ゼーファ
written by R2



 玲二は眼前に立つ少女を睥睨した。少女はいかにも勝気そうで、そしてまた質の良いシンプルな服を着ていた。唯一黒いマントが異彩を放ってはいたが、それ以外は、そこいらを友人と共に闊歩する少しばかり上品なティーンエイジャーと何ら変わりはない。それも視界の端々に居る子供らも同じマントを羽織っていて、見覚えはないがこれが彼らの学校の制服なんだろうな、という程度のものだ。
「あんた誰?」
 赤みの織り交ざったブロンド。桃色の髪を垂らしながら抑揚無しに問いかける彼女は、心底呆れたという表情をする。
「ここはどこだ?」
 どう振舞ったものか、と頭をかきつつ玲二は立ち上がった。
「トリステイン魔法学院。それよりあんたの名前よ」
「ツヴァイだ」
 知らぬ場所だ。
 別段拘束されている訳ではないし、かといってこの屋外で自分と目の前の彼女を取り囲むマントの集団全員が味方である保障もない。もしこの場所が敵対組織の宿で、問いかけた少女が尋問官であったのなら囲まれたままにファントムと名乗るのは拙かったし、味方であってもどの程度自分と親しいかによって全てを使い分ける必要があった。ツヴァイは仲間内のコードネームのようなもので、自分が対外的にはファントムという名で広く知られている以上、ツヴァイという名がどんな相手でさえ何らかのアクションを引き起こすとは考え難かった。
 まぁ、玲二と名乗っても良かっただろうか。過去を消された今となっては、偽名よりも無意味な名だ。玲二は軽く自嘲した。
「どこの平民?」
 この質問には口を噤む。平民、という言い回しがどのような意図から出たものかは解らなかったが、どうも敵でも味方でもなさそうな相手に、自分の出自に関する情報を渡すのはどうかと思ったからだ。
 少女は口を開かないツヴァイに憮然として、元々吊り気味な目で一層強く睨めつけた。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
 取り囲む学生たちの中の一人が目の前の少女を揶揄したらしく、笑いの渦がおこる。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
 眼前の少女――ルイズと呼ばれていた少女は、これ以上ないというくらいに目を吊り上げて怒鳴り返した。間違いで平民を呼んだ。つまり手違いで自分はここに連れて来られた訳だ。玲二は少しでも情報を集めようと、声を上げずに周囲の笑い声に耳を傾ける。
「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」
「さすがはゼロのルイズだ!」
 つまり彼女は度々こういった手違い、誘拐の真似事をしているという事だろうか。それを大多数の者たちが笑っている。倫理観が欠如しているのか、それともこのような間違いの起こる度に、自分のような被害者は自分の寝室で寝て、朝目が覚めたらどことも知れぬ草の上だったというこの状況を笑って許してしまえる程の補償がなされているのだろうか。自分の常識と照らしつつ、後者であると仮定して玲二は口を開いた。
「あー、ルイズっていったか? 手違いなら、さっさと帰してくれると嬉しいんだが」
「あなたもそう思うわよね!
 あの、ミスタ・コルベール! もう一回召喚させてください!」
 ルイズは、玲二の言葉に我が意を得たりと言わんばかりに叫んだ。問いかけの先に居るのは中年の男だ。教師と思しき風体をしていたが、どうも生徒に合わせたのか黒いマント、さらには大きな杖まで持っている。玲二は彼を見て、ルイズや、周囲の生徒たちを見たときの妙な既視感に納得がいった。何せ、そのコルベールと呼ばれた男性の風貌は魔法使いそのものだったからだ。
 変な集団だな。口に出さずに呟く。
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
 ヴァリエールとはルイズの家名か。
「どうしてですか!」
「お決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっているとおりだ」
 要領を得ない。
「それによって現れた『使い魔』で。今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
 また周囲で笑いが起こる。
 玲二は先程切り捨てた予測の、『倫理観が欠如している場合』を再び考慮し始めた。地についていた手を、注目を惹かぬように動かして石を集める。ナイフも銃も持ってはいたが、初手の牽制にはなる。これだけの大人数に囲まれた状態で、たった一丁の銃を手にフリーズと叫ぶ気にはなれなかった。
 ルイズとコルベールの言い争い――いや、ルイズが一方的に食い下がっているだけだろうか――を視界の隅に留めつつ、玲二は考えに耽る。状況を推察しろ。理解しろ。そしてその場で最も適切な行動を取れ。
「ダメだ、降参」
 諦めた。
「結局俺はどうしたらいい?」
 一応の決着がついたらしい、不満気な表情を隠そうともしないルイズにそう訪ねると、彼女はきっちりと玲二に向き直って言った。
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
 感謝という。ここは彼女らの価値観を信じてみるべきか? いや、この連中の倫理観は信用が――
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 手に持っていた杖を額に近づけてくる。単なる木の棒、表現するなら教鞭で、致死性は皆無だ。目を貫くならともかくと、こつん、と額に当てられるのを享受する。そのままにルイズは顔を近づけてきた。
 反射的にナイフを抜きそうになったのを抑えたとき、玲二の唇は彼女に奪われていた。
 コルベールが安心したように何かを言い、また周囲の生徒たちがルイズを笑う。そして彼女は打てば響くといったように激昂していた。玲二は取り残されている。
「……何だ?」
 こんな、雰囲気も何もあったものじゃない展開に頭が混乱する。そして突然の左の手の甲に取り付いた痛みが、思考が吹き飛ばした。
 毒? 熱? やられた、という感情が支配する。痛覚を抑え、表情を消し、服の上から武器に手をかけてルイズを睨めつけたとき、その痛み、熱が消えた。
 すぐさま左手を確認する。刺青があった。
 一体いつの間に? この場で目を覚ます前だろうか。訳が、わからない。
 周囲で笑っていた生徒たちが空を飛び始めたとき、玲二の混乱は骨頂に達した。
「ちょっと待ってくれ。一体何が……飛んでる、のか? まるで訳が……。
 ――あ、トリステイン、まほう、学院……?」
 魔法。
 魔法学院。
「そうよ、この学院に所属する生徒全員が貴族。
 私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」
 魔法について得心のいく回答は得られなかった。
「待て。主人ってことは、引き抜き……名指しで俺と雇用契約を結びたいってことか?」
「雇用契約? 何勘違いしてるのか知らないけど、あんたは私の使い魔よ!」
「まて、その使い魔ってのは何だ。俺は殺し屋だぞ」
 周囲の人が全て去ったのを確認してからそう言った。ルイズが息を呑むのが解る。その仕草を見て玲二は己を罵った。倫理観が破綻している人間の全てが、殺しという行為に嫌悪感を抱いていなかったり、治安機構を毛嫌いしているわけではないのだ。
「あ、あなた。人間よね……?」
「人間だよ」
 どうも殺し屋は別世界の生き物のようだ。もしかしてここはアメリカじゃないのか? トリステイン、思えば聞いた事もなかった。
「なぁ、教えてくれ。使い魔って一体何だ?」
 今の自分の立場だ。
「使い魔って……使い魔は使い魔よ。主人の目となり耳となり。それから秘薬を取りに行ったり」
「小間使いみたいなものか」
 玲二は言葉通りに受け取った。スパイの真似事も出来ない訳ではなかったからだ。
「あんたには期待してないけどそうね。
 そしてこれが一番なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在であるのよ。その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目。
 そ、そういえばあんた、殺し屋って言ったけど……」
「手段を問わずにいてくれるなら、それなりの働きをする自信は」
 こくり、とルイズの細い喉が鳴る。
 いつの間にか、出来るだけ高く自分を売り込もうとしていたことに気付いて玲二は憮然とした。なんだか良く解らないが、どうでも良かったのだ。



