米上院外交委員会の承認公聴会で証言するヒラリー・クリントン上院議員(現国務長官)=1月13日、ワシントン〔AP Photo〕 |
1月13日、オバマ次期大統領が国務長官に指名したヒラリー・クリントン上院議員(現国務長官)は上院外交委員会での承認公聴会で日米同盟についてこう述べた。さらに中曽根外相との電話会談では自ら北朝鮮による拉致問題に言及。ブッシュ政権末期に求心力を失った日米同盟の再強化に向け、異例ともいえる気配りを見せている。
ヒラリー・クリントンの「変わり身」
元来、日本のみならず、米国内においてもクリントン長官には「親中派」のイメージが強い。夫君・クリントン元大統領による中国訪問は「日本素通り(ジャパン・パッシング)」のトラウマとして日本の外交当局には根強く残っている。クリントン長官自身も2007年10月、米外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿した外交論文の中で中国との関係について「今世紀で最も重要な2国間関係になる」と表現、そうした見方を裏付けてきた経緯もある。
それがこの「変わり身」である。一体、何が起きているのだろうか。その疑問を読み解くカギはクリントン議員の周辺を固める外交ブレーンの力関係の変化にある。
「米中最重要論」を主張し、クリントン議員に代わって外交論文を「代筆」したのは民主党外交サークルの大御所で親中派の代表格といわれるリチャード・ホルブルック元米国連大使である。東アジア担当の国務次官補も経験しているホルブルック氏には1993年のクリントン政権発足時、駐日大使候補にも擬せられたにもかかわらず、日本の政官界からの反発を受けて指名が見送られたというエピソードまである。
クリントン論文を受け、「日本軽視ではないか」との声が太平洋の向こう側から伝わるとホルブルック氏は翌08年の1月下旬、ニューヨークの日本総領事館で急きょ記者会見し、「日本は米国の不可欠な同盟国であり、クリントン氏は日米関係強化に努めるだろう」と取り繕ってみせた。しかし、その舌の根も乾かぬうちに中国を含めた3カ国の関係について「米国が対中関係を強化するときは、同時に対日関係も強化しなければならない」と補足。あくまでも「対中関係」を優先する姿勢を言外ににじませる態度に日本側の警戒心は一層強まった。
そのホルブルック氏は当初、「クリントン大統領誕生なら国務長官就任は確実」とまでいわれていた。しかし、民主党の党指名争いでクリントン長官がオバマ現大統領に敗れたため、影響力も急減。さらにオバマ大統領が「クリントン国務長官」指名を決断したことから、ホルブルック氏はアフガニスタン問題担当の特使に起用されることになり、日本、中国などを含む北東アジア政策からは縁遠い存在になっていく。
日米同盟重視派の台頭
一方、クリントン長官を選挙期間中から支持し、次期国務次官補(東アジア・太平洋担当)に内定したカート・キャンベル元国防副次官補はクリントン政権時代の97年、「日米安保共同宣言」の作成を米側で主導した民主党知日派の代表格として知られる。アジア政策において、中国との戦略的関係を重んじるホルブルック氏に対して、日米同盟強化を唱えるキャンベル氏の立場の違いは明確だ。
オバマ政権のアジア外交をキャンベル氏と共に支えるジム・スタインバーグ次期国務副長官もキャンベル氏に考えは近い。民主党外交サークルの間で「切れ者」と評判のスタインバーグ氏はキャンベル氏ほど「知日派」として有名ではないが、日米同盟の重要性は十二分に認識している。同時に近年、軍事費を増大し続けている中国に対しては警戒心を隠そうとしていない。
キャンベル・スタインバーグという国務省コンビに加え、アジア外交で要の役割を果たすのは国家安全保障会議(NSC)の上級アジア部長に就任したジェフリー・ベーダー氏だ。民主党系のシンクタンク、ブルッキング研究所で中国部長を務め、中国政府要人にも知己が多いベーダー部長はとかく「親中派」とみられやすい。しかし、ベーダー氏もキャンベル、スタインバーグ両氏同様、日米同盟を基盤としてバランスの良い「日米中トライアングル」を構築することが賢明という考えの持ち主である。
ただ、こうしたオバマ・ブレーンの勢力図の変化や、クリントン長官の発言の変遷を「対日重視の流れができた」と安直に受け止めることも危険と言わざるを得ない。
仮に彼らが「中国よりも日本だ」という立場を取ったとしても、その分析・言動を裏付ける行動を日本が取らなければ、オバマ政権内の勢力争いで「日本重視派」は苦境に追い込まれていくからだ。元来、アジア政策には精通していないクリントン長官やオバマ大統領の視点に立てば、親中派のホルブルック氏と知日派のキャンベル氏の主張のいずれにもまだ確信はなく、これからの米中、日米関係の進展度合いによって「自らの最終的なスタンスを固めていくべきだ」と考えても不思議ではない。もちろん、ホルブルック氏ら「中国重視派」も巻き返しのチャンスを虎視眈々(たんたん)と狙っているに違いない。
日本の民主党との予防外交
昨年末に来日したジョン・ハムレ元国防副長官やジョセフ・ナイ米ハーバード大学教授ら民主党の外交ブレーンたちは日本での政権交代の可能性をにらみ、日本の民主党の外交・安保政策や日米同盟に関する見方について情報収集・分析を急ピッチで進めている。
日米地位協定の見直しや、思いやり予算の大幅削減、さらには沖縄米軍に関する「有事駐留論(有事の際だけ緊急駐留を認め、平時は日本国外に駐留を求める)」――。
日本の民主党内から聞こえてくる意見、アイデアはどれも皆、ナイ教授ら米外交戦略家から見て、「日米同盟を弱体化させるもの」としか映っていない。「彼らが本気ではないことを望む」(シーファー前駐日米大使)という声は米共和党だけでなく、民主党にも共通した思いなのである。
多くの報道によれば、米民主党の外交ブレーンは日本の民主党指導部に対して、早期の訪米、そしてバイデン副大統領ら米政府要人との面会を要請したとされている。そのバイデン副大統領は中国との定期的な戦略対話に自ら「座長」として出席すると主張。仮に副大統領の構想が現実のものになれば、それだけでオバマ政権の対日、対中政策のバランスは大きく変わりかねない。
日米間には国務副長官・外務次官による「日米戦略対話」のほか、外務・防衛担当4閣僚が一堂に集まる「2プラス2」があるが、米中戦略対話を米側が現行の財務長官から副大統領に「格上げ」すれば、それだけで米政府内の「親中派」は勢いづくからだ。
こうした舞台裏での勢力争いを踏まえ、ナイ教授らは日本の民主党に早期訪米を促した。だが、その誘いのベースとなっているのは、必ずしもオバマ政権が日本の民主党を「次期政権与党」と見なしたという外交辞令でもなければ戦略的判断でもない。むしろ、同盟管理の観点から見てあまりにも「現実離れ」した要請を日本の民主党に突然、言い出される前に水面下で議論を重ねておき、日米同盟に大きな空隙(くうげき)が生じないようにするための「予防外交」の一環と見なければならない。
「チェンジ(変革)」を標ぼうし、世界中の期待を一身に集めているかに見えるオバマ政権。だが、こと日米同盟についてオバマ政権のブレーンたちは少なくとも日本の民主党が望んでいるような「チェンジ」を求めてはいないのである。