便衣兵にも捕虜資格があるというトンデモ


捕虜資格があるというトンデモ(2チャンネルから)



 ここで一旦、山本氏の主張から離れて、南京事件における便衣兵を中心に交戦者資格の喪失について考察してみたいと思います。1937年12月の南京事件では、万単位と予想される多数の中国兵が、非武装区である安全区に逃げ込みました。そのさいに軍服を脱いで、民間人に偽装した状態で潜伏しているところを日本軍に摘発されました。これらの中国兵に捕虜資格(交戦者資格)が存在するか検証してみましょう。



 このページは「敵の勢力地において、敵の目を欺く目的で、意図的に民間人に偽装した兵士でも、正規の交戦者として捕虜資格がある!」というトンデモ説の検証です。(便宜上捕虜資格アリ説と呼称します)



中国軍の安全区潜伏の様子
(1)南京城攻撃に先立ち、日本軍が行なった降伏勧告を受け入れなかった。
(2)制服を脱ぎ捨て、民間人に偽装した状態。
(3)本来、非武装区域である安全区に武器弾薬を隠匿していた
(4)潜伏規模は第三国人の資料でも数千人以上という大規模なものだった。



 中国軍が軍服を脱ぎ捨て降伏せずに「日本軍を欺く目的で民間人に偽装し、非武装区に潜伏」していた事から、これは逃亡を企ているか、ゲリラ戦を企図していたものと推定されます。軍人というものは、無条件に相手側に敵対する存在ですから、投降・降伏するまでは「敵対する存在」として扱われます。「生き残る為に止むを得ず偽装して潜伏した」というのは、降伏・投降していませんから逃亡を企図しているに分類されます。
 つまり、戦時下における日本軍の勢力地域において中国兵は投降・降伏をせずに、逃亡・ゲリラ戦(日本軍に敵対する道)を選択したということと判断されます。


 捕虜資格アリ説というのは、
(1)「上記、民間人に偽装した状態の中国兵も捕虜資格がある。
(2)だから捕虜として扱わなければならないという説です。


 最近では(すでに100%否定されているため)あまり見かけなくなりましたが、国際法を理解できない根強いファンがいるようで、ネットではいまだに主張されることがあるようです。(最近では学説として主張している学者はいないようです)。虐殺あった派でも「捕虜資格アリ説」を主張する方は極めて一部の方だけで、こういう方とはまともな議論にならないのが常です。おそらく山本氏も捕虜資格アリ説は認めていないと思われます。










 南京事件において安全区に潜伏した兵士に捕虜資格がないことは、「虐殺派」のバイブル的存在である「南京大虐殺否定論13のウソ」でも明示されています。これは虐殺派の主要メンバー(国際法担当らしい)である吉田裕教授の論文です。


「南京大虐殺否定論13のウソ」P163-164 吉田論文

 具体的に言えば、立の「戦時国際法論」が指摘するように、「正規の兵力に属する者が、敵
対行為を行うにあたり、制服の上に平人の服を着け叉は全く交戦者たるの特殊徽章を附した
る服を着さざるとき」などがそれである。その場合は、「軍人(交戦者)に依り行われる交戦法規
違反の行為」、もしくは「変装せる軍人又軍人以外の者」が行なう「有害行為」に該当し、
「戦時重罪」(戦争犯罪)を構成する。しかし、ここで決定的に重要なのは、立ての次の指摘
である。

 『凡そ戦時重罪人は、軍事裁判所又は交戦国の任意に定める裁判所において審問すべきも
のである。然れども全然審問を行なわずして処罰をなすことは、現時点の国際慣習法上禁じら
るる所と認めねばならぬ。』

 つまり、たとえ国際法違反の行為があったとしても、その処罰については軍事裁判(軍律法
廷)の手続きが必要不可欠だった。南京事件の場合、軍事裁判の手続きをまったく省略したま
まで、日本側が戦時重罪人と一方的にみなした中国将兵の処刑・殺害を強行したところに
こそ大きな問題があったのである。