 薄々感じては居たものの、どうにもここはおかしい、と確信めいた考えを持ったのは二つ出ている月が見えたときだ。そしてどうも自分の知る月よりも妙に大きい。
「先ず、言っておくと。
 俺が住んでいた星に魔法使いなんて連中は居ない。それから月も一つだ」
「星? ってあの夜になると空に出てくる星でしょ? まさかあんたその星から来たなんて言うつもりじゃないでしょうね」
「今俺たちが立っているここも一つの星だ」
「バカ言わないで。ここはトリステインよ」
「そのトリステインが、星の上にあるんだ」
 付き合っていられない、とでも言うようにルイズは手を振った。
「あんたってもしかして目が見えないの? 星ってあんなに小さいじゃない」
 そう言って窓の外を指す。玲二は首を振った。
「そうだな……あそこに木があるだろう」
 玲二はルイズの部屋の窓からみえる、遠くの森を指した。
「あの木の上に乗れるか?」
「突然何よ。手でするするととは言わないけれど、梯子があれば上れるわ」
 玲二は指でここから見た木の大きさを表す。それをルイズの目前に出した。
「こんなに小さいのに?」
 馬鹿にされたと思ったのか、ルイズは顔を真っ赤にして言う。
「あのね、確かにここから見れば小さいかもしれないけど、あの木はあんたの5倍はあるの! 近くに行けば解るわ!」
「そうだ。当たり前だ。
 そしてあの星も近くに行けば解る。トリステインの100倍はあるよ」
 ルイズははっと息を止めた。
 彼女の愕然とした表情を見て、玲二はいらずらの成功した子供のように笑う。それを見て我に返ったのか、ルイズが反発する。
「じゃ、じゃあ何で落ちてこないのよ!」
「遠すぎると落ちてこないんだ。
 そうだな……高く、高く、本当に高く飛んで、ずっと高い位置までくると、体がふっと浮くようになっていつまでも飛んでいられるようになる。
 その位置を越えると、どれだけ上に行っても落ちるって事がなくなる」
 星っていうのはそれよりもずっと向こうにある。
 ルイズに重力や大気圏の知識などないし、概念は理解出来なかったが、どこまでも高く飛んだ者が全てから開放されていつまでも飛び続けていられるというのは享受し易い話だった。確かにそれはおとぎ話であったのかもしれないが、それを否定する程に高く飛んだ事のある者など有史には居なかったし、ルイズも少女であって、心の片隅でどこかそれを信じていたからだ。
 そして同時に、自分がとんでもない場所に立っているような気分になった。大きな、とても大きな星の上にあるトリステインという小さな土地の小さな学院の一室で、途方もない高さにある月と星たちを見上げている。
 少しだけ、足元が震えた。
「じゃあ、あの中のどれかにはハルケギニアと同じくらい大きな大陸があって、トリステインと同じくらい大きな国があって、そこにツヴァイは住んでたってことなの?」
「ルイズの言う魔法っていうのが、距離を越えて使い魔を呼び出すって言うなら。
 はるか遠くの星から呼び出す事もあるだろうな」
 ぺたん、と気の抜けたようにルイズは椅子に身を任せた。
「私、すごいことしちゃったのね……」
 そうだな。と玲二は言った。
「なんかもう、眠くなっちゃったわ。
 悪いんだけどベッドは一つしかないから、半分だけで我慢して頂戴。使い魔に別の部屋を用意するわけにもいかないし、少ししたらベッドを入れさせるから」
 そのままふらふらと、着替えもせずにルイズは横になった。
 玲二は苦笑して、その隣に入れてもらう事にした。




 玲二が肌寒さに目を覚ましたとき、最初に目に入ったのは毛布を絡め取り眠るルイズの姿だった。二人でベッドに入っているためか少し狭いのは仕方がないが、毛布には二人包むだけの余裕があった筈だ。
 とりあえず必要な広さだけ奪い返して、再び眠りに入る。とりかえした半分の毛布からは自分と違う人間の匂いがした。四肢を使って温さのあるそれを掻き抱く。ぐい、と毛布の残りが引っ張られて、ルイズが毛布の外に出てしまった。
「な、なによ。なにごと!」
 突然毛布を剥がれたルイズが目を覚ました。やはり寒いらしい。
「おはよう」
 突然自分も寝ているベッドの中、それもすぐ脇から声がしてルイズは動きを止めた。きょとん、と一拍の間を作った後に誰何した。
「ツヴァイだ。昨日召喚された」
「そうね、使い魔ね。昨日、召喚したんだっけ」
 そう言って上体を起こす。一つあくびをした。
「服」
 ルイズが自分は何もしないから用意しろと言わんばかりの態度を取るので、玲二は呆れながら指摘した。
「いや、着てる」
「あっ、昨日そのまま寝ちゃったんだわ……。皺が」
 クローゼットに代えが入ってるから取って頂戴。
 玲二は二段目にあった制服を放ってやる。
「そういえばあんたって、こういう仕事もやらせて良いの?」
 下着。クローゼットの一番下の引き出しに入ってる。
 玲二は最下段にあったショーツを放ってやる。一番奥にあった赤のそれを選んだ。
「……ちょっ、これは違うわよ!」
 慌てふためくルイズを見ながら、口を開けて笑う。
「解ってる。一回もはいた事ないんだろ? 新品だもんな。あ、あと実際に男の立場から言わせて貰えば、個人的には赤は狙いすぎててちょっと……」
「おと、男……っ! 外に出てなさい馬鹿っ!」
 思わず投げつけた勝負用ぱんつ(乙女のたしなみ)を非常識にも頭にのせたまま部屋の扉に手をかけた玲二を慌てて止めようとして、ルイズはベッドから飛び出る。そして毛布を足に絡めて体制を崩し、したたかに床へ膝を打ちつけたのだった。
 彼女は明日からは、今まで通りに自分で用意しようと誓った。

