本誌 香山さんは情報番組等で拝見させていただいておりますが、黒いメガネがとても印象的です。黒いメガネは個性が強すぎる傾向にありますが、先生の場合はトレードマークとしてとてもよく似合っていますね。
香山 実は素通しの伊達メガネです。私は目がものすごくいいんです。
本誌 では、どうしてメガネを必要とされたのでしょう。
香山 私は医者の経歴よりも、ものを書いている経歴の方が長くて、学生の時から書いていました。バイトというか学生ライターみたいな事をちょっとやっていて、でも秋元康さんのように全然稼いではいませんよ。その後医者になりましたが当初、医者になった時はメディアの活動を一切辞めようと思っていたのです。またものを書く事に強い思い入れもありませんでしたから。そのうち『せっかく医者になったのだから、今度はそういうものも活かして書いてみたら』と、昔の編集社の知り合いから依頼があって。意志がそんなに強い訳でもないので、そう言われたら、またやろうかみたいな感じで(笑)、ズルズルと惰性で始めていたのです。たまたま医者になった時に、あるメディアに写
真を撮られた事があって、その時にメガネというかサングラスではなかったと思うのですが、メガネを掛けていたんですね。単行本の発刊でお世話になったフリーの編集者が、その写
真をみて、『あなたはこれからどのような活動をしていきますか』という話があって、医者の方はなるべくだったら辞めたくないし、差し支えになるような事はしたくない、という話をしたら、『このメガネはあなたの素顔のイメージを変えるのにいいから、写
真などで撮られる時はメガネを掛けていたらどうですか』と言われたのです。
本誌 違う顔を見せるためにメガネを使われたわけですね。変身するためのツールにメガネがあったわけですが、もう一人の自分を演出しなければならなかった理由は何でしょうか。
香山 身勝手な理由ですが、一つは患者さんにあまり顔がばれたくないというのがすごく大きかった。医療分野には内科とか外科とかいろいろな科がありますね。科によっては、自分の担当医がメディアに登場しているというと、名医に見えたりと良い効果
もあるのです。しかし精神科は個人的な問題を扱う領域ですから、担当医がメディアに出るというのは、自分(患者)の事も語ってしまうのではないかとか、決して歓迎されるべきものではないのです。
本誌 メガネはどちらかいうと、まだまだ残念なことに、プラスメリットよりもマイナス要素が強い道具という印象で受け止められていますが、香山さんの場合はそのマイナスを逆利用されているわけですね。
香山 そうです。だから私の執筆活動も、いかにも今日の健康とか医学の基礎知識を語るということより、もうちょっとサブカルチャー寄りな表現をしたかった。時によっては不謹慎というか、不真面
目に見える可能性もあったからなおさらです。 香山リカというのは、架空の存在なのです。
最初の頃はヘアーバンドも必ず付けていました。ヘアーバンドはそんなド派手なものではなかったのですが、メガネとヘアーバンドをセットにしてやっていたんです。香山とはそういう記号なんだと。実在していても架空のキャラクターという事にしたかった。
本誌 医療の現場は素人目にみても封建的な世界に映りますからご苦労があったのですね。
香山 私が医者になった頃は、私のような何のキャリアもない新米が、エッセイを書くという事はあんまり許されない状況だったんですね。医学部というのはコンサバティブな世界ですから。例えば、誰かがもし、テレビの健康番組に出るとしたら、教授です。今は大分変わってきていますが、当時はそうでした。また大学の教室にいた頃も、いわゆる商業雑誌に書くというのもタブーだったんですよ。こちらの言い訳として、教室の上司達にこれは本当にペンネームで、全く所在などを隠して、一人の作家としてやっているから、決して仕事には迷惑を掛けないようにします、という事でおめこぼしを頂いてました。
本誌 それでは医師の顔としては、メガネを外されるわけですか?
香山 もちろん。雑誌に出ているという事は、出来れば知られないようにしています。もちろん、これ先生じゃないの? と言われた時には、実はそうなんだよ、とは言いましたけど。
本誌 医師としての本名は明かしていなのですか、先生にお会い出来るチャンスは難しいですね。
香山 今は違う大学(神戸芸術工科大学)におります。今までは普通
の病院にいて、近所の人が来たりとか、そういう人しか診察していませんでしたから。だから香山という人に診てもらいたいという事で問い合わせがあるわけでもなく、あったとしてもそれは一切応じていません。
本誌 あえて明かしたくないのですか?
香山 メディアの中に出ている香山という人のものを読んで施術を希望される方は、私に対して幻想を抱いていたり、すごい期待を持っていたりしますよね。そこからスタートすると、とってもやりにくい。一回必ず失望するから。私たちが病院へ行く時は、どんな人が出てくるか分からないで行くわけじゃないですか。期待と不安があって、最初知らない同士がゼロから始まって、それでもやっぱり失望したりとかいろいろあるんですけど、最初に良いイメージから始まってしまうと、失望の時には結構度合いが大きいのです。
逆に、葛藤とかはありますか。香山リカという架空の人物がいて、医師という本来の姿があるというのは。
香山 もちろんありますよ。中には本当に困っている方とか、病院に行けないから、どうしても先生にという手紙とか電話とか頂くんですけど。
精神科は心の病というイメージがあって、診断を受けたいのに躊躇してしまう人が多いと思います。そういった意味では、香山リカという存在があった方が、壁を越えることができそうな気がするのですが。
香山 精神科医でメディアでの活動をしている先輩は北山修先生ぐらいで、何回か相談に乗っていただいたこともありました。確かに北山先生に診てもらいたいという人は沢山います。北山先生は医師としての仕事と執筆活動で上手く振り分けることができるネットワークづくり、そして自分の活動を理解してくれる仲間を作りなさいと言ってくださいました。それでスタッフを二つに分けて、お互いに干渉しないというスタンスでやってきました。自分の分離した活動を両方理解してくれるネットワークづくりがやっと最近、形になりつつあります。医者の仲間でも私のメディアでの活動も理解してくれるような人が現れてきて、どうしても手立てのない人に対して、いろいろと紹介するというような流れを作っていきたいと思っています。
続く......
香山リカ(かやまりか)
1960年7月1日北海道札幌市生まれ。東京歯科大学卒業。精神科医。神戸芸術工科大学視聴情報デザイン学科助教授。学生時代よりリカちゃん人形の本名をペンネームとして、雑誌等に寄稿。その後も臨床経験を生かして新聞、雑誌で社会批評、文化批評、書評なども手がけ、現代人の”心の病”について洞察を続けている。専門は精神病理学だが、テレビゲームなどのサブカルチャーにも関心をもつ。
主な著作に「リカちゃん人形のコンプレックス」(太田出版、ハヤカワ文庫)、「リカちゃんのサイコのお部屋」「ココロのクスリ」(いずれも扶桑社、ちくま文庫)、「テレビと癒し」(岩波書店)、「サイコな愛に気を付けて」(青春出版社)、「テクノスタルジア-死とメディアの精神医学」(青土社)、「おかしくっても大丈夫!!」(ハヤカワ文庫)、「あなたのココロはダイジョーブ!!(ハヤカワ文庫)、「眠れぬ
森の美女達」(河出書房新社)他多数。
<<private eyesマガジンでは・・・>>
精神科医として少年犯罪についてやテレビゲームの影響などについてお話しいただいていいます。
|