−連載コラム−
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台湾独立の胎動 No.O
−「新台湾と日本」取材班

台湾人は『台湾論』に反発しているか?

 
 平成12年11月に発売された小林よしのり氏の『新ゴーマニズム宣言 台湾論』(小学館刊/以下『台湾論』)は、数ヶ月で二十数万部が売れているという。これが、翌年の2月には中文(中国語)に翻訳されて台湾でも発売され、大きな騒動を引き起こしている。『台湾論』の中の慰安婦問題に関する許文龍氏の発言が、マスコミから強く非難されているのである。

 許文龍氏は、前稿でも述べたように、ABS樹脂の生産量世界一を誇る奇美実業の会長であり、陳水扁総統の国策顧問(資政)も務める人物である。許氏は、日本が従軍慰安婦問題で批判されていることをとても悔しがり、自ら慰安婦を集めて聞き取り調査まで行った。その結果、慰安婦問題は「日本軍による強制連行とは考え難い」という結論に達したのである。我々は映画の取材の際に、その話を聞かせてもらい非常に感動した。許氏はその直後に、小林よしのり氏と会った際にも同様の話をし、小林氏はこれを『台湾論』で取り上げた。その内容が、中文版『台湾論』発売の後に、慰安婦問題の補償を日本へ要求する台湾人グループの知るところとなり、許文龍氏は激しく非難されることになるのである。

 立法委員(国会議員)を含む彼らは2月23日に台北で記者会見し、「許文龍氏の言葉が慰安婦の尊厳を傷つけている」と非難して、『台湾論』出版の差し止めを求めた。台湾のマスコミも、これをセンセーショナルに報じ、台湾では一気に『台湾論』論争が巻き起こったのである。
 新聞、テレビでは「台湾論バッシング」が展開され、『台湾論』の中で親日的な発言を行っている許文龍氏や蔡焜燦氏(偉詮電子会長)へは、罵詈雑言が投げつけられた。デモ隊が奇美実業へも押し寄せ、書店の前では、『台湾論』を燃やすパフォーマンスも行われたのである。

 3月2日には中華民国内政部の簡太郎次長が、小林よしのり氏を入境禁止(入国禁止)にすると発表。近代民主主義国家としては異例の言論弾圧を行った。日本在住の総統国策顧問金美齢女史は、勇敢にも台湾まで飛行機で出掛けて行って、「入境禁止措置」に抗議したが、台湾のマスコミは逆にこれを袋だたきにした。
 3月14日には、中華民国台北駐日経済文化代表處(事実上の大使館)新聞広報部が、『台湾論』問題に絡めて、元従軍慰安婦に対する「日本政府による正式謝罪及び補償金の給付」を要求する記者会見を行った。そして、3月16日には、中華民国外交部の廖港民アジア局次長が、「小林よしのり氏の『台湾論』が歴史を歪曲している」として、中華民国台北駐日経済文化代表處名で小林氏への抗議書簡を送ったことを明らかにしたのである。

 以上、主にマスコミで報じられることを中心に情報を総合してみると、『台湾論』は台湾人から大きな反発を受けている、かのように見える。
 しかし、実際の状況は、これとはかなり違うのである。マスコミの報道だけから、『台湾論』論争を見ることは非常に危険であることを我々は知らなければならない。


爆発的に売れている『台湾論』


 
マスコミ報道からは、非難されてばかりに見える『台湾論』だが、実は台湾では売れに売れている。あっという間に十万部を売上げて、更に売れる勢いである。台湾の人口は日本の約六分の一なので、台湾での十万部は、日本で60万部を売上げたほどの超ベストセラーなのである。

