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『ナショナリズムと愛国心』
ロナルド・ドーア
言葉の移り変わりは面白いものだ。昔「大臣の失言」といわれたのは、今「不適切な発言」となった。昔、ライシャワー大使など「親日家」と言われたような人たちは、今「知日家」と呼ばれる。「親しまれたい」という気持ちの意識的拒否だろうか。ともかく、アメリカのその「知日家」が、最近の日本外交の醜態を見て頭を抱えて悲観しているという報道が頻繁に伝えられるようになった
頭を抱えさせる材料は十分ある。従軍慰安婦の問題についての安倍晋三首相のあやふやな発言、この問題の再調査を求める自民党議員が百何十人もいる事実もそうだ。そして、先日のハノイにおける六ヶ国協議の日朝作業部会が実質的な決裂に終わって、「とにかく、拉致問題の解決が先決問題だという毅然とした姿勢を崩さなくて、原口代表はよくやった」という反応しか見せない政治家が多かったこともそうである。
決裂の結果、日本が協議で、ますます蚊帳の外に置かれてきた。日本が拉致問題にこだわるあまり、北朝鮮が会談を利用して、日米間に楔を入れる好機を掴んだ。安倍政権は一体何を目指しているかと首をかしげる「知日家」外国人が多い。
まず、拉致問題の「解決」とはなんだろうか。英国の科学雑誌「ネイチャー」で、北朝鮮が横田めぐみさんの火葬遺骨だという遺骨のDNAの鑑定について、鑑定者自身が不確実性を認めたこと、めぐみさんの両親が平壌に行って、お孫さんに真相を聞くように招待を受けていることなど、日本であまり報道されない事実だが、海外では、よく知られている。日本の「毅然とした」姿勢は、拉致家族への国民の同情を利用して、反北朝鮮感情を煽り、ナショナリズムの波に乗って政権維持を図っているようだ。「国益」に関する認識はそんなものかーと結論を出しても仕方がない。
「強く出ること」「毅然とした姿勢を崩さないこと」だけを是とする、自己主張的なナショナリズムは小人のナショナリズムである。君子の愛国心とは違う。私が初めて、つくづく、その違いについて反省させられたのは、一九八二年の英国とアルゼンチンとのフォークランド諸島をめぐる紛争の時であった。終戦の後の教会の感謝祭で、戦死した英兵およびアルゼンチン兵を等しく追悼した大僧正に対して、サッチャー首相がぷんぷん怒った。英国のナショナリズムを鼓舞して、翌年の選挙に大勝したサッチャー氏をみて、ホンモノの愛国心は何か、英国人としての私は、英国の何を誇りにしていいか、英国という国に対する帰属意識を感じさせている要素は何なのかと自問・反省させられた。結局、BBCや高級紙などのジャーナリズムの質や、国家医療制度など、社会格差の拡大を防止する諸福祉制度だ。それが私のわずかなる愛国心の根拠だという結論に至った。
外国人の私が感心して、日本人だったら、誇りに思うだろう事は、いっぱいある。文学、美術、工芸や思いやりを重んじる人間関係など。そして、協力を基調として、株主も経営者も一般従業員もあまり搾取しようとしない企業形態を築いてきたことも。
そのような企業形態が最近、アメリカ型企業形態へ移行しつつある。先日の三角合併簡易化の決定が、その移行を促進するに違いない。外交面でナショナリズムを貫徹しながら、そのような決定をする安倍政権はどこか矛盾を感じないだろうか。
(英ロンドン大学政治経済学院名誉客員)
東京新聞 2007年3月18日 「時代を読む」
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こんにちは、 エレさんも、ついに、ブログ解説したのですか。 最近、掲示板の論者はブログに流れたみたいで、ずいぶんどこも静かなようですな。 最近の保守ブームは、ちょいと軽薄で、保守語りの保守知らずという輩がずいぶんいますね。 視点をずらして、保守的視点から、拉致事件やら世相やらを見ていくのも面白い。 時々読ませていただき、突っ込ませていただきますんで、私の方のブログも覗いてやってください。
2007/3/18(日) 午後 6:25 [ minow175 ]
やぁミノウさん、見つかっちゃいましたねぇ。(笑) 私は今でも掲示板の方を重視してます。ブログだとやはり自分の主張を発信するのにはいいのですが、議論となるとやはり掲示板の方が形態的には優れていると思いますね。このブログは試しに作ってみたものの、放っておいたのですが、掲示板に投稿するにはトピずれだったりしたものを中心に書き留めるつもりで利用しています。ですから、同じ内容のものが、Yahoo!掲示板にも投稿していたりします。できれば、掲示板の方に誘導したいという狙いもあります。 ネタ拾いにミノウさんのブログも巡回させてもらいます。これからも、よろしくお願いしますね。
2007/3/18(日) 午後 7:55 [ ele**ric_*eel ]