「おはよう。ルイズ」
「おはよう。キュルケ」
 用意を終えたルイズと共に廊下に出てみれば、大柄な女性が向かいの部屋から同じく出たところだった。褐色の肌が目を惹く。
「あなたの使い魔って、それ?」
 その、キュルケと呼ばれた女性は玲二を指差して言った。ルイズと同じ制服のようだが、こちらは随分と着崩している。
「そうよ」
 ルイズは彼女の問いに、心底嫌そうな顔をして肯定した。玲二は自分が使い魔であると認めることが嫌なのか、それともルイズが彼女と口も利きたくないのか、どちらか少し悩んでみたが、どうも会話の節々からお互いへの嫌味が感じられる。後者らしかった。
「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」
 キュルケは一人で盛り上がっていた。どうも合わないかな、と玲二は思う。
「『サモン・サーヴァント』で平民喚(よ)んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ〜。フレイムー」
 フレイムと呼ばれた尾に火のついた蜥蜴は、奥の見えぬ目で玲二を見つめてくる。
 使い魔として飼いならされたからだろうか、ふい、とその爬虫類は玲二から目を逸らした。
「大きいな。使い魔ってのはみんなこうなのか?」
 仏頂面のルイズに話を振る。誰だって他人の自慢話に相槌を打ってばかりでは面白くないだろうし。
「キュルケのが特別良いやつなの。普通は猫だったり、蛙だったり。良いところだとマンティコアだったりバジリスクだったりするけれど。
 キュルケはたまたま火竜山脈のサラマンダーを喚んだからって良い気になってるの」
「あーら、平民を喚んだあなたが言うと妬みにしか聞こえないわ」
 猫や蛙で、どうやって主人を守るんだろうか。いや、情報収集にはそちらの方が適しているのかもしれない。一概にどちらが良いとは言えないのか。玲二は一人腕を組んで頷いていた。
「ま、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。サラマンダーはあたしの属性にぴったりの使い魔よ。
 ゼロのあなたには平民がお似合いね。」
 勝ち誇るようにしてキュルケは、玲二を見た。
「そういえばあなた、お名前は?」
「ツヴァイだ」
「……2番?」
「何?」
「ごめんなさい、なんでもないわ。
 じゃあ、お先に失礼」
 そう言って颯爽と去って行ったキュルケを尻目に、玲二はどうも傷心らしい主人に話題を振った。
「今、名前を聞いて2番って?」
「キュルケはトリステインの人間じゃないの。ゲルマニアの貴族よ。
 たぶん音が似た言葉でもあるんじゃない?」
 玲二は考えを止め首を振る。話題を変えるのが良い。
「そういえば、微熱が火なのは解るが、ゼロってどんな魔法なんだ?」
「知らなくていいことよ」
 蔑称なのだろうか。ゼロという名をルイズは嫌っているようだった。



「ルイズは、魔法の成功率が悪いからゼロって呼ばれている?」
 煤に汚れた顔を洗うルイズに玲二は声をかけた。
 今日の魔法の授業中のことだ。ルイズは教卓で錬金といった魔法を使おうとし、対象の石が輝石にならずに爆発した。それを周囲がまた失敗した、成功率ゼロだ、とはやしたてるものだから、どうもルイズが隠したがっていたあだ名の由来を玲二は知ってしまった。もっとも玲二にその名でルイズを謗るつもりなどなかったが。ルイズの羞恥心の問題だろうか。
「そうよ。悪い?」
 坦々とした返事が返ってくる。怒りを自制しているのだろう。
「悪くない。あの爆発は正直凄い力だと思う」
「そんな……っ、こと!」
「すごい爆発だった。指向性を持たせれば、好きなだけ人を殺せるんじゃないか?」
「私はそんなことしないわ!」
 勿論俺もルイズがそれをするとは思ってない。そうおいて玲二は続けた。
「あれは『力』だよ。紛れもなく強力な」
 玲二自身がすぐに思い浮かぶこの手の武器と言えば手榴弾だが、あれはここまで派手ではない。
「あんなの貴族の魔法じゃないわ!」
「貴族の魔法ってのは?」
 ルイズは叫ぶ。彼女の価値観の中では紛れもなく劣っている自分を、殺傷能力の有無で正当化したくなかったのだろう。
「なぁ、貴族ってのは、何だ?」
 問いかけ。
 ルイズの価値観、意識を尋ねる質問だ。玲二の視線に押されたように、一瞬ルイズは息を詰まらせる。深呼吸。
 玲二は待つ。
「魔法が使える者全員を貴族って呼ぶわけじゃない。領地を没収されたり、家主に勘当されたりした貴族は、貴族じゃなくなるもの。
 そういう下賤な連中は平気で不安定な魔法を使うわ」
 声量が段々と上がっていく。しかしルイズの瞳は揺れたままだ。
 そして、とルイズはその丁寧に汚れを削いだ顔を玲二に向けて言った。
「誇りを持つもの。それが貴族よ」
 玲二は言い終えて唇を結ぶルイズを、苦虫を噛み潰したような表情で見つめていた。



 午後のティータイム。給仕の平民がケーキを配っている。ルイズと玲二は適当な席を選び、座った。快晴が眠気を誘う。
 深く腰をかけてルイズは溜息をつく。玲二は席についた自分たちを見てこちらに歩いてきた給仕を何気なく眺める。あとテーブル三つ分。
 ふと、その給仕の少女が歩みを止めると、空いているテーブルにトレイを置いて何かを拾った。そしてなにやら友人と会話していた金髪の貴族に声をかけた。
「修羅場だな」
「そうね」
 どうもその拾い物がきっかけで、金髪の貴族の二股が発覚したようだった。あのケーキ、早く来ないかななんて思いながらその修羅場を眺めている。気の抜けた玲二の声に、ルイズは興味なさそうに相槌を打った。
「ケーキ、こないな」
「別の給仕が持ってくるわよ」
 平手の音が景気良く二人分響いた後に、その金髪の貴族、ギーシュと呼ばれていた男は給仕に難癖をつけはじめた。給仕が軽率に、香水の壜を拾ったのが間違いらしい。素晴らしい論理だな、と玲二が呟いた。
「平民の給仕に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
「ま、まことに申し訳御座いませんでした!」
 決着がついたようだった。玲二はそれを見つめながら言った。
「あれが、貴族ね……」
「……っ! 違うわよ!
 ギーシュ、ちょっと待ちなさい!」
 さっと頭に血を上らせてルイズが立ち上がった。
「なんだいゼロのルイズ」
 いざ前に立って、ルイズは詰まった。先程のギーシュは確かに褒められたものではないが、自分では、どこが間違っていると言葉にして指摘することが出来なかった。
「あな、あなたね、恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしい? 一体何のことだい」
「だからっ、貴族として!」
 ルイズ自身、感情のままに口走っているようだ。上手く説明できないもどかしさと同時に、答えの出せない自分に戸惑っている。そんな印象を玲二は受けた。
 そんなルイズをギーシュは声を出して笑い、芝居めいた仕草で周囲の生徒に言った。
「貴族? 諸君、聞いたかい?
 ゼロのルイズが貴族を語るらしい」
「……ふざけないでっ!」
 玲二はたった今置いていかれたばかりのケーキをそのままに、肩を震わせているルイズの傍まで歩く。流石にこれは耐えかねるだろう。
「君に本当の貴族をいうものを教えてやろう。ヴェストリの広場だ」
 薔薇の花をルイズに向けた。ルイズはギーシュのそれが魔法の起点になる事を知っていたので、慌てて遮る。
「貴族同士の決闘は禁止されているわ!」
「君が貴族失格なら問題ないだろう?」
 耐え切れず握り締められた拳が上がったとき、ルイズの肩に手がかけられた。驚いて振り返る。
「俺がやろう。ルイズの代理、使い魔として」
 それに俺は平民だから問題ないだろう。
 いいだろう、と言ってギーシュは一足先にヴェストリの広場へ向かった。
 玲二は立ち止まっていた、ひっこみがつかず、しかし代案の出せずに俯いているルイズの肩を押して、ギーシュの後を追った。