 ちょうどこの頃、台湾から帰国した月報『亜東』編集長の永山英樹氏は次のように言う。

「タクシーに乗って、緑色の本を持っていたら、台湾人の運転手がニコニコして、“それ、『台湾論』だろ”って言うんです。本当は全然違う本だったんですけどね。そのくらい向こうでは有名な本なんですよ。確かに、日系資本の大型書店からは、抗議の声を嫌って『台湾論』は消えたようですが、普通の書店の日本本コーナー(台湾では日本本コーナーは人気コーナー)なんかにはちゃんとあります。また、道端の露店のようなところでも、あちこちで『台湾論』が売られていました」
 そもそも、台湾のマスコミは、現在も約九割が大陸から蒋介石と共に渡ってきた外省人系(台湾の人口の16パーセントを占める)の資本であると言われ、その論調は一般の台湾人の気持ちと必ずしも一致しない。

 拓殖大学日本文化研究所客員教授の黄文雄氏もこう述べる。
「私も台湾にいたときは、新聞には嘘が書いてあると思って読んでいました。新聞が悪い悪いという本ほど、一般の台湾人は読みたがります」
 台湾のマスコミは、未だに偏向が著しく、台湾人はそれをそのままには信じていない、というのである。

 『台湾論』を焼いたり、許文龍氏の奇美実業へ抗議に押し寄せたデモ隊は、新党(李登輝氏の国民党主席時代に、台湾色が濃くなった国民党を嫌って飛び出した人々がつくった政党)や親民党(総統選挙で陳水扁氏に敗れた宋楚瑜氏を支持した)によって組織されていたと言われている。新党も親民党も大陸の共産中国との統一を主張する、いわゆる統一派で、台湾では決して多数派とは言えない。『台湾論』への抗議デモは、台湾人多数の意志を代弁しているわけではないのである。
 また、多くの書店店頭から『台湾論』が消えたのは、これに抗議する人が本を燃やしたからではない。むしろ、燃やされるのを防ぐべく買い占めて、無料で配っている台湾人もたくさんいるという。

 3月16日に台北で開催された世界台湾人大会の会議では、『台湾論』を支持する意見が出て、小林氏や同書に登場して批判されている人たちを応援する署名活動を行うことが決定された。また、一万人のデモ隊には、『金美齢ゴーマニズム精神高揚』というプラカードも掲げられ、小林よしのり氏、金美齢氏支持の意志表示が行われた。金美齢女史は、統一派と激しく論争したことで今は台湾民衆からの人気がうなぎのぼりである。世界台湾人大会でもデモの先頭に立ち、台湾マスコミも競ってこれを取材した。
 小林よしのり氏の入境禁止措置についても、陳水扁総統自身はかねてより「言論の自由の保障」を理由に、この措置への反対を表明していたが、3月23日には内政部も入境禁止を正式に解除した。

 陳水扁政権は、与党である民主進歩党が少数与党であるため、議会で法案を提出しても、新党、親民党、国民党が共闘して反対すると、全く通すことができない。官僚組織についても同様で、陳総統の意向は末端まで完全に伝わっているわけではない、と考えるべきであろう。中華民国台北駐日経済文化代表處による一連の小林氏への抗議も、陳政権の意志というよりは、政府組織内の統一派の意向、もしくは、統一派へ譲歩、妥協せざるを得ない陳水扁少数与党政権の事情に由来するものと思われる。

 以上のことから考えると、小林よしのり氏の『台湾論』は多数台湾人から決して反発を受けているわけではなさそうである。むしろ、好意を持って迎えられている。

 前出の永山英樹氏は次のように述べる。

「台湾の若者が『台湾論』を読んで、“許文龍さんや蔡焜燦さんが言っていることは本当なの?”って、おじいちゃん、おばあちゃんに聞いている。そしたら、“本当だよ”って応えるっていうんですよ。これまで、あんまりそんな話はできる雰囲気じゃなかったらしいんですけど、今は台湾人の家庭がそういう風になりつつあるみたいです」
 これまで、単に日本のアニメやファッションやトレンディドラマに憧れていた台湾の若者が、今祖父や祖母に日本時代の歴史について尋ね始めている。そして、祖父母の多くは日本時代を極めて肯定的に説明しているというのである。
 『台湾論』が台湾社会に与えた影響は、限りなく大きい。


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