  以上のように最近では虐殺派の学者でさえ「捕虜資格アリ」とは言えなくなってきたようです。昔は南京事件調査研究会(笠原教授、吉田教授、井上教授、藤原教授らが中心的役割を果たしている虐殺派の研究会)の論文の中に、「捕虜資格アリ説」というのも見かけましたが、これは国際法論からはかけ離れた解釈だったということでしょう。







南京事件における最近の論点は
(1)「民間人に偽装しての安全区潜伏は違法であり、摘出された中国兵は戦争犯罪人である」つまり捕虜資格が無いとした上で、(2)「例え戦争犯罪人でも裁判なしで処刑したのは国際法違反である」というものです。山本氏もこちらにそった主張をしていると思われます。

 「潜伏しているだけで、敵対行為を行っていない!」
 「だから捕虜資格を失わない!」
 という荒唐無稽な主張がされる場合もあります。

 正規の兵力に属するものは無条件に「敵対行為を行う者」として扱われます。その武装の有無や服装、心情・戦意の有無などはまったく関係ありません。降伏・投降の意思を示していない以上、敵として扱われます。例をあげると、「制服着用の軍人が自軍に接近した場合」、武装の有無や戦意の有無は無関係に問答無用で攻撃可能です。これは無条件に「軍人は敵対行為をする者」として扱われるからです。つまり、軍人が敵の勢力地に接近する(当然、潜伏も含まれる)という行為は「敵対行動(有害行為)」として扱われることになります。「制服で接近すれば敵対行動で、私服なら敵対行為にはならない」ということは理論上ありえないのです。




「民間人に偽装しての潜伏は敵対行為(有害行為)」ですから、南京事件で安全区に潜伏した中国兵は正規の交戦者としては扱われず、捕虜資格がないということになります。









「捕虜資格アリ説」は、交戦者資格というものに対する勘違いから生まれたトンデモ説。



交戦資格について

簡単な説明は以上ですが、もうちょっと突っ込んで解説してみます。

『国際人道法』P141 藤田久一著
 当時は右待遇を受ける為の捕虜資格の問題はあまり議論されず、敵に捕らえられた兵士は当然虜待遇を受けるものとみなされていた。しかし19世紀の後半以降の戦争において不正規兵の戦闘参加の状況が目立つようになるにつれ、交戦者資格の条件が問われ、その条件をみたす者のみが捕らえられた場合に捕虜資格を与えられるという方式が1874年にブリュッセル宣言案やハーグ規則で採用された


 これはどういう事かというと、昔は制服の有無など関係なく正規軍人であれば捕虜になる資格があると考えられていたようです。これは「捕虜資格アリ説」の考え方ですね。ところがこの理論は19世紀後半で終焉したようです。

 19世紀後半以降の戦争においては、不正規兵(正規軍に属さない民兵団・軍服を着用せずに敵対行為を行う者・ゲリラなど)が目立ち始めたということでしょう。こういう状況になると戦闘中の当時国としては軍民の区別ができなくなるので、何を規準に攻撃したらよいのか判断できなくなります。
 民間人だと思って油断していると、いきなり攻撃されたりするわけですから、「民間人の服装をしていてもあやしい者は敵と推定して攻撃する」という状況になり、結果として一般市民への被害が拡大するという凄惨な事態になります。

 これを改善する為に、「戦闘する者」と「民間人」とを区別しようと規定されたのが交戦者資格です。だからこそ軍服の着用などで、遠くからでも民間人と誤認されないよう、戦闘する者として明確に識別可能である事(軍服の着用など)が正規の交戦者たる条件になったわけです。






■正規の交戦者には権利と義務が付随しています。
制服などの着用を前提として
(1)発見され次第、敵として相手国に攻撃される義務。
(2)投降・降伏した場合は捕虜として扱われる権利。

  
 (1)「攻撃される義務」についは、正規軍に所属する、もしくは何らかの軍事組織(民兵団や義勇兵団など)に所属した段階で発生します。武装の有無や服装は関係ありません。例えば、正規軍に所属している以上、たとえ経理事務などの担当で武器を所持していなくても、戦場においては敵兵とみなされ攻撃を受けるということになります。軍隊(軍事組織)に所属しているということで「敵対する意思があるとみなされる」からです。


