焦点:世界的な時価会計の緩和圧力、日本に影響も

2009年 02月 9日 14:07 JST
 
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 村井 令二記者

 [東京 9日 ロイター] 金融危機の深刻化を背景に、金融機関の損失拡大につながりかねない時価会計の適用を事実上、回避する手法を模索する流れが米欧などで表面化しており、国際会計基準(IFRS)をグローバルな単一の会計基準にする動きに影響を与えつつある。

 金融庁が中心になって調整を進めている日本でも、国際会計基準を国内企業に適用する流れが固まる方向だが、今後の国際情勢次第では、日本での導入の前提条件が崩れる可能性もある。

 <導入スケジュールに神経質な日本>

 金融庁は4日、日本での国際会計基準の導入に向けて公開草案を発表した。それによると、1)2010年3月期から任意に適用、2)2012年に強制適用の是非を判断――するのが柱で、2月4日から4月6日まで一般からの意見(パブリックコメント)を募集し、今夏をめどに中間報告として決定する見通しになっている。2010年3月期からの選択適用が認められれば、国際会計基準が反映される財務諸表の第1号は、来年6月ごろ財務局に提出される見込み。 

 ただ、公開草案を詳細にみると、2010年3月期からの選択適用については「情勢を見極めた上で判断する必要がある」と表記しており、2012年の義務化の判断時期についても「1つのめどとして考えられるが、諸情勢で前後し得る」と先送りの可能性も示す。さらにパブリックコメント期間は2カ月間。通常の1カ月に比べると長く、慎重な姿勢が目立っており、金融庁は「世界情勢を見極める必要がある」として導入スケジュールには神経質だ。

 <ガバナンス不在の国際会計基準>

 金融庁が神経をとがらせているのは、国際会計基準をめぐる最近の欧米での動きに大きな変化の兆しが見える点だ。国際会計基準のルールは、民間組織の国際会計基準審議会(IASB)が決定するが、IASBの人事と予算を握る国際会計基準委員会財団(IASCF)を国際的に監視する組織(モニタリング・ボード)を設立する構想がある。この構想には、すでに日米欧の当局が合意しており、日本の金融庁長官のほか、米証券取引委員会(SEC)委員長、欧州委員会域内市場・サービス担当委員、証券監督者国際機構(IOSCO)の委員会議長がボードメンバーとして参加することになっている。

 しかし、発足に向けた最終確認作業で、欧州委員会域内市場・サービス担当のマクリービー委員の署名だけが得られていない状況で、発足時期については見通しが立たないという。日本側は欧州のあいまいな態度の真意を量りかねており「このままでは日本の意見が(国際会計基準に)どこまで反映されるか分からない」(金融庁幹部)と懸念。ガバナンスの観点から、日本として国際会計基準をすんなりと受け入れると言える状況にはないとみている。

 <欧州委員会が国際会計基準に圧力>

 国際会計基準のガバナンスが未熟なために起ったある「事件」があった。昨年10月初旬、欧州委員会は、金融危機による金融機関への決算の影響を懸念し、金融商品の保有区分の変更などを含む時価会計ルールの適用緩和をIASBに要請した。関係者によると「欧州企業に国際会計基準を採用させないことも示唆した露骨な圧力」だった。

 IASBはこの要請を「丸のみ」するかたちで10月13日に会計基準を変更。通常なら一般からの意見公募などで1カ月程度はかかる手続きを省略し、わずか数日後に基準変更したことで、世界的に広がる関係者に対し、国際会計基準のあり方を決める過程で、政治的な圧力を受けやすいとの印象を与えることになった。

 国内でも「日本の金融機関だけを不利な状況に置くわけにいかない」との意見が勢いを増し、結果として日本の企業会計基準委員会(ASBJ)も12月4日に債券の保有区分の変更の「特例措置」を決定。ASBJの会計専門家は「会計基準の変更ではなく例外措置にとどめたのは抵抗の表れだ」としているが、日本にとっては「欧州に翻弄(ほんろう)された」(金融庁)の苦い経験となった。日本の関係者の間でも「国際会計基準が特定地域の政治の意向だけを反映する存在であっていいのか」(公認会計士)との批判が広がった。

 <国際会計基準の危機対応、助言機関が議論>

 欧州委員会の圧力はこれで終わらず、昨年10月27日にもIASBに書簡を送り、時価会計緩和の追加措置を求めている。その内容は、1)公正価値(時価)適用の金融商品の変更、2)CDO(債務担保証券)の評価方法の見直し、3)金融商品の減損会計の見直し――が柱で、欧州内の金融機関の決算期に間に合うよう「08年中の措置」を要請していた。

