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2009/02/04

トーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞退

 今日はオバマ大統領の就任式で祝賀の演奏をしたヨヨマさんなどについて書くつもりでしたが、トーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞退を伝える今朝のNHKのテレビニュースを見て、予定を変えました。これは重大なニュースですが、それがわれわれ日本の庶民に伝えられる有様を目の当りにして、マスコミの情報というものの限界と本質をつくづく考えさせられました。
 画面にはオバマ大統領の少し憂鬱そうな映像が出ましたが、これは彼にとって悪いニュースですから、テレビでは常套の手続きです。アナウンサーはオバマ大統領がここに来て困った事態に直面しているとして、彼が新内閣の保健社会福祉大臣に任命したトーマス・ダシュル氏が国税を遅れて支払っていたことが判明したため、ダシュル氏が大臣就任を辞退したと報じました。一般の視聴者の反応は「アメリカでも同じような事なんだなあ。大臣のお株が回ってきそうになってから慌てて滞納していた税金を納めるお偉さんがた」といったところでしょう。しかし、NHKの論説委員室の方々は事の重大さをよくご存知の筈です。皆さんは、おそらく、オバマさん大好きなのでしょうし、もし、オバマ大統領批判の想いがあっても、一般放送のテレビニュースにそれを流すことは、当局の意向を察して、自主的に遠慮なさるのでしょう。しかし、皆さんの政治的立場がどうであれ、ダシュル氏が米国政界の大物、ワシントンのインサイダー中のインサイダーであり、しかも、オバマがその議会上院の新星として輝かしく登場して以来、一貫して彼を支持し、遂に大統領の地位にまで押し上げた恩人中の恩人なのですから、オバマ大統領の応援団の団員にとってもこれは重大事件です。ワシントンポストによると、ダシュル自身が、実は、大統領の座を目指すための選挙運動チームをすでに用意していたのに上院議員選挙で政治判断を誤って機会を逸したあと、自分が用意した既製の選挙運動チームに、そのまま、オバマを乗せてワシントンへの進撃を始めたのだそうです。こんな重要人物の失脚のニュースなのです。せめて、NHKの中立性を守ったままで結構ですから、ことの重大さを一般視聴者が嗅ぎ付けることが出来るような工合にニュースを仕立てる工夫をしてほしいと思います。
 世の中には、単なる好奇心や株価への関心をこえて、我が国のこと、世界の成り行きを心配し、中身のしっかりした知識や情報を得たいと思っている老人が沢山います。私は、たまたま、英語を使う仕事をしてきましたから、今度のトーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞任の問題についてもインターネットでアメリカの新聞類を読んでいますが、多くの人々は、英語は読めるにしても億劫だと感じるのだと思います。そうした方々のために、いわゆる中立性を守りながら、NHKの解説委員さんたちがやれることが沢山あると思います。しかも、わざわざ探報取材の必要もありません。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどで十分なのですから。
 例えば、ダシュル氏の過去2年間の収入報告。オバマ氏が上院議員として華々しく登場した2004年、落選して在野の人となったダシュル氏ですが、彼が勤める有力法律事務所から210万ドル受け取っています。彼は弁護士資格を持たないのですから驚きです。また、インターメディアという証券会社から200万ドル、健康保険関係や製薬業界関係の企業からの講演謝礼などで22万ドル。オバマ大統領という人は、インサイダーやロビイストが暗躍支配するワシントン政界を清掃し、一般大衆のためのヘルスケア・システムを実現することを公約してホワイトハウスに乗り込んで来たのですから、ダシュル氏を保健社会福祉大臣に任命したことは、彼の政治家としての体質を考えれば、始めから、大問題であったのです。狐に油揚げの番を頼むようなもの−とまでは言いませんが。税金の滞納問題はむしろ小さな問題で、それに躓いた時に、オバマ大統領をはじめとして、エドワード・ケネディやジョン・ケリーなど、トム・ダシュルが属する“クラブ”の全員がダシュルの脱税を赦して無事に事態を収拾しようと努力したことにも、病根の深さが窺われます。
 ダシュルの保健社会福祉大臣辞任は、アメリカの一般大衆のために本当に良かったと思います。ダシュルという人物をオバマ大統領が保健社会福祉大臣に選んだ直後から、その選択に強い懸念を示したアメリカの小さなニュース源がいくらもありました。NHKの編集委員の方々も先刻ご承知の筈です。あなた方に許される範囲で結構ですから、われわれ憂国老人を含む日本の一般大衆にそうした情報を伝えてはくださいませんか?

藤永 茂 (2009年2月4日)

