憲法に違反してまで改革潰し:高橋洋一(東洋大学教授)
「官治国家」の凄い手口
1月13日、渡辺喜美氏が自民党を離党した。目立ちたがりのパフォーマンスだとか吹聴している人がいるが、本当の理由は、自らが手掛けた公務員制度改革を踏みにじられたからだ。その手口がまた凄い。日本は法治国家というより「官治国家」であることを如実に示した。国権の最高機関である国会で法律によって決められたことを、その下位になる政令によって、ひっくり返されたからだ。はっきりいえば、これは憲法違反である。私も長く公務員をやってきたが、こんな掟破りの手口は初めて見た。
安倍政権下、渡辺氏が行革担当大臣であったときに成立した国家公務員法改正によって、各省庁による再就職斡旋(=天下り)は禁止され、再就職支援は内閣府に設置した「官民人材交流センター」に一元化することになった。センター設置後3年以内には天下りは完全に禁止。それまでの猶予期間は、「再就職等監視委員会」の監視の下でやると決まった。でも民主党が委員人事に同意しなかったため、監視委員会は始動せず、そのため委員が選ばれるまでは、天下りが全面的に禁止になるはずだった。
じつは、国家公務員法改正の条文準備段階から、霞が関が天下り復活に動くことを予想していたので、各省庁(条文では「総理」)から監視委員会に権限を移す際には、2度と戻されることがないよう、条文のなかにある「仕掛け」をしておいた。〈内閣総理大臣が承認する権限は、再就職等監視委員会に委任する〉。
これは、現役とOBに関する天下りの特例を認めた個所だが、法律において「委任する」と「委任できる」とでは大違い。「委任する」と書いて、その法律が国会を通った以上は、改正法案を国会で通さないかぎり総理に権限を戻すことはできない。「委任できる」なら、今回のように政令によっていつでも総理(すなわち各省庁)に権限を戻すことができる。というわけで、「委任する」と書いたのだった。
ところが今回の政令(政令389号)では、「監視委員会の委員長等が任命されるまでの間、内閣総理大臣が権限を行使する」と堂々と記されている。こんな芸当が政令で可能なら、いくら法律をつくっても政令でみんな書き換え直せる。つまり、国会でつくられる法律はまったく無意味になって、政府から出される政令によって支配されるようになる。要するに官僚国家の成立である。
この政令は、自民党への説明もほとんど行なわれなかった。昨年末、ある自民党幹部に憲法違反の政令が出ていると伝えたところ、よく説明を受けていなかったといった。と同時に、官僚に国会議員がバカにされているともいった。そのとおりである。年明けの国会でも議論になったが、麻生総理は政令を撤回しなかった。それで、渡辺氏は自民党を離党したわけだ。国会議員が死力を尽くして成立させた法律が、官僚によってひっくり返されたのだから当然であろう。この離党劇は、麻生政権が、公務員擁護のためには憲法違反も辞さないという姿勢を国民にはっきり見せてくれた。
麻生政権の正体
さらに、経済政策では、とても100年に1度の危機を乗り切れるだけの措置を出していないことも明らかだ。スピードといいながら、昨年末に2次補正予算の国会提出を見送った。その怒りが冷めやらないなか、2011年度からという消費税増税時期を税制関連法案の付則に入れるという話が出ている。
増税には自民党内でかなり深刻な対立がある。小泉政権の後期には、増税路線をとる与謝野馨氏の財政タカ派(守旧派)と成長路線をとる中川秀直氏の上げ潮派(改革派)のあいだで活発な経済論争が行なわれた。ともに、将来的な増税は否定しないが、財政タカ派は一刻も早く増税といい、上げ潮派は埋蔵金の発掘や行政改革、公務員改革、国会議員の定数削減などを徹底したうえで増税を最小限度にとどめるべきという。その後も、事あるごとに、財政タカ派と上げ潮派の両者は意見対立を繰り返してきた。
今回、安倍元総理の必死の根回しによって、消費税増税時期がぼやかされた玉虫色の決着となって、とりあえず結論が先送りされた。しかし、増税路線が既定化し、自民党のマニフェストに盛り込まれるようになれば、また火種となろう。
しかも、渡辺氏の離党が示すように、公務員制度改革や行政改革はまったく頓挫し逆行すらしている状態だ。最近、公務員制度改革の工程表が政府部内で検討されているが、天下りや給与カットにはまったく言及されていないで、役人自らの保身の措置ばかりだ。これでは100年に1度といわれる経済危機を控え、必死に頑張っている民間企業に対して申し開きができない。その一方で、ちゃっかり消費税増税を税制関連法案の付則という「工程表」に盛り込み、民間だけが負担をかぶるようになったら、政権はもたない。でも、それが麻生政権の正体だ。
