2007-07-28
『「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット』を前後編に分けてアップします
さっきこの表題エントリーをアップしたら、字数制限に引っかかったせいか途中で切れてしまいました。改めて前編と後編に分けてアップし直しました。
前編
http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726#1185459828
後編
http://d.hatena.ne.jp/toled/20070727#1185459989
分載される前に尻切れトンボの文章を読むことになってしまった方、ごめんなさい。
2007-07-27
「永遠の嘘をついてくれ」——「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 後編
(前編からの続きです。)
サルトルは、アルジェリア革命の闘士フランツ・ファノンによる『地に呪われたる者』への序文で、フランス本国人の植民地支配に対する責任について語っている。当時のアルジェリアは、フランスの植民地だった。アルジェリアでの、「コロン」と呼ばれるヨーロッパ人入植者の暴虐非道ぶりは、フランス本国でも既に知られていた。サルトルは、フランス人読者に告げた。
……「だが、おれたちは<本国>[=フランス]にいるんだ、[アルジェリアでの]行き過ぎを非難しているんだ」。そのとおりだ。君たちはコロンではない。だが似たり寄ったりだ。彼らは君の先駆者[パイオニア]なのだ。君たちはコロンを海外に送り出し、コロンは君たちを金持にした。もっとも君たちは彼らに予め警告していた。「あんまり血を流すと、お前らを否認せざるをえなくなるぞ」。これと同様に、国家はどんな国家であれ-外国に煽動者・挑発者・スパイどもをかかえており、その連中がつかまると彼らを否認してしまう。かくも自由主義的で人間的な君たち、文化への愛を気取りにまで押し進めている君たちは、ご自分が植民地を持っており、そこでは君たちの名で虐殺の行なわれていることを忘れた振りをしている。ところがファノンはその同志たちに——なかんずく少々西欧化されすぎている連中に——《本国人》と植民地にいるその手先の連帯を暴いて見せる。*1
![]()
- 作者: フランツファノン, Frantz Fanon, 鈴木道彦, 浦野衣子
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1996/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
ここで言う「コロン」とは、アブグレイブにおける「例外的」米兵であり、日本軍国主義にとっての「無法者」や「民間業者」であり、学校における暴力教師のようなものだろう。我々は、こういった者を解き放ちながら、「永遠の嘘をついてくれ」と彼らに暗黙のうちに告げる。そして彼らを野放しにしておいて、「事件」が起こると彼らとの関わりを否認するのだ。
そもそも慰安婦に対する強制はなかったのだと言って、「無法者」の存在自体を否認するかもしれない。慰安所は存在したが軍は関与していなかったと言って「無法者」との関わりを否認するかもしれない。軍が関与したケースもあったが、関係者は処罰したと言って「トカゲの尻尾きり」をするかもしれない。残虐行為は確かに存在したが、戦争は国家が起こしたのであって一般の国民はむしろ「被害者」だと言って否認するかもしれない。
しかしサルトルが告発するのは、「かくも自由主義的で人間的な」我々と「コロン」たちとの「連帯」である(こうことを現代のサヨクが迂闊に口にすると、「それは内ゲバにつながる論理だ」という内ゲバに遭うことがありますのでご注意ください。せいぜい、「構造的暴力」だとか「権力は下からやってくる」だとかなんとか言ってお茶を濁しておくのが身のためでしょう。サルトルがサヨクからさえも見捨てられてしまったのも、 「先入観」というよりは、そういう自主規制コードと関係がある気がします。逆に暴力肯定・反資本主義・反民主主義・反アイデンティティ政治・反寛容主義のジジェクが極左からリベラルな優等生、果ては大企業にまで幅広く愛されるのは、コード違反をネタにする芸風が板についてるからでしょう)。