2009/01/28

オバマ大統領就任演説

 オバマ新大統領の就任演説についての私の予言は見事に外れました。ガザのガの字も出てきませんでしたし、リンカーンやキングは勿論、人名というものは一切でてきません。神(God)の名は4回繰り返されますが。あまりに見事な肩すかしを喰らったので、昔だれからか聞いた占いについての笑い話を思い出しました。辻占い師さんが客に「お宅の庭に大きな木があるでしょう」と自信ありげに言うと、客はキョトンとして「いいえありません」と答える。すると、占い師すこしも慌てず、「ああそりゃ良かった。もしあったら、あんたに大変な災難が降りかかるところだった」。
 私の予言の当たり外れなどはどうでもよい事ですが、アメリカのベテラン記者や論評家にも就任演説の内容や語り口に驚かされた人が少なくなかったようです。例えば、ワシントン・ポスト(1月23日)のCharles Krauthammer は“・・・you were sure he would trace the journey back to Lincoln and the Second (post-Gettysburg) Republic or to King and the civil rights revolution.”と書いていました。「就任演説は修辞的に余りにもフラットで、リズムにも律動にも欠けていたので、彼はわざとそうしたのだと思わざるを得なかった」ともありました。
 しかし、静かに、よく気を入れて、オバマ新大統領の就任演説のトランスクリプトを読んでみると、こちらの胸の底が冷え冷えとするような気味の悪さを覚えます。大統領とその(すでに有名になった)スピーチライターたちが額を合わせて、この冷徹な演説原稿をあらゆる周到な計算の下に書き上げていった様子を想像してみて下さい。
 バラク・オバマは、今から半年ほど前、選挙戦資金集めに熱心だった頃、イスラエルの小都市スデロットを訪れて次のような発言をしています。この町にはハマスがガザ地区から発射するお手製ロケット弾が時々落下して市民から「おちおち夜も寝られない」と苦情が出ていました。:
■ もし、私の二人の娘が夜ねむっている我が家に誰かがロケットを打ち込んで来るとしたら、それを止めさせるために、私の力でできることは何でもやるだろう。イスラエルの人々も同じことをやると私は思う。■
この時から今までオバマの考えが変わっていないとすれば、新大統領はイスラエルの完全な味方ですが、次の事実は全く否定の余地がありません。ガザ地区に軍事的暴力や食糧封鎖などあらゆる圧迫を加えてハマス政権の崩壊を狙っていたのはイスラエル側で、ハマスのロケット弾発射は「俺たちは断固抵抗を続ける」というメッセージを圧政者側に届ける以外の何ものでもありませんでした。ここ数年の双方の死者の比率は大体100対1です。
 昨年12月27日、またまたガザ地区に対する激しい攻撃をイスラエルが始めました。それについては12月31日のブログ『ガザに盲いて(Eyeless in Gaza)』に書きました。イスラエルのガザ攻撃に関して感想を求められたオバマは、側近のアクセロッドを通じて「大統領は常に一人しか居ない」と答えたと伝えられました。つまり、「ブッシュさんに聞きなさい」と言って逃げたのです。20日後に大統領の座につく人間として何と賢明かつ卑劣な返答でしょう。その熾烈な攻撃は、大統領就任式の3日前に、イスラエル側の突然の一方的停戦によって、突然、ピタリと止まりました。就任式演説の直前に、私はこの停戦をイスラエルのオバマへの贈り物と断定しましたが、これはアメリカのマスメディアの一致した見解です。就任式演説の原稿が練られた時点で、オバマのチームもブッシュのチームも既に知っていたことに違いありません。
 1月22日付けのガザ地区からの報告では、22日間のパレスチナ側の死者は1312人、その85%以上が民間人で、子供434人、女性104人、医療関係者16人、ジャーナリスト4人、外国人5人、老人105人を含みます。この惨害にも関わらず、ガザの民心はハマスから離れませんでした。この意味でイスラエルは敗北を喫したのです。イスラエル側の人的損害は軽微で、死者は10人そこそこと推定されますが、長い目でみると、究極の勝者は破滅的な損害を受けたパレスチナ側であり、また、そうでなければなりません。
 ところで、オバマ新大統領は就任式演説で何と言ったか?ハマス、イスラエル、ガザ、アフガニスタン、・・・、何の固有名詞も使わずに、彼は次のように語りました。
■ And for those who seek to advance their aims by inducing terror and slaughtering innocents, we say to you now that, “Our spirit is stronger and cannot be broken. You cannot outlast us, and we will defeat you.” (そして、恐怖を呼び起こし、罪なき人々を虐殺することによって、その目的を達成しようとする者どもよ、我々はお前たちに今こう言ってやる、“我々の士気はますます軒昂であり、それを打ち壊すことは不可能だ。お前たちが我々より長続きすることはあり得ず、そして、我々はきっとお前たちを打ち負かすであろう”と。)■
これを聞いたガザのパレスチナ人たちは、一瞬、オバマが自分たちの今の気持を語ってくれているかのような錯覚におそわれ、しかし次の瞬間、“お前たち”にはハマスの闘士たちも含まれていることに気が付いて、アメリカに対する憤りを、あらためて、燃え立たせたことでしょう。「恐怖を呼び起こし、罪なき人々を虐殺することによって」パレスチナ人の精神的な背骨を打ち砕こうとしているのは、ハマス側ではなく、イスラエルのシオニストたちと、膨大な資金と武器でシオニストたちを後押しするアメリカの側なのですから。
 注意深く就任演説の内容を解析してみると、興味をそそられる発言あるいは語り口が沢山見付かります。その見本として一例だけを引いておきます。:
■ We will not apologize for our way of life nor will we waver in its defense.(我々は我々の生き方を決して弁解しないであろうし、また、それを弁護することに決して戸惑うことはない。)■
これは大変困った大統領宣言で、私をほとんど絶望的な気持に導きます。アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ−これに就いての真摯な真剣な反省こそが、いや、それだけがアメリカと世界を救うのだとさえ、私は、言いたくなります。
 1月20日の大統領就任式の式次第を見ると、午前9時から来賓の入場が始まり、11時25分まだ大統領でないオバマ氏着席、35分からRick Warren 牧師の新大統領就任のための祈祷が始まります。その後で大統領の宣誓があり、12時1分から就任演説となっています。リック・ウォレンを選んだのはオバマとその側近ですが、この牧師さんは妊娠中絶や同棲結婚の合法化反対でよく知られている有力な保守的聖職者で、オバマの選挙公約に照らすと実に意味深長な選択です。私にとって、とくに興味深いのはウォレン牧師の神へのお祈りの内容です。そのトランスクリプトを見ると、イスラエルという言葉も、アフリカン・アメリカンという言葉も、ドクター・キングの名もちゃんと出ています。このお祈りの内容もオバマ・チームによって慎重に検討されたに違いありません。次の一行はとりわけ興味深いものです。:
■ And we know today that Dr. King and a great cloud of witnesses are shouting in Heaven.■
そんなことはないと私は信じています。天国のキング牧師は深い哀愁のまなざしで静かに就任式の光景を見下ろしていたに違いありません。