1月13日、渡辺喜美氏が自民党を離党した。目立ちたがりのパフォーマンスだとか吹聴している人がいるが、本当の理由は、自らが手掛けた公務員制度改革を踏みにじられたからだ。その手口がまた凄い。日本は法治国家というより「官治国家」であることを如実に示した。国権の最高機関である国会で法律によって決められたことを、その下位になる政令によって、ひっくり返されたからだ。はっきりいえば、これは憲法違反である。私も長く公務員をやってきたが、こんな掟破りの手口は初めて見た。
安倍政権下、渡辺氏が行革担当大臣であったときに成立した国家公務員法改正によって、各省庁による再就職斡旋(=天下り)は禁止され、再就職支援は内閣府に設置した「官民人材交流センター」に一元化することになった。センター設置後3年以内には天下りは完全に禁止。それまでの猶予期間は、「再就職等監視委員会」の監視の下でやると決まった。でも民主党が委員人事に同意しなかったため、監視委員会は始動せず、そのため委員が選ばれるまでは、天下りが全面的に禁止になるはずだった。
じつは、国家公務員法改正の条文準備段階から、霞が関が天下り復活に動くことを予想していたので、各省庁(条文では「総理」)から監視委員会に権限を移す際には、2度と戻されることがないよう、条文のなかにある「仕掛け」をしておいた。〈内閣総理大臣が承認する権限は、再就職等監視委員会に委任する〉。
これは、現役とOBに関する天下りの特例を認めた個所だが、法律において「委任する」と「委任できる」とでは大違い。「委任する」と書いて、その法律が国会を通った以上は、改正法案を国会で通さないかぎり総理に権限を戻すことはできない。「委任できる」なら、今回のように政令によっていつでも総理(すなわち各省庁)に権限を戻すことができる。というわけで、「委任する」と書いたのだった。
ところが今回の政令(政令389号)では、「監視委員会の委員長等が任命されるまでの間、内閣総理大臣が権限を行使する」と堂々と記されている。こんな芸当が政令で可能なら、いくら法律をつくっても政令でみんな書き換え直せる。つまり、国会でつくられる法律はまったく無意味になって、政府から出される政令によって支配されるようになる。要するに官僚国家の成立である。
この政令は、自民党への説明もほとんど行なわれなかった。昨年末、ある自民党幹部に憲法違反の政令が出ていると伝えたところ、よく説明を受けていなかったといった。と同時に、官僚に国会議員がバカにされているともいった。そのとおりである。年明けの国会でも議論になったが、麻生総理は政令を撤回しなかった。それで、渡辺氏は自民党を離党したわけだ。国会議員が死力を尽くして成立させた法律が、官僚によってひっくり返されたのだから当然であろう。この離党劇は、麻生政権が、公務員擁護のためには憲法違反も辞さないという姿勢を国民にはっきり見せてくれた。
麻生政権の正体
さらに、経済政策では、とても100年に1度の危機を乗り切れるだけの措置を出していないことも明らかだ。スピードといいながら、昨年末に2次補正予算の国会提出を見送った。その怒りが冷めやらないなか、2011年度からという消費税増税時期を税制関連法案の付則に入れるという話が出ている。
増税には自民党内でかなり深刻な対立がある。小泉政権の後期には、増税路線をとる与謝野馨氏の財政タカ派(守旧派)と成長路線をとる中川秀直氏の上げ潮派(改革派)のあいだで活発な経済論争が行なわれた。ともに、将来的な増税は否定しないが、財政タカ派は一刻も早く増税といい、上げ潮派は埋蔵金の発掘や行政改革、公務員改革、国会議員の定数削減などを徹底したうえで増税を最小限度にとどめるべきという。その後も、事あるごとに、財政タカ派と上げ潮派の両者は意見対立を繰り返してきた。
今回、安倍元総理の必死の根回しによって、消費税増税時期がぼやかされた玉虫色の決着となって、とりあえず結論が先送りされた。しかし、増税路線が既定化し、自民党のマニフェストに盛り込まれるようになれば、また火種となろう。
しかも、渡辺氏の離党が示すように、公務員制度改革や行政改革はまったく頓挫し逆行すらしている状態だ。最近、公務員制度改革の工程表が政府部内で検討されているが、天下りや給与カットにはまったく言及されていないで、役人自らの保身の措置ばかりだ。これでは100年に1度といわれる経済危機を控え、必死に頑張っている民間企業に対して申し開きができない。その一方で、ちゃっかり消費税増税を税制関連法案の付則という「工程表」に盛り込み、民間だけが負担をかぶるようになったら、政権はもたない。でも、それが麻生政権の正体だ。
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