 ギーシュ・ド・グラモンとゼロのルイズの使い魔が決闘するらしい。
 噂を聞きつけた貴族たち、ギーシュやルイズと同学年の生徒たちがヴェストリの広場に集まっていた。
「平民の君に礼儀を教えてあげよう。ちょうどいい腹ごなしだ。
 そして貴族とはどのようなものかを、身をもって知るといい!」
 余裕、自信の笑みを見せると、ギーシュは大仰な仕草で薔薇を振った。どうやらそれが、造花で出来たギーシュの杖らしい。
 一枚の花びらが宙に舞い、ふわり、と揺れたかと思うとその花びらが変化を起こす。そして甲冑を着た女性型の戦士になった。
「人形を作ったのか……。大方名前はワルキューレか?」
「な、何故わかった!?」
「安直だな」
 玲二は目の前に立ち塞がった人形の手首を掴む。そのまま勢い良く引いて足払いをかけ、青い地面に転がした。背中に足を乗せる。
「魔法っていうのも、こんなものか」
 背から足を上げ、兜を土のついた靴で蹴り汚し、ワルキューレが立ち上がろうとしたところで思い切り背に蹴りを入れる。
 ひたすら蹴る。日光を受けて輝くはずの甲冑が、瞬く間に泥に塗れてしまった。魔法で出来た戦士ではなく、みすぼらしいただの人形にも見える。
 ギーシュの顔から笑みが消えた。表情の消えたその顔で玲二を見つめる。睨め付けた。
「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ」
 ギーシュはそう言って薔薇を振るう。新しく六体のワルキューレが現れた。玲二は左手で銃を抜く。
 全身が鉄で、恐らく甲冑の隙間を縫って銃弾を撃ちこんでも効果がない。ギーシュ本人を打ち抜いてしまうのは流石に問題だろうか? 手や足なら良いのではないか?
 いや、と玲二はそれらの案を内心で取り下げた。ルイズの代理、ルイズの使い魔として戦っている以上、全ての責任が彼女にいってしまう。それは出来るだけ避けた方が無難だろう。
「『武器』か。本気で噛み付くつもりのようだね。
 ルイズが与えたのか。しかし、平民が平民のための武器を持ったくらいで、貴族に敵うなんて思ってはいないだろう?」
 黙っていろ、と玲二は声には出さず呟いた。抜いた銃はべレッタM92、弾丸は先端の窪んだ九ミリパラベラム弾だ。貫通力ではなく、与える衝撃を重視した弾丸。
 玲二はギーシュに向かってまっすぐに駆け出した。

 真正面に立ち塞がった一体目のワルキューレ。玲二はそれを細かいステップでかわそうとするが、なかなかに反応が良い。腕を張り出して玲二の進行を遮ろうとする。その腕に玲二は銃弾を撃ち込んだ。
 一発目の銃声が聞こえる。周囲が耳を押さえた。
 腕の吹き飛んだ一体目の脇を駆け抜け、左側の至近距離から殴ってきた二体目の拳をかわして懐に潜り込む。左の肘で伸びきった二体目の腕を跳ね上げ、右側から襲ってきた三体目の右手に銃弾を撃ち込んだ。
 二発目の銃声が聞こえる。ギーシュが耳を押さえた。
 二体目、三体目を後ろに置き去りにして、四体目にの首に右腕をかけて大きく巻き込んだ。上手く倒れこんだ四体目が五体目の拳をその身で受け止め、鉄と鉄のぶつかる音がする。そのまま纏めて倒れてしまうように五体目の膝に一発撃ち込むと、ギーシュの驚きのためか一瞬動きの止まった最後のワルキューレを片手で横に薙いだ。
 三発目の銃声が響いていた。そしてかちゃり、とギーシュの眼前に銃が突きつけられる。軽く払われただけの何体かが崩れた体制を整えたときには、全てが終わっていた。
「アンタの負けだ。オーケイ?」
 玲二は先程ギーシュが見せたような笑みを浮かべて、熱くなった銃口でごり、とギーシュの眉間を鳴らした。
 ごくり、と唾を飲み込んだギーシュが負けを認めたのはすぐの事だった。



 学院長室で使い魔のネズミに餌を与えていたオスマンは、突如轟いた三つの銃声を聞いて慌てずに杖を振った。立てかけられていた大きな鏡に、すぐさまヴェストリの広場の様子が映される。
「グラモンとこのバカ息子と……誰じゃ? 平民かの」
 あれだけ人の集まった場所で発砲するだなんて、一体何を考えている。
 そう危惧したオスマンだったが、どうやら先程の三発で全て終わっていたらしい。ギーシュは腰を抜かしてしまったのか、立てずにいる様が『遠見の鏡』には映し出されていた。
「しかし、平民が魔法使いに……。うむ、コルベールにでも調べさせるか」
 そう呟いて、浮かび上がっていた腰を椅子の上に落ち着けた。




「ねぇ、ツヴァイ」
 ルイズは無数に星の光る空を見上げながら、床に座り込んで丁寧に銃を分解している玲二に声をかけた。
「どうした?」
「あんたの星の銃って、強いのね。違うわね、あんたが強いのかしら」
 玲二は手を止めルイズの方を見たが、ルイズは空に目をむけたままだ。
「こっちだと弱いのか?」
「弱いわ。それに、そう何回も続けて撃てるわけじゃないし……」
「あれ、いや、ちょっと待ってくれ。もしかしてこういう銃がない?」
「初めて見たわよそんなの」
 口調はぶっきらぼうだが、声色はそうでもない。やはり空を見上げたままに言った。
「銃弾って、撃っちゃうとなくなるんでしょ? 早いうちに買いに行かないとね。マスケット銃用のやつで良いのかしら」
 その言葉を聞いて、玲二は思わず目を見開いた。
「……ちょっと待ってくれ。マスケット銃?」
 そうよ、というルイズの言葉に被せるように玲二は言う。
「いや、無理だ。これに合う弾じゃないと。いや、でも、マスケット銃?」
 ここにきて文明の差に玲二は意識を向けた。マスケット銃だなんて、いつの時代の銃だったろうか。
「駄目なの?」
「無理だ」
 玲二は日常生活の中で、魔法があることについては慣れずとも理解したつもりだったが、沢山のものがないことについてたった今気付いた。


 授業を終え、昼食のために食堂へ向かう途中、ルイズと玲二は話していた。
「とりあえず、ミスタ・コルベールに聞いてみようと思うわ」
「コルベール?」
「わかりやすく言うと変人ね。……ってあ、ほら、あそこで食べている人」
 ルイズが指差した先には、緑の髪の女性と会話しながら食べている細い中年の男。必死に女性に話題を振っているのだが、傍からは女性の愛想笑いと相槌のみの応対が見て取れる。不憫である。
 ルイズはつかつかと、その男性に向かって近づいていった。
「お食事中申し訳ありません、ミスタ・コルベール」
「なんだね?」
 会話を中断されたためか、幾分か硬い声だ。
「先日召喚した私の使い魔、実は武器に銃を使うのですが、その、彼が言うには銃弾は特殊なものじゃないと駄目らしくって……」
 ふむ、と教師の顔になったコルベールは頷いた。
「その銃を見せてもらえるかね?」
「これです」
 玲二は空の銃と、弾丸を一つコルベールに渡した。
「見たことのない銃だな。マスケット銃に似ているね」
「そうですよね。だから私もマスケット銃の弾を使えばいいって言ったんですけど、駄目みたいで……」
 ふむ、ふむ、とコルベールは頷いて言った。
 これは一体どこから弾を入れるんだ? もしや一度に何発も込められるのか?
 玲二に、矢継ぎ早に出される質問を全て答えさせてから、コルベールはもう一度ふむ、と頷いた。
「作りの雰囲気が『破壊の杖』に通じるものがあるね」
「『破壊の杖』?」
 ルイズと玲二は、コルベールの言葉の中にあった知らない単語を聞き返した。
 コルベールが口を開きかけたのを遮って、彼の向かいに座っていた女性、ミス・ロングビルが口を開いた。
「でしたら、彼女たちを宝物庫に一度案内してみてはどうでしょう。何か見つかるのではないかしら。私もご一緒させていただきますわ」
「ふ、ふむ! でしたら私がオールド・オスマンから鍵を借りてきましょう」
 コルベールが鼻息を荒くして食堂を出て行った。彼は今、意中の女性の気を惹こうと必死なのだ。
「……何あれ」
「さぁ?」
 ルイズと玲二は昼食をとることにした。



