北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が先月訪朝した中国要人と会談し、重病説はほぼ沈静化した。「発作で倒れたものの相当回復し、少なくとも重要事項は自分で決裁しているだろう」。多くの専門家がそう見ている。
その会談前、北朝鮮外務省は談話で在韓米軍基地の査察などを求めた。米国が受け入れねば「100年たっても」核を放棄しないという。続いて朝鮮人民軍総参謀部が韓国との「全面対決態勢」に入ると宣言した。
そして会談後、北朝鮮の対南機関が発表した声明は、ひらたく言えば「朝鮮半島西側の黄海上で南北武力衝突が今後いつでも発生しうる」という意味の脅しを含んでいた。ごく最近には長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射準備らしい動きが表面化した。米国の偵察衛星に見せつけたに違いない。
一連の動向は、金総書記が中国要人に語ったとされる「朝鮮半島情勢の緊張を望まない」という言葉と、全くそぐわない。中国の体面を傷つけるものと言うべきではないか。
もちろん、北朝鮮得意の戦術ではあろう。米オバマ政権の発足に合わせて緊張を高め「早く交渉しないと危ないぞ」と迫る。前2代の韓国大統領と違い北朝鮮に融和的でない李明博(イミョンバク)政権を圧迫し、政策変更と韓国社会の分裂を同時に狙う。
だが、それにしても挑発が過激だ。では、付随的な狙いと言われてきた北朝鮮内部の引き締めという要素が、想像以上に重いのか。裏返して言えば、体制の緩みが深刻なのではないか。そんな疑念が募る。
兆候はある。昨年、韓国入りした脱北者は2800人余り。累計1万5000人を超えた。知識人、エリート層も増えつつある。対南工作機関の要員まで含まれている。
また韓国メディアによると、北朝鮮では韓国ドラマのDVD録画を楽しむ住民が増えた。こうした品目も出回る日用品市場を、今年から閉鎖すると当局が布告を出した。ところが住民の反発が強く、閉鎖は予定通り実施されていないという。
これらは表に出た「緩み」の一部に過ぎない。体制崩壊に直結するほどではないにしても、最高指導者を神格化している特殊な支配原理にとって、忌まわしい兆候と言えるだろう。
北朝鮮の危機意識が強ければ強いほど、交渉での妥協の余地は狭まり、武力衝突やミサイル発射の可能性が高まる。影響力のある中国と米国は安易な妥協を排しつつ、北朝鮮が無益な挑発や暴挙に走らないよう、協調して抑止に努めるべきである。
毎日新聞 2009年2月5日 東京朝刊