『★韓国大規模流出油事故、重罰化の傾向は?★』[2008年12月12日(金)]
昨日、ある重大海難の刑事裁判の控訴審判決が言い渡されました。私にとっては驚きの判決でした。と言っても日本の話ではなく、お隣り韓国の話です。
昨年の12月7日の朝のことでした。韓国西岸の忠清南道・泰安郡(チュンチョンナムド・テアングン)の沖合5海里(約9キロメートル)の海域で、錨を入れて停泊中の香港船籍のタンカー“Hebei Spirit(ヘベイスピリット/14万7,000トン)”に大型海上起重機台船が衝突しました。
その結果、“ヘベイスピリット”から、積荷原油10,000キロリットル以上が大量流出したのでした。この海域は風光明媚な国立公園です。そして、何よりも水産業が極めて活発なエリアでもあります。原油の大量流出により、周辺沿岸域のアワビ・カキなどの養殖漁業や海水浴場・観光業、干潟などの自然環境や貴重な海岸植生などが、壊滅的な被害を蒙りました。
一昨日、韓国の高等裁判所は、大型海上起重機台船を曳航していたタグボートの韓国人船長二人に対し、一審判決と同様、懲役二年六ヶ月と八ヶ月の有罪判決を下しました。この判決は予想通りでした。ここからが驚きなのです。
さらに、一審では無罪の判決が下された“ヘベイスピリット”のインド人船長及び一等航海士に対し、禁固一年六ヶ月と八ヶ月の有罪判決を下したのでした。報道を見る限り、“執行猶予”という文字は一言も出てきません。ならば実刑ということなのでしょう。
“ぶつけられた”側が実刑判決なのですから驚きです。しかも、二人のインド人は事故発生依頼丸々一年、当局によって異国の地で身柄を拘束され続けています。
しかも、彼らが拘置所にでも収監されていれば、一年間の拘留期間が未決分としてカウントされる可能性が高く、仮にそのまま刑に服したとしても、もう少しの辛抱で出所できるのですが、現実はまったく違います。
彼らは事実上の軟禁状態におかれています。自費で韓国に滞在し、出国はおろか外出すらままならず、足止めを食っている状況です。したがって、丸一年の期間は刑期にまったくカウントされず、はじめから刑に服さなければならないのです。
インド政府は韓国政府に人道問題として抗議して然るべきです。事実、IMO(国際海事機関)での国際会議の席上でも、インド政府代表団は韓国を名指しで非難し、他国に対し、韓国が今回の海難でインド人船員対し行なってきた非人道的な対応の酷さを訴えています。
昨夜、ある海難の“打ち上げ”を兼ねて、海事弁護士の先生方らと夕食を共にしました。席上、今回の判決やインド人船員に対する韓国の対応について、話が及びました。やはり、「やり過ぎ、日本では到底考えられない。」とするのが一致した意見でした。
事故を振り返って見ましょう。“ヘベイスピリット”に衝突した大型海上起重台船は、事故前日の12月6日午後、二隻のタグボートによって、それぞれ一本のワイヤーロープ計二本で牽引された状態で、仁川から巨済に向けた曳航を開始しました。
事故当日(12月7日)の朝5時20分頃、同曳航船団は事故現場海域に達しました。その際、付近に所在する航行管制室は、同曳航船団が錨泊中の“ヘベイスピリット”に接近しつつあることを察知し、注意喚起のため、無線によって二度呼びかけましたが、タグボートからの応答はありませんでした。
朝5時50分頃、航行管制室はレーダーにより、同曳航船団の航跡に異常が生じ、“ヘベイスピリット”にますます接近する状況を察知し、再度、無線によって呼びかけましたが、やはりタグボートからの応答はありませんでした。
その頃、同曳航船団では、ワイヤーロープの一本が切れ、大型海上起重台船の制御ができない状況に陥りつつありました。
朝6時20分頃、曳航船団は“ヘベイスピリット”にますます接近する状況となりました。無線が繋がらないことに業を煮やした航行管制室は、タグボート船長の携帯電話番号を調べあげ、やっとのことで、警告の連絡を行うことに成功しました。
朝6時30分前、航行管制室は“ヘベイスピリット”に対しても無線連絡を行い、曳航船団との衝突の危険が差し迫っているので安全な海域へ移動するよう、警告を行ないました。
朝6時50分頃、航行管制室にタグボート船長から連絡があり、「(大型海上起重台船の制御が不可能なので、)“ヘベイスピリット”を移動させてほしい。」旨を伝えてきました。
“ヘベイスピリット”は航行管制室の要請に即座に応じず、依然、その場所にとどまり、錨泊を続けていました。後の取調べで“ヘベイスピリット”側は、「(航行管制室からの移動警告は承知していたが、)大型タンカーが主機関を用意し、移動するためには十分な時間を要する。」と主張しました。
やがて、朝7時15分頃、まるで糸の切れた“凧(たこ)”のような状態の大型海上起重台船が、“ヘベイスピリット”の左舷側面に激突、三箇所の破口を生じさせました。
“ヘベイスピリット”は船体が一重構造(シングル・ハル)でした。側面外板の内側は原油を満載した貨物タンクとなっています。当然のことながら、積荷の原油が破口から噴出し、流出油災害へとつながったのでした。