 その足で学院長室に駆け込んだコルベールは、日差しに当てられて心地良さそうに眠っているオスマンを叩き起こした。
「オールド・オスマン、オールド・オスマン! このジジ……おっと失礼。オールド・オスマン!」
「なんじゃ騒がしい」
 畳み掛けるように用件を言う。
「例の平民の使い魔が、宝物庫を見たいといっているのですが……」
「駄目じゃ。実際のところ、まだ何者かもはっきりと解っていないではないか」
「はぁ……。どうもその使い魔のルーンが珍しいものでしたので、図書館の蔵書を片っ端から確認しているのですが。
 これから『フェニアのライブラリー』の蔵書に手を伸ばすところです」
「ふむ。とにかく駄目じゃ。まだ疑ってかからねばならんしの」
「そうですか」
 コルベールは大人しく引き下がった。確かにそう言われてみれば、不安要素も多いように思える。
 しかし、ここで許可が下りませんでした、などと言って帰ったなら、ミス・ロングビルに仕事のできない男、なんて印象を与えてしまうかもしれない。コルベールは考えた。
 そしてさも、たった今思い出したと言わんばかりの顔で言った。
「あ、そういえば忘れておりました。これとは別件で、宝物庫の目録を作るのに鍵が必要なのです」
「ふむ、それについては構わんよ。持って行きなさい」
 この瞬間、紛れもなくミスタ・コルベールは出来る男であった。



「よし、では行こうか。勝手に陳列品に触れてはいけないし、動かすなんてもっての他だ。何かその、銃に関係のあることで気になることがあったら私に一度言ってからだ。解ったね?」
「解りました」
 扉の前で振り返って言ったコルベールに、ルイズが返事をし、玲二は頷いた。
 あ、ミス・ロングビルは構いません。どうぞ好きなだけ見て触って下さい。コルベールは言った。
 やはり駄目な男である。
「すごい……」
 扉が開いて、目に入った宝物の数々にルイズは目を奪われた。
 入ってすぐ脇の棚には、真っ白な宝石で彩られた豪華な指輪。あれは確かフィータスの指輪。幾つか同じ型の作品が出ていたはずだけど、今お金で買えるのかしら。
 その隣には何冊か積み重なった本、驚くべきことにどれも呪術書あるいは祈祷書のようだ。その隣には派手な装飾の杖、その隣には、隣には……。
「ミス・ロングビル、何か興味深いものでもありましたかな?」
「いいえ、特には」
 ルイズと同じく指輪を見ていたフーケが言う。ばさりと切り捨てられたコルベールが情けない顔をした。
 コルベールはすごすごと宝物庫の奥の方へ歩いていった。
「これだ、これが『破壊の杖』だよ。どことなく似ていると思わないか? その、雰囲気とか」
 コルベールが持ってきたそれは筒のような形をしていた。杖って感じじゃないわね。ルイズは思った。
「それは……ロケットランチャーじゃないか?」
 突然、玲二が声に出す。
「知ってるの?」
 ルイズが問いかけた。
「ああ。コルベールさん、これの他に似たような雰囲気の武器はないんですか?」
「残念だが私の知る限り『破壊の杖』だけだ」
 そうですか、と幾分か気落ちした声で玲二は言った。
「では、出ましょうか。あまり長居しても問題ですし」
 先頭を歩くコルベールに連れられて、ミス・ロングビルと玲二、そしてルイズが出口へ向かう。ルイズは沢山の宝物に後ろ髪を引かれるように一番最後に出たのだ。派手な杖、呪文書祈祷書の山、そしてその隣には。
 あれ? とルイズは声を出した。一番最初に見たはずの指輪が無かったのだ。ルイズは首を捻りつつも気のせいということにして、コルベールに急かされながら外に出た。




 廊下の壁に背を預けて、用を足しているルイズを待っていた玲二の元に二人の男子生徒がやってきた。
「あの、ツヴァイさん。すみませんちょっと」
「どうした?」
 辛うじて見覚えがあるかないかと言った生徒だった。クラスはルイズと一緒なのかもしれない。手紙を持っている。
「これをキュルケさんから……」
 ありがとう、そう言って玲二は受け取った。そこに用を終えたルイズがやってくる。
「あ、それじゃ。俺たちはこれで。どもすみませんツヴァイさん」
「ああ」
 足早に去っていった男子生徒に軽く手を上げると、ルイズが憮然とした顔でこちらを見ていた。
「顔に何か?」
 ますますルイズの顔が渋くなった。とぼけられたとでも思ったのだろうか。
「あんた、今の連中とは親しいの?」
「いや、初対面だ」
「じゃあなんで?」
 心底理解できない、という表情でルイズが言う。
「うーん、こないだ広場で銃を抜いてから、すれ違う際に挨拶してくるのが増えたというか……。
 何でだろうな」
「……っ!」
 ルイズの顔が真っ赤に染まる。日頃からの釣り目が一段とキツくなり、思わず玲二はたじろいだ。
 そのままルイズはつかつかと足早に歩き出す。部屋への道を一直線に進んだ。
「あ……、おい、ちょっと、待ってくれ」
 玲二も慌てて追いかけた。そして部屋に辿り着き、ばたん、という音と共に扉が閉められる。
 必死に我慢していたのだろう、くるりと振り返ったルイズの口は、堰を切ったかのように言葉を吐き出した。
「ねぇ、なんで? なんでよ!」
 ルイズの問いかけ。主語のないそれに玲二は言葉を出せない。
 激情に駆られたルイズの声がどんどん高くなる。
「なんで! あんたは!
 なんであんたはツヴァイさんなの!?」
 どう言ったものか、と玲二は沈黙した。
 ルイズは叫び言葉を続ける。
「どうして……っ、どうして私はゼロのルイズなのよ!?」
 絶叫した。強く拳を握り締めて、唇を噛み締めている。切れて血が出ていた。
 玲二は困惑しつつも、なんとか安心感を与えられるようにと、出来るだけ低い声、落ち着いた声を出す。
「あの、ギーシュっていう男に勝ったからじゃないかな?」
「……それよ! あんたの星の銃ってなんなの? 反則じゃない!
 ねぇ、あれを私に教えて。お願い!」
 玲二の服の裾を掴んで、ルイズは懇願した。自分でも感情を上手く纏められないままに口走っている。溢れ出る涙が、彼女の切望を表していた。
 涙がぽたぽたと雫になってルイズのブラウスに零れた。
「いや、これはルイズには使えないだろうし……」
「それなら、それならあのロケットランチャーとかいうやつのを教えて!」
 ルイズは詰め寄って、玲二の手首を取ろうとした。勢いが余っている。玲二は自分の手がまだキュルケからの手紙を持っていることに気付いて、慌ててそれを後ろに隠した。
「ねぇ、お願い!」
「オーケイ、解った、解ったよ。教えてやるから」
 ルイズとキュルケの相性の悪さを一度見た身としては、ばれるわけにはいかない。玲二は必死に誤魔化しながら、手紙を後ろのポケットに隠した。



