第1話の脚本に期待した“突破力”―――『true tears』は、タイトルだけゲームと共通であれば自由に作っていい、というところがスタート地点だったそうですね。そういう企画ってあまりないですよね。 西村 基本的にはありえないですよ(笑)。バンダイビジュアルの永谷(敬之、現エモーション)PDから聞いた時にも半信半疑でしたから。でも、永谷さんが『true tears』の企画を通すために「上がりを見てから言ってくれ」って企画会議で啖呵を切ったっていう話を聞いて「そうか、これは本当に本当なんだ」と思いました。 ―――制作会社のP.A.WORKS(※1)の本社が物語の舞台となった富山にあるいうことですが、現地取材もされたんですよね。 西村 具体的にスタートする前に、P.A.WORKSの堀川(憲司)PDに、いろいろ案内してもらったんです。山の上の沼の横にある喫茶店とか、学校とか。とにかく脚本を書き始める材料になりそうなものを求めて。 岡田 そうでしたね。それで富山に行ってから、なんとなく。どういう話にしようかっていう話をして。とりあえず美少女ものの王道は踏まえたほうがいいだろうということで、幼なじみを含む3人の女の子が主人公のまわりにいて、という枠組みを決めて。あとはあまり細かく設定を決めないで、まず第1話を私が書き始めたんですよ。 ―――ということはその段階ではシリーズ構成も立ててなかったんですよね。 岡田 そうです。ほかのシリーズでは考えられないことですが(笑)。 ―――いきなり岡田さんに第1話「私…涙、あげちゃったから」を書いてもらったというのは、西村監督なりになにか狙いがあったんですか? 西村 第1話の脚本を岡田さんに頼んだのは、当然、岡田さんを信頼してのことなんだけれど、そこには岡田さんに突破してほしい、みたいな気持ちが、かなり強かったんですよ。 ―――突破、というと? 西村 「自由に作っていい」といわれた企画であっても、いろんな関係者と話し合いの中で作るわけですが、方向性が固まっていくうちに「俺たちのやりたいものからだんだん外れ気味になっているな」という感覚があったんです。それを何とかしたい、と。だから岡田さんの脚本が、脚本自体の存在する迫力でもって、そのへんのうだうだを吹き飛ばしてくれることを期待してたんです。で、第1話の脚本は、ものの見事にそういう脚本だった。第一稿の段階で「アブラムシの唄」(※2)ももう入っていて、有無を言わさぬ迫力がありました。 岡田 前から、歌を歌う女の子を出したいと思っていたんですよ。 西村 この脚本をフィルム化したい、と思えたし、ちゃんと岡田さんの脚本に託した思いも拾えるっていう自信もありましたし。 岡田 西村さんとは何回かお仕事させていただいているんですけれど、西村さんとは見ている場所が似ているんですよね。二人ともストーリーラインから作品に入っていくタイプじゃないんですよ。むしろ、こんな雰囲気や、こんな空気感を出したいんだっていうところから入ってくタイプなんです。 ―――先ほど美少女ものの王道は踏まえたほうがいい、という話がありましたが、そのあたりはある程度意識していたんですね。 岡田 意識しましたね。たとえば第1話で、脱衣所の比呂美と眞一郎が鉢合わせする場面とか。でも、別に美少女アニメそのものずばりのものを作ろうというわけじゃなくて、西村さんとか私が作るものだから、それぐらい意識しても、きっとずれていくだろうという考えがあってのことですが(笑)。ともかく、最初のほうは意図的にそういうシチュエーションを入れているんですよ。そうしたら、私の第1話を読んで西村さんが書いた第2話「私…何がしたいの…」には、眞一郎が比呂美のお風呂を覗こうとするシーンがあって。しかもこっちは、典型的なラブコメ風になんで、さすがにそれは違うんじゃないかっていうことで直してもいましたけど。 西村 (笑)。 ―――美少女ものって、ともすれば主人公の男の子に都合のいい話になってしまうと思うんですが、その点で眞一郎をどう描くかは、作品のポイントだったと思うのですが。 岡田 そうですね。眞一郎については、まわりに女の子を配置しなくちゃいけない、というのは変わらないので、そういう状況にあっても許せる精神状態の男の子にしよう、というのはみんなで話しましたね。何人かの女の子から好かれたとしても、男子高校生としてあり得る選択肢を選べる男の子。あと西村さんが「眞一郎は3分の1の義憤を持っている」って言ったことがあって、それも眞一郎の性格のポイントになっていますね。 