藤永 茂 (2009年1月28日)

2009/01/20

ガザでのイスラエルの一方的停戦

 私はこのブログを、1月18日(日)の朝、書き始めています。共同通信によると、イスラエルのオルメルト首相は「 ハマスに対する軍事作戦がその目的を達成したから」という理由で、ガザ地区のパレスチナ人に対する空爆と地上攻撃を一方的に停止しました。多数の戦車を主力とするイスラエル地上軍はそのままガザ地区に駐留して、ハマスが面白くない動きをすれば忽ち攻撃を加えるのだそうです。つい数日前までは、イスラエルに対するハマスのロケット攻撃を止めさせるのが、今回のガザ地区攻撃の目的だと言っていたのですから、作戦の目的が達成されたというなら、ハマスがロケット弾を発射する能力を失ったか、または、もう打ち込まないとイスラエルに約束したかの、どちらかの筈ですが、実際にそのどちらかの状況が成立したと信ずる理由は全くありません。
 この一方的攻撃停止は2日後に迫ったオバマ新大統領就任式への贈り物です。就任式の演説の中のハマス問題についてのオバマ大統領の言葉が、私の耳の中では、もう鳴り響いています。側近のアクセロッドとスピーチライターのチームは、オルメルト首相の攻撃停止声明より前に就任演説のこの部分を書き上げていたかもしれません。
 今回のイスラエルのガザ攻撃で殺されたパレスチナ人の数は千二百人を超え、その三分の一は子供だと、日本のマスメディアでさえ報じています。ハマスのロケット弾によるイスラエル側の死者のことはほとんど報じられていませんが、これはあまりに少なくて体裁が悪いからです。十人ほどでしょう。ガザ地区で進行しているのは二つの國の軍隊の間の戦争ではありません。ガザの面積は佐渡島の半分以下(360平方キロ)、そこに詰め込まれた約150万人の大部分は戦争難民とその子孫です。イスラエルの本当の本心では、これらのパレスチナ人が死んでしまえばよいのに、と思っています。ここにちゃんとしたパレスチナ国家が出来ると都合が悪いのです。ガザの沖合に新しい天然ガス田が発見されたとなれば、なおさらの話です。ガザの人間たちがイスラエルの存在を認めないことに固執しているというのは嘘なのですが、たとえ本当だったにしても、殆ど集団流刑に等しい大型強制収容所であるガザ地区でお手製ロケットという蟷螂の斧を振り上げて必死の抵抗を続ける150万の難民集団と、かたや、2万2千平方キロ、人口7百万、核爆弾を保有し、毎年アメリカ合衆国から膨大な援助資金と兵器を受け取っている中東で無敵の軍事大国との手合わせでは、何の現実的意味もありません。
 実は、オバマ大統領の就任式を迎えて、アメリカ国内の人種グループとして、最高にお祝い気分に浸っているのは、黒人たちではなく、ユダヤ人たちであろうと考えられます。オバマ大統領を「初のユダヤ人大統領」と呼ぶ人さえ出て来ています。その理由を知りたい方には、シカゴ・ジューイッシュ・ニューズという新聞(1月16日付)の Joseph Aaron という人の論説をお読みになることをお勧めします。
 パレスチナ人の悲惨な状況とオバマ氏については、私は昨年の3月12日のブログで次のように書きました。
■バラク・オバマとユダヤ系の人々の関係は密接そのものであります。もし初代黒人大統領バラク・オバマが実現したとして、その場合のアメリカの国家政策についての100%的中すると考えられる予言は、USA とイスラエルの関係はブッシュ時代と全く変わらないだろうということです。これはオバマ氏のこれまでの公然たる発言や行動から明白に読み取れることで、秘密でも何でもありません。パレスチナ人たちのホロコーストの苦難は延々と続くに違いありません。■
この気の重い予言から3ヶ月後の2008年6月4日、大統領候補バラク・オバマがAIPAC(American-Israel Public Affairs Committee) の総会でおこなった演説については『オバマの正体見たり(3)』(2008年7月9日)と題するブログで取り上げましたが、この演説は今あらためて読み直してみる価値があります。その中には、彼は「私が大統領になったら、こうする」と約束した沢山の重要事項が含まれています。今のガザ情勢に関連するオバマの約束の一つを以下に追加明記しておきます。いまガザ地区で起こっていることを思い浮かべながら読んで下さい。
■ I will ensure that Israel can defend itself from any threat – from Gaza to Tehran. Defense cooperation between the United States and Israel is a model of success, and must be deepened. As President, I will implement a Memorandum of Understanding that provides $30 billion in assistance to Israel over the next decade – investments to Israel's security that will not be tied to any other nation. First, we must approve the foreign aid request for 2009. Going forward, we can enhance our cooperation on missile defense. We should export military equipment to our ally Israel under the same guidelines as NATO. And I will always stand up for Israel's right to defend itself in the United Nations and around the world. ■
 新大統領の就任講演の内容について、もう一つ予言をしておきます。就任式の前日1月19日はマーチン・ルーサー・キング・デーと呼ばれる国家祝日です。キング牧師の誕生日は1月15日ですが、毎年1月の第三月曜日をキング牧師の偉業を讃える祝日とすることがレーガン大統領の時代に決まりました。バラク・オバマ大統領とその演出チームは新大統領をリンカーンとキング牧師のイメージに重ねる演出を試みることは疑いのないところで、オバマはあたかも自分がキングの衣鉢を継ぐ黒人大統領であるかのような発言を行うでしょう。しかし、そのオバマのクレームに強く反発する声が黒人の間で次第に大きくなっています。キング牧師のイメージに泥を塗るのは許さないというのです。この二人の人物は全く異なったタイプに属します。ついでに言えば、リンカーンも本質的にオバマとは違う種類の人間でした。
 今朝(1月20日)の7時のNHK テレビのニュースで、アメリカの19日、大統領就任式の前日に、アメリカ人のボランティア精神を振興するために、オバマ氏が自らワイシャツの袖をまくりあげて何処かの壁のペンキ塗りを、ボランティア奉仕仕事として、している映像が流されていました。世界中の多くの人がこの人を、明日アメリカの大統領になるバラク・オバマさんのこの映像を、尊敬と親しみに満ちた目で見守ったのでしょうが、私は違います。私は心の底から突き上げてくる怒りをもって見守りました。
 いま、世界中の沢山の人が、「アメリカ」という暴れ馬の暴走の故に、塗炭の苦しみを舐めています。この3週間にも何千という死者重傷者がでました。ブッシュ/チェイニーという騎手が手綱を取り誤ったのではありません。問題は馬そのものにあるのです。それは、困っている人には慈善の手をのばし、助けがいる人にはボランティア奉仕をしてあげるというようなことで済む事ではないのです。
 アメリカの大統領就任式というのは、大変な行事です。特に就任式前の72時間のスケジュールはオバマ氏とその側近のラーム・エマニュエル氏やデイヴィッド・アクセロッド氏などによって綿密細心に練り上げられたものに違いありません。歴史的ともいえる就任演説の24時間前に袖まくりしてペンキ塗りをする新大統領という演出はあまりにも一般大衆を馬鹿にしたものではありませんか。こんな安っぽい演出でアメリカの、そして、世界中の人々の心をマニピュレート出来ると考える傲慢こそアメリカそのものです。
 数は少ないかもしれません。しかし、晴れ晴れしい笑顔でペンキ塗りをするアメリカの新大統領に烈しい怒りを覚えている人々も世界中にいるはずです。
 このブログを、オバマ新大統領の就任演説の前に、いつもの水曜日より早く出すのは、予言事項が含まれているからではありません。オバマ新大統領の出現で世界中がユーフォリアの声で満たされる前に、世界の少数者の叫びの一つとしての私の声をほんの僅かな人々にでもお届け出来ればと思ったからです。