 夜、暗闇の中。『土くれ』のフーケという盗賊がそこに居た。
 とにかくマジックアイテムが好きで、貴族の邸宅だろうが王立銀行だろうが忍び込み盗んでいく。盗むものは宝石、ワインからマジックアイテムまで節操が無く、いまだに捕まっていない。
 そしてその盗賊が捕まらない最大の理由は、強力な魔法使いであることだ。
 フーケは土系統の魔法を使う。狙った宝物のあるところの壁や扉を魔法で土や砂に変えて進入し、警備の者を巨大なゴーレムでなぎ払う。そのフーケが今回狙ったのが、トリステイン魔法学院の宝物庫に秘蔵されている『破壊の杖』だった。
 さらにはふざけた事に、フーケは犯行現場の壁にサインを残していく。これが酷く被害者たちの感情を煽る。フーケの楽しんでいる様が良く見えてしまうからだ。
「今回のメッセージは、『秘蔵の破壊の杖、並びにフィータスの指輪、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』ね。我ながら完璧」
 そう言ってフーケは、ゴーレムを作るための詠唱を始めた。



「こんな時間にお呼び立てしてしまって、ごめんなさい」
 日が落ちて、そろそろ就寝しようかという時刻だ。一段落ついた玲二はキュルケからの手紙で中庭に来ていた。風が冷たい。
 少し歩きましょう、と言ってキュルケが歩き出す。
「でもね、あなたはきっとお許しくださると思うわ」
 キュルケはそう言って玲二の腕を取り、しなだれ掛かった。
「どうしてこんな場所に?」
 抱き取られた腕の肌寒さが幾分か緩和されて、玲二はキュルケを見て言う。
「私は、あなたはムードを作らないと靡きもしないと思ったんですもの。
 二つの月の下で密会する二人の男女。ロマンチックだと思いませんこと?」
 突然とった腕にも拒絶がなかったことに気を良くして、キュルケはうっとりと声をすべらせた。
「ねぇ、私の部屋に行きましょう? 夜が長いなんて誰が言ったのかしら!
 瞬きする間に、太陽はやってくるじゃないの!」
 盛り上がるキュルケに腕を引かれる。玲二はどうしたものか決めかねながも引かれるままに足を動かそうとする。
 そのとき、突然轟音が中庭に響いた。
 弾かれたように玲二とキュルケが音の方を振り返ると、そこには魔法学院の壁を破壊しているゴーレムがいた。非常に大きい。
「な、なんだあれは……」
 思わず玲二の声が漏れる。キュルケが抱いた腕をぎゅっと締め付けた。
「に、逃げ、逃げなきゃ!」
「そうだ……なっ!」
 あそこは、丁度宝物庫のあたりだったろうか?
 慌てて身を翻した二人をゴーレムは追って来なかったが、二人は必死に全速力で宿舎まで走った。
 息絶え絶えに廊下の中央、ルイズとキュルケの部屋の前で荒い息をつく。
「きょ、今日は……はぁ、ごめん、なさい、また次の機会に」
「あ、ああ、はぁ、また、おやすみ」
 雰囲気が冷めてしまったままに、玲二とキュルケは一言二言挨拶を交わしてお互いの部屋に戻った。



 固定化の魔法のお陰で土塊に変えることが出来ず、かといって本来のフーケの作り出せるゴーレムではとても破壊できない厚さを誇っていた壁だったが、たった今作られたフーケのゴーレムは数回殴りつけただけであっさりとその壁を破壊していた。
 そして魔法学院は、秘宝の『破壊の杖』を盗まれてしまったのだ。



 ルイズはよし、と意気込んで、自前の杖を胸に置いた。
 世の貴族らが貴族足らんとするために魔法を行使し、示威する中で、自分の魔法は欠陥品である。杖を振ればそれは悉く爆発し、周囲からは蔑まれる。彼女の魔法は子供でも出来る小手先のそれのみだ。それを魔法とし、そして己を貴族として声を上げるならば彼女はきっと、恥辱に塗れた生涯を送ることになるだろう。何より彼女自身の矜持がそれを許さなかった。
 ルイズは弱い。
 ヴァリエールという由緒正しき家柄に生まれ、それに見合う誇りを持ち育ってきた。しかし己は魔法を使えず、歳を重ねるごとに優秀な姉たちとの差を感じ、そして学院に入ってからは学友たちに囲まれて常に劣等感に苛まれてきたのだ。今の彼女は危うい均衡で保たれている。
 ルイズは身を守る棘を持つ。
 何故なら己が弱いことを知り、そして己は貴族であるという矜持が虚構であることを知っているからだ。貴族は魔法使いである。そして彼女は貴族である。しかし、魔法使いでは、ない。
 ルイズは胸に置いた杖を仕舞いこんだ。
 己の魔法が頼りにならないことを知っている。あの爆発、彼女の魔法は下賤な魔法使いの魔法である。失敗なのだ。しかし、己が使い魔はそれを『力』だと言う。何かを破壊する力。そして全ての魔法使いが行使する魔法もまた、力である。
 そこまで考えて彼女は己を憫笑した。何が力か。ろくに制御も出来ぬくせに、それを貴族の魔法と同列に並べるのか。しかし、ともルイズは思う。剣も、銃もまた平民のためのものであり、下賤なものなのである。今までの彼女の中で、貴賎は力をも表していた。貴族の魔法に、平民の剣そして銃は敵わなかったからだ。高貴なものと下賤なものがぶつかり合った場合、高貴なものが勝つ。けれども己が使い魔は、その下賤な銃で高貴な貴族に勝ってしまったのだ。加えて言うならば圧倒的に。
 ルイズは無慙、不敬な自分に辟易する。このような思考をしてしまっては世の貴族、特に姫や王家の方々に顔向け出来ないだろうに。しかし意思とは裏腹に、彼女の脳は悪魔の何かを紡ぎ続ける。
 己の使い魔、ツヴァイはあの男子らに紛れも無く敬意を払われていた。あれは彼女が渇望していたものだった。魔法を自在に使うという願いは副次的なものにすぎず、彼女はただ、周囲に認められたかったのだ。魔法以外の選択肢が思い浮かばなかっただけで、銃でも何でも良かった。それを突き付けられた。
 止め処なく流れ続けていた思考が止まる。
 ルイズは決してふくよかと言えない胸を一撫でして、きゅっと唇を合わせた。



