慰安婦問題の発端(1991年)から今日に至るまで、その主役は一貫して朝日新聞であった 檀君 WHO's WHO「青柳敦子」さんを参照 従軍慰安婦考 慰安婦問題の歴史 アジアの真実 |
焦点はただ一つ、「旧日本軍による強制性の有無(日本軍が女性を誘拐して、強制的に慰安婦にしたという主張)」ですが・・・
現在までに強制性の証拠は存在しない。
植民地支配当時、(デモが頻発する朝鮮ですら)慰安婦問題に抗議のデモがあった記録さえない。
「私の戦争犯罪−朝鮮人連行−」(著者:吉田清治)の中に、「済州島で強制連行をやった」という証言が出ています。そこで、千葉大(当時)の秦郁彦教授が現地で調査したところ、簡単に嘘がバレました。 http://wwwi.netwave.or.jp/~mot-take/jhistd/jhist3_2_2.htm 『従軍慰安婦』という単語自体、千田夏光の造語です。
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「慰安婦騒動」の発端となった「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の著者 吉田清治吉自身が慰安婦狩り証言について、「フィクション」だったと認めてます。 http://www.tamanegiya.com/jyuugunniannfu.html
→→吉田清治さん、あなたのおかげでとんでもないことになってますよ・・・・・orz |
(注1) 全世界に従軍慰安婦の実像を暴露したチョン・ソウン氏死去 http://japanese.joins.com/html/2004/0226/20040226185642400.html 13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった「挺身隊おばあさん」チョン・ソウン氏が、26日未明、慶尚南道鎮海(キョンサンナムド・チンヘ)の自宅で老患で亡くなった。80歳。 2004年80歳で死亡。=> 1924年産まれ。 13歳から7年間インドネシアで慰安婦 => 1937年〜1942年までインドネシアで慰安活動。 日本軍がインドネシアを占領していたのは、1942年〜1945年までの3年間。
(注2)「河野談話」についてはコチラかコチラをご覧ください。 |
「このサイトの管理人は大嘘つきだ。あの村山富一元首相が理事長を務めるアジア女性基金のHPでは
軍の関与を証明する資料が明らかになったとあるぞ!!」
と、いう方へその「軍の関与」を証明する資料といわれるのが↓コ レ ↓です。
解 説また、アジア女性基金のHPにある自ら名乗り出た慰安婦と言われる金学順さんは、
「女子挺身隊」として連行などされていない事を自ら語り、
当時の石原副長官の軍・官の強制連行の証拠は発見出来なかったとする発表もありました。
↓
詳しくはこのサイトを是非、ご覧ください。 |
(朝日新聞をはじめ、日本軍が女性を誘拐して、強制的に慰安婦にしたという主張する人たちは軍の関与を示す資料は必死に捜しますが、
その後の金学順さんの会見、石原副長官の発表、証拠資料の解釈についてなぜ、情報を掲載しないのでしょうか?
これこそ、説明責任を果たしてないということではないでしょうか?)
ちなみにこのアジア女性基金ですが、韓国が日本の「国家補償回避」と反発して韓国から撤退しています。(一時、韓国だけ延長したりしましたが・・)韓国の慰安婦支援団体は、この「基金」の受け取りをしたなら、「基金」を受けた当事者を名指して「民族心を売った汚い女」などと非難・攻撃し、支援対象から外すと言っていました。まさか、支援団体も日韓基本条約で個人の補償問題は解決済みだったとは思いもしなかったでしょう。(2005年1月17日一般に公開される) 日韓基本条約の中身は韓国の政府首脳は当然知っていたはずです。焚きつけるだけ焚きつけて後は高みの見物だったのでしょうか? 当然、アジア女性基金の理事長の村山富一元首相も解決済みだということは知っていたはずです。(日本では日韓会談の文書は、01年に施行された情報公開法により一般に公開)ですから、ことさら「道義的責任」を強調されていたのではないかと思います。解決済みでなかったとしたら、当時の社会党の委員長だった村山政権が個人補償を言い出さないわけがないです。まったくとんだ茶番ですね。 ※そもそもでっち上げである慰安婦問題と国家の個人賠償を同列で扱うのもおかしな話ですが・・・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 【参考サイト】 [女性基金]「何のための事業だったのか」 アジア女性基金が解散へ アジア女性基金事業と日本政府の法的立場 「法的責任」 → 「道義的責任」? インドネシアと韓国の違い
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韓国は「従軍慰安婦=従軍 ianfu」と、「挺身隊=teishintai」を混同して意図的に歪曲しています。(発端は朝日新聞) 挺身隊とは人手不足のため、工場で働く女学生のことです。これは、強制といえば、強制ですが、法制定で戦時中の国民の義務であったし日本国内でも同様だった。「差別」とはいえません。 解せないのは、 挺身隊(teishintai)を強制 →慰安婦(ianfu)を強制 →SEX奴隷と歪曲していることです。 |
