熊本市のNPO法人「くまもと子どもの人権テーブル」は、独自に開発したプログラムを使っていじめを防ぐ取り組みをしている。いじめで悩み、傷つくだけでなく、自殺に追い込まれるケースも後を絶たない。いじめを防止するにはどうしたらいいのか。水俣市立葛渡中であった授業を取材した。【伊藤奈々恵】
◎クイズから
1月29日、全生徒35人に授業は始まった。テーマは「いじめの傍観者をなくす」。人権テーブルの砂川真澄代表(50)ら3人が先生だ。
「いじめられたことがある子の方が、いじめたことがある子よりも多い。○か×か」。授業はクイズで始まった。×と答えた生徒が少し多い。「×が正解。何でかな」
生徒が答えた。「1人を大人数でいじめるから」。いじめは、暴行や恐喝より無視や仲間はずれなどが多く、被害者よりも、加害者が多い。立場が入れ替わることもある。「早く解決しないと、みんなが巻き込まれてしまいます」
プロレスごっこと学級新聞作りの二つをテーマにした絵を使い、相手が嫌だと言わなくても嫌な気持ちにさせればいじめであること、大人数で支配しようとすることはいじめになることを示した。そして、授業は1本の長い毛糸を使ったプログラムに移った。
◎「モード」体験
全員が丸くなって、親指と人さし指で作る輪に毛糸を通す。「いじめが始まったと想像してください。嫌な気持ちになった人は、手をぎゅっと握って」。砂川さんが声をかけると、毛糸がピンと張って動かなくなった。
いじめが繰り返し続くと「次は自分がいじめられるのでは」と不安になり、警戒する。この状態をプログラムは「いじめモード」と表現する。生徒は毛糸を使って「いじめモード」を疑似体験する。
いじめモードをなくすにはどうするか。「(加害者に)やめろと言う」「(被害者に)大丈夫かと声をかける」「心で応援する」。生徒から意見が出た。
「声をかける勇気がないときには、信用できる人に相談してください。友達でも先輩でも大人でもいい。止めようとする人がたくさんいれば、いじめモードをなくすことができます」と砂川さんは呼びかけた。
◎変わる意識
砂川さんらは、07年度から県内で実践授業をしている。「いじめを見ているだけでもダメだとわかった」「自分さえいいと思っていたら、小さないじめが大きないじめに変わっていくことに気付いた」。授業を受けた生徒の感想だ。先生からは「いじめの気配を感じても『いじめじゃない?』とは言えないが、加害者と被害者を特定しない『今、いじめモードじゃない?』なら言いやすい。それで悪い雰囲気が解消された」と声が寄せられているという。
子どもの人権テーブルは約15年間、米国で生まれたCAP(子どもへの暴力防止)プログラムを広め、提供する活動をしてきた。ただCAPは、日本に多い無視や仲間外れはあまり考慮されていない。このため00年から、新しいいじめ防止策作りを始め、昨年「いじめの連鎖を断つ」(冨山房インターナショナル、1680円)にまとめた。
砂川さんは「いじめを完全になくすことはできないかもしれないが、いじめに対する認識を変えて、被害が続かないようにすることはできる。プログラムをいじめ防止の手がかりにしてほしい」と話している。
くまもと子どもの人権テーブルの問い合わせは096(379)0676。
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文部科学省によると、県内の公立小中高校のいじめ認知件数は07年度調査で7035件。児童生徒1000人当たりでは32・2件と、全国で2番目に多かった。小中学校のいじめの内容(複数回答可)は、悪口やからかい、ひやかしなどが3700件▽仲間外れや集団無視2184件▽ひどくたたいたり、けったりする270件▽金品をたかる360件--など。
毎日新聞 2009年2月10日 地方版