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がんを生きる:住みなれた家で/5止 地域と病院、垣根消そう

 パソコン画面の左上に「れんけい君」という項目がある。クリックすると、関東一円の病院や診療所の一覧が表示された。東京都江東区のがん治療専門病院「癌研(がんけん)有明病院」の唐渡敦也(からとあつや)医師(47)は「あの先生は24時間往診できるな」「自宅でのみとりもしている」と、前日確かめた新情報を次々と加えた。

 在宅療養を支援する唐渡さんは、地域の診療所との連携を目指して「れんけい君」を開発した。痛みの緩和ケアに詳しい医師のいる診療所をリストアップし、患者が在宅療養を望めば、患者の住む地域の往診可能な診療所が検索できる。

 3年前のことだ。乳がんが肺や骨に転移した41歳の女性が唐渡さんの元にやってきた。もう治癒の見込みはなく、夫の送迎による片道1時間半の通院が、夫婦ともに大きな負担になっていた。相談を受けた唐渡さんは「れんけい君」を使い、女性の家の近くの緩和ケア医を紹介した。

 半年後、久しぶりに病院を訪れた女性から手紙を渡された。

 <今、私が前を向いて立っていられるのは先生のおかげです。これから厳しい現実に直面しなければなりませんが、心を支えて下さってありがとうございます>

 女性は5歳になる息子の初めてのピアノ発表会に出席し、その3日後に自宅で亡くなった。葬儀の後、今度は夫から手紙が届いた。「発表会を見る目標を達成できました。心身ともに救われました」とあった。

 新宿区の東京厚生年金病院。東京都の委託で先月開設された在宅緩和ケア支援センターは、在宅療養の相談に乗る数少ない専門の窓口だ。

 「病院から急に退院しろと言われた」「吐き気が我慢できない」

 緩和ケア部長の川畑正博さん(55)は、受話器から伝わる患者の叫びを聞くと、7年前、73歳で亡くなった母親のことを思い出す。消化器内科医として積極的ながん治療にかかわってきた川畑さんは、大腸がんの母にもあらゆる治療を受けさせた。肝臓に転移した後も抗がん剤の治療を勧めたが、薬剤を注入する管がうまく入らない。

 「もういいよ」

 つらそうな姿を見て、そう声をかけると、母はほっとした表情を浮かべた。正月は病院から自宅に帰った。動くのもやっとだった母が「お父さんには内緒ね」と、おとそを口にした。川畑さんが「家の力」に気付いた最初の体験だった。

 癌研有明病院の「れんけい君」は、院内の診療科同士もつなげた。どの医師も画面を見ることができ、在宅療養を知らなかった医師も関心を向けるようになったという。唐渡さんは「診療科ごとに分業化された院内が、ケアを巡って相談するようになった」と話す。

 東京厚生年金病院の支援センターへの相談は、まだそれほど多くない。でも川畑さんは前向きだ。「自分らしく生きられる療養場所を、患者が選べることを発信したい」

 病院と家の「垣根」が消え、患者が自由に行き来する。その日は遠くない。【石原聖、永山悦子】=おわり

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毎日新聞 2009年2月6日 東京朝刊

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