2009年02月09日 (月)時論公論 「地域医療と自治体病院」

(金子キャスター)
ニュース解説・時論公論です。
全国の自治体病院の経営破たんが相次ぐ中、先週、千葉県銚子市では、住民が、市立病院の診療休止を決めた市長のリコールを請求し、来月にも、市長の解職の是非を問う住民投票が行われる見通しとなりました。藤野解説委員がお伝えします。

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今晩は。
地域医療の崩壊は、とうとう自治体と住民の対立を引き起こすという事態にまで陥りました。病院の存続を公約に掲げて当選した市長が、突然病院の休止を決定し、リコール請求に発展した千葉県銚子市の市立総合病院を例に、今夜は、全国で起きている地域医療の崩壊と自治体病院をめぐる問題について考えます。

 

〈銚子市の事例〉
銚子市の市立総合病院は、ベッド数390あまりの千葉県北東部の中核病院です。県の医療計画では、がんや脳卒中などの患者に高度な医療を提供し、重症の救急患者にも対応する医療機関と位置付けられています。特にここは、精神科の外来患者が多く、精神科の医療拠点としての役割も持っていました。
しかし、去年7月。市は経営難を理由に、2か月後に診療を休止することを突然発表しました。

 病院を休止した理由について、市側の言い分は、急激な医師の減少で収益が落ち、市の財政支援ができなくなったためとしています。
実際に、平成15年4月には35人いた医師が、5年間で17人に半減しました。市は、医師の臨床研修制度の見直しで、それまで市立病院に医師を派遣していた大学が医師を引き上げたことが原因だとしています。医師一人につき年間に1億円の収益をあげるといわれていて、銚子の場合でも、医師の減少の結果、4年間で収益は半減。市は、病院の経営を支えるため、平成18年度と19年度の2年間、一年分の一般会計の歳出全体の6%から7%にあたる資金を、一般会計などから繰り入れました。他の自治体の繰入額と比べても大きな支出でした。その後も、医師は減り続けて収益が減り、さらに追加資金が必要となりましたが、市側はこれ以上の財政支援ができず、診療を休止せざるを得なかったと説明しています。

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しかし、住民側は、「市長は、病院の存続を公約に掲げて当選したのに、住民に原因を十分に説明せずに、急に診療休止を決めたのは唐突だ。もっと経費の削減など、病院存続の努力はできたはず」と主張し、市長のリコールを請求しました。
病院の休止で、およそ160人の入院患者が転院を余儀なくされ、隣の市の病院まで毎回往復1時間半もかけて通院する住民も増えました。
市内に3台しかない救急車が、隣の市や隣の県の総合病院まで、救急患者を搬送することが多くなり、市内に救急車が一台も残っていない時間帯も生じています。周辺の自治体の病院に患者を運んでも、ベッドに空きがなかったり、すぐに対応できる医師がいなかったりすることもあり、住民の不安や戸惑いは広がっています。
なぜ、このような事態になる前に、自治体は、今後の対策を講じることができなかったのか。県の担当者にも話を聞きますと、「周辺の自治体病院との連携を進めようとしたが、自治体同士の話し合いが進まなかった。その間に、急速に病院の経営が悪化し、対応が間に合わなかった」と話していました。
市は、4月からの病院の再開を目指して病院の引き継ぎ先を募集していますが、1件も応募はなく、再開のめどは立っていません。

〈減少する自治体病院〉
銚子のように経営破たんに追い込まれる自治体病院は、全国で相次いでいます。
平成16年までは1000あった自治体病院は、統合や閉鎖などで、4年で43の病院が減りました。経営状況をみても、平成19年度は全体のおよそ4分の3が赤字。

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多くの自治体では、一般会計からの繰入れを行い、累積赤字は2兆円を超えています。平成20年度に入ってからも、閉鎖や民間譲渡が予定されている自治体病院は相次いでいます。

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自治体病院は、これまで、救急医療や難病など採算の取れない分野や、災害時の支援など、地域医療のセーフティネットを担ってきました。そうした病院の減少は、地域医療の崩壊につながる恐れがあります。専門家の間では、銚子の事例は、自治体が財政難を理由に、安易に病院を手放すという前例をつくってしまったという指摘も出ています。

〈経営悪化の背景〉
このように、多くの自治体病院の経営が悪化した背景は何か。

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◆まずは、自治体病院の経営の効率化の遅れがあります。自治体の財政が厳しくなっている中で、自治体病院の事務職員などは、公務員と同じ年功序列の給与体系になっているため、民間病院に比べて給与が高く、そのかわり医師の給与が低くなっています。また、経営責任の所在が曖昧で、効率化の努力を怠ってきた面があります。
そうした体質のところに、国の政策の見直しがさらなる経営悪化の引き金となりました。
◆ひとつは、全国的な医師不足の引き金となった臨床研修制度の見直しです。これまで大学で勤務していた研修医が民間の医療機関に集まるようになり、大学から自治体病院に派遣される医師は、1500人も減少しました。
◆国の医療費抑制策が続き、診療報酬が引き下げられたことも、経営悪化に拍車をかけました。
◆三位一体改革で、国から地方への補助金が減少し、自治体財政がさらに悪化したことも原因です。
◆夕張市の財政破綻をきっかけに、総務省が、自治体の財政健全化法をつくり、自治体の一般会計だけでなく、病院事業などを含めた財政状況のチェックに力を入れるようになったこともあります。こうした中で、総務省は、来月までに自治体病院の改革案を策定するよう各自治体に指示しましたが、これが、自治体が財政再建を優先して、赤字の病院経営を安易に投げ出しかねないとの指摘も出ています。

〈地域医療をどう守るか〉
では、地域の医療を守るために、どうすればいいのか。
自治体が財政再建を優先して、安易に病院経営を投げ出さないように、国も、病院の経営改革と自治体の財政再建を切り離して考える必要があると思いますし、医師の定員を増やし、医療費の抑制策を大きく転換することも重要です。

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しかし、現場の医師が増えるまで10年かかりますし、地域によって事情は複雑で、数だけ増えても解決する問題ではありません。
私が、今必要だと思うのは、都道府県単位で、自分たちの地域にとって必要な医療は何か、その中で、公的な医療の役割は何かを問い直すことです。銚子の例をみても明らかなように、医師の数にも財源にも限りがある中で、自治体だけの対応では限界があります。都道府県単位で必要な公的医療を、住民や現場の医師、地方議会も一緒になって、もう一度考え直すことが重要だと思います。
そうした上で、都道府県が先頭にたって、病院の再編やネットワークづくりを積極的に進めることが必要です。
さらに、地域の公的医療にとって必要な財源と人材を大きく振り向けるために、国が、救急など採算のとれない分野の診療報酬を大幅に引き上げることや、地方の病院で働くことを医師の研修プログラムに入れるなどの取り組みを、早く進めることも重要です。

(まとめ)
最後に、もうひとつ、今回取材をしてみて重要だと思ったのは、住民と自治体の対話です。住民と自治体の信頼関係を築き、地域にとって必要な医療を一緒になって築いていくことが、今、求められていると思います。

投稿者:藤野 優子 | 投稿時間:23:50

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