【暮らし】医療を守る 開業医ら緊急時に集結 地域で支え合う お産 静岡県中西部・志太榛原地区2009年2月5日 一月下旬の午後、静岡県藤枝市の鈴木レディースクリニック=鈴木英彦院長(57)=で帝王切開手術が行われた。 執刀は、鈴木院長、助手は車で十五分の焼津市内で開業する前田産科婦人科医院の前田津紀夫院長(52)。生まれたばかりの赤ちゃんを、同市立総合病院小児科の伊東充宏医師(43)と看護師が診察し「元気な赤ちゃんですよ」とお母さんに声をかけた。 前田院長はこの日の午前に、鈴木院長は夕方に、それぞれ別の産婦人科医院へ帝王切開手術の応援に駆けつけた。伊東医師もすべての手術に立ち会い、午前中に生まれた低体重の赤ちゃんは病院の新生児集中治療室(NICU)へ連れていった。 藤枝市など四市二町、静岡県中西部に位置する志太榛原(しだはいばら)地区の産科、婦人科開業医は十五年ほど前から、帝王切開手術や緊急時の応援をして支え合っている。藤枝市立総合病院産婦人科医長だった前田院長、榛原総合病院産婦人科医長だった鈴木院長らを中心に、今は産科開業医五人と無床婦人科開業医三人がメンバー。いずれも車で三十分以内の距離だ。一人が駄目でも誰かがカバーできる。「帝王切開応援があるのなら、やっていけるかも」と、この地域での開業を決めた産科医も二人いる。 「地域で一つの病院ですよ。ただ応援がいるだけじゃなく、あうんの呼吸で通じ合う仲間だからうまくいく。仲間がいるから頑張れる」と鈴木院長。仲間のつながりは深い。産婦人科の勉強だけでなく、公立病院の小児科の勉強会やカンファレンスにも参加する。電子メールで情報交換し、ゴルフも一緒に楽しむ。 二十四時間三百六十五日気を抜けないうえに訴訟のプレッシャー−。産科をめぐる状況は深刻だ。勤務医不足の中、地域周産期センターとして年間七百件以上のお産を受けてきた藤枝市立総合病院産婦人科が、昨年七月から分娩(ぶんべん)を休止した。 産科医療崩壊の瀬戸際で、開業医仲間を核としたネットワークが、生きる。 同病院のNICUに携わる小児科医八人が、産科休止の現状に「地域で何かできれば」と、開業医の帝王切開に小児科医と看護師が立ち会う取り組みを開始。昨年十二月までに百件の手術に立ち会った。必要があればそのまま病院の医師がNICUへ運ぶ。休止の産科で働いていた助産師のうち四人も、研修という形で、鈴木院長らの診療所に派遣されている。 「出産直後の処置が赤ちゃんの生死を分ける場合もあります。もちろんリスクのある場合、周産期センターで産むのが一番ですが、現時点の最善をできたら」と伊東医師。 母体に問題があるなどの緊急ケースは、二十九週以降なら、焼津市立総合病院などの二次病院が受けてくれる。それ以前の早産は、静岡こども病院(静岡市)などの三次病院との連携もある。「送り先があるのが一番の安心」と前田院長は話す。 しかし、一刻を争うケースもある。鈴木院長は昨年六月、仲間で乗り切った緊急事態が忘れられない。 帝王切開手術後の女性の術後管理で、予想外の出血に気付いた。二次救急の焼津市立総合病院へ搬送していては間に合わないと判断。止血処置を施す緊急手術の準備を始め、いつもの仲間に「緊急事態、来て」と電話をかけまくった。 麻酔処置後、いざ開腹という時点で二人の医師が駆け付け、連絡から二十分後には同総合病院医師も含めて応援は五人に。女性は一命を取り留めた。 今後、開業医の高齢化が進むとどこまで頑張れるかは分からない。新しく開業医が出てくる見込みも、藤枝市立総合病院の産科再開のめども立っていない。だからこそ前田院長たちは、連携の大切さを訴える。「一人でやれることには限りがある。大学が同じといったつながりだけではなく、同じ地域で支え合うことで安全性も高まるし、産科医を続ける勇気が出てくる」 (野村由美子)
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