1. TOP
  2. 特集
  3. 男はつらいよ 特集・作品ガイド
  4. インタビュー 倍賞千恵子さん
男はつらいよ特集・作品ガイド
その1から5までを見るその6から10までを見る
衛星劇場
  • 第1回 山田洋次監督
  • 第2回 佐藤蛾次郎さん
  • 第3回 倍賞千恵子さん
  • 第4回 秋本治さん
  • 第5回 藤巻直哉さん
  • 第6回 迫本淳一
  • 第7回 黒谷友香さん
  • 第8回 劇団ひとりさん
  • 第9回 黒柳徹子さん
  • 第10回 永六輔さん

40周年プロジェクト 男はつらいよ特別企画 第3回 倍賞千恵子さん 渥美清さんは、私の俳優人生の中で出会った唯一の天才でした。

『男はつらいよ』シリーズで国民的スターになった渥美清さんが没したのは今から12年前の1996年、まだ彼は68歳の若さだった。渥美さんが演じた“寅さん”は永遠のヒーローとなり、12年たった今も人々の脳裡から消えることはない。その渥美さんとコンビを組み、妹・さくらを演じてシリーズを支えたのが倍賞千恵子さんだった。その倍賞さんに渥美さんの魅力、撮影秘話を語っていただいた。

植草:  今年の8月は『男はつらいよ』が公開されて40年目、そして渥美さんが没して12年、「十三回忌」の年に当りますね。どんな感慨をお持ちですか。

倍賞:

 ただただ歳月の流れの速さに呆然とするばかりです。私がさくらの役をいただいたのは28歳のときで、最終作の「寅次郎紅の花」まで実に26年間もさくらを演じていたんですね。一作目と最終作を比べると、役者さんが皆全然違いますからね、こんな映画はないと思いますよ。

植草:

 小学生の息子役だった吉岡秀隆さんがもう38歳ですからね。

倍賞:

 『男はつらいよ』がシリーズになるなんて、山田監督も考えていらっしゃらなかったから、一作目でさくらは結婚し、赤ちゃんを産むんですね。私もさくらとはこれ一作だけのお付き合いだと思って演じました。映画が大ヒットしてシリーズを重ねていくに従い、(シリーズ後半の)満男役の吉岡秀隆君がだんだん大きくなっていって、身長がさくらの目と同じ高さまでいき、最後の方では見上げるようになってしまった。そんなことも今振り返るとあっという間のことのようにも思えます。今思い出したんですが、一作目が作られた年に私の姉に赤ちゃんができたので、彼女のしぐさを参考にしてお母さんになったさくらを演じていました。

植草:

 倍賞さんが演じられたさくらは、日本人男性の良き女性像として抱く人も多いと思うのですが、ファンは倍賞さんとさくらさんを一心同体と思っていましたね。

倍賞:

 お褒めいただき光栄です。でも最初は“私は倍賞千恵子であってさくらではない”と思っていましたから、そうとられるのが凄く辛い時期もありました。でもあるとき渥美さんに“お客さんからそう思われるのは、役者としてとても光栄なことなんだよ”と教えられてからは、大変おこがましいことを言っていたんだと恥ずかしくなりました。本当に渥美さんは役者としても人間としても素晴らしい人で、もうああいう天才的な人は出てこないと思います。

植草:

 渥美さんも“寅さん”と同一視されることについて、ある時期からそう思うようになったんだと思いますが、このシリーズが長く続いたのは、二枚目でもなく欠点だらけの、この渥美さんが愛され続けたからこそと思うのですが、渥美さんについてのご感想は。

倍賞:

 確かにそういう見方もありますが、そんなことありません。私は渥美さんのことを、美しく、二枚目だと思いましたよ。芝居のときにふと見せる表情に、そう思いました。渥美さんは、ライトを浴びる人よりも、その陰にいる人の方に気が届く、とても思いやりのある優しい人でした。そうした人間的な素晴らしさが、車寅次郎という人物を美しくするのだと、そう思います。

植草:

 渥美さんを一言で言うとどんな方でしたか。

倍賞:

 余分なものがない人でした。役者としての“贅肉”がついてない、と言うか。山田監督がおっしゃってたのですが“良い役者とは、与えられた役の人物にシンプルに入り込んで演じられる人。“贅肉”があると、いろんなことをやってしまう“と。渥美さんは、正にそういう人でした。

植草:

 渥美さん、倍賞さんらの素晴らしい役者陣、スタッフ、これに絶妙な山田演出が加わり、このシリーズは作り続けられたんですね。

倍賞:

 そうだと思います。いつか忘れましたが、山田監督から“さくらはミシンの横に文庫本を置いておくような勉強家なんだよ”とアドバイスされたことがあります。そういう登場人物に対する深い解釈と愛情が隅々まで行き渡っているんです。

植草:

 そんな魅力的なこのシリーズのことを、もっと若い人たちにも知ってほしいですね。

倍賞:

 本当にそう思います。まずは渥美清さんのような素晴らしい役者はもう出てこないと思うし、その渥美さんを観るだけでも楽しい。そしてこのシリーズは、26年間48作品に渡り、人と人との関係、美しい風景、ファッションなど、日本の歴史がたくさん詰まった玉手箱のようなものだと思いますから、それを楽しんでいただければと思います。
SKD(松竹歌劇団)も含めると半世紀近くのキャリアを誇る倍賞さんだが、そのなかの半分以上を“さくらさん”と向き合ってきただけに、彼女について語る言葉の隅々に深い愛情を感じさせる。日本女性の理想像である“さくらさん”と倍賞さんが重なって見えるのも『男はつらいよ』の魅力のひとつなのだ。
(インタビュー、text 植草信和   camera 蓑輪政之)
インタビュー映像はこちらから!

倍賞千恵子

1941年東京都生まれ。60年、松竹歌劇団(SDK)に入団。61年、松竹にスカウトされ『斑女』で映画デビュー。63年、自身のヒット曲を原案にした山田洋次監督『下町の太陽』に主演し、以降、山田映画に欠かせない存在となる。69年から全48作にわたった『男はつらいよ』シリーズで、渥美清演じる主人公車寅次郎の妹・さくら役で人気を博し、その地位を不動のものとした。山田作品では、他にも『家族』(70)、『幸福の黄色いハンカチ』(77)、『遙かなる山の呼び声』(80)等に出演、数々の映画賞に輝く。また、音楽活動、講演活動でも精力的に全国を回っている。近年では、宮崎駿監督『ハウルの動く城』(04)でヒロイン・ソフィー役の声の出演や、『母べえ』(08)の出演がある。

植草信和

1949年千葉県生まれ。70年キネマ旬報社入社。91年編集長に就任。2001年退社。その後はフリー編集者として多数の書籍に携わる。キネマ旬報社在職中はアジア映画関係書を中心に多数の書籍等を編集。その他の代表的な書物に、「山田洋次クロニクル」「成瀬巳喜男と映画の中の女優たち」(以上ぴあ)、「黒澤明・天才の苦悩と創造」「『千と千尋の神隠し』を読む40の目」「宮崎駿と『もののけ姫』とスタジオジブリ」「小津と語る」(以上キネマ旬報社)等多数。

源公は語る『男はつらいよ』ここが源点!