藤永 茂 (2009年1月20日)

2009/01/14

マジカル・ニグロ

 「マジカル・ニグロ」についてはこのブログで以前(2007年10月17日、2008年3月19日)にも取り上げましたが、バラク・オバマの晴れの大統領就任の式典を1週間後に控えて、この言葉がまた脳裏に浮かんで来ます。ネット上のある辞書には「現実の、または、架空の黒人で、とくに白人にぺこぺこ従って、威すような気配はなく奴隷的で、しかも、白人を助ける特別の能力があると思われるような人物」と説明してありましたが、これほど軽蔑的な定義ではなく、「窮地に落ち入っている白人のところに、何処からともなくやってきて、過去に白人が黒人にしたひどい仕打ちを責めることもなく、黙って、そして、ものも見事に、白人を危機から救ってくれる黒人」という、ハリウッド映画では決して珍しくない黒人のイメージを思い浮かべれば、それがマジカル・ニグロということのようです。ハリウッド映画に出てくる黒人のステレオタイプを論じた2001年のスパイク・リーの講演で使われた「スーパー・デューパー・マジカル・ニグロ(飛び切りすばらしい魔法的な黒人)」という言葉が語源とされています。
 1月6日のニューヨークタイムズの記事によると、オバマ大統領の就任式典費用の寄付は、マイクロソフトやグーグルなどのシリコンバレーの会社やウォール街の会社の役員たちからの百万円単位から千万円単位の金額の小切手による寄付が大部分ですが、ジョージ・ソロスなどからの大口寄付もあり、この日付までに、金額は二十数億円に達しているそうです。初の黒人大統領の就任という歴史的祝典に集まる人数は120万人を超えると見積もられていますが、その大多数は白人でしょう。「社会最底辺の貧困黒人たちにその金を回した方がいい」と私が言えば、「あんたのようなタイプの人間の言いそうなことだ。アメリカ合衆国の政治は、そんなケチなレベルで動くものではない」と野次られるのが落ちでしょうが、今、アメリカの貧困黒人たちは、本気でそう考え始めていると、私は、推断しています。「スーパー・デューパー・マジカル・ニグロ」であるオバマ大統領はアメリカの白人たちを救うためにホワイトハウスに乗り込むのであって、自分たちのことを熱く考えてはいないと思い始めている黒人たちの数は、就任式を待たずに、確実に増えています。

藤永 茂 (2009年1月14日)

2009/01/07

ブッシュとライスの最後の大嘘

 オバマ新大統領の就任演説まであと二週間、この地獄の時間の間に、ガザのパレスチナ人に何が起こるのか、胸が詰まる思いです。ガザについてオバマ新大統領が何と言うか、私には、景気刺激対策の具体的内容発表よりもガザについての発言のほうが、遥かに遥かに、気になります。それはガザの人々の苦難が少しでも軽減されることを強く願うからだけではなく、オバマ新政権の今後を占うことになるからです。ある意味では、つまり人間性の基本問題という点では、アメリカの景気がうまく回復するかどうか等よりももっと重大な問題だからです。
 ブッシュ大統領とライス国務長官は、最後の最後まで、厚顔無恥の大嘘をつき通しました。数日前にも、ブッシュは「18ヶ月前、ハマスはクーデターでガザ地区を乗っ取った・・・」と発言しましたし、これに合わせるようにライス国務長官も「ハマスは、アッバス大統領の軍に対して不法なクーデターを起こして以来ずっと、ガザの人民を人質に取り続けている」と言っています。何とも白々しい大嘘ではありませんか!
 その気になれば、誰でも確かめることの出来る事実ですが、2006年1月25日に行われたパレスチナ評議会選挙では、有権者の70%以上の投票率で、ハマス党が全体の44%、アッバス率いるファタ党が41%を得票、総議席数132のうち76をハマスが占めることになりました。少々の妨害騒ぎはありましたが、立派に行われた民主的選挙でした。問題は、この民主的選挙の結果がイスラエルにとっても、アメリカ合州国にとっても、受け入れることの出来ない選挙結果であったことでした。
 ここで思い出されるのは、1970年のチリの民主的選挙でサルバトール・アジェンデが大統領に選挙された時に、時のアメリカの国務長官ヘンリー・キッシンジャーが吐いた言葉です。:「チリの国民が無責任ことをやらかしたからといって、チリがマルクス主義の國になることを許すわけには行かない。」1973年ヘンリー・キッシンジャーはファシストのピノシェ将軍を助けてクーデターを起こし、アジエンデ大統領を殺害してしまいました。その後どうなったかはご存知の通りです。今、ブッシュとライスがイスラエルにさせていることはそれと同じことです。