西村 言ったね。言った。 ―――義憤というのは、つまり、わりと真面目ということですか? 岡田 そう。で、その真面目さがどんどん食い違っていっちゃうような男の子。 ―――絵本を描くというのは特徴的ですけど、どこから出てきたアイデアなんでしょうか? 岡田 以前から都市じゃない場所に住む子の話を書きたいと思っていたんです。眞一郎は、親とか仲上家というしがらみから脱出する手段として、一番手近にあった「絵」を選んでいるんですね。自信があって能動的に選んでいるわけではなくて、とりあえずそれしかすがるものがない感じで。だからこそ乃絵に「あなた飛べるわ」って言われた時にで、自分の気付かなかった部分に目が向くことになるんじゃないかなぁと。第1話の時は、そんなことを考えつつ「これでどうだ!」って監督に投げかけた感じでしたね。 ―――その第1話の脚本を受け取って、西村監督はいかがでしたか? 先ほどのお話では「これで突破できる」という感触があったそうですが。 西村 岡田さんの第1話でよかったことはもう一つあって、それはどれぐらいのリアルな感じにするのか、それを決められる内容だったこと。脚本を読んだら、かなりリアルな感触で、この世界観で「よほどのこと」があるとしても、自転車で引っ越しのトラックを追いかけていく(※3)ぐらいのこと(笑)だろうとわかったんです。そこが見えるとその世界観の枠組みの中でどういうサービス精神が発揮できるかが見えてくるんですよ。それでその時は、第1話以降、大映ドラマみたいな極端な展開を盛り込むこともできるな、と考えたんです。 岡田 西村さん、言っていましたね。大映ドラマって。 ―――ああ、それが比呂美と眞一郎が異母兄妹だと、眞一郎のお母さんが話す展開につながるわけですね。そういえば、眞一郎のお母さんを高橋理恵子が演じているのは、西村監督のリクエストだったんでしょうか。 西村 そうです。『シムーン』(※4)でネヴィリル という役を演じてもらったんですが、その延長で演じてほしくて。特にいじわるなことをする役なら、もう絶対だっていう自信があったんですけど、本当にはまってうれしかったです。 岡田 でも本当、高橋理恵子さんだから、お母さんがああいうキャラクターとして成り立ったったっていう気がしますよね。お母さんはだから、大映ドラマ的な部分を担うポジションとして置いたんですけど、私と西村さんの趣味のせいか、あんまり突き抜けたいびり方をすることにはなりませんでしたね。その辺はかえってお母さんの人間くささにつながったかなという気はしてますけど。
『true tears』とポルノの関係!?―――第1話の脚本が大きな役割を果たしたことはわかったんですが、では、西村監督は『true tears』をどんな感じで演出しようと思っていたんでしょうか。 西村 実は僕は学生時代に日活ロマンポルノをよく見ていて、ロマンポルノの監督たちの手法って実は『true tears』にかなり近いって思っているんですよ。たとえば田中登(※5)という監督の『(秘)色情めす市場』(74)という傑作があるんですが、そういう作品は基本、リアルな日常の範囲でしか事件は起こらない。もちろん、大映テレビっぽいちょっと大仰な展開はあったりするけど。そして映画を見ると、そういう内容を低予算で撮影するにあたっての、作り手の「やりたいことをやるんだ」という気迫が見え隠れするんですよ。その『(秘)色情めす市場』ってパートカラーの映画で、普通、ポルノのパートカラーといえば濡れ場に使うわけなんだけれど、この映画はクライマックスのあたりで、知的障害の男の子がニワトリをつれて街を歩いて、最後通天閣の上からニワトリを飛ばすシーンでカラーを使うの。 岡田 へぇ。すごいですね。しかもニワトリ! 西村 そう。そういう映画だから、田中監督の姿勢は目の前の出来事から一歩引いて客観的に眺めているんだよね。だから、岡田さんの第1話の脚本をもらって思ったのは、そういう客観的な姿勢を、脚本に付け加えて演出しよう、ということ。材料的にも、乃絵の歌だったり、ニワトリだったりと、絵コンテ以降の作業の中で、イマジネーションを刺激する要素がいっぱいあったし。 ―――『(秘)色情めす市場』とニワトリ繋がりなのは偶然なんですか? 岡田 私はこの話を今聞いたので。 西村 だから第11話話「あなたが好きなのは私じゃない」で、乃絵がニワトリを連れて町中を歩くカットは、ちょっと『(秘)色情めす市場』を意識して作ったんだよ。