◆[山辺町]畑谷 直江兼続VS江口光清の400年前に思いをはせる(2009平成21年1月24日撮影)


薄墨色の雲が山形盆地を這うように広がる。
富神山が雲を遮るように突き出ている。ここは上平、畑谷はまだまだ先だ。

上平の展望台で、大切にする心が凍えている。

愛の白い文字がくっきり目立つ。
いよいよ畑谷の郷が近い。

雲間からはみ出した日差しが、梢の雪に生気を吹き込む。

「上杉藩の関係者んねべな」
「最上藩の関係者だっす」
畑谷に着いた途端、そんなことを聞かれるはずもない。

「体がつめた〜い」
ひらがなで必死に訴える自販機。

「突然視界が悪ぐなてきたなぁ。いまの時代ど同じだぁ」
舞い始めた粉雪に、先行きが心配になる。

「なんぼ空ば見っだて、何にも変わらねぇ」
「眠たぐならねがら、雪の数ば数えっだのよぅ」
真っ白い布団から抜け出す気力も湧かず、ただ虚空を見つめる。

たまにしか車も通らないものだから、粉雪が舞う音まで聞こえてきそうだ。

直江兼続が二万の兵を率いて畑谷城を襲った。
怒濤のように攻めてくるこの雪のように。

四百年前の畑谷城落城を、忘却の彼方へ葬り去ろうと、雪は無言で降り積もる。

畑谷城主江口光清の無念の叫びが、林の間から吹き抜けてくるようだ。

おいしい水がこんこんと湧き出る白鷹山周辺。

両側から大木に守られ、安堵できる空間。

「穴ポコ開げらっでぇ♪ゆすばがっでぇ♪ぶら下げらっでぇ♪」
粉雪を眺めながら、みんなで唄うでたらめな歌。

「随分ぎっつぐ結んでだのんねがぁ」
「さっぱりぎっつぐないじぇ、余裕だものぉ」
二人ならんで腹回りを気にする。

「べろりん〜」
「俺もまねしてべんべろり〜ん」
塀を越して、二つの舌先がぬるりと伸びる。

「寒すぎで鼻水も出ねぇ」
「こう景気悪れどねえって、申し訳程度にちょびっと出っだどれ」
申し訳程度でも景気が回復して欲しい。

「随分いい雪囲いだねぇ」
「ゴマすったて入らせねワン」

雪にすっぽり埋まっているミラー。
丸いミラーにすっぽり収まっている小屋。

雲間から顔を出した太陽は、地表に光と影を生む。
明るく輝くものはより一層輝きを増し、暗く沈むものはますます暗く沈んでいく。

「壁さ隠っで、ちぇっと一服が」
なんぼ雪が今年は少ないといっても、一人のスコップには手が余る。

除雪車でうずたかく積み上げられた雪は、時間とともに真っ白かった気持ちに雑念が混ざりはじめる。

直江兼続二万の軍勢に立ち向かった、たった三百の畑谷軍勢。
あれから四百年の時を経て、畑谷の人々は天地人を直視できるのか。

すいっと粉雪が消え、太陽が顔を出す。
あの雪はどこへ消えたのかと、虚空をか細い枝でまさぐってみる。

「上杉軍でもなんでもかがてこい!おらだが蹴散らしてけっから」
「いづの時代の話しったのやぁ。戦国時代じゃあるまいし」
何百年経とうが、毎年雪の大軍が押し寄せる畑谷。

「いだなぁメタボ三兄弟!」
「腹さガス溜まてしょうないがら、隠っで屁たっでだんだぁ」

「ただ干からびでいぐのなんかやんだぁ」
「気持ちだげは干からびねようにすっべ」

「頭真っ白だずぁ」
「まだふさふさだも、いいっだなぁ」
バスを待ち、すっかり頭が白くなってしまったバス待合所。

「やんだぁ落ぢっだぐないぃ。」
「ほだごどゆたて、溶けだら落ぢるしかないべ」
垂れ下がる氷柱の下には、身を切るような冷たい水が流れている堰。

「大好き、やまがだのごどだずぅ」「ぼくも大好きだよ〜」
唯ちゃんとウドちゃんの声が村の空にこだまする。
明日は県知事選だから選挙さ行ぐべと、広報車が村内を走り回っている。

「何ばつまんでだっけのや?」
「昨日の暖かい空気ばつまんでいだんだっけげんと、
逃げでしまたなはぁ」
軍手はつまんだ格好で凍り付く。

水音を聞きつけ、
雪の下から冬眠している動物が姿を現したかとびっくりする。

ちょろりと垂れてみたものの、
大気の温度で、出したり引っ込めたり。

「お父さんは頑張たぞぉ」
体中につけた擦り傷を誇らしげに見せる赤ダンプ。
「おまえもお父さんみだいに頑張らんなねっだな」
子供へ雪かきを促す母親ダンプ。
「んだて冷たそうなんだもぅ」
大量の雪を見て怖じ気づく黄色い子ダンプ。

「おまえはインフルエンザさ罹たがぁ?」
「まだ罹らねがら、おかなくて町歩がんね」
「んだらマスクして歩がんなねのっだな」
「マスクさするマスクてあんのが?」
マスクは耳の紐をよじらせて笑い合う。

「ぶら下がてっど、落ぢっかどもて気が気でないのよぅ」
「しみったれだずねぇ」
「凍みっだのはみんな同じだべぇ」

「いづまで走ているいんだが・・・そろそろ免許ば返納すっかぁ」
「空へ髭をピンと伸ばしながらも、弱気になって枯れ葉マークの涙がひとしずく。

剥がれた仲間の文字はどこへ消えた?
そんなことを心配する余裕もなくなり、必死に壁へ張り付いている畑と公と民の文字。

「帰んのがぁ」
車へ乗り込もうとする私へ近づいてきた猫が見つめている。
「俺には帰っどごがあっから」
車をスタートさせミラーを見る。
ミラーの中で猫がどんどん小さくなっていく。

畑谷の撮影を終え、再び上平へ戻ってくる。
眩しく輝く雪原の中に家々が点在し、遙か遠くには山形市の街並みが薄青く広がっている。

上平の展望台から山形市の街並みを眺めながら、十年前の自分を思い出してみる。
「なして毎週こだなごどしてるんだべ俺は・・・」
「もう一度足元ば見つめ直して出直したほうがいいんだべが」
山形市の街並みから目を逸らし、足元の雪を見つめる。

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