 この追加要求に対しては、IASBは米国の財務会計基準審議会(FASB)と連携して世界の会計関係者を巻き込んで抵抗する路線に転じた。英国ロンドン(11月14日)、米国ノーウォーク(11月25日)、東京(12月3日)と08年中に3回の円卓会議を開催。トゥイーディーIASB議長は昨年11月17日にニューヨークで記者団に対し、会計の独立性を保つために米欧の審議会は協力し合って防御を強化しなければならないと語り、政治介入に強い反発を表明した。12月3日の東京の円卓会議では日本の金融庁の佐藤隆文長官も「(時価会計の緩和は)逆に作用する」とあいさつし、IASBを援護する立場をとった。

 IASBは「08年中の措置」を退けると同時に、年明けにはFASBと共同で「金融危機対応のハイレベル諮問グループ」を発足させ、各国の金融当局や中央銀行の高官・元高官18人など「権威あるメンバー」を招へいし、金融危機の中の会計基準のあり方について外部の助言を求めることにした。1月20日にロンドンで第1回会合を開き、2月13日にはニューヨークで開催する。3、4月の会合も予定しており「良識ある意見」を求めて結論を得る方向だ。

 ただ、大和総研の吉井一洋・制度調査部長は「IASBが外部の助言機関を立ち上げても、欧州委からの要望は引き続き検討している状況にある。今後、IASBから金融危機対応として出てくる案については(時価会計緩和のバイアスがかかっているかどうか)注意してみたほうがいい」とみる。日本の金融庁の幹部は「欧州の金融機関の決算は12月末で終わったが、これからもいろいろな形で圧力が出てくるだろう」と指摘している。

 <米国も時価会計緩和の発言、新SEC委員長の発言も波紋>

 時価会計ルールの適用緩和で大きくかじを切っているのは、欧州だけではない。米国は、国際会計基準を2014年以降に段階的に受け入れるかどうかを2011年に最終判断するとの「工程表(ロードマップ)案」を公表しており「受け入れに転じた」とみられていたが、風向きが大きく変わる可能性が出ている。

 2月4日にはドッド米上院銀行委員長(民主党)が、基本的な会計基準を変更することなく不良資産の評価損に直面する金融機関の時価会計規則を変更することが可能かもしれないと発言。金融機関の保有資産の時価会計適用に消極的な見解を明らかにした。

 また、オバマ新政権でSEC委員長に就任したシャピロ氏は、就任前の1月15日の公聴会で「SECから公表されたロードマップにはいくつかの懸念がある」と発言し、日本の関係者に衝撃を与えた。シャピロ氏は「国際会計基準は米国基準に比べて詳細ではない。会計の移行にかかる費用の問題もある。米国企業にこうした費用を貸すことが合理的か否かを注意深く検討することが必要だ」と指摘。「ここは大きく深呼吸をして全ての分野を注意深く検討しようと考えており、現在、公開されているロードマップには必ずしも拘束される必要はない」などとも述べていた。

 こうした米欧での大きな政策方針の変化をみて、日本国内でも様々な見方が交錯し始めた。日本の関係者の中では「オバマ政権は国際会計基準の導入に後ろ向きではないか」との声が上がり始めた。こうした見方に対しては「政権交代によって前政権の方針を再点検するのは当然で、従来方針がすぐに変わることにはつながらない」という見解も出ているが、金融庁幹部は「もし米国がロードマップを見直すこととなれば、当然、日本としても前提が変わってくる」と指摘している。

 <日本の経済界は積極路線で金融庁を突き上げ>

 国際動向を慎重に見極める立場にあった金融庁が、導入に向けた公開草案を発表した背景には、経済界からの強い要請が影響したとみられている。企業会計審議会(金融庁長官の諮問機関)の議論で、島崎憲明・住友商事(8053.T: 株価, ニュース, レポート)副社長は「企業サイドとしても強制適用のタイミングと方向性がはっきりすれば準備や作業が進められるが、いつ強制適用になるのか分からないままでは具体的な作業も進まない」と主張。日本でも「ロードマップ」を早期に整えることが重要だと強調した。

 また、東京証券取引所の斉藤惇社長は、国際会計基準の導入で海外の機関投資家が日本企業を評価しやすくなる効果を主張する。ただ、斉藤社長は「国際会計基準のエキスパートは日本にいない。会計士は国際会計基準を完全に分かっているわけではないし、ルールがきっちりあるわけでもない。その中でどうするかは審議会などで詰めていくしかない」として、環境整備の遅れた日本の事情にも言及している。

 こうした情勢の下で、金融庁の公開草案は導入のタイミングが見えづらく難解な表現になったが、慶応義塾大学の池尾和人教授は「国際金融市場の先行きが不透明な以上、慎重にせざるを得ない」と指摘している。金融庁は、4月6日までのパブリックコメントにおける世論の反応を確かめながら、欧州と米国の動向にも目を配り、今後の展開を決めていく方針だ。

 (ロイター日本語ニュース 村井 令二記者;編集 田巻 一彦)

 
 
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