「頭が悪いこと」が「気の毒」なのではなく、「頭が悪いことを自覚していないこと」が「気の毒」なのでもなく、そう言う状態で「生きていること」が「気の毒」なんだそうです。
「生きていること」が「気の毒」。つまり「死んだ方がマシ」、という意味ですね。勝谷氏によると「自分の頭が悪いことを自覚していないような人間は死んだ方がマシ」なんだそうです。そうなんでしょうか?
私の叔母は知的障害者です。頭が悪いです。私よりも相当悪いです。そのことを叔母はたぶん自覚していないでしょう。そこまで悪いです。そいうい叔母は「生きているのが気の毒」なんですか? そういう叔母は「死んだ方がマシ」なんですか?
「その発言は知的障害者に言ったものではなく、健常者であるオマエに言ったのだから、そんな風に考えるのは間違っている」、そう思われる方もいるんでしょうかねぇ。だったらこの発言、健常者になら妥当なんですか? 健常者であれ知的障害者であれ、頭が悪いとか、それを自覚していないとかいう理由で「生きているのが気の毒」なんていう人間がこの世の中にいるんですか!? そんな発想をしている勝谷誠彦こそ人間のクズじゃないんですか!?
もし勝谷氏がそれでも自分の言っていることは正しいというなら、テレビで言ってみろよ! 知的障害者やその家族が環視する中で、私に向かって言ってみろ!
「まあ、まあ、売り言葉に買い言葉なんだから」(私の出したメールのどこに売り言葉があるんだよ)。いいですねぇ、メディアに出て発言している人たちは。あるときは「メディア向けの発言」、あるときは「売り言葉に買い言葉」、いかようにも言い逃れができる。一体あんたらどこで責任とるんだよ。
責任ついでに言っておきましょう。前出、宮崎哲弥氏は『たかじんのそこまで言って委員会』や『ムーブ!』で、また作家の大石英司氏は自身のブログ『代替空港』で、次期大阪府知事に勝谷氏を推薦していました。
「無責任なこと言うな!」
大阪府民である叔母にかわって、私が言わせてもらいました。
2007年12月26日
勝谷氏からのメール(2)
今回は勝谷氏のメールを、歴史的な内容以外から見ていきましょう。もう1度そのメールを掲載しますので、画像をクリックしてご覧ください。

まず冒頭です。
「勝谷からの口述での伝言をお伝えします。」
ああ、そうなんですか。直接本人からじゃないんですか。
・・・ではあなたは誰なんでしょうか? 秘書?ですか・・・。
あのー、秘書であれマネージャーであれ事務のアルバイトであれ、まずは自分の名を名乗るもんじゃないんですかねぇ。
口述での伝言なんてどうも嘘くさいですが、もしそれが本当なら、勝谷氏の秘書というのは相当レベルが低いですねぇ。私は今まで著名人を含めて、代理の方からメールをいただいたことが何回かありますが、名前を名乗らなかった人間は勝谷氏のところのこの人だけですよ。勝谷氏の使命は愚民の撲滅じゃなかったんですかねぇ? 自分は愚民を雇ってるんですか? 勝谷さん、沢尻エリカをシメる前に自分が雇っているこの愚秘書をまずシメた方がいいですよ。
さて、お次ぎは勝谷氏の国語力です。前回抜粋した信長軍に関する記述も悪文でした。「足軽を含め」という語句が強引に挿入されて意味がよくわからなくなっていたり、「そういう人々が軍団長として再編されていったのかが織田軍団の本質であり」と変な言い回しをしていたり。自分でもよくわかっていないことを書くと、こんな文になるんでしょうね。
でもそれよりもっと恥ずかしいのがありました。15行目。
「お目を通すことはないと思います。」
目を通すのはそう言っている自分ですから、自分の目に「お」を付けてはいけませんよねぇ。敬語、間違っちゃってますねぇ。そもそも「目を通す」というのは「ざっと見る」「一通り見る」という意味ですから、敬語を使うべき相手に対して用いる表現としてはいかがなものでしょう。ここは嘘でも「拝読する」と書くべきでしたね。
勝谷氏はコラムニストであり、作家でもあるそうです。しかしこれが文筆家様の文章というんですから、ちょっとビックリです。