たしかに、“ヘベイスピリット”側も事態の緊急性の把握に欠けていました。時系列的に見る限り、主機関を準備し錨を完全に巻き上げ、主機関によってどこか安全な場所に移動するまで、十分とは言えないまでも、試すだけの価値はある時間的な余裕は見出せます。
また、そこまでたどり着けなくても、せめて、錨鎖の長さを調整するなどして、衝突の角度や衝突箇所をコントロールさせ、被害を最小限に抑え、あるいは、うまくいけば衝突を回避させることもできたかもしれません。
しかし、“ヘベイスピリット”は錨泊が禁止されている場所にいたわけでも、無許可で停泊していたわけでもありません。“非”はあるにしても、禁固刑を課すまでの過失であるとはとても思えません。今回の判決は極めて厳しいと思います。
謎を解く鍵は、もう一人の当事者、航行管制室に隠されているのではないでしょうか。航行管制室は、韓国・海洋水産部管轄の出先機関です。
さて、事故当時の昨年12月、韓国では大統領選が繰り広げられていました。12月19日に行なわれた韓国の大統領選挙は、即日開票の結果、保守系野党“ハンナラ党”の李明博(イ・ミョンバク)現大統領が、大方の予想どおり、他の候補を一方的に大きく引き離し、圧勝しました。
さて、海洋水産部は1996年、農林水産部(農林水産省)から独立した巨大組織です。日本で言うところの国土交通省・港湾局、同海事局、同海難審判庁、水産庁、海上保安庁・海洋情報部など、海関係の行政機関を一本化して出来た組織です。
韓国のメディアは、“ヘベイスピリット”の原油流出事故に関し、その責任の一端が海洋水産部にあるとし、厳しく批判しました。
設立当時の海洋水産部には、事故当時の現職大統領であった盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領が長官として在任していました。こうしたことから、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が長官当時から親しかった海洋水産部の官僚人脈にまで言及し、原油流出事故の対応のまずさと絡め、集中砲火を浴びせました。
事故発生直後、まだ初動の段階から、こうした行政批判や態勢不備の指摘が行われていたことは、大統領選挙が絡んでいたことも大きな理由の一つと考えられます。
行政批判の矛先をかわすためには、別の“悪役”が必要です。まさか、インド人船員が“代役”というわけではないでしょうね。
私は今回の判決、極めて厳しいとは受け止めながらも、韓国の法律に基づき適正に裁かれたものと信じています。環境災害犯罪に対する重罰化の傾向は、なにも韓国に限ったことではありません。いずれ、日本もこうなるのでしょうか。
昨年の12月7日の朝のことでした。韓国西岸の忠清南道・泰安郡(チュンチョンナムド・テアングン)の沖合5海里(約9キロメートル)の海域で、錨を入れて停泊中の香港船籍のタンカー“Hebei Spirit(ヘベイスピリット/14万7,000トン)”に大型海上起重機台船が衝突しました。
その結果、“ヘベイスピリット”から、積荷原油10,000キロリットル以上が大量流出したのでした。この海域は風光明媚な国立公園です。そして、何よりも水産業が極めて活発なエリアでもあります。原油の大量流出により、周辺沿岸域のアワビ・カキなどの養殖漁業や海水浴場・観光業、干潟などの自然環境や貴重な海岸植生などが、壊滅的な被害を蒙りました。
一昨日、韓国の高等裁判所は、大型海上起重機台船を曳航していたタグボートの韓国人船長二人に対し、一審判決と同様、懲役二年六ヶ月と八ヶ月の有罪判決を下しました。この判決は予想通りでした。ここからが驚きなのです。
さらに、一審では無罪の判決が下された“ヘベイスピリット”のインド人船長及び一等航海士に対し、禁固一年六ヶ月と八ヶ月の有罪判決を下したのでした。報道を見る限り、“執行猶予”という文字は一言も出てきません。ならば実刑ということなのでしょう。
“ぶつけられた”側が実刑判決なのですから驚きです。しかも、二人のインド人は事故発生依頼丸々一年、当局によって異国の地で身柄を拘束され続けています。
しかも、彼らが拘置所にでも収監されていれば、一年間の拘留期間が未決分としてカウントされる可能性が高く、仮にそのまま刑に服したとしても、もう少しの辛抱で出所できるのですが、現実はまったく違います。
彼らは事実上の軟禁状態におかれています。自費で韓国に滞在し、出国はおろか外出すらままならず、足止めを食っている状況です。したがって、丸一年の期間は刑期にまったくカウントされず、はじめから刑に服さなければならないのです。
インド政府は韓国政府に人道問題として抗議して然るべきです。事実、IMO(国際海事機関)での国際会議の席上でも、インド政府代表団は韓国を名指しで非難し、他国に対し、韓国が今回の海難でインド人船員対し行なってきた非人道的な対応の酷さを訴えています。
昨夜、ある海難の“打ち上げ”を兼ねて、海事弁護士の先生方らと夕食を共にしました。席上、今回の判決やインド人船員に対する韓国の対応について、話が及びました。やはり、「やり過ぎ、日本では到底考えられない。」とするのが一致した意見でした。