藤永 茂 (2009年1月7日)

2008/12/31

ガザに盲いて(Eyeless in Gaza)

 イスラエルの人々はガザで何が起こっているかをもう見ることが出来なくなってしまったのでしょうか?そうだとすれば、ナチ・ホロコースト以来、アウシュヴィッツ以来、彼らは本当には何を考え、何を自らと他に問い続けて来たのでしょうか。世界には百数十のホロコースト記念館があります。私もその幾つかを訪れました。それは、数百万人のユダヤ人の受難の無残さを胸に刻み、その霊を弔い、こういうことを二度と許してはならないと、おのがじし、心に誓うための場所であると、これまで考えて来ました。しかし、私は間違っていたのかもしれません。『ホロコーストを尊重して。(RESPECTING THE HOLOCAUST)』と題する論考の中でハワード・ジンも次のように書いています。:
■ To remember what happened to 6 million Jews, I said, served no important purpose unless it aroused indignation, anger, and action against all atrocities, anywhere in the world. ・・・・
If the Holocaust is to have any meaning, we must transfer our anger to today’s brutalities. We must respect the memory of the Jewish Holocaust by refusing to allow atrocities to take place now.■
 12月27日イスラエルはパレスチナのガザ地区の空爆を開始しました。今日(31日)までのパレスチナ人死者は約4百人(うち百人は女子供)、負傷者は2千人にのぼると見積もられています。イスラエルは、はじめ、ガザ地区のハマスがこの頃ロケット弾をイスラエル領地に打ち込んでくるから、ハマスを懲らしめるための攻撃だ、と発表しました。しかし、その時点でイスラエル側の死者はゼロだったのです。
 一般の日本人の殆どは、これまで、特にこの1年間に、イスラエルがガザ地区のパレスチナ住民に対してどんなにむごたらしいことをやり続けて来たかを知りません。マスコミが伝えないからです。この3日間のテレビや新聞の報道を見ても、イスラエル寄りの偏向のひどさが目につきます。どうしてこんな事になるのだろう、どんな具体的圧力がかかるのだろうか、と訝しく思わざるを得ません。
 しかし、私たちが想いをいたすべき問題はもっともっと大きいのだと考えます。ユダヤ人ホロコーストの問題は、戦後に生きた人間にとって、実に巨大な問題であったのです。人間性の奥底に達する問題なのです。ナチ・ホロコーストはナチズムの特異な犯罪ではなく、ドイツ人という人間集団の本来の邪悪さ、悪魔性の発現だと断定したハーヴァードの気鋭の学者の著書がベストセラーになり、その著者はドイツにも講演旅行に招かれたことがありました。トーマス・マンですら、ドイツ人の魂の中の本源的な悪がナチズムを生んだという想いと抱いたようでした。そうした良心の呵責に苦しんだ真摯なドイツ人たちは、イスラエルが ガザ地区のパレスチナ住民に加えている正視に耐えない残虐行為を、いったい、どんな気持で見守っているのでしょうか。

藤永 茂 (2008年12月31日)

2008/12/24

ジンバブエのこと

 先週水曜日このブログの中止を宣言したばかりなのに、今日またぞろ筆を執るのは誠に面映いのですが、ジンバブエの内情についての、とても読み応えのある論考の存在に気が付きましたので、取り急ぎ、報告して一読をお勧めしたいと思います。
掲載雑誌:London Review of Books, 4 December 2008
タイトル:Lessons of Zimbabwe
著者名 :Mahmood Mamdani
著者はウガンダの出身で、アメリカのコロンビア大学の人類学、政治学、国際関係学の学部の教授です。論考の末尾には、ジンバブエについての学術文献案内もあります。LRBのホームページで無料で読めます。
 私は、これまでこのブログに、日本でアフリカ通と看做されている方々のおっしゃる事とは齟齬するジンバブエ論を書き付けてきました。上記のマムダーニさんの論考の一読をお勧めするのは、そこに書いてあることが、私の考え方を大筋で支持するからでは決してありません。私の素人判断が浅薄であったこともたっぷり知らされました。ただ、この論考を読めば、「ムガベという男はもともと悪逆非道の独裁者だったのだ」とか「結局のところ、アフリカの黒人は情けないほどとことん駄目な人間たちなのだ」とかいったバカバカしい短絡的な考え方がいかに間違っているかを悟ることが出来ると思ったからです。

藤永 茂 (2008年12月24日)