学校はどんな学校であれ、体罰教師を抱えており、細井敏彦を必要としている。かくも自由主義的で人間的な我々は、この社会には学校があり、長田塾があり、戸塚ヨットスクールがあり、そこでは我々の名において虐殺の行われていることを知っていながら、忘れたふりをしている。我々は、事件が起きるたびに、驚いたふりをして、憤ってみせる。何? 校門の門扉に挟まれて生徒が死んだって? 何? ひきこもりが監禁されてたって? それは犯罪じゃないか! 何、登校拒否児がコンテナに閉じ込められて真夏の熱で死んだって?(「風の子学園」事件) それは行きすぎだ! 何、戸塚宏がまた人を殺したって? 目的の正当性は認められるが、手段の相当性は認められない!(戸塚らに対する1992年の一審「実質無罪」判決) なんてことを言うんだ。あんなものは教育じゃない!(1997年の二審判決)
リベラルは、戸塚宏や長田百合子や細井敏彦を糾弾する。「無法者」の暴虐に驚愕する。しかし問題は、そのような否定は、体罰教師や「無法者」にとっては「織り込み済み」であり、むしろ彼らの存在意義でさえあるということだ。彼らは自分たちが「ダーティ」な仕事を担っているということは十分に自覚しているのだし、だからこそ彼らは英雄たりうるのだ。
(↓最後に『ミスティックリバー』のネタバレがあります。)
*1:ページ数不明。
- http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726
- http://d.hatena.ne.jp/toled/20070728
- http://d.hatena.ne.jp/toled/20070912
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2007-07-26
「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 前編
『メメント』のあるシーンにおいて、主人公のレナード(ガイ・ピアーズ)は、自らの記憶障害についてモーテルのフロント係に説明する。
レナード:私には障害(コンディション)があるんだ。
フロント係:障害?
レナード:記憶がないんだよ。
フロント係:記憶喪失か?
レナード:いや、違う。短期記憶がないんだ。自分が誰なのかということはわかっているし、自分のことなら何でも知っている。だがケガを負って以来、新たには何も記憶することができないんだ。何もかもが消え果ててしまう。長く話しすぎると、話がどう始まったのか忘れてしまう。私たち[=ピアーズとフロント係]が前に会ったことがあるかどうかもわからないし、次に会ってもこの会話は覚えていないだろう。だから私がヘンに見えたり無礼だったりしたら、それはたぶん……。
[レナードはフロント係が珍虫を見るように彼を凝視していることに気づく。]
レナード:前にも君にこの話をしたんだね?
フロント係:[うなづいて]からかうつもりはないんだが。あんまりにも奇妙なもんで。俺のことを全く覚えていないのか? 何度も話したことがあるんだぜ。*1
![]()
- 出版社/メーカー: 東芝デジタルフロンティア
- 発売日: 2006/06/23
- メディア: DVD
「ケガ」とは、妻と共に暴漢に襲われた時のものである。妻は死に、レナードはそれ以来、新たな出来事を記憶することができなくなってしまった。と彼は記憶している。
彼は復讐にとりつかれている。犯人を探し出し、殺す――彼はただそのためだけに生きている。しかし記憶力を失った彼に、いかにしてそれが可能だろうか? 犯人についての情報を手に入れても、あっという間に忘れてしまうのだ。
レナードは、失った記憶力を代替する「システム」を作り上げている。ポラロイドカメラや自分宛のメモ、さらにはタトゥーなどである。彼は、妻を殺した犯人を特定する手がかりを、体中に入れ墨していく。服を脱ぐと、彼は頭では覚えていることができない”THE FACTS”(事実)を確認することができる。
THE FACTS:
FACT 1: MALE(男性)
FACT 2: WHITE(白人)
FACT 3: FIRST NAME JOHN OR JAMES(ファーストネーム)
FACT 4: LAST NAME G______ (ラストネーム)
FACT 5: DRUG DEALER(麻薬業者)
Fact 6: car license number: SG1371U(車のナンバー)
日本の歴史修正主義者たちが先日『ワシントンポスト』に出した意見広告のデザインは、あたかもこのレナードの身体を模倣したかのようである。”THE FACTS”(事実)と題されたこの広告には、FACT 1からFACT 5までの、慰安婦制度に対する国家関与と強制を否定する「事実」が列挙されている。