 軍服を脱いだからといって攻撃を受ける義務を免れるものではありません。軍服を脱いだとしても、軍事組織から脱退したとは認められませんから、敵対行為を行なう意思がある者として扱われます。「攻撃される義務」から逃れるには、正規の手続きで除隊(軍事組織から脱退)する必要があると考えられます。しかし、実際の戦場でそれは不可能なので、投降・降伏し「敵対意思がない」ことを明示した場合、(ハーグ4条件を満たした正規の交戦者であれば)捕虜として扱われます。ハーグ要件を満たしていない正規軍人が投降した場合は、捕虜としては扱われずに、違法な交戦者、戦時犯罪者として扱われます。(捕虜にしてもいいが、国際法上強制されない)




上記の「国際人道法」で示された
>交戦者資格の条件が問われ、その条件をみたす者のみが
>捕らえられた場合に捕虜資格を与えられるという方式が
>1874年にブリュッセル宣言案やハーグ規則で採用された



 というのは、こういう意味です。
 交戦者資格(ハーグ要件)を充たしていない場合は、捕虜にすることを強制されないという意味です。南京事件において安全区に潜伏した中国兵は(1)投降の意思無く、つまり敵対する意図をもって、(2)集団で、(3)意図的に民間人に偽装している状態、ですから、民間人保護の観点から軍民分離を定めたハーグ要件の理念にてらしても、正規の交戦者としては認められないのは当然です。当然、意図的に軍服を捨てて、民間人に偽装したいるのでハーグ要件も充たしていません。





 


ハーグ陸戦法規(ハーグ四条件)

第一章 交戦者の資格
第一条 戦争の法規及び権利義務は単に之を軍に適用するのみならず、左の条件を具備する民兵及び義勇兵団にもまたこれを適用す。
(1)部下の為に責任を負うもの其の頭にあること。
(2)遠方より認識し得へき固著の特殊徽章を有すること。
(2)公然と武器を携行すること。
(4)その動作につき戦争の法規慣例遵守すること。
民兵団又は義勇兵団をもって軍の作戦全部又は一部を組織する国にありては軍の名称中に包括す。


 まず正規軍に属する者は、すでに上記の要件を満たしているという前提で「正規軍には捕虜資格」が与えられると考えられます。正規軍に所属していても、意図的に民間人などに偽装した場合は犯罪者として扱われ、捕虜としては扱われません。(下記、立作太郎学説参照)
 







正規軍人が交戦者資格を失う場合
『戦時国際法論』P62 立作太郎
 上述の正規の兵力に属する者も、不正規兵中、民兵又は義勇兵団に必要とする後述の四条件を備えざることを得るものではない。正規の兵力たるときは、これらの条件は、当然之を具備するものと思惟せられるのである。正規の兵力に属する者が、これらの条件を欠くときは交戦者たるの特権を失うに到るのである。例えば、正規の兵力に属する者が、敵対行為を行うにあたり、制服の上に平人の服を着け又は全く交戦者たるの特殊徽章を付したる服を着せざるときは、敵により交戦者たる特権を認められざることあるべきである。


 
 ここで言う敵対行為とは実際の破壊工作といった軍事行動のみならず、敵軍の勢力地における身分を偽った潜伏、逃亡も当然含まれます。と、いうのは各国とも、敵国軍人が身分を偽って勢力地に存在した場合、犯罪行為として処罰しているからです。これらの行為が合法のものであれば、犯罪行為は成立せず軍事裁判を行う事もできません。


 戦時に行なわれる自軍への敵対行為を一般的に「戦時反逆」として扱っているので(軍律とはなにか?参照)、南京において安全区に潜伏した中国兵が「戦時犯罪=敵対行為者」として扱われるのは議論の余地が無いものと思われます。


 つまり、どう転んでも南京事件で安全区に潜伏した中国兵に捕虜資格があるということにはならないようです。











 



(オマケ)重箱の隅をつついてみよう。
 
 以下は実際に2チャンネルで論点となった部分です。



質問(1)
  制服脱いでると戦争犯罪で捕虜資格が無くなるなら、風呂に入ってる時や、暑くて上着を脱いでるときに戦闘になったらどうするの?捕虜資格が消えてゲリラ扱いされるの?