2008/12/17

オバマは「教育」も変える気がない

 来年の1月20日に米国大統領に就任するバラク・オバマについて、私は初めからネガティブな意見を表明し、殆どの人々が称揚するこの人物を「大嘘つき」呼ばわりする失礼まで犯して来ましたが、これまでの新政府の主要人事を見ていると、私の恐れていたことが現実となる確率がますます大きくなっているように思われます。これではオバマが叫び続けた“Change we can believe in” は真っ赤な嘘で、もし彼が誠実正直な人であったならば、“Continuation we can believe in” とこそ人々に告げるべきであったのですが、そんなことを言ったら、確実にマケインに負けてしまったことでしょう。マケインが大統領になっていたにしても、何らかの形でフランクリン・ルーズベルトのニュー・ディール的な政策変換を強いられたでしょうから、この分はオバマが唱えた「チェンジ」とは受け取れません。だとすると、アメリカが否応無しに強いられる内外政策の路線変更を除いて、オバマ新大統領の下で、この閣僚の顔ぶれの下で、いったい何が「チェンジ」するのでしょうか?
 軍事政策、外交政策、金融経済政策、保健政策のどれをとっても、オバマ新大統領が選んだ顔ぶれでは、「変化」ではなく「継続」です。「続投」です。これらの重要政策の背後には、それぞれ、超強力なロビー的勢力があり、そのコントロールが切り崩される兆しはありません。それに重なるようにして、ブッシュの犯した戦術的な誤りを修正しさえすればアメリカの絶対的な覇権を奪還できるという浅薄な認識と希求が見え隠れしています。ただ、私としては、一つだけ微かな希望を持ちつづけていた政策分野がありました。それはオバマ新大統領の教育政策です。他の分野にくらべれば、この政策分野のロビー団体の勢力は弱く、したがって、バラク・オバマに改革の意志があるならば、「チェンジ」の希望の持てる人事が可能であると思われたからです。しかし、この微かな希望も、オバマのバスケットボール仲間アーン・ダンカンが教育大臣になるという昨日(12月16日)の人事発表で露と消えました。
 何故ダンカン氏ではアメリカの教育に「チェンジ」がもたらされないかを説明するためには、現在アメリカの初等中等教育を支配している『No Child Left Behind (NCLB) 』(一人も落ちこぼれを出さない)という大層ご立派な名前の法令のことから始めなければなりません。これは、ブッシュ大統領が就任式直後の2001年1月23日に米国国会に提案し、共和民主両党の賛成の下、2002年1月8日に大統領が署名してアメリカ合州国の法令となりました。ウィキペディアに示されている署名式の写真は、署名のペンを握るブッシュ大統領のそばに二人もの黒人の子供を立たせるという演出ぶりですが、ほぼ7年後の今、全米の貧民区の学校で「おちこぼれ」る生徒と教師が続出しているというのが偽らぬ実情です。新教育大臣アーン・ダンカンはシカゴでこのNCLB プログラムを熱心に推進している人物です。
 ダンカン氏もオバマ氏と同じハーヴァード出身ですが、アメリカの最高学府ハーヴァード大学を含めて、アメリカの教育システムは大きな問題を抱えています。論じてみたい気持は大いにありますが、「アメリカ」についての小著の執筆の負担のため、2006年2月15日から毎週水曜日に欠かさず書いて参りましたこのブログを、2009年2月中旬まで中断することに致しました。これまで、この拙いブログを読んで下さっていた方々に心から感謝いたします。

藤永 茂 (2008年12月17日)

2008/12/10

“ストーリー”はもう沢山だ(4)

 前回のブログに「はぐれ雲」さんから、私にとって大変勉強になるコメントを頂きました。『多事争論とは何か』から学んだことで一番びっくりしたのは、藤原帰一東大教授のアメリカ観です。4分間の発言を私も聞いてみましたが、「はぐれ雲」さんが引用しておられる部分を以下に写します。:
■ 筑紫さんがアメリカの政府に厳しいことを番組でもおっしゃってこられたんですけれどもね、それが、反米という態度じゃないんですね。アメリカがおかしくなっているって事に筑紫さん本人が傷ついているんですよね。やはり進駐軍という形でアメリカがやってきて。それにあらたな希望を見いだした子供たちがいたわけで、その一人なんですよ、筑紫さんはね。アメリカの本来あるべきものがあるとすると、それから外れちゃったようなアメリカというものを、ほんとに悲しんでいらっしゃった。

