演出の論理と脚本の論理―――『true tears』独特の語り口が出てくるのはやはり第5話「おせっかいな男の子ってバカみたい」、比呂美の部屋のシーン(※6)だったように思うのですが。 西村 あそこは岡田さんからかなりダメ出しをくらったんですよ(笑)。それもわりときつめの。 岡田 (笑)。最初にダメ出しした時に、直してくれたんだけど、根本的な解決にはあまりなってなかったんですよ。それで何度か直してもらって今の形にしたんですけど、その過程で「ああ、西村さんはそんなにこの部分をやりたいんだ」と。最終的には、ライター西村ジュンジのこの本は、監督権限で通す、なんて話も出たりして、なんて大人げないんだ(笑)なんても思ったりもして。 西村 (笑)。 岡田 でもと惑った部分はあっても、最終的には通してよかったなと思いましたよ。『true tears』って全体にすごくシックな作品なんだけど、その中にちょっと不思議な部分があって、それが西村さんのチャレンジ精神だだろうし、作品の空気になっていると思うので。 ―――ああいうちょっとトリッキーな語り口は最初からの狙いだったんですか。たとえば第9話「なかなか飛べないね…」でも、似たような場面(※7)がありますが。 西村 そうですね。第5話なんかは、完全に演出家が、画面づくりと音響作業まで含めた完成映像が頭にあってそれを脚本に書いたんです。演出の論理が完全に先に出てる。だから岡田さんが言うように、脚本だけ見るとで本当に中途半端な感じで。じゃあ、なんであんな場面を作ったかというと、全体のフィルムの流れの中に、どんな波風をどのぐらい立てればどうなるだろう、みたいな計算の中から考えたことなんですよ。『true tears』はわりと地味な世界観だから、その中で見てる人たちがハラハラドキドキする要素をどう盛り込めばいいのか。そういう時に、ああいうちょっと変わった語り口をで、ハラハラドキドキ感を演出したほうが、より恋愛的なお話が見えてくるだろうという計算があったんですね。 ―――西村監督は全13話のうち8話分コンテを描いていますね。 西村 『true tears』の場合はそういう作品だから、特にどういう絵にするのか、どういう画面にするのか、どういう音にするのかっていうところが重要だったんです。そこを固めるにはやっぱりできるだけ自分で絵コンテを描いたほうがいいわけで。シリーズ後半は演出の方も慣れてくれたんだけど、編集している時にも「申しわけないけどここはここで切らないで、あと2秒ぐらい伸ばした方がいいと思うよ」っていうと演出さんが「え?」っていうような場面はちょくちょくあったんですよ。しかも『true tears』では、普通ならすぐキャラに寄るところを、わざと状況のカットだけ4カットぐらいつないでて、それからやっとお話に入るみたいなことをやっていたりするし。でも安藤(真裕)さん(※8)のコンテは、そういうカットをなにも言わなくても入れてくれるんですよ。うれしかったな。 ―――安藤さんは、第4話「はい、ぱちぱちってして」と第7話「ちゃんと言って、ここに書いて」のコンテ・演出と、第12話「何も見てない私の瞳から…」の演出を担当されていますね。 西村 第3話「どうなった? こないだの話」まで自分でコンテを描いたんですけど、そうするともう絵が予想の範囲に収まるようになって、ちょっとイライラしてたんですよね。ところが第4話の安藤さんのコンテ、特にカメラワークを見たら、そこにスカッともう青空が広がる見たいな爽快感があって、すごく良かったんですよね。あのおかげで『true tears』の世界観というか広がったんですよ。安藤さんに風穴を開けてもらったので、すごくこっちも息がしやすくなった。 岡田 第4話は私の脚本だったんですけど、さきほど話をしたように乃絵を確立しようとしていた“乃絵強化月間”のうちの1本だったんですよ。だから、眞一郎のところにいる乃絵がタタタッて走って来るところとか、その後、目を覗き込む演技とか。「ああっ乃絵ってそうそう」って思えたんですよ。 西村 その通り。後ででてくる「ぱちぱちってして」という一連のくだりにしても、乃絵の天真爛漫な感じがすごく自然によく出てた。第7話で、比呂美と乃絵が喧嘩する場面も、シリアスなんだけど、ある種の楽しさがあるんだよね。 岡田 そう、あの喧嘩は脚本でもどれぐらいにするか探ったんですよね。