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随分ごぶさたしていた「藤圭子」という名前が報じられた。薬物取引が疑われ、米国で差し押さえられていた高額の金が、返還されることになった、という。「薄幸の少女」のレッテルで登場した演歌歌手の、とんだ大金騒動である ニュースは「歌手宇多田ヒカルさんの母、藤圭子さん」と、流れた。母も大ヒットを飛ばし続けた人だが、絶頂期は60―70年代。もはや「娘の七光」扱いされるようになった 母は演歌、娘はポップス。畑は違うし、ファンも違う。母の歌に酔った人は、娘の英語だらけの曲はなじめない。娘のファンは、お涙ちょうだいの母の演歌には縁遠い。世代の断絶を嘆くのか、音楽の世界が豊かになった、と喜べばいいのか 藤圭子の名が薄れるのを嘆くファンも、彼女のヒット曲を子の世代に愛唱してほしいとは思わないだろう。「恨み節」と形容された暗い時代の悲しい歌である。「十五、十六、十七と、私の人生暗かった」と、母は歌った だが、まさか、とは思うが、そんな歌がよみがえりそうに思える昨今の世相である。若い世代には、やはり「宇多田ヒカルの母」でいてほしい。
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