 中略

 ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんですけど、ほとんどまるでアメリカ人のようにアメリカを悲しんでるってところが筑紫さんにはあったとおもいますね。長い長いトンネルがやっと終ろうとするときに筑紫さんが亡くなられたということでしょうかね。■
この驚くべき藤原発言に対して、「はぐれ雲」さんは次のようにコメントされています。:
* 占領軍を解放軍だと受け止めたのは当時の国民の大半だった。10歳の少年にとっては刷り込みのような体験かもしれなかったが、それはそれ、である。
 そして、占領軍を進駐軍と置き換えた(言葉の詐術)のはGHQ自身だが、独立後も、そして今も、特に政治学者たる藤原自身が安易に「進駐軍」とつかうのだとしたら、私としてはそのセンスを疑わざるを得ない。
 そしてまた、アメリカの本来あるべきものとは何か。草の根民主主義、というような世迷言か? ブッシュの8年間以外のアメリカはノープロブレムなのか? ベトナム戦争以降と限定するにせよ、とてもそうとはいえまい。返還前の沖縄での特派員時代以降ずっと沖縄にこだわってきた筑紫にとっても同様だろう。藤原のコメントには、呆れてものがいえない。*
 私も「はぐれ雲」さんと全く同感です。これは反米とか親米とかの問題ではありません。基本的な事実誤認です。ブッシュの8年間は、アメリカの本来あるべき姿からの逸脱ではなく、ブッシュの、また金融経済についていえば、グリーンスパンのひどい判断の誤りで、とんでもない事態になってしまって、アメリカの本来の姿が“なりふり構わぬ”形で露呈してしまったというのが我々の目の前にあるアメリカの現状です。
 藤原さんの「ブッシュ政権の8年間ってのはアメリカ人を傷つけたんですよ。アメリカが恥ずかしい存在であることにアメリカ人が堪えられなかった、そんな時代だったんです」という語り口にも驚かせられます。もしも、アメリカ人が本当に自分の國のやっていることを恥ずかしいと思う気があったとしたら、現ブッシュ政権になる前の10年間にも恥を知るべきであった事実が沢山あります。例えば、キューバです。このアメリカの「裏庭」にある小国をアメリカは長い長い間いため続けて現在に及んでいます。弱小国をいじめることこそアメリカという國の恥だと思いますが、それに上乗せして、アメリカがいじめ抜いて来たキューバの方が、アメリカより遥かに低い幼児死亡率を保っているという事実も「アメリカ人が恥ずかしくて堪えられなく」感じるべきなのではありますまいか。ブッシュの8年間の以前からブッシュの8年間を通して一貫して行われてきたアメリカの恥ずべき行為の、もう一つの恐るべき例は、ハイチという「西半球で最も貧しい国」といわれる小国に対するアメリカの残忍極まる支配です。ブッシュは、2004年に、民主的選挙によって樹立されたハイチ政府を転覆するという暴挙に出ましたが、これはブッシュの8年間以前のクリントン政権の対ハイチ政策の連続的な踏襲であります。もし些かの不連続性を探すとすれば、アメリカのメディアが事件の真相を無視するか、あるいは、見事に歪曲した点にありますが、それから4年後の今、アメリカ政治の専門的研究者であれば、事の真相を知らぬ存ぜぬでは済まされない状況になっています。
 建国以来、いや建国以前から、アメリカ人たちが自分の都合の良いように、延々と紡ぎつづけている“アメリカン・ストーリー”、それに個人的ストーリーを巧みに絡ませたオバマの選挙用の“グレート・アメリカン・ストーリー”のお集り、そろそろ、この辺でお開きに願いたいものです。

藤永 茂 (2008年12月10日)

2008/12/03

“ストーリー”はもう沢山だ(3)