http://nishimura-voice.up.seesaa.net/image/thefact_070614.jpg (←より大きな画像)
この意見広告は、フロイトが分析したヤカンについての小咄と似た構造をしている。AはBから銅のヤカンを借りる。ところがAが借りたヤカンを返した時には、ヤカンには大きな穴が開いてしまっている。Bの非難に対して、Aは弁解する。
まず第一に、俺はBからヤカンを借りてない。第二に、Bからヤカンを渡された時には既に穴が開いていた。第三に、ヤカンは全く無傷の状態でBに返した。*2
この三つの弁解は、それぞれ別々に見れば、Bの非難に対する反論として妥当なものだ。問題は、これらの弁解がお互いに否定し合っているということだ。Aの三つの反論が同時に成り立つことはない。Aは自らが潔白である理由を列挙していくうちに、墓穴を掘っていくのだ。
『イラク』において、ジジェクはアメリカのイラク侵攻のいくつもの口実の相互矛盾をこのヤカンの小咄になぞらえて分析している。*3上の意見広告の「事実」の羅列もまた、同じ執筆者によることを疑いたくなるほど奇妙なものだ。
FACT 1-1:日本軍によって女性たちが売春を意思に反して強制されたことを示す史料は発見されていない。
FACT 1-2:軍の名を騙って募集を行った者は処罰されたことを示す史料がある。
FACT 2:女性たちに意思に反して慰安婦となることを強制した者は処罰された。これは日本政府が女性に対する非人道的な犯罪に厳しく対処した証拠だ。
FACT 3:ある軍の部隊がオランダ人女性を狩り集めて強制的に「慰安所」で働かせたが、これが明らかになると軍の命令で慰安所は閉鎖され、責任ある将校は処罰された。
FACT 4-1:元慰安婦は最初はブローカーに連行されたと証言していた。
FACT 4-2:反日キャンペーンが始まってから、彼女たちは誘拐犯が警官の制服のような格好をしていたと言うようになった。
FACT 5-1:日本軍に従軍していた慰安婦たちは、「性奴隷」ではない。
FACT 5-2:彼女たちは、当時は世界的に一般的だった認可制売春制度の下で働いていた。
FACT 5-3:彼女たちの待遇はよかったという多くの証言がある。
FACT 5-4:彼女たちに対する暴力について、兵士たちが処罰されたことを示す記録がある。
[以上は直接引用ではなく僕の独断的な要約です。]
それぞれの「事実」を個別に見れば、日本軍の責任を回避するために役立つかもしれない。「事実」が事実なのであれば。しかし、ここに並べられた「事実」は、反論を待つまでもなく既にお互いに打ち消し合っている。ここに積み上げられた「事実」は、同時に成立しえないからだ。たとえば、軍は関与していないという「事実」と女性たちを強制連行した軍関係者は処罰されたという「事実」を併記することによって、彼らは何を言おうとしているんだろうか?
(↓ネタバレ注意報:『メメント』『ア・フュー・グッドメン』)
- http://d.hatena.ne.jp/toled/20070727
- http://d.hatena.ne.jp/toled/20070728
- 「情報統制があろうと、だまされる連中は自己責任をおうしかない」論
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2007-07-13
オールニートニッポンのウェブマガジン
|オールニートニッポンというサイトのウェッブマガジンで、エッセーを連載させていただくことになりました。
プロデューサーの山本繁さんによると、
ウェブマガジンは、エッセイと、注目のニュースや
イベントのお知らせなんかをしばらく配信していく予定です。
エッセイは、16人の方に、週1ぐらいのペースで
連載していただけることになりました。
ざっと名前を挙げると、
赤木智弘さん、石川良子さん、岩本真実さん、
遠藤一さん、オキタリュウイチさん、巨椋修さん、
貴戸理恵さん、くまき由香さん、小穴哲至くん、
白井カツミさん、杉田俊介さん、育て上げネットさん、
常野雄次郎さん、三ツ野陽介さん、湯浅誠さん、POSSEさん。
だそうです。
↓僕は、とりあえず「宝くじと教育の不平等」という記事を書かせていただきました。
「抑圧と暴力によって人の自由を制限しなければ集団の秩序が保てない」「法治国家に死刑制度が無ければ国の秩序は乱され国民の安全は脅かされる」などと主張している人間に論理の視点からその理論の破綻を指摘したところで効果は薄く、その人を本当に「改心」させたければ文字通りその人の心に向かって語りかけ、何らかのインパクトを与える事で精神的に平伏させる以外、根本的に有効な方法は無いのではないか。