そういえば確か勝谷氏は自身の日記 『勝谷誠彦の××な日々。』の06年10月3日のところ で、「のじぎく兵庫国体」をご観戦に来られた天皇・皇后両陛下のご先導役を、尼崎市の白井市長が務めたことについて、「うらやましい」と書いていました。しかし、勝谷さんはそんな大役やらない方がいいと思いますよ。だって敬語も満足にできないんじゃあねぇ。ププッ。

まず冒頭です。
「勝谷からの口述での伝言をお伝えします。」
ああ、そうなんですか。直接本人からじゃないんですか。
・・・ではあなたは誰なんでしょうか? 秘書?ですか・・・。
あのー、秘書であれマネージャーであれ事務のアルバイトであれ、まずは自分の名を名乗るもんじゃないんですかねぇ。
口述での伝言なんてどうも嘘くさいですが、もしそれが本当なら、勝谷氏の秘書というのは相当レベルが低いですねぇ。私は今まで著名人を含めて、代理の方からメールをいただいたことが何回かありますが、名前を名乗らなかった人間は勝谷氏のところのこの人だけですよ。勝谷氏の使命は愚民の撲滅じゃなかったんですかねぇ? 自分は愚民を雇ってるんですか? 勝谷さん、沢尻エリカをシメる前に自分が雇っているこの愚秘書をまずシメた方がいいですよ。
さて、お次ぎは勝谷氏の国語力です。前回抜粋した信長軍に関する記述も悪文でした。「足軽を含め」という語句が強引に挿入されて意味がよくわからなくなっていたり、「そういう人々が軍団長として再編されていったのかが織田軍団の本質であり」と変な言い回しをしていたり。自分でもよくわかっていないことを書くと、こんな文になるんでしょうね。
でもそれよりもっと恥ずかしいのがありました。15行目。
「お目を通すことはないと思います。」
目を通すのはそう言っている自分ですから、自分の目に「お」を付けてはいけませんよねぇ。敬語、間違っちゃってますねぇ。そもそも「目を通す」というのは「ざっと見る」「一通り見る」という意味ですから、敬語を使うべき相手に対して用いる表現としてはいかがなものでしょう。ここは嘘でも「拝読する」と書くべきでしたね。
勝谷氏はコラムニストであり、作家でもあるそうです。しかしこれが文筆家様の文章というんですから、ちょっとビックリです。
そういえば確か勝谷氏は自身の日記 『勝谷誠彦の××な日々。』の06年10月3日のところ で、「のじぎく兵庫国体」をご観戦に来られた天皇・皇后両陛下のご先導役を、尼崎市の白井市長が務めたことについて、「うらやましい」と書いていました。しかし、勝谷さんはそんな大役やらない方がいいと思いますよ。だって敬語も満足にできないんじゃあねぇ。ププッ。
2007年12月21日
勝谷氏からのメール(1)
私、勝谷誠彦氏からメールを頂戴し、「あまりにご自分の頭の悪さをご存じないままに生きておられるのが気の毒」と、直々に愚民認定されてしまいました。
もう1年以上前の話なんですけどね。
大阪・朝日放送の情報番組『ムーブ!』の昨年9月19日(火)の放送で、小泉政権の5年間を振り返るコーナーがありました。その中で、月曜と火曜のレギュラーコメンテーターを務めている勝谷氏は、小泉前首相(当時)を織田信長に例えたりしていたんですが、信長の業績として、こんなことを挙げました。
「信長は家臣団を解体して、全部足軽にしちゃった。」
まあ、日本の戦国時代にはそれなりに関心がある私なんですが、氏の言うような話は聞いたことがありませんでした。「またいい加減なこと言ってるよ」と思った私は、勝谷氏に宛てて、「発言を訂正すべきです」とのメールを送りました。
すると、その日の夜に氏から返事があり、そこで愚民呼ばわりされてしまったという訳です。そのメールがこれです。画像をクリックしてご覧ください。

人を愚民呼ばわりする割にはこのメール、いろんな意味で酷いんですよね。勝谷氏のレベルを如実に物語っています。とりあえず今回は信長軍に関する氏の主張だけを見ていきたいと思います(それ以外は次回取り上げます)。
そこのところ、ちょっと抜粋します。
「織田信長が最大の中世の破壊者であったのは、土地に縛り付けられていた封
建領主を、足軽を含む、近代における国民国家的軍隊に再編しなおしたとこ
ろにあります。」
「そういう人々(秀吉、光秀ら)が軍団長として再編されていったのかが織田
軍団の本質であり、それについていけなかった部将たちは見事にリストラさ
れました。」