どうしてもクリアできない人はコチラをご覧ください。 |
ニホンちゃん |
ファンさん |
ファビョーン |
※翻訳の為、文章を再構成してあります。 ■「済州新聞」1989.8.14 解放44周年に日帝時代に済州島の女性を慰安婦として205人、徴用していたとの記録が刊行され、大きな衝撃を与えている。 ※YOSHIDA SEIJIの本。この本が発端となり、「慰安婦騒動」が始まった。 しかし島民の証言が無く、問題になっている。 しかし、この本に記述されている城山浦の貝ボタン工場で15〜16人を強制徴発したり、法環里の村で行われた慰安婦狩りの話を証言する人たちは殆どいない。 島民達は「出鱈目だ」と言い、この著述の信憑性を疑っている。 城山浦のチョン・オクタン(85歳の女性)は「250軒の村で、15人も徴用したとすれば大事件であるが、当時はそんな事実はなかった」と語った。 郷土の歴史研究家の金奉玉は「1983年に日本語版が出てから、何年かの追跡調査をした結果、事実でない事を発見した。この本は日本人の悪徳を示す軽薄な商魂の産物と思われる」と憤慨している。 ※最初、YOSHIDA SEIJIは「妻の日記が証拠だ!」と言っていたが、なんと!その当時、YOSHIDAは未婚だった! ※そして、YOSHIDA SEIJIは「この本は全て嘘でした」と認める。 ※この偽書を信じた日本の主婦が韓国に渡って宣伝した事が「慰安婦騒動」の始まり。 ■1944年、3人の朝鮮人軍属から聴取した記録(USA公式文書) ※朝鮮人軍属の陳述。 ※軍属=軍に関わる仕事をしていた民間人。 「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は、全て志願者か、両親に売られた者ばかりである。もし女性達を強制動員すれば、老人も若者も朝鮮人は激怒して決起し、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」 Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78,dated 28 March 1945,"Special Questions on Koreans"(U.S.National Archives) ■戦時中あるいは終戦直後、北ビルマのミチナ慰安所で収容された慰安婦から聴取したアメリカ軍の記録。 ブローカー(あるいは経営者)は、300〜1000円の前借金を親に払う。 慰安婦はその債務を慰安所での収入で返還している。 ※単純に言えば「300〜1000円で親に売られた」という事。 ※また親と相談・合意・承諾の上、慰安婦になったケースも考えられる。 ※ブローカー、経営者も朝鮮人。 ※当時の朝鮮総督は「違法な慰安婦の募集が行なわれているから検挙しろ」と訓令を出している。 ※もちろん、この証言は「嘘を言う理由」がある部分なので、そのまま信じる事は出来ない。 ※実際は自分の意志で慰安婦になった人も多い。 慰安婦の月収は1000〜2000円。 日本兵の月給は15円〜25円。 ※日本兵の月給は当時の実際とほぼ一致。 慰安婦は、通常、個室のある二階建ての大規模家屋に宿泊して、「仕事」をした。 慰安婦の生活は、他の場所と比べれば贅沢と言える程だった。 慰安婦は接客を断る権利を認められていた。 負債の弁済を終えた数人の慰安婦は朝鮮に帰る事を許された。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html ■日本の毎日新聞 1992.5.22 慰安婦の文玉珠(68)が「戦時中、ビルマ(今のミャンマー)で預金した貯金を返せ!」と日本の郵便局に訴える。 ↓ 原簿を調べると43年6月から45年9月まで12回の貯金の記録があった。 ↓ 貯金の金額は「26145円」だった。 ※アメリカ軍の「慰安婦の月収は1000〜2000円」というレポートと一致している。 ※現在の韓国の貨幣価値に変換すると約10億WON。 ※当時、一般の日本兵の年収が約150円。陸軍大将の年俸でさえ6600円。 http://www.jiyuu-shikan.org/goiken/99/goiken9912m.html ※文玉珠(68)は「当時、1000円で故郷の大邱に小さな家を一軒建てられた」と言っている。 ※26145円あれば、朝鮮に家を26軒は建てる事が出来ました。 文玉珠(68)が2年で貯めた約10億WON=約1億円相当の金塊 文玉珠(68)が2年で貯めた約10億WON=約1億円の札束 ■26145円も貯金した文玉珠(68)の慰安婦時代の手記。 中国系マーケットに行って買物した。 鰐皮のハンドバッグと靴を私の為に買った。 母の為にもプレゼントを買った。 将校さん達に連れられてジープに乗って、ぺグーの仏像を見に行った。 YAMADA ICHIRO(日本兵の恋人)と大邱の母の無事を祈って帰ってきた。 “自称”従軍慰安婦の証言とは正反対ですね。 そして当時の慰安婦の比率は「日本人2:朝鮮人1」でした。 日本人慰安婦も「強制連行」されたのでしょうか? また、朝鮮戦争やベトナム戦争の時も慰安婦は存在しました。 特に朝鮮戦争は「戦地」で募集された慰安婦です。 併合時代のような「法秩序」が崩壊していた時です。 本当の「誘拐」「強制連行」があったのではないでしょうか? そして日本との問題は全て1965年の日韓基本条約で解決済みです。 