東京都の妊婦死亡問題で浮かんだのは、新生児集中治療室(NICU)に空きがないため、妊婦を受け入れられない現場の苦境だった。関係者は「日本の周産期医療は、病院を出てからの支援があまりに弱い」と口をそろえる。退院後の行き先がなく、NICUに長期入院せざるを得ない子も多いのが実情だからだ。そんな中、長期入院を減らそうと、自宅に戻った赤ちゃんのケアを専門に行う全国唯一の訪問看護ステーションが都内にある。【清水健二】
安心しきった無邪気な笑顔、大きく振り回した小さな手。江戸川区の柘野礼美(つげのあやみ)ちゃん(1)は、大学病院のNICUを退院してもうすぐ1年になる。脊椎(せきつい)の病気で下半身が動かず、呼吸の確保に気管切開もしているが、母の寧子(やすこ)さん(35)は「この子は笑わないかも、と病院では言われたのに」と、愛娘の成長に目を細める。
礼美ちゃんのケアをサポートしているのが、07年10月に開所した訪問看護ステーション「ココ・ベイビー」(千代田区)。週2~3回、のどに付けた装置のたん吸引や、健康のチェックをしている。電話相談には24時間体制で対応する。
吉野朝子所長(30)は、総合周産期母子医療センターのNICUで8年の勤務歴を持つ。当時、退院後を心配する家族を何組も見てきた。訪問看護してくれる事業所を探すうち、ある母親に「吉野さんがつくってくれれば」と言われ、28歳で起業。現在10人のスタッフで、23区を中心に70~80軒の家を回る。
厚生労働省によると、全国の総合周産期母子医療センターの75%は、NICU利用率が9割以上。厚労省研究班の調査では、1年以上の長期入院児が300人以上おり、4分の1は「家族の希望・都合」で退院できないという。家族にとって自宅療養への切り替えは不安が強く、4カ月で退院した礼美ちゃんの場合も「病院でケアの仕方を教わっていても、帰ると途方に暮れた」(寧子さん)。
一方、吉野さんによると、家族とふれ合う自宅療養は入院に比べ、情緒面で格段の発達が期待できるという。ただ、病院や地域の支援は不十分で、孤立した母親が虐待や育児放棄に走るケースもある。「家族が安心して子供を連れて帰れれば、NICUは次の赤ちゃんのために使える」と吉野さんは語る。
赤ちゃんの訪問看護が普及しないのは、専門性の高さに加え、診療報酬上の問題もある。高齢者を念頭に置いた制度設計のため、原則週3回、最長90分までの訪問しか認められず、母親の悩みを聞く時間がない。日本訪問看護振興財団の佐藤美穂子常務理事は「ニーズに合った柔軟な対応を認め、利用しやすくすべきだ」と訴える。
【ことば】訪問看護ステーション
医師の指示に基づき、看護師、保健師らが自宅療養の人に介護や医療のサービスを提供する。91年の老人保健法(現・高齢者医療確保法)改正で制度化された。08年4月現在の施設数は約5500。利用者は介護保険が約24万人、医療保険が約7万人で、3歳未満の利用は数百~1000人程度と推計される。
毎日新聞 2009年2月4日 0時03分(最終更新 2月4日 0時10分)