悪文ですねぇ。「足軽を含む」という語句が強引に挿入されていて、これをどう解釈していいのかさっぱりわかりません。
また、どういう事実を指しているのか具体的に示されておらず、根拠となる資料・論文も挙げられていません(その代わりでしょうか、司馬遼を読めとおっしゃっています。トホホ・・・)。
まあとにかく、封建的な関係であった家臣団を近代的な国民国家的軍隊に再編したと言いたいことぐらいはわかりました。しかし、それはないでしょ。「近代における国民国家的軍隊」って・・・。この人ひょっとして国民国家の意味もわかってないんじゃないでしょうかねぇ。
国民国家軍は近代の国民国家の成立を待たなければ出現しません。当たり前ですね。政治に関与する制度を持った市民が、自分たちの国は自分たちで守るという義務感に基づいて参加していた古代ギリシャや共和制ローマの軍隊を国民国家軍っぽいというんならまだわかりますよ。
しかし、信長の場合はこれらとはまったく違います。彼は領地の所有者であり、その土地を家臣に分け与えることで家臣から戦力を提供されます。家臣の家臣もそうです。まさに封建制です。これは信長が死ぬまで変わりません。足軽の中には金で雇われた者も多くいたでしょう。しかし領国は彼らのものではありませんし、自分たちの国のためにという意識で戦っていた訳でもありません。こういう足軽をいくら増員しても国民国家的軍隊なんかにはなりません。
勝谷氏の主張への反論メールは一応出しましたが、返事は返ってきませんでした(勝谷氏とのメールのやり取りの全文は「続きを読む」をご覧ください。なお、この勝谷氏からのメールを『2ちゃんねる』に掲示した際寄せられた歴史的事柄に関するご意見も「続きを読む」に載せておきます。たいへん立派な意見だと思いますので)。
さて、偉そうなことを言っても私は所詮歴史に関しては素人です。結局のところどうなのか、ここはひとつ専門家に判定を下していただきましょう。先日私の尊敬する研究者に直接話を伺うことができました。名前は伏せますのでAさんとしておきましょう。このAさんは戦国期の研究においていくつもの画期的な成果をあげてこられたすごい人です。軍事、美術、風俗などの知識は驚くほど幅広く、画期的な研究成果はその知識があったればこそでしょう。比べること自体どうかと思いますが、軍事に関する知識は人後に落ちないなどと普段豪語しているくせに、テレビの討論番組で日中戦争の何たるかについて訪ねられた際、まともに答えられずしどろもどろになり、司会者から面罵されて半べそをかいていた、どこぞのコラムニストとは訳が違います。
そのAさんが勝谷氏の信長軍に関する主張をこう評されました。
「支離滅裂です。
この人は現実とフィクションの区別がついていないんじゃないでしょうか。
勝負はもうついていますよ。
相手は反論してこないんでしょ? もうギブアップということですねぇ。」
・・・ということなんです、勝谷さん。「あまりにご自分の頭の悪さをご存じないままに生きておられるのが気の毒」という言葉は、どうやら私にはもったいないようです。どうぞこれからはあなた自身のためにお使いくださいね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「一部屋全体に詰まった歴史の手掛かりとして、残った資料は一握り。そのう
ち我々が目にするのは一摘み。その一摘みさえ正しく理解できるとはかぎら
ない。そんな人間が歴史を語るのだから・・・」
これは、Aさんが若い頃、師と仰いだ方の言葉だそうです。その言葉を受けてAさんはこうおっしゃいます。
「歴史を語るのは慎重にというより、歴史に対して謙虚に対応するようにとい
う教訓と受け止めています。」
まじめに歴史を研究している人の本を読んでいると、文献や資料と格闘していることがよくわかります。そこからしか真実の証明はないということですよね。しかしそういう人たちがいる一方で、資料との格闘もしない、そういう能力もない作家や作家モドキが、俗受けを狙った思いつきや思い込みを書き散らし、今も世間に垂れ流しています。さらに酷いことに、そういういい加減な珍説・奇説を読みかじっただけで専門家面して偉そうにメディアでしゃべっているコラムニストがいます。吐き気がしますね。オエッ!