最初はホントに平手でパーン、みたいな感じだったんだけれど、監督から「それだときついから、触るか触らないかぐらいの感じで」っていわれて。それで考えながら書いたところだったんですけれど、画面になったお芝居が、実際に組み合っていても、ちょと救われる感じがあったりして、助けられたなぁと。 西村 比呂美の友達が駆けつける時にモップを持ってたりするところがいいんだよね。僕が喧嘩のシーンとかを描くと第9話の眞一郎と友達の喧嘩みたいになっちゃう。ちょっとスカっと抜け切れないんですよ。だから安藤さんのああいうスカッと抜けた感じが、要所要所に入っているということで、すごくシリーズ全体を通した時に、穏やかな気持ちというか、ゆっくりできるところができてよかったと思いますよ。 ―――『true tears』を見ていると俯瞰が多様されていますよね。 西村 はい。実際、コンテを読んだ堀川さんから俯瞰が多すぎると思います、これでいいんでしょうか? とお手紙が来たこともあったんですよ(苦笑)。たとえば第11話の比呂美と眞一郎が雪の日に夜中に電話で話すくだりとか、ずっと建物の俯瞰の繰り返しだけで構成してますしね。あと、眞一郎が歩くカットを俯瞰で捉えるのがいいなと思って、いっぱい作りましたね。『true tears』では、雪の情景を見せたかったんですよね。眞一郎が昼も夜も1人で雪の中を歩いているという絵が作りたかったんです。 ―――俯瞰はレイアウト的にも難易度はあがりますよね。 西村 俯瞰といっても千差万別なわけで、微妙に角度が違うとか、俯瞰は俯瞰でもカメラポジションがいつもよりも低いとか、そういう部分を汲んでくれる演出と作画がいなければ成立しないんですよ。だから今回は美術とか作画の力を完全に信頼して作りましたね。普通は難しいカットとかだと、この処理を失敗したら、こちらで代案みたいな作り方をするんですけど、今回はそういうことはまったくしなかったです。それでもP.A.WORKSはやれる会社だっていうふうに思ったので。やってくれるスタッフたちはつらかったと思うけど、そこはやってしまいましたね。
比呂美は乃絵をどう呼ぶのか―――スタッフの力量といえば、バスケシーンも非常に丁寧に描かれていました。 西村 第3話はラッシュを見て驚いたんですよ。体育館の中へカメラが入ると、ほぼ全身が入るロングショットで、走る選手を見せているんですよ。ミドルショットに寄っても、ものすごくバタバタと動いていて。それを見た瞬間思ったのは、演出と作画が暴走して、こんな大変なカットにしてしまったに違いない、と。それで「誰がこんなコンテ切ったんだよ」って本気でその場で言ったんですよ。そしたら演出の浅井(義之)さんが「監督のコンテ通りですよ」と(笑)。その時は「大変な作業をさせてしまったな」と思いましたね。でもバスケの場面を逃げないで丁寧に描いているから、あの後の、比呂美の「好きなのは螢川の4番」っていうセリフを眞一郎が聞いてしまうちょっと臭いシーンが成立するんですよ。ちょっと臭い芝居でも、そのほかの場面が丁寧に作ってあると、視聴者はそこで乗りやすくなるんですよ。 ―――比呂美の話題が出たところで、比呂美について聞かせてください。後半だと、第11話で赤眼鏡を掛けたことと、第13話「君の涙を」で開脚のシーンが非常に印象的だったんですが。 岡田 眼鏡はびっくりしました、私も。きっと西村さんが、美少女ものを学習して取り込んだんだと思いましたよ(笑)。 西村 (苦笑)。 ―――じゃあ、開脚は脚本にあったんですね。 岡田 はい。眞一郎が決断しているこっちで、比呂美も自分に決着をつけているっていうことを描きたかったんですね。比呂美って物語の最初のほうではかなり受動的に見えるんですが、実際はわりと攻撃的というか、ドロドロした部分も抱えているキャラクターなんですよね。その比呂美の秘めた強さが、マイナスの方向ではなく、凛々しい形であらわれるシーンを作りたいと思ったんです。眞一郎のお母さんにも「待つのがつらいわね」と言われているけれど、ただじっと待っているわけじゃないよ、と。ほかの人からは「なんで開脚なの?」みたいなつっこみもあったんですが、西村監督からは特に入らなくて。 西村 いや、開脚はありでしょう。一つには比呂美の色っぽいシーンでもあるわけだし、内容的にも突拍子もないとは思わなかったなぁ。最終回は尺的に苦しいところもあったんだけれど、開脚のシーンを削ろうとは思わなかったな。 