これ以上の「解決」はありません。 しかし朝鮮戦争&ベトナム戦争の時の慰安婦は韓国の「国内法」で解決できます。 何故、それを無視するのですか? ■特別付録!日韓併合以前の朝鮮女の値段! フランス人の宣教師シャルル・ダレの著書「朝鮮事情」より抜粋。 1871年〜1872年に、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。 あまりの酷さに、西海岸の人々の中には、娘を中国人の密航業者に1人=米1SHOU(1.8リットル)で売る者もいた。 北方の国境の森林を越えて遼東半島に逃げた数人の朝鮮人は、惨たらしい状況を絵に描いて宣教師達に示し、「どの道にも死体が転がっている」と訴えた。 しかし、そんな時でさえ朝鮮国王は中国や日本からの食料の購入を許さなかった。 むしろ国民の半数が死ぬのを放置する道を選んだ。 米1SHOU(1.8リットル=1400グラム) 米1400グラム・・・これが併合前の朝鮮女の「一生」の値段でした。 韓国の裁判での偽証罪の割合は日本の671倍。 >>参考サイト |
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本当のことを言ったら、慌てた韓国政府が動いてこの通り・・・
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慰安婦発言のソウル大教授が謝罪
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/06/20040906000060.html
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_8&nid=901189&work=list&st=&sw=&cp=1
ベトナム戦争で韓国軍がベトナム人女性を強姦して生まれた混血子供が3万5千人以上いるそうです。 ベトナムではこの強姦されて生まれた混血児は白丁のごとき差別を受け、社会問題化しているほどです。 「韓国は自由主義の保護の下、ベトナム戦争に派兵した」の1行のみ。 (5年前のTBSの報道特集より) 事実の解明は、昨年やっとはじまった ▼NEWS WEEK の記事から http://210.160.208.40//search/20000412/wa_sug1.html http://210.160.208.40//search/20000412/wa_sug2.html ▼関連サイト http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm ▼韓国軍の慰安婦問題 http://teri.2ch.net/korea/kako/996/996920161.html >>NAVERより 韓 : うちの父の越南エピソード ankorean15 : 韓 - ベトコン髪を刈って戦利品で腰にガレージ通ったエピソードは有名だ |
■「済州新聞」1989.8.14 日帝時代、済州島の女性を慰安婦として205人、 徴用していたとの記録が刊行された。 ※YOSHIDA SEIJIが書いた小説が発端となり、「慰安婦騒動」が始まった。 しかし、慰安婦騒動には、非常に多くの問題がある。 1.島民の証言が無い。 2.本に記述されている地域で、慰安婦狩りを証言する人はいない。 3.島民たちは、この小説を読み「あほらしい嘘だ」と言っていた。 城山浦のチョン・オクタン(85歳の女性)の証言。 歴史研究家、金奉玉の証言。 最初、YOSHIDA SEIJIは「妻の日記が証拠だ!」と言った。 そして、YOSHIDA SEIJIは「この本は全て嘘でした」と認めた。 あほらしい小説を信じた、日本の主婦が韓国に行って、宣伝した。 ■1944年、3人の朝鮮人の日本兵から聴取した記録(USA公式文書) ■戦時中あるいは終戦直後、北ビルマのミチナ慰安所で収容された慰安婦から聴取したアメリカ軍の記録。 ※単純に言えば「300〜1000円で親に売られた」という事。 そして、ここが重要。 当時の朝鮮総督、日本軍は、 要するに、自分の意志で慰安婦になった。即ち売春婦だ。 慰安婦の月収は1000〜2000円。 慰安婦は、個室のある二階建ての大きな家に宿泊して、「仕事」をした。 慰安婦は接客を断る権利を認められていた。 ■日本の毎日新聞 1992.5.22 ※アメリカ軍の「慰安婦の月収は1000〜2000円」というレポートと一致している。 文玉珠(68)が2年で貯めた金額=10億won ■26145円も貯金した文玉珠(68)の慰安婦時代の手記。 嗚呼、幸せに満ち溢れた従軍慰安婦の生涯...。 |
はじめまして。いつも拝見しております。
勉強がてら「Voice of America」というストリーミング放送をいつも聞いているのですが、そこで @南京では数千万人が虐殺された。 などと平然と言っていました。こんなヨタ話が、アメリカ発で世界中に垂れ流されています。吉田清治と本多勝一、朝日新聞の犯した罪は大きすぎます。VoAに抗議して何かが変わるのなら喜んでやりますが、意味無いだろうなあ・・・・っていうか原爆落とした国が何をえらそうに言ってるんでしょうか。 |
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