続きを読む
もう1年以上前の話なんですけどね。
大阪・朝日放送の情報番組『ムーブ!』の昨年9月19日(火)の放送で、小泉政権の5年間を振り返るコーナーがありました。その中で、月曜と火曜のレギュラーコメンテーターを務めている勝谷氏は、小泉前首相(当時)を織田信長に例えたりしていたんですが、信長の業績として、こんなことを挙げました。
「信長は家臣団を解体して、全部足軽にしちゃった。」
まあ、日本の戦国時代にはそれなりに関心がある私なんですが、氏の言うような話は聞いたことがありませんでした。「またいい加減なこと言ってるよ」と思った私は、勝谷氏に宛てて、「発言を訂正すべきです」とのメールを送りました。
すると、その日の夜に氏から返事があり、そこで愚民呼ばわりされてしまったという訳です。そのメールがこれです。画像をクリックしてご覧ください。
人を愚民呼ばわりする割にはこのメール、いろんな意味で酷いんですよね。勝谷氏のレベルを如実に物語っています。とりあえず今回は信長軍に関する氏の主張だけを見ていきたいと思います(それ以外は次回取り上げます)。
そこのところ、ちょっと抜粋します。
「織田信長が最大の中世の破壊者であったのは、土地に縛り付けられていた封
建領主を、足軽を含む、近代における国民国家的軍隊に再編しなおしたとこ
ろにあります。」
「そういう人々(秀吉、光秀ら)が軍団長として再編されていったのかが織田
軍団の本質であり、それについていけなかった部将たちは見事にリストラさ
れました。」
悪文ですねぇ。「足軽を含む」という語句が強引に挿入されていて、これをどう解釈していいのかさっぱりわかりません。
また、どういう事実を指しているのか具体的に示されておらず、根拠となる資料・論文も挙げられていません(その代わりでしょうか、司馬遼を読めとおっしゃっています。トホホ・・・)。
まあとにかく、封建的な関係であった家臣団を近代的な国民国家的軍隊に再編したと言いたいことぐらいはわかりました。しかし、それはないでしょ。「近代における国民国家的軍隊」って・・・。この人ひょっとして国民国家の意味もわかってないんじゃないでしょうかねぇ。
国民国家軍は近代の国民国家の成立を待たなければ出現しません。当たり前ですね。政治に関与する制度を持った市民が、自分たちの国は自分たちで守るという義務感に基づいて参加していた古代ギリシャや共和制ローマの軍隊を国民国家軍っぽいというんならまだわかりますよ。
しかし、信長の場合はこれらとはまったく違います。彼は領地の所有者であり、その土地を家臣に分け与えることで家臣から戦力を提供されます。家臣の家臣もそうです。まさに封建制です。これは信長が死ぬまで変わりません。足軽の中には金で雇われた者も多くいたでしょう。しかし領国は彼らのものではありませんし、自分たちの国のためにという意識で戦っていた訳でもありません。こういう足軽をいくら増員しても国民国家的軍隊なんかにはなりません。
勝谷氏の主張への反論メールは一応出しましたが、返事は返ってきませんでした(勝谷氏とのメールのやり取りの全文は「続きを読む」をご覧ください。なお、この勝谷氏からのメールを『2ちゃんねる』に掲示した際寄せられた歴史的事柄に関するご意見も「続きを読む」に載せておきます。たいへん立派な意見だと思いますので)。
さて、偉そうなことを言っても私は所詮歴史に関しては素人です。結局のところどうなのか、ここはひとつ専門家に判定を下していただきましょう。先日私の尊敬する研究者に直接話を伺うことができました。名前は伏せますのでAさんとしておきましょう。このAさんは戦国期の研究においていくつもの画期的な成果をあげてこられたすごい人です。軍事、美術、風俗などの知識は驚くほど幅広く、画期的な研究成果はその知識があったればこそでしょう。比べること自体どうかと思いますが、軍事に関する知識は人後に落ちないなどと普段豪語しているくせに、テレビの討論番組で日中戦争の何たるかについて訪ねられた際、まともに答えられずしどろもどろになり、司会者から面罵されて半べそをかいていた、どこぞのコラムニストとは訳が違います。
そのAさんが勝谷氏の信長軍に関する主張をこう評されました。
「支離滅裂です。
この人は現実とフィクションの区別がついていないんじゃないでしょうか。
勝負はもうついていますよ。
相手は反論してこないんでしょ? もうギブアップということですねぇ。」
・・・ということなんです、勝谷さん。「あまりにご自分の頭の悪さをご存じないままに生きておられるのが気の毒」という言葉は、どうやら私にはもったいないようです。どうぞこれからはあなた自身のためにお使いくださいね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「一部屋全体に詰まった歴史の手掛かりとして、残った資料は一握り。そのう
ち我々が目にするのは一摘み。その一摘みさえ正しく理解できるとはかぎら
ない。そんな人間が歴史を語るのだから・・・」
これは、Aさんが若い頃、師と仰いだ方の言葉だそうです。その言葉を受けてAさんはこうおっしゃいます。
「歴史を語るのは慎重にというより、歴史に対して謙虚に対応するようにとい
う教訓と受け止めています。」
まじめに歴史を研究している人の本を読んでいると、文献や資料と格闘していることがよくわかります。そこからしか真実の証明はないということですよね。しかしそういう人たちがいる一方で、資料との格闘もしない、そういう能力もない作家や作家モドキが、俗受けを狙った思いつきや思い込みを書き散らし、今も世間に垂れ流しています。さらに酷いことに、そういういい加減な珍説・奇説を読みかじっただけで専門家面して偉そうにメディアでしゃべっているコラムニストがいます。吐き気がしますね。オエッ!