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自動車の苦境―首相が言うほど甘くない

 世界同時不況の影響が日本でも一段と深刻になってきた。企業の設備投資も消費も急速に冷えている。麻生首相は「他国に比べたら傷は浅い」というが、そうだろうか。

 日本の産業界の「4番バッター」自動車業界の苦境をみれば、首相の認識は甘いといわざるをえない。

 トヨタ自動車や日産自動車など大手10社が発表した09年3月期の決算予想によると、半分の5社が営業赤字に転落する見通しだ。前期に2兆2700億円の営業利益をあげたトヨタは、一転して4500億円の赤字だ。世界的な販売不振で、10社合計の今期の減産は414万台にのぼる。ホンダ1社の年間生産台数が消えるのだ。

 これまでは日本が不況になっても、海外市場には必ず元気なところがあり、輸出を増やしてしのぐことができた。銀行や証券会社が数多く破綻(はたん)した約10年前の日本の金融危機でも、輸出の踏ん張りが下支えとなった。

 だが今回は世界同時不況で海外市場がどこも収縮し、輸出を増やしたくても増やせない。支え役が苦境に陥り、危機はかつてないほど深く急だ。「きちんと不況対策をやりさえすれば、今回の不況は大騒ぎするようなものだとはとても思えない」と話す麻生首相との温度差が広がっている。

 たしかに昨年9月の時点では、金融危機が起きた米国や英国に比べれば日本経済はまだ健全であり、経済界の危機感もさほどではなかった。

 ところがその後は危機が深まり、自動車や電気製品の買い控えが一気に世界規模で広がった。金融危機が実体経済を傷め、両者が互いに作用しながら悪化の度を増す「負のスパイラル」が進行している。

 その直撃を受けて、日本の昨年10〜12月期の経済成長率は、金融危機で傷んだ米国や英国よりもマイナス幅が大きくなると見られている。

 米国やフランス、スウェーデンは自動車産業への金融支援などの保護策を打ち出し始めた。日本政府に対しても、日産自動車のカルロス・ゴーン社長が「業界を支援してくれることを願っている」と発言している。

 こうした自国産業への支援は、行きすぎれば保護主義を台頭させ、自由貿易の障害となりかねない。安易に乗り出すべきではないが、危機対策、雇用対策としてやむをえない面もある。

 自動車産業は日本経済の未来をも左右する。自動車産業に限らず、いま適切な対策は何か、どこまでが政府の責任で、どこからが自助努力の範囲なのか。そこを政府や国会が判断しなければいけない局面に来ている。

 ひょっとすると麻生首相は、過度の悲観論に陥るのを避けたいのかもしれない。だがここは、現実の深刻さに正面から取り組んだ方がいいだろう。

漢字検定協会―まさか「私益法人」では

 空前の漢字ブームに水をさすような出来事が起きた。

 京都市にある財団法人「日本漢字能力検定協会」が、監督官庁である文部科学省の立ち入り検査を受けた。

 公益法人であるにもかかわらず年数億円もの利益をあげていた。さらに理事長ら親族が自ら役員を務める会社と多額の業務委託契約を結んでいた。そんな不透明さが指摘されている。

 協会は、今や「英検」を上回る270万人が受検しているとされる漢字検定の主催者として知られる。年の瀬に京都・清水寺で「今年の漢字」を披露している団体といった方がピンとくる人が多いかもしれない。

 仮に、一般企業ならば多額の利益を上げることは、ほめられこそすれ非難される筋合いのものではない。親族が役員を務める企業との取引にしても、それだけで批判されることはない。

 しかし、この協会はれっきとした公益法人である。公益法人は積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とする、と規定されている。税法上の優遇措置を受けているのも、公に資するのが目的だからこそである。

 それゆえに、財政面についてこんな規定がある。「事業の収入、支出は均衡することが望ましく、仮に利益が生じる場合であっても健全な運営に必要な額にとどめなければならない」

 年間7億〜8億円の利益を上げ、資産総額が数十億円にのぼる。そんな今の実態は、公益法人にはふさわしくない。検定料の値下げなど、今すぐにでも取り組める措置があるはずだ。

 それにしても、どうしてこんなことがまかり通ってきたのか。元文化庁長官ら識者の名前が並ぶ理事や評議員はこの実態を承知していたのだろうか。 もっと気になるのは文科省の姿勢だ。公益法人の監督については毎年提出される事業計画や事業報告で精査しているうえ、通常、3年に1回程度は立ち入り検査をしているという。

 実は昨年も立ち入り検査をしていた。文科省によると、その際に検定料の引き下げなどを指導したという。指導後も改善がなかったとすれば、文科省もずいぶん軽く見られたものである。度重なる指導が効かないときは解散命令をだすこともできる。実態を調べた上で、今度こそ実効性のある対応をすべきである。

 協会は脱サラした理事長が設立した。当初は受検者が数百人のつましい団体だったが、旧文部省の認定を受けた92年ごろから急成長した。

 パソコン全盛の時代に漢字の読み書き能力向上に果たした協会の役割は小さくない。たまにペンをとると驚くほど漢字を書けなくなっていることに気づく人も多かろう。

 漢字は日本文化の大切な土台だ。協会は身ぎれいになって出直す時だ。

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