事故を振り返って見ましょう。“ヘベイスピリット”に衝突した大型海上起重台船は、事故前日の12月6日午後、二隻のタグボートによって、それぞれ一本のワイヤーロープ計二本で牽引された状態で、仁川から巨済に向けた曳航を開始しました。
事故当日(12月7日)の朝5時20分頃、同曳航船団は事故現場海域に達しました。その際、付近に所在する航行管制室は、同曳航船団が錨泊中の“ヘベイスピリット”に接近しつつあることを察知し、注意喚起のため、無線によって二度呼びかけましたが、タグボートからの応答はありませんでした。
朝5時50分頃、航行管制室はレーダーにより、同曳航船団の航跡に異常が生じ、“ヘベイスピリット”にますます接近する状況を察知し、再度、無線によって呼びかけましたが、やはりタグボートからの応答はありませんでした。
その頃、同曳航船団では、ワイヤーロープの一本が切れ、大型海上起重台船の制御ができない状況に陥りつつありました。
朝6時20分頃、曳航船団は“ヘベイスピリット”にますます接近する状況となりました。無線が繋がらないことに業を煮やした航行管制室は、タグボート船長の携帯電話番号を調べあげ、やっとのことで、警告の連絡を行うことに成功しました。
朝6時30分前、航行管制室は“ヘベイスピリット”に対しても無線連絡を行い、曳航船団との衝突の危険が差し迫っているので安全な海域へ移動するよう、警告を行ないました。
朝6時50分頃、航行管制室にタグボート船長から連絡があり、「(大型海上起重台船の制御が不可能なので、)“ヘベイスピリット”を移動させてほしい。」旨を伝えてきました。
“ヘベイスピリット”は航行管制室の要請に即座に応じず、依然、その場所にとどまり、錨泊を続けていました。後の取調べで“ヘベイスピリット”側は、「(航行管制室からの移動警告は承知していたが、)大型タンカーが主機関を用意し、移動するためには十分な時間を要する。」と主張しました。
やがて、朝7時15分頃、まるで糸の切れた“凧(たこ)”のような状態の大型海上起重台船が、“ヘベイスピリット”の左舷側面に激突、三箇所の破口を生じさせました。
“ヘベイスピリット”は船体が一重構造(シングル・ハル)でした。側面外板の内側は原油を満載した貨物タンクとなっています。当然のことながら、積荷の原油が破口から噴出し、流出油災害へとつながったのでした。
たしかに、“ヘベイスピリット”側も事態の緊急性の把握に欠けていました。時系列的に見る限り、主機関を準備し錨を完全に巻き上げ、主機関によってどこか安全な場所に移動するまで、十分とは言えないまでも、試すだけの価値はある時間的な余裕は見出せます。
また、そこまでたどり着けなくても、せめて、錨鎖の長さを調整するなどして、衝突の角度や衝突箇所をコントロールさせ、被害を最小限に抑え、あるいは、うまくいけば衝突を回避させることもできたかもしれません。
しかし、“ヘベイスピリット”は錨泊が禁止されている場所にいたわけでも、無許可で停泊していたわけでもありません。“非”はあるにしても、禁固刑を課すまでの過失であるとはとても思えません。今回の判決は極めて厳しいと思います。
謎を解く鍵は、もう一人の当事者、航行管制室に隠されているのではないでしょうか。航行管制室は、韓国・海洋水産部管轄の出先機関です。
さて、事故当時の昨年12月、韓国では大統領選が繰り広げられていました。12月19日に行なわれた韓国の大統領選挙は、即日開票の結果、保守系野党“ハンナラ党”の李明博(イ・ミョンバク)現大統領が、大方の予想どおり、他の候補を一方的に大きく引き離し、圧勝しました。
さて、海洋水産部は1996年、農林水産部(農林水産省)から独立した巨大組織です。日本で言うところの国土交通省・港湾局、同海事局、同海難審判庁、水産庁、海上保安庁・海洋情報部など、海関係の行政機関を一本化して出来た組織です。
韓国のメディアは、“ヘベイスピリット”の原油流出事故に関し、その責任の一端が海洋水産部にあるとし、厳しく批判しました。
設立当時の海洋水産部には、事故当時の現職大統領であった盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領が長官として在任していました。こうしたことから、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が長官当時から親しかった海洋水産部の官僚人脈にまで言及し、原油流出事故の対応のまずさと絡め、集中砲火を浴びせました。
事故発生直後、まだ初動の段階から、こうした行政批判や態勢不備の指摘が行われていたことは、大統領選挙が絡んでいたことも大きな理由の一つと考えられます。
行政批判の矛先をかわすためには、別の“悪役”が必要です。まさか、インド人船員が“代役”というわけではないでしょうね。
私は今回の判決、極めて厳しいとは受け止めながらも、韓国の法律に基づき適正に裁かれたものと信じています。環境災害犯罪に対する重罰化の傾向は、なにも韓国に限ったことではありません。いずれ、日本もこうなるのでしょうか。