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男はつらいよ特集・作品ガイド
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衛星劇場
  • 第1回 山田洋次監督
  • 第2回 佐藤蛾次郎さん
  • 第3回 倍賞千恵子さん
  • 第4回 秋本治さん
  • 第5回 藤巻直哉さん
  • 第6回 迫本淳一
  • 第7回 黒谷友香さん
  • 第8回 劇団ひとりさん
  • 第9回 黒柳徹子さん
  • 第10回 永六輔さん

40周年プロジェクト 男はつらいよ特別企画 第6回 松竹(株)代表取締役社長・迫本淳一 寅さんで、日本のグローバル化ではなく、世界のジャパン化を

毎回、監督、出演者をはじめ多くの「寅さん」関係者、ファンをお迎えするこの企画、今回は『男はつらいよ』を生んだ松竹株式会社の経営トップ・迫本淳一が、ビジネスマンとして、そして「寅さん」の一ファンとして、映画ファンの皆様にその魅力をご紹介します。

―― 当時、反対意見が多いなか、このシリーズの製作を最終決定したのは、迫本社長の祖父にあたる故・城戸四郎社長(当時)でしたね。その際の背景などをお聞かせいただけませんか?

迫本:  詳しくは聞いていないのですが、祖父は必ず新しい企画に対しては、まず却下すると言っていました。それでもやりたい、と作り手が言ってくる様な企画者に情熱がある企画でなければ、映画は成功しないと。当時、様々な反対の声のある中、山田監督の情熱は凄まじかったと聞いていますから、正にこれがよい例ではないでしょうか。

―― 映画製作には、まずその情熱を確かめたということですか。この他に故・城戸社長から聞かされた記憶に残るような言葉をお聞かせ下さい。

迫本: 

祖父は常々、映画には普遍的なヒューマニズムの視点がなければならないと言っており、昔のプロデューサーはその素養を身につけるため、哲学を勉強させられたそうです。『男はつらいよ』は、本当にそのとおりの作品となりました。

あとちなみに、当時『女もつらいわよ』といった企画があったとかなかったとかと聞いていますが…真相はよく分かりません(笑)。

―― 一ファンとして、また経営者として、『男はつらいよ』をどう見てらっしゃいますか。

迫本:  松竹という会社は伝統的に、(1)人間を、強いところ・弱いところも併せて、きちんと描く、(2)トータルで人間を善意で見ている、(3)万人向けだけども、特に弱かったり苦しかったりする人たちを応援する映画を作ってきた会社だと思っています。その中で、この『男はつらいよ』シリーズは、まさに弊社のDNAの結晶のような作品です。特に、毎日のように痛ましい事件が起き、誰もが未来に対して明るい希望をもちにくい現在、『男はつらいよ』がもつ人間のあたたかさ、善意、そういったものは改めて受け入れてもらえると思っています。
―― 迫本社長にとって『男はつらいよ』の魅力とは?

迫本:  寅さんは、フーテンと呼ばれるとおり、各地を転々とする不安定な職業で、しかも毎回マドンナにフラれます。けれども誰もの心を明るくし、あたたかくします。それに単純に面白いですよね、寅さん。もう私なんてオチに入る前から笑ってしまいます。それに全国津々浦々の風景の美しさ。それを背景にして、時代を彩ってきた歴代のマドンナが登場する。これらがすべて詰まった本シリーズは、人間が人間である以上、誰もが共感できるものをもっていると確信しています。

―― 最後に、『男はつらいよ』シリーズを愛する映画ファン、またこの企画をきっかけに初めて鑑賞される方へ一言お願いします。

迫本: 

今年はシリーズが生まれて40周年という記念すべき年。インターネット配信の他にも、柴又帝釈天の野外上映、東劇・全国各地のシネコンMOVIXでの記念上映、リマスター版DVDの発売など記念イベントが目白押しなので、是非この際に、一度ご覧になって下さい。

つい先日も、米国の知人からメールが送られてきたんですが、海外で日本映画を観たくても、その手段が無い。この松竹ONLINEや、40周年記念の海外上映などで、是非『男はつらいよ』、ひいては日本映画の良さ、この国の素晴らしい文化を世界に伝えたい。国際化の流れの中、日本はどんどんグローバル化していますが、先ほどお話したように、この国の素晴らしさを世界に伝え、むしろ世界をジャパン化できるよう、頑張っていきたいと思っています。

(インタビュー 編集部    camera 蓑輪政之)

迫本淳一

1953年東京都生まれ。76年慶應義塾大学経済学部、78年同法学部を卒業し、97年UCLAロースクールの法学修士号を取得。その一方で、93年弁護士登録し(現任)、同年三井安田法律事務所に入所(98年退所)、97年には米ハーバード大学ロースクール客員研究員となる(98年退任)。98年に松竹顧問、代表取締役副社長に就任し、04年に現在の代表取締役社長に就任する。趣味はゴルフ。

源公は語る『男はつらいよ』ここが源点!