2009年01月15日 (木)視点・論点 「ガザ“戦争”の出口」

防衛大学教授 立山良司

 イスラエルがパレスチナのガザ地区に対し軍事攻撃を始めてから、ほぼ3週間がたちました。犠牲者はすでに千人を越えています。この間、エジプトなどによる仲介努力も活発化し、イスラエル、ハマス双方とも、ようやく停戦案の受け入れに前向きの姿勢を示し始めたようです。しかし、いつ戦闘が終了するのか、予断を許しません。
なぜ、これほど激しい衝突が続いているのでしょうか。二つの大きな背景が考えられます。第1は、敵に対し強大な軍事力を徹底的に行使することで、自国の安全を確保するという、伝統的なイスラエルの安全保障戦略です。第2は、ハマスを敵視し排除しようとするイスラエルやアメリカ、さらに国際社会の基本的な姿勢です。

 

第1のイスラエルによる強力な軍事力の行使ですが、その根底にあるのは、大規模な軍事力でアラブ側を攻撃すれば、アラブ側は反撃する意欲を失い、結果的にイスラエルの抑止力が増すという考えです。実際、イスラエルは自国が攻撃された場合、10倍、時には100倍に当たるような軍事作戦で反撃してきました。
このようにイスラエルが極めて大規模な軍事攻撃を行うことは、これまでもたびたび、国連などによって、自衛権の限度を超えた「過剰な軍事力の行使だ」と非難されてきました。今回、ガザを徹底的に攻撃している背景にあるのも、ハマスだけでなく、一般のパレスチナ住民にも、「イスラエルは徹底的に反撃してくる」という恐怖心を植えつけ、それによってイスラエルへの攻撃を防止するという発想でしょう。
しかし、過去の歴史が示しているように、過剰な軍事力の行使は、期待されているような抑止効果をもたらさず、むしろアラブ側のいっそうの反発を招き、新たな軍事衝突を生み出す結果となっています。
今回の戦闘は、ガザからのイスラエルに対する攻撃を、短期的に中止させることに繋がるかもしれません。しかし、パレスチナ人のイスラエルに対する憎悪はますます強まっています。こうした憎悪が、近い将来、イスラエルへの攻撃を再発させる危険は十分にあります。

ガザでの軍事衝突がこれだけ激しさを増した第2の理由は、イスラエルだけでなく、アメリカ、さらに国際社会が、ハマスを完全にボイコットしていることです。イスラエルは当初から、「テロ組織であるハマスとは交渉しない」という政策をとり続けてきました。特に2006年1月に行われたパレスチナ自治政府の議会選挙で、ハマスが勝利すると、イスラエルはハマスの議員を多数逮捕するなど、圧力を強めました。
さらに2007年6月にハマスがガザを制圧すると、ガザは封鎖によって外部との関係をほとんど遮断され、まさに「世界最大の刑務所」「屋根のない巨大な収容所」となってしまったのです。
アメリカのブッシュ政権もまた、ハマスを「テロ組織」と認定し、敵視する政策をとってきました。さらにアメリカに加え、EU(ヨーロッパ連合)などで構成されている中東和平カルテットも、イスラエルの承認などを求め、ハマスとの対話を拒否しています。日本も同じような政策に基づき、ハマスとの関係をまったく持っていません。
 こうした政策の背景にあるのは、現在の中東和平構想に反対しているハマスを排除することで弱体化させ、イスラエルとの和平交渉に取り組んでいるもう一つのパレスチナの政治勢力ファタハの立場を強化しようとする考えです。特にガザに対するイスラエルの封鎖政策は、ガザの生活状態をいっそう悪化させることで、ハマスに対するパレスチナ住民の支持を減らそうとする狙いがあります。

 しかし実際には、ハマス支持は減っていません。ハマスが政治的にも、社会的にもきわめて有力な組織としてパレスチナ社会に存在していることは、否定できない事実なのです。
 今回の戦闘はこの事実をいっそう明らかにしました。というのも、とりあえずの停戦が成立したとしても、それは暫定的なものに過ぎません。長期的な停戦合意を実現するためには、一方の当事者であるハマスをどうしても取り込む必要があるからです。ハマスの存在を無視したまま、武器の密輸入を防止するための監視体制を強化しようとしても、ガザの長期的な安定は実現しません。

 結局、イスラエルだけでなく、日本を含む国際社会が直面しているのは、ハマスとも対話をし、問題解決のための枠組みに、ハマスをどう位置づけるかという基本的な取り組みです。
 これに対し、ハマスがイスラエルの存在を認めず、現在の中東和平プロセスにも反対している以上、ハマスと関係を持つこと自体、「テロ組織に正当性を与えることになる」という反論があります。
 しかし、ハマスの多くの指導者は、イスラエルとの共存を否定しているわけではありません。彼らが主張していることは、イスラエルがまず、ヨルダン川西岸とガザ地区におけるパレスチナ国家の独立を認めよ、そうすればイスラエルとの長期的な停戦を結ぶための交渉を行う、ということです。
 この主張は、現在の和平プロセスの順番を逆転させる発想です。現在の和平プロセスはさまざまな前提条件を交渉し、合意ができれば、それに基づいてパレスチナ国家の独立を認めるという考え方です。こうした考え方はある意味、順当なものですが、1993年のオスロ合意以来、15年以上がたっているにもかかわらず、パレスチナは未だに独立していません。前提条件の合意にこだわり、かつ交渉が繰り返し中断されてきたため、パレスチナ国家の樹立という本来の目的は達成されないまま、「交渉のための交渉」という状態が続いているのが現実です。
 パレスチナ人の多くは当然、「結局、イスラエルやアメリカはパレスチナの独立を認めず、交渉という名目で占領を永続化しているだけだ」という不信感や失望を強め、それがまた、ハマスの支持基盤をさらに拡大しています。

 イスラエル政府によれば、昨年1年間に、3000発以上のロケットと迫撃砲がガザからイスラエルに向けて発射されました。これだけの攻撃を受ければ、イスラエルが自衛のための強行策に出ることも理解できます。しかし、過剰な軍事力の行使によってイスラエルの安全を守ることは不可能であり、かえってパレスチナ問題の解決を遠のかせています。
 数日前、ガザに住むパレスチナ人の友人からメールが来ました。それには「ガザにはもう、安全な場所はどこにもありません。でも、少しでも安全と思えるところに避難しています」と書いてありました。
 ガザをめぐる悲劇をできるだけ早く終わらせるためには、ハマスの主張にも耳を傾ける必要があります。もちろん、今の状態でイスラエルにハマスとの交渉を求めることは不可能でしょう。しかし、第三者である日本や国際社会は、ハマスと対話をし、ガザの情勢をできるだけ早く正常化する努力をするとともに、ハマスを含めたパレスチナ社会とイスラエルがどのようにすれば共存できるのか、その道を模索するべきです。 

投稿者:管理人 | 投稿時間:23:33

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