回 答
 
 それらが意図的な偽装ではないならば、捕虜資格を失うとは考えられません。この事例の場合想定されるのは、敵軍の勢力地ではなく、自軍の勢力における不可抗のようですから敵軍を欺く為の偽装とは言えないようです。また、軍隊として団体行動をしている場合は周囲が軍服でしょうから、周囲と団体行動をしヘルメットや装備品などで戦闘従事者であることを明確にすれば、正規の交戦者として認められると考えられます。


  正規軍の軍服の着用に付いては、ハーグ法規の理念から考えると必ずしも軍服である必要はなく、軍民を明確に区別できればいいと考えられます。破損や汚損などで軍服が不足する事は当然ありえますし、防寒着が不足した場合は民間から徴発して不揃いのものになることも考えられます。こういった場合でも公然と武器を携行し団体行動をしていれば、民間人と誤認される事はないでしょうから意図的な偽装行にはあたらないと考えられます。逆にいうと、民間人が正規軍と行動を共にしていた場合は、軍隊構成員とみなされ攻撃されても文句は言えないということにもなります。



 制服を脱ぐことが犯罪なのではなく、敵勢力地おいて敵を欺く為の偽装が(国際法ではなく相手側の国内法・軍律違反として)犯罪行為に問われるということです。







質問(2)
 オットースコルツェニー事件では、敵の制服を着用して偽装しただけでは犯罪にならないという判決が出てるから、民間人に偽装して南京の安全区に逃げ込だ兵士も無罪なはずでは?

国際人道法(藤田久一著)P125

 Otto Skorzeny 事件では、敵の制服や国旗の使用は国際法違反ではなく、ただ戦闘開始前に自国の制服を着用し国旗を掲げなければならない、とされた。この事件で、アメリカ占領地域軍事裁判所は、ドイツ軍構成員であった被告はフランスのアルデンヌ(Arudennes)攻撃の際、アメリカの制服を着用していたという起訴につき、彼がその制服を着用して武器を取ったいう証明がなされなかった為、彼に無罪を言い渡した。 


回 答

 スコルツェニーは、偽装行為の現行犯で逮捕されたわけではなく、ドイツ降伏後にアメリカ軍に投降したと言う点で、南京の便衣兵とは違います。

 偽装行為だけでは国際法違反にはなりませんが、当時国(される側)にとってはこれを許すと軍事上著しく不利になるので、国内法(もしくは軍事規則違反)の犯罪として処罰する権限が認められます。同様に扱われる事例としては間諜(スパイ)があげられます。スパイは国際法上合法ですが、現行犯で捕まった場合は、戦時重罪として処罰されます。学説を引用します。

戦時国際法提要(上)P665 信夫淳平
間諜は犯罪ではなきも、間諜によりて危害を受くべき対戦国はその危害の防衛上自国の国法に対する犯罪----国際法上の犯罪でなく国内法上の犯罪として-----これを処罰するもので、又、これを処罰しえること勿論である。


戦争犯罪(戦時重罪)には
(1)国際法上の犯罪(交戦法規違反)と
(2)当事国の国内法の規定に対する犯罪
の2種類が存在します。
 
 前者は(war crime戦争犯罪)に区分され、後者は(war treason戦時反逆に区分されます。後者の戦時反逆(間諜・スパイ行為など)については、一般的に、戦争が終了したあとは罪に問うことができないとされています。

 つまり、スコルツェニーの場合は時効成立ということで、これが偽装行為の現行犯だった場合は、やはり処罰されていたと考えられます。逆にいうと、偽装した状態で戦闘行為を行った場合は、国際法違反の犯罪として、行為終了後も(あるいは戦争終了後も)罪に問われるということになるでしょう。




 スコルツェニーの偽装行為は時効成立、南京の便衣兵は現行犯ということで戦争犯罪者。やはり便衣兵には捕虜資格が与えられない。







ということで、
(1)意図的に民間人に偽装して、つまり敵を欺く目的で
(2)敵地に潜入、潜伏した場合は、
ハーグ要件を充たしていないため、捕虜としては扱われないということで(少なくとも学説上は)異論が出ないと思われます。












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