誰か気づいてくれないかなぁって(笑)。 岡田 そうだったんだ。気づかなかった。っていうか『(秘)色情めす市場』なんて、気付きませんよ、みんな(笑)。 ―――(笑)。じゃあ流れで、乃絵について話を聞かせてください。乃絵にはモデルとかいたんでしょうか。 岡田 いや、特には。しいていうなら『赤毛のアン』のアンのような子というのは多少意識しましたけれど。 ―――岡田さんの中には確固とした乃絵のイメージはあったわけですよね? 岡田 はい。ある程度早い段階で、乃絵がどういう道筋を通って、ああいう子になったのか、自分の中で勝手に思いこんだ乃絵像がありまして。そうやって自分を確立させた乃絵が、だんだん揺らいでいく、という部分を描きたかったんです。でも、その分、西村さんとか森田(眞由美)さんにはご迷惑をおかけしたと思います。最初のころ脚本が上がってきても、おそるおそる乃絵を登場させている感じが(笑)。だから最初の数話は、かなりセリフをいじらせてもらいました。乃絵はそうやって最初の数話で固めていったという感じでしたね。でも第5話「おせっかいな男の子ってバカみたい」そのあたりから監督の中でも、乃絵の存在が大きくなっていったみたいで、どんどん乃絵が魅力的になってきたんです。 ―――素朴な質問ですけど、眞一郎が最終的に選ぶのは比呂美と最初から決めていたんですか? 岡田 いえ、最初は比呂美じゃなくて、乃絵を選ぶって考えていたんです。でも、眞一郎が選んだ相手が変わったからといって、物語が違っちゃったわけではないんですけどね。 ―――それはどういうことですか? 岡田 要するに最初の段階から眞一郎にとって、比呂美は恋愛の対象、乃絵は恋愛とはちょっと違うそれ以外の感情の対象として描こうと思っていたんです。若い頃って、恋愛感情とは違うシンパシーを恋愛感情と誤解しちゃう時がありますよね。眞一郎の乃絵への気持ちは、そういうものだったんですよ。だから当初は、思春期の恋愛とはちょっと違う段階へ進むという方向で、乃絵を選択するということを考えていたんですが、眞一郎の自然な恋愛感情の行く先を考えると、それはかえって不自然なことなんじゃないかっていうことで。それで最終的に眞一郎は、比呂美を選ぶことになったんです。だからそこだけ見ると比呂美がヒロインに見えちゃうんですが、西村監督と私の中では、乃絵がヒロインというのは最初から最後まで変わっていなかったんですよ。 西村純二(にしむら・じゅんじ)『宇宙戦士バルディオス』で演出デビュー。初監督作は『プロゴルファー猿』。主な作品に『らんま1/2 熱闘編』『風人物語』『今日からマ王』『シムーン』などがある。
岡田麿里(おかだ・まり)『DTエイトロン』で脚本デビュー。『砂沙美☆魔法少女クラブ シーズン1』で初シリーズ構成。主な作品に『スケッチブック〜full color's〜』『こどものじかん』などがある。。 ※1 P.A.WORKS代表の堀川憲司が、プロダクションI.G、ビィートレインなどを経て2000年に、富山県に制作会社を設立。2002年に社名をP.A.WORKSと改めた。プロダクションI.Gなどのテレビシリーズのグロス請け(絵コンテからフィルムアップまでをまるごと請け負うこと)を中心に活動してきたが、『true tears』が初元請け作品となる。現在富山には作画およびデジタル撮影部門があり、演出・制作は東京事務所に置いてある。 ※2 「アブラムシの唄」乃絵がよく口ずさんでいる、ちょっと不思議な歌。 ※3 自転車で引っ越しのトラックを追いかけていく第9話で、仲上家に居候していた比呂美が引っ越しをする場面で、眞一郎が引っ越しトラックを自転車で追いかける。挿入歌『そのままの僕で』がかかって非常に盛り上がる場面である。 ※4 『シムーン』06年放送。全26話。全ての人間が女性として生まれる世界で、巫女の少女たちが戦争に巻き込まれる姿を描く。岡田は後半より参加し、監督の西村と二人で後半の脚本を書いた。 ※5 田中登映画監督。日活に入社し、日活のロマンポルノ路線の中で、意欲的な作品を監督、高い評価を得た。2006年没。 『true tears』©2008 true tears製作委員会 TVアニメ/全13話/2008年作品
DVD vol.1BCBA-3216/\3,990(税込)/バンダイビジュアル
true tears memories
別冊アニメディア編集部・編/A4判/\2,600(税込)/発行:学習研究社 |