“脳ブーム”が続いている。書店には脳関係の書籍を集めたコーナーが設置され、脳を鍛えてスキルアップを図れるとうたうゲームや教育教材、セミナーなどが人気を集めている。だが、そうした「脳力アップ」をうたう本や商品の中には、実証データに反する迷信や、極端な誇張、根拠の薄い俗説が少なくない。脳力アップグッズを手に取る前に、一度立ち止まり、貴重な時間とカネを投じるに値するか慎重に吟味した方がいい。
実は脳ブームは日本に限らない。そして、脳に関する迷信や根拠に乏しい言説も世界に共通する。心ある専門家たちはそれを「neuromyth(神経神話)」と呼んでいる。
世界中の脳精神科学者や教育学者が新たな知見を持ち寄り、脳の学習機能を論じた経済協力開発機構(OECD)の報告書『Understanding the Brain: The Birth of a Learning Science』は、脳科学の発展が教育分野で新たな成果を得られる可能性を述べつつも、「神経神話を一掃する」と題して1つの章を割き、この問題を詳しく取り上げている。
- 神話1
- 右脳と左脳は異なる働きを担う。どちらが優位かで人は“右脳型”と“左脳型”に分かれる。
- 神話2
- 私たちの脳は全体の10〜20%程度しか使っていない
- 神話3
- 語学や楽器演奏など、学習には適切な時期があり、それを逃してはいけない
- 神話4
- 睡眠学習は効果がある
- 神話5
- 記憶力は改善できる
- 神話6
- 女性の脳と男性の脳は大きく異なる
- 神話7
- 生後3歳までに、脳の基礎的な能力はほぼ決まってしまう
脳の学習機能を論じたOECDの報告書「『Understanding the Brain: The Birth of a Learning Science』の6章「Dispelling “Neuromyths”」より抜粋
神経神話として俎上に載せられている言説の主だったものを上に挙げた。「あの人は右脳タイプ」といった言葉は日常会話で普通に使われるし、「3歳までにどれだけの刺激を受けたかで、その後の脳の発達が決まる」と信じて幼児教育に大金を投じる親も少なくない。本誌の独自アンケートでも、「人間の脳はほぼムダなく使われている」と考えている人は9%に過ぎず、「人間の脳は約10%しか使われていない」と考える人が91%に上った。神話は浸透している。
OECD報告書作成にかかわった日立製作所フェローで東京大学先端科学技術研究センター客員教授の小泉英明博士は言う。「今の脳科学は医療用途、例えば、認知症や脳に障害のある人の機能回復という意味では一定の効果を出しているが、健常者の能力向上に役立てるのは今後の課題」。