 2008年11月19日になって、米大統領選投票の数字的結果が確定し、発表されました。
  選挙人数     得票率
オバマ(民主) 365     53%
マケイン(共和) 173     46%
米国大統領選挙の総数538人の選挙人の制度(Electoral College)は間接選挙制度で米国の建国と憲法の共和国的基本精神を最も端的に表わしているのですが、これについて、いま詳しくは論じますまい。獲得選挙人の数で事が決着するわけで、上の結果を見ると、オバマはマケインに対して2倍以上の大差で圧勝したことになります。しかし、それぞれの大統領候補者に対する一般市民有権者の投票数で見ると、53%対46%と、かなり伯仲しています。つまり、獲得選挙人の数では市民の直接の意向が反映されないということです。もっと踏み込んだ投票解析によると、白人だけの投票数では、オバマは44%〜45%、マケインは55%と、マケインが勝ったとされています。実に興味深い結果ですが、今日のところはこの話題もお預けにしましょう。今日、私が取り上げたいのは、53+46=99、つまり、残りの1%の票は誰に投じられたか、ということです。これは、他の三組の大統領候補に投じられた票数です。リバターリアン党からの候補者には興味がありませんが、長い選挙戦を通じて、Ralph Nader / Matt Gonzalez (無所属)、Cynthia McKinney / Rosa Clemente (グリーン党)の4人の発言から、私は実に多くのことを学び、アメリカについての希望を見出しました。バラク・オバマについての私の見解もこの人たちの具体的な(つまり、ストーリー合戦でない)オバマの政策批判に多くを負っています。
 日本人だけではなく、世界の多くの人々が、アメリカは民主、共和の二大政党の対立に基づく健全で堂々たる民主主義国家だと思っていますが、本質的に言って、アメリカは一党政治の国家であり、アメリカの政治家は Republocrats と呼ぶにふさわしい人々です。何とはなしに、共和党は保守、民主党は進歩、などと考えている人たちは、是非アメリカ合州国の歴史をひもといて御覧になることをおすすめします。「吉凶は糾える縄のごとし」というのを少しもじって「アメリカの共和民主は糾える縄のごとし」というのは如何でしょう。アメリカの歴史的変転をたどって受ける印象をよく表わしていると、私は、思うのですが。そして、共和制的なアメリカ民主主義を性格づける一本の縄は、間接民主主義政治理念を体現しているのであって、直接民主主義ではありません。アメリカ合州国は、建国以来、一貫してエリート層による管理形態を維持し続けている民主主義国家であります。
 ラルフ・ネーダー、若い方々はご存じありますまいが、1960年代で自動車に関心を持った人間なら、世界の何処でも、ラルフ・ネーダーの“ストーリー”を知らない者はなかったほど有名な人物でした。ストーリーといえば、グリーン党(黒人政党ではありません)から立候補したシンシア・マキニーとローザ・クレメンテは両名とも黒人女性、二人とも、それぞれに素晴らしいライフ・ストーリーの持ち主です。私個人としては、この二人の生き様のほうが、世界中に売り込まれた半黒人バラク・オバマの感激物語よりも、もっと心を動かされます。米国国会でのマキニーさんの行動については、以前のブログ(2008年7月30日と8月6日)で取り上げたので、下に転載します。:
■ ジンバブエに対する経済制裁金融封鎖立法S.494は上院議員フリスト、ヘルムズ、クリントンなどによって提案され、上院では満場一致、下院でも圧倒的多数で可決されましたが、下院(国会)の黒人女性議員Cynthia McKinneyは堂々たる反対弁論を展開しました。その内容は次回に紹介します。日本のマスコミにはオバマとマケインの名は登場しても、マキニーとネーダーの名はとんと見当たりません。しかし、この二人も歴としたアメリカ大統領立候補者です。オバマやマケインよりも、マキニーかネーダーが当選する日が来れば、アメリカが本当に素晴らしく生まれ変わることになりましょう。『ジンバブエをどう考えるか(2)』(2008年7月30日)■
■  この11月のアメリカ大統領選挙にグリーン党からシンシア・マキニーという生きのいい黒人女性が立候補しています。前回で取り上げたS.494[The Zimbabwe Democracy and Economy Recovery Act.(ジンバブエの民主主義と経済を回復する法律)]がアメリカ議会で審議された時、マキニーは敢然と反対を唱え、声高に賛意を表明する大多数の議員に、「今問題になっているジンバブエの土地を問題の人たちがどのようにして手に入れたか、誰か説明してくれませんか?(Can anyone explain how the people in question who are now have the land in question in Zimbabwe got title to the land?)」と挑戦しました。「問題の人たち」とはジンバブエの農地の80%を所有する全人口の僅か2%の白人たちのことです。勿論、満場寂として声なく、あえて彼女の問いに答えようとする議員は一人もありませんでした。そこで彼女は自ら解答を与えます。:
■ Those who knew did not admit the truth and those who didn’t know should have known – that the land was stolen from the indigenous peoples through the British South Africa Company and any ‘titles’ to it were illegal and invalid.(その土地はイギリス南アフリカ会社(BSAC)を通じて先住民たちから盗み取ったものであり、したがって、その土地のいかなる‘所有権’も不法で無効なものであるという真実、この真実を知っていた人々はそれを認めようとしなかったが、知らなかった人は前もって知っておくべきであったのです。)■ 『ジンバブエをどう考えるか(3)』(2008年8月6日)■
 上の7月30日ブログからの引用に、この独立国内政干渉の意図が極めて明らかな米国国会立法 S.494 が上院では満場一致で可決されたことに注目して下さい。この時、オバマはまだ上院議員にはなっていませんでしたが、次期国務長官就任の声の高いヒラリー・クリントンはこの立法の提案者であり、次期副大統領ジョー・バイデンも積極的賛成を表明しました。大統領の座を争ったオバマもマケインも、アメリカの帝国主義的外交政策を継続する立場を表明していましたが、ネーダーとマキニーははっきりと外国に対する武力行使反対を表明していました。この視点から今回のアメリカ大統領選挙の投票内容を分析すると、アメリカ人有権者の99%は帝国主義的政策支持、僅か1%が帝国主義的政策反対の投票をしたと読むことが可能です。
 カナダには、自由、進歩保守、社会民主、ケベック、の主要な4つの政党があって、総選挙のときなどは四人の党首が壇上に並んで盛んに論戦を行います。そうそう、アメリカでも、共和、民主の各党の大統領候補指名戦でも、同じようなシーンが見られました。今回のアメリカ大統領選挙戦では、オバマとマケインの論戦はテレビで世界中に流されましたが、ネーダーやマキニーを含めたテレビ論戦は遂に実現しませんでした。マスメディアを握っているアメリカ支配層がそれを拒否したのですが、オバマもそれに従いました。その理由は見え見えです。米国会上院でのオバマとバイデンの現在にいたるまでの数々の重要法案の賛否投票記録について、ネーダーとマキニーから、「イエスかノー」の返答を論戦壇上で求められたら、オバマは目も当てられない窮地に追い込まれたこと必定でしたから。
 オバマ新政権の中枢人事の全貌が見えて来ました。上の文章は11月中に書いたものですが、12月2日(火)になって、これまで噂されていた、ヒラリー・クリントンの国務長官就任と現ブッシュ共和党政権の国防長官ゲイツが新オバマ民主党政権下でも続投することが決定しました。これで新政権の重要人事が出そろったわけですが、一体、オバマの「チェンジ!」はどこに行ってしまったのでしょうか!?
 私はずっと以前からバラク・オバマという物凄く頭の切れる雄弁な政治家を映画「エルマー・ガントリー」の偽宣教師大詐欺師の主人公になぞらえてきました。それは、少し、はしたない振る舞いでしたが、私の当初からの偽らぬ直感でありました。ところが、オバマの選挙戦中の約束とはまるで裏腹の新政権人事を評して、ラルフ・ネーダーが次のような発言をしました。:
■ The signs are amassing that Barak Obama put a political con job over on the American people. (バラク・オバマがアメリカ国民をまんまと政治的信用詐欺にかけたという証拠はどんどん積み上がっている。)■
con job または con game の con は confidence の略、con job は(信用)詐欺、人の信用につけ込んで詐欺行為を行うことを意味します。ラルフ・ネーダーは、選挙戦の始めから、アメリカ人はバラク・オバマの口車に乗ってはいけないと叫び続けていたのですが、次期大統領決定後わずか1ヶ月で、ラルフ・ネーダーの予言通りの新政権の性格が我々の目の前に姿を現しました。The AUDACITY of HOPE 以来、オバマは、自分が大統領になったら、ワシントンに乗り込んで、その古い政治的状況を一新すると大見得を切っていたわけですが、ラルフ・ネーダーは、政治家バラク・オバマのこれまでの政治的経歴の分析に基づいて、そんな革新(チェンジ!)をすることは絶対にないと警鐘を鳴らしていたのです。けれども、オバマのストーリーに感激して、すっかりのぼせ上がってしまったオバママニアのアメリカ国民はラルフ・ネーダーの警告に聞く耳をもたず、また、マスメディアも意図的にネーダーやマキニーの声をもみ消すように動いたのでした。ですから、私があやふやな勘でアメリカ次期大統領を詐欺漢呼ばわりするのと、ラルフ・ネーダーが「オバマはアメリカ国民に詐欺を働いた」というのでは、次元の違いがあります。これからのバラク・オバマのアメリカを正しく占うためにも、是非、ネーダーやマキニーのような信頼に値する“荒野の声”に耳を傾けて下さい。

藤永 茂 (2008年12月3日)