岡田 私としてはむしろ、残しておいてほしかったっていうシーンが切られていて、開脚が残っているという感じがありましたけれどね(笑)。でも西村さんが脚本で描いてくる比呂美って、わりとああいう感じの、押し込めている感情が見え隠れする感じで書かれてましたよね。 ―――第11話に出てきた比呂美の一人暮らしを描いた場面の延長なのかなとは、思いましたが。 岡田 それはありますね。そこを引き継いで書いた部分はあるので。 西村 でも第11話の、足でブラジャーを取るところは、岡田さんが「一人暮らしの女の子は必ずやるんだ」っていうんで入れたんだけれど、作画監督の関口(可奈味)さんに聞いたら、「やりませんよ、あんなこと」って一蹴されてしまった(笑)。 岡田 (笑)。いや、足で取るとは言ってませんよ。一人暮らしだとお風呂場から裸で出てくるって話をしたんです。 西村 そう? 言ったと思うなぁ。 岡田 だから、それは誤解ですって。また私が言ったことに頭の中で変換されていますよ(笑)。 ―――比呂美というキャラクターのイメージはそれほどブレなかったんですか? 岡田 そうですね。多少の色合いの差はあっても、基本脚本陣3人のなかでブレはなかったですね。それでも面白かったのは、乃絵のことを何と呼ぶかというところ。森田さんの比呂美は絶対「石動さん」。ところが西村さんが書くと絶対「石動乃絵」なんです。普通はそれは統一するところなんですけど、そこが各場面のテンションと一致していて面白いなと思って、両方使うようにして、そのままにしたんです。実は乃絵も純のことを「お兄ちゃん」って呼んだり、「純」って呼んだりしているんですよ。 ―――そのあたりに『true tears』の独特の雰囲気の理由がありそうですね。最後に今、『true tears』を振り返ってみていかがですか。 西村 『true tears』にはリアル感がとにかくほしかったんです。それも単に本物らしいというより、「こんなことがあったような気がする」とか「これからこういうことがあるかもしれない」というような感触の。作っている側もそういうことを感じながら作っていたので、作品からそんな感触を受け取ってもらえたとしたら、作品を通じてコミュニケーションできたということになるんじゃないかな、と。そんなふうに思える作品でした。 岡田 一見シックで、リアルで、地味な世界の作品なんですが、ホントにみんなで話し合って、ちょっとお仕事の範囲を超えたぐらいのぶつかり合いをした作品なんです。そのあたりを感じ取ってもらえれば、うれしいです。 【2008年8月4日/中野にて】 西村純二(にしむら・じゅんじ)『宇宙戦士バルディオス』で演出デビュー。初監督作は『プロゴルファー猿』。主な作品に『らんま1/2 熱闘編』『風人物語』『今日からマ王』『シムーン』などがある。
岡田麿里(おかだ・まり)『DTエイトロン』で脚本デビュー。『砂沙美☆魔法少女クラブ シーズン1』で初シリーズ構成。主な作品に『スケッチブック〜full color's〜』『こどものじかん』などがある。。 ※6 比呂美の部屋のシーン眞一郎が比呂美の部屋に入り、言葉を交わす場面が、それぞれの視点で二回繰り返される。二度目の比呂美の視点の時に、回想シーンのようなそれとわかるような処理がほどこされていないことが特徴。 ※7 似たような場面眞一郎の両親が比呂美とともに学校に出かける。実はその前に、眞一郎の母は比呂美の部屋に入り言葉を交わしていたの。だが、作品の中でその場面は、学校から帰宅した比呂美が眞一郎と言葉を交わす場面にインサートされている。 ※8 安藤(真裕)さんあんなぷるに入社し、『エースをねらえ!2』などの原画を手がた後、フリーに。アニメーターとしては『機動警察パトレイバー2 the Movie』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『人狼』などに参加。07年公開の『ストレンヂア 無皇刃譚』で監督デビュー。 『true tears』©2008 true tears製作委員会 TVアニメ/全13話/2008年作品
DVD vol.1BCBA-3216/\3,990(税込)/バンダイビジュアル
true tears memories
別冊アニメディア編集部・編/A4判/\2,600(税込)/発行:学習研究社 |