 フーケの犯行から一夜明けて、魔法学院の教師たちは宝物庫に集まっていた。一様にフーケの犯行声明を見て唖然とし、口汚く罵る。やがて彼らの非難は犯行の日に当直だったミセス・シュヴルーズへと向かう。けれども彼女は他の教師らがそうしたように、自分も当直を等閑に付していただけだったので、責めるべきは日頃から過怠を恐れずにいた彼ら全員なのだ。
 犯行の目撃者ということでコルベールに連れられてきたキュルケ、玲二はそんな貴族たちを無感に眺めていた。玲二の主人ということでこの場に居るルイズ一人が、進展の無い現状を歯痒く感じているようで、彼女だけが強く拳を握り締めている。
 混濁としていた宝物庫に、一人集まっていなかったミス・ロングビルが姿を現した。ルイズの拳が一層強く握られる。
「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか!」
「フーケについて調査をしておりました」
 興奮して声を上げるコルベールに、彼女は素っ気ない態度で言う。手酷く切り捨てられたコルベールをそのままに、教師たちは彼女の言葉を待った。
「で、結果は?」
「はい、フーケの居場所がわかりました」
 ロングビルの調査報告に場が騒然とする。すぐさま王室衛士隊に連絡を、いやこれは学院の問題だ、ならば学院内で捜索隊を。
 宝物庫が混乱の極みに達したところで、オールド・オスマンが一喝した。
「捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
 教師は皆、目を逸らし、俯き、また愛想笑いして誤魔化す。宝物庫の壁を打ち破ったフーケの実力に、自分らのそれが到底敵わないことを理解してしまっていたからだ。そんな中、ルイズが一人忽然と杖を掲げた。その魔法をろくに成功させもしないか細い杖は、しかし強い存在感を放っている。
「ミス・ヴァリエール! あなたは生徒ではありませんか!」
 教師の叱咤が飛ぶも、ルイズの杖は微動だにしない。
 そしてキュルケがルイズに追従する。あからさまに本意ではないと態度で主張しつつも、ルイズへの対抗心か杖は揺るがない。
 しかし、その二人にオスマンが待ったをかけた。
「駄目じゃ」
「ですが! 誰も掲げないじゃないですか」
「駄目なものは駄目じゃ」
 否定の言葉を聞いて再度食い下がるルイズに、思わぬ方向から援護が入る。
「彼女の使い魔はギーシュ・ド・グラモンを倒したと聞きますし、問題ないのではないでしょうか?」
 ロングビルである。杖を持っていない左のルイズの拳が、限界まで握り締められた。
 一考の間を取って、オスマンは言った。
「やはり、駄目じゃ」
 そしてルイズ、キュルケ、玲二の三人の退室を促す。オスマンは彼女らが出て行ったのを見届けてから、シュヴァリエの称号を持つミス・タバサでも居れば話は別じゃったがの、と呟いた。



 過剰に力の籠められた部屋のドアが音を立てて開く。思わず歪みを心配しながらそっと閉じた玲二をよそに、ルイズは自室のベッドに向かって倒れこんだ。両の手でシーツを握り締めたままの彼女に玲二は声をかけようかと迷い、そして落ち着くまで見て見ぬふりをする。
 暫し流れた無言の時を隠れ蓑にするように、ルイズは小さな声で言った。
「……あいつ、どの顔下げて……っ」
 意味深長な言葉だった。先程の盗賊の会議の中で口に出さなかった何かを、彼女は知っているのだ。玲二はその疑問を声にしようとルイズを振り返る。
 しかしそれを遮って、唐突にノックの音が響いた。
 玲二は目線でルイズを伺ってから、こくりと頷く彼女の仕草に合わせて扉を開けた。
「ミス・ロングビルです。ご相談があるのですけど……」
 きっ、とルイズの視線が鋭くなる。しかし彼女は、口から出かけた何かを強引に飲み込んで、ロングビルの来訪を歓迎した。
「一体どんなご用ですか?」
 そう問いかけるルイズはベッドに腰掛けたままで、無礼と取られても仕方のない応対をしている。玲二はそれを見てあまり良い顔を出来なかったが、どうも彼女が荒んだ理由にそのロングビルが関わっているように見えて、推移を見守ることにした。
「実は、捜索隊の編成が難航していて……、興奮している他の先生方の前で言うことができないんですが、私の掴んだ情報がいつまで有効か少々自信がないんです。
 早めに動くには私自身が捜索隊を組むのが一番良いと思い、ミス・ヴァリエール」
 そこでロングビルは一度言葉を切った、本人が意図しているのかは解らなかったが、芝居がかっている。玲二はそう思った。
「私と、使い魔の彼。そしてミス・ヴァリエール、あなたでフーケを捕まえに行きませんか?」
 ルイズに向けて言う。相手の自尊心をくすぐる物言いである。ルイズならば、乗せられると思ったのであろうか。
「解りました」
 事実ルイズは乗った。
 早速向かいましょう。門に馬車を用意します。
 ロングビルはくるりとルイズに背を向けて歩き出す。それから部屋のドアに手をかけ、すれ違いざまに玲二に会釈した。
 あなたがコルベールを誘えば、忠犬のようにやってくるのではないか。そう声に出そうとした玲二だったが、ルイズの表情を見て取りやめた。ルイズがどことなく邪悪な、企みが上手くいった悪党のようなしたり顔でロングビルの背を嘲笑していたからだ。



 三人を乗せた馬車は、森の拓けた場所、廃屋のある空き地に来ていた。この廃屋をフーケが隠れ家にしているという情報だった。けれども、三人が訪れたときには人の気配がしなかったので、玲二が偵察に向かう。実際に居ないのを確認すると、ルイズと玲二は中へ入った。ロングビルは周囲の偵察に行くと言って二人から離れた。
「『破壊の杖』よ」
 罠を警戒しつつ、家を漁っていたルイズがチェストの引き出しからロケットランチャーを見つけ出した。
「『フィータスの指輪』はきっとここには無いわ」
 ルイズが言う。何かを知っているようだった。
 玲二はその自信を信じることにして、廃屋の外に出た。
 どすん、という地響きの音。
「ゴーレム!」
 外には、フーケのゴーレムが待ち受けていたのだ。
「ルイズ、馬車の確保を!」
 玲二が囮となるために前へ出る。ルイズを後ろに下げて、自分は銃を抜いた。銃がこんなに心許なく感じられたのは初めてだったかもしれない。それほどにゴーレムは大きかった。
「いやよ!」
 ルイズが叫んだ。
「私は逃げないわ!」
 馬鹿野郎、と玲二はルイズに叫ぼうとして横に跳んだ。
 丁度ゴーレムの拳が綺麗に玲二の立っていた場所を抉ったところだった。



