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天声人語

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2009年2月7日(土)付

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 パリの裏通りを歩くと、たまにクラクションの合奏に出くわす。渋滞の源である配送車に、後続の車が遠慮がちに鳴らした一発。それがたちまち長い長い一斉射撃に転じ、荷下ろしの配達員をせかすのだ。「奏者」不詳の匿名性が、気と音を大きくする▼インターネットでの中傷被害が絶えない。匿名に乗じて、小心者が振り回す言葉の暴力だ。巨大掲示板での雑言は、例えれば公園で怒鳴り散らすのたぐい、ブログへの悪態は民家に土足で乗り込む挙だろう▼男性芸人が殺人事件に関与したというデタラメな情報をもとに、芸人のブログに「殺す」などと書き連ねた女が、脅迫の疑いで書類送検された。同じブログで中傷を重ねた17〜45歳の男女18人も、名誉棄損の疑いで立件される▼住所は北海道から九州まで。互いに面識はなかろう。同じ民家で暴れた縁とはいえ、「覆面に黒装束」では男女の別すら分からない。だが書き込みの記録から発信元は割れる。警察がその気になれば、覆面は造作なくはがされる▼顔が見える集団討論でさえ、意見が次第にとんがり、結論が極端に振れることがある。匿名ゆえに責任感が薄まる場では、安易に同調し、論より情にまかせて過激さを競うような群集心理が働くという(岡崎博之『インターネット怖い話』)▼自由に発信できるネットにより、善意の輪が広がることもあれば、権力やメディアの所業が問われもする。「情」と「報」の海に紛れる悪意をどう摘むか。もはや言論の裏通りとはいえない存在だけに、交通整理の知恵がいる。

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