1.はじめに 世界各国の経済水準・所得水準(1人当たり実質GDP)を超長期的に推計していることで著名なアンガス・マディソン氏のデータにより、日本と主要国の所得水準の歴史的な変遷をグラフにした(ただし2006年は当図録による試算値)。 統計が整備されていなかった古い時代の数値に現代と同じ厳密さを要求しても無理であるが、ともかくデータを推計している点に意義があるといえる。 2.日本の歴史的推移 日本の所得水準は紀元前後には400ドルであったのが、江戸時代には500ドル台に達している。20世紀に入って1000ドルを越え、1940年に2,800ドルとなったが、戦後の混乱の中で1950年には再度2000ドル以下となった。この後、経済の高度成長で一貫して成長が続き2000年には2万ドルを超過している(下記の付表参照)。 世界倍率を見ると、1950年まではほぼ世界水準と同水準で推移した点が目立っている(1940年は背伸びして世界の5割増となっている)。日本の社会経済の発展はそれなりに進んでいたが、世界的にも同様な発展があったとするわけである。 その後は、高い経済成長の中で1990年には世界の3.6倍の所得水準に達した。 興味深いのは1990〜2006年の動きである。この間、対世界倍率はむしろ低下した。「失われた10年」といわれるこの時期には途上国を含む世界全体の経済発展が日本を追い越していたのである。 3.主要国の比較 @近代以後国と国との格差広がる 主要国を比較してまず目立っているのは近代以前には各国の所得水準の差は小さかったことである。1700年までは各国の違いはせいぜい2倍の枠内に入っていた。19世紀以降は富裕国(先進国グループ)と貧困国との差は大いに開いたことが図から明らかである。 A先進国同士の格差の縮小 欧米各国の推移を見ると、近代以降、経済発展の差から国ごとに格差が拡大したが、1970年代以降、米国を除いてほぼ同一の水準に収斂してきている。ここに日本が加わって、先進国間では経済格差に基づくいがみあいの余地が少なくなっていると思われる。EUの統合もこうした事情を背景にしていると考えられる。一方、アジアはなお各国間の格差は大きく、EUのような経済統合には困難がともなうといえる。日韓は一時期のような経済格差はなく最近の韓流ブームなどに見られるようなこだわりのない交流を可能にしている。 B世界のリーダー国の変遷 世界の経済上のリーダー地域がイタリア、オランダ、英国、米国と変遷してきたことが、世界最高水準の経済・所得水準を達成した国の移り変わりであらわされている。イタリアは西暦元年前後についてはローマ帝国の中心として栄えたが、中世にはいると低迷し1000年頃には他地域と差のない状況となった。1500年頃には再度東方仲介貿易でベネチア、フィレンツェなどイタリア諸都市が栄えルネサンスを生み出した。その後17世紀には新教国オランダが共和国として独立しバルト海の中継貿易や東インド会社による対アジア貿易独占でヨーロッパ随一の繁栄を見た。産業革命が本格化すると英国が経済的な覇権をもつようになったが、20世紀にはいると米国が力をつけ、特に第2次世界大戦における大きな役割を通して戦後は世界のリーダー国となって現在に至る。 C第2次世界大戦ショック ドイツ、日本、そして日本につられて韓国も第2次世界大戦時の1940年には経済が上向いたが敗戦後の1950年には大きく水準を低下させることとなった。 Cソ連・ロシアの特異な推移 ソ連・ロシアは第2次世界大戦後は計画経済体制の下に成長軌道に乗ったが欧米諸国の経済発展には追いつけず、体制の破綻の中で2000年には世界平均を下回る所得水準に落ち込んだ。その後2006年にかけエネルギーによる経済成長により世界平均にまで回復している。 D東アジア・日中韓の変遷 明治維新で富国強兵の道を進んだ日本に比べ、中国や韓国は近代化に遅れ、欧米との格差が広がり、世界平均を大きく下回る軌道となったが、韓国は1980年代に世界平均を上回り、大きく成長し、中国もなお世界平均には届かないものの1990年代以降成長軌道に乗った。 このように各国の1人当たり実質GDPの歴史的な動向は世界各国の経済状況や各国間の格差状況のおおまかな推移を目に見えるかたちでよくあらわしているといえよう。 4.付表 1人当たりGDP
(資料)Angus Maddison HP (http://www.ggdc.net/maddison/) (2007年11月30日収録、2008年2月6日更新) |
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