 ルイズは構えかけた杖を、一瞬の当惑の後に仕舞いこむと、腕の中にある破壊の杖を構えた。無理を言って玲二に説明させた、『ロケットランチャー』の使い方を思い出す。筒の先を伸ばして、肩に担いで狙って、スイッチを押す。さらに無理やりさせた詳しい説明を思い出す。先ず、安全ピンを外す。リアカバーを外す。これはつまり、リアカバーを外すために安全ピンを外すということだろうか。ルイズは憶測で先端にあるピンを引き抜いた。当たった。そのまま乱雑にリアカバーを下に剥がし遣る。
 その怖いもの知らずな行為を咎めるはずの玲二は、ゴーレムの攻撃から逃げることで手一杯だ。ルイズは更に続ける。
 インナーチューブを引き出す。フロントサイトが起きたのを確認する。
「……やれるわ」
 散々危険性について説明し、脅しにかかっていた玲二の顔が今更に脳裏を過ぎる。今、目の前でその彼は歯を食いしばり、私が逃げるのを待っている。玲二の気遣いにごめんなさい、と心の中で一言だけ言って、ルイズはそれを肩に担いだ。
 軽い。
 肩に担いでから安全装置を。ルイズは手探りで安全装置を解くと、一度目を瞑って偉大なる始祖ブリミルと女王陛下に祈った。
 そしてトリガーを押した。
「おねがい!」
 あれ、とルイズの口から声が漏れた。この『破壊の杖』から飛び出たそれは、ゴーレムへと一直線に、しかし酷く弱々しく飛んでいったからだ。玲二の銃を思い出す。あれは目視出来るものではなかったし、その速さも力の一つであったように思う。けれどもこのロケットランチャーから飛び出た砲弾は、彼女の想像を手酷く裏切ったものであった。ルイズは迷妄する。
 私が……、私がゼロのルイズだから、あんな弾しか出なかったのだろうか。
 不意に視界がアクリルで塗りたくられた。頬骨が熱を帯びる。違う、泣いてなんかいない。いない。

 そんな彼女の涙を吹き飛ばすように、世界を轟音が埋め尽くした。
「ルイズ!」
 玲二の声が聞こえる。
 混濁とした思考を抱えつつも彼女は泰然と、そこに立っていた。
 粉々に吹き飛んだゴーレムの欠片の一つが、彼女の脇をすっと過ぎていったからだ。



 玲二は悠然とこちらを見据えてたルイズの無事を確認して、ゆっくりと彼女の傍へと歩いた。周囲への警戒は怠らない。
 肩にロケットランチャーを担いだままのルイズが立っている。なんて無茶を。そう言いかけて玲二は唇を縫い付けた。彼女の気丈さが、溢れる何かを必死に抑えながらのものだと気付いたからだ。玲二はそっと近づいて、目元を見られまいとする彼女に合わせつつも、とん、と俯いた彼女の頭に手のひらを乗せた。
 ルイズの手からロケットランチャーが零れ落ちる。肩を震わせ始めたルイズを、玲二はそっと見守っていた。



 今の今まで周辺の偵察をしていたらしいロングビルが帰ってきたのを確認すると、玲二は落ち着き始めたルイズから離れてロケットランチャーを彼女に差し出した。この中で唯一教師側の人間であったし、年長であったからだ。
「だめっ!」
 それを見てルイズが声を上げた。何を指して駄目と言ったのか解らなかった玲二から、そのままロングビルが破壊の杖を取り上げる。そして彼女は、そのまま二人から距離を取ってほくそ笑んだ。
「ご苦労様」
 破壊の杖を、ルイズがしたように肩に担いで二人へと向ける。玲二がそれを見るや否や彼女に向かって銃弾を撃ち込んだ。一発、二発。確実に彼女を狙っていた筈のそれらは、いつの間にか起こっていた風の結界に阻まれていた。
「杖と、銃を捨てなさい」
 余裕の笑みを浮かべた彼女を、ルイズは充血した目で睥睨する。しかし、唐突にふっと普段の顔に戻って、何をする訳でもなく杖を投げた。
「やっぱりあんたが『土くれ』のフーケだったのね」
 ロングビルと、玲二が怪訝な顔をする。特に気付かれるとは思っていなかったのだろうロングビルの呆気に取られた表情は凄まじい。そんな二人を措いて、ルイズは言葉を続けた。
「『秘蔵の破壊の杖、並びにフィータスの指輪、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』、宝物庫の壁にはこう書いてあったわね」
 フィータスの指輪は装備した者が作り上げるゴーレムの腕力を強化するマジックアイテム。ゴーレムを使うというフーケが盗んでいったのは不自然じゃないわ。
 すらすらと謳い上げるようにルイズは言ってから、でもね、と続けた。
「フーケが盗みに入ったとき、フィータスの指輪は宝物庫になかったはずなのよ。
 私はね、以前私たちが宝物庫に入ったときに、あんたがそれをくすねたのを見ていたんだから!」
 己の策が露呈していたことをつきつけられたロングビル、フーケだったが、優位の笑みを崩しはしなかった。玲二が知らなかったところを見ると、その事実はルイズの内に留まっていたと見て良いだろう。破壊の杖が自分の手の中にある以上、後は目の前の二人を消してしまえば良いだけだ。
「捜索隊にツヴァイを推薦したのは、それの使い方が解らなかったからね?」
「そういうことよ」
 それじゃ、口封じのために死んでもらうわ。フーケは二人に破壊の杖を向けて、ルイズがしたようにスイッチを押した。しかし、無音。微動だにしない破壊の杖に焦りだすフーケをよそに、ルイズは肩越しに玲二を見遣った。
「ツヴァイ、やって」
 懐からナイフを抜き出した玲二が疾走する。慌てて破壊の杖を捨て、フーケが己の懐から杖を取り出そうとしたときには既に、彼女の鳩尾には逆手に持たれたナイフの柄が埋まっていた。
「それ、単発なの。……だったわよね、ツヴァイ」
 ああ、と頷く己が使い魔に、彼女は一点の曇りもない笑顔を見せた。



 その日もまた、トリステイン魔法学院中に爆音が響き渡った。
 友人と談笑しながら廊下を歩いていた一人の生徒が言う。
「今日もまた、ゼロのルイズは反省室か?」
「ばか、ゼロって言ったらあの『破壊の杖』で殺されるぞ」
 どこで聞いてるのか解ったもんじゃない。隣の生徒がそう言って身震いした。
「あの、『トランシーバー』だっけか。あれは反則だよな……。あいつ使い魔と通信できないくせに、あんなマジックアイテム使うなんて」
「俺はあの、破壊の杖を束ねたようなやつが一番怖いと思うんだよね。ていうか持ち運び出来ないくせになんであんなもん召喚するんだよ」
 一番謎って言えばあの召喚魔法だよな、ともう一人が言う。二人が揃って頷いた。
「あれってさ……、もしかして虚無の魔法なんじゃないか?」
「そんな馬鹿な! ゼロのルイズが!?」
「ばか! ゼロって言うなって言ってんだろ」
「ああ、ごめんごめん。で、ルイズ本人は何て言ってるんだっけ?」
 一人の生徒が言う。
「『ドライのルイズ』だってさ」
「ああ、そうだった。……俺思うんだけどさ、語呂悪いよな」
「ばか! 殺されるぞ」
 そう言って笑うと、三人はそのまま教室へと歩いていった。




「ねえ、ツヴァイ。前にキュルケがあんたの名前を聞いて、2番?って言ってたじゃない。
 あれって何なの?」
 気絶したフーケを縄で縛って、ルイズが御者を務めながら玲二に問う。
「番号だよ。殺し屋の。俺は2番目だった」
 ふぅん、と素っ気ない風を装ってルイズが言う。
「じゃあ、1番はなんて呼ぶの? どんな人?」
 一拍の間の後に、玲二は言葉を選ぶようにして前を見たままのルイズに言った。
「アインって言った。俺の師匠で……そうだな、大切な人」
「3番目は居るの?」
「まだ俺が最後」
 ふぅん、と素っ気ない風を装ってルイズが言う。
「じゃあ、3番目はなんて呼ぶの?」
「ああ、ドイツ語だから、3番目は――


fin end