
ここに、調理された卵があります。
しかし、おかしいですね、黄身は外、白身は内側。これはお菓子か何かでしょうか、それとも割った卵の中身を型に入れて作ったもの?不思議ですね・・・・
実はこれは、殻ごと茹でた卵を茹で卵というならば、ただのそれなのです。ただし、黄身が外側、白身が内側に有る「逆転茹で卵」であるにすぎません。
さて、これは偶然の産物でしょうか?いや、違います。ちゃんと作り方が有ります。
この製法を知るためには、まず江戸時代に戻る必要があります。・・・そして、その秘密の入り口は、ここにあるのです。

国立演芸場
国立演芸場の演芸資料室に「緒方奇術文庫」というコレクションが有ります。緒方洪庵の孫である故・緒方伊知三郎氏が収集し、国立演芸場に寄贈した奇術関係の文献コレクションです。
これは江戸中期から昭和期にかけて日本で出版された奇術(手品)文献の大半を含む、たいへん貴重なものです。江戸時代から昭和初期まで、日本の奇術書だけでも、なんと221点が保管されているのです。
そして今、この中の一冊をピックアップしてみましょう。

「料理こんだて手品伝授」著者・発行年ともに不詳
(写真は、「長芋を結ぶ伝」等)
この書物は、なんと料理書と奇術書が合わさった、世にも珍しい本なのです。(東京家政学院大学のライブラリにも有るようです)このジャンルに少々うるさい私の知る限り、現代の日本、いや世界中で、これに類似した本は無いと思います。
ちなみに、江戸時代に出版された奇術(手妻)の書物は、一説によるとおよそ200種類ともいわれています。ここではスレ違いとなりますので皆様に詳細を紹介できないのが残念ですが、日本の持つ真の伝統文化は、本当にとんでもないですね。
話を戻して、ここに書かれている、「逆転卵」の作り方は、とても簡単です。「糠味噌に卵をしばらく漬け、それから茹でる」。
こんな簡単な事で?と、皆さんも思われたでしょう。そして、皆さんの考えは正しいですね。実は、このやり方は正解では無いのです。これでは、「逆転卵」は出来ません。残念ながら、この本の著者は、他のネタ本からこのネタを書き写す際に、重要な部分を書き漏らしてしまったらしいのです。
・・では、正解の方法は、どこに有るのでしょうか?
正解は、ここに有りました。

この本は、1785年、器土堂主人により書かれた「万宝料理秘密箱」です。
これは、卵料理尽くしとして有名な料理書で、別名を「卵百珍」とも呼ばれているものです。当時の江戸では、500種類以上もの料理関係書が出版され、庶民もそれを楽しんでいました。そして、この本に記された15番目のレシピ「黄身返し卵の仕方」こそが、逆転卵作成の秘法なのでした。

「黄身返し卵の仕方」部分
書きもらされた部分は、糠に漬ける前に、卵の殻に小さな穴をあけておくことです。ただし、これは有精卵でないとうまくいかないらしいです。私も昔一度試してみましたが、無理でしたw
さて、・・・この話はここで終わりません。
我々の暮らす21世紀の現代日本において、この卵百珍の書物も、黄身返しも、決して忘れ去られずに伝承されているからです。

現代に再販されている「万宝料理秘密箱」

TV「所さんの目がテン!」黄身返しの作り方の回
http://www.ntv.co.jp/megaten/library/date/00/08/0813.html
※「伊東家の食卓」でも紹介されたらしいですが、残念ながら資料が発見できませんでした。ちなみに、クリップで中身を攪拌する方法だったようです。

ベンチャー企業(株)アイベックス が特許技術で作成した、ハート型模様の黄身返し
http://anzenmon.jp/page/174547/
・・・日本人は、ほんとうに恐ろしいですね!!
【おわり】