保護主義という名の伝染病が世界的に広がり出した。不況で失業問題が深刻化する時、流行しやすい病だ。拡大を止める妙薬は、経済ナショナリズムの誘惑に負けない強い政治の意思と指導力である。オバマ政権が今最も求められているものだ。
大型景気対策法案をめぐる米議会の審議は大詰めを迎えた。上下両院の法案一本化を経て近く議会を通過すると期待されている。景気対策の早期実施は、世界が待ち望んでいることではあるが、悪い内容ではだめだ。公共事業で米国製品の使用を義務付ける「バイアメリカン条項」は保護主義の伝染を促す悪い内容と言わざるを得ない。
先に可決した下院の法案は鉄鋼製品に限定した内容だったが、上院版は製品全般と広範になった。オバマ大統領は「世界の貿易が減少している時に、米国は自国のことしか構わない、世界貿易に関心がない、とのメッセージを送るのは間違いだ」「貿易戦争の引き金を引く条項を入れてはならない」などと語り、見直しを迫った。その結果「国際的な合意に則して適用する」との一文が加わったが、まだ不十分だ。大統領には同条項が削除されるよう全力で議会を説得してもらいたい。拒否権を行使してでも阻止すべきである。
世界貿易機関(WTO)の合意に違反さえしなければ保護主義的でないというものではない。明らかなルール違反でなくとも自由貿易の精神に反する政策は多い。公的資金による自動車メーカー支援がそうだ。最初は白に近い灰色の保護でも、波及するにつれて黒に近づいていくものである。
国内製品や企業を優遇する保護主義策は、「雇用を守っている」とアピールしたい政治家に都合がよい。しかし、公正な商取引をゆがめ、他国による報復の連鎖を招き、貿易を縮小させて不況を恐慌へと突き落とす危険な行為である。「これは保護主義ではない」と主張しても「保護主義的」と映るだけで他国の政治家に追随の口実を与える。
世界は米国が再び尊敬される国へと自己変革してくれることをオバマ大統領に期待した。その大統領が最初に取り組む景気対策が、「米国は自国のことしか関心がない」というメッセージを発することになるのは残念だ。オバマ大統領自身も望まないはずである。
保護主義の伝染はすでに始まっている。自国製品の購入を呼びかけたり、国内企業への貸し出しを銀行に求めるといった動きが欧州でも広がっている。その勢いに対抗するには、保護主義政策を取らないというだけではなく、さらなる貿易自由化を各国が協調して推進することが不可欠だ。
それを主導する責任があるのが米国であり日本である。責任を放棄するようなら、世界は早速オバマ政権に失望することだろう。
毎日新聞 2009年2月11日 東京朝刊