Q&A’03e「ガイア・アセンション」シリーズ

 

頂いたメールへの応答の中から、共通の関心事と思われるものを抜粋して掲載しています。

原文のまま掲載していますが、固有名詞はアルファベットなどに置き換えてあります。

また、冒頭・末尾の挨拶やテーマに直接関係ない部分は省略してあります。

 

【目次】

03/09屋外の生活がつらい

03/09心の病気とアセンションとの関係は

03/09宗教と先祖供養ことなど

03/09「宇宙暦」のこと

03/08音楽によるコントロールについて

03/08海外由来の有機食品が増えているが

03/08「アセンションUFO」のことなど

03/08タバコを手放せない「彼」

03/07意識と脳の関係

03/07「貨幣のない社会」への道のり

03/07「奇怪」な写真

 

 

03/09)屋外の生活がつらい

 

Q数年前から屋外で過ごすと非常に疲れを感じ、一日外で太陽に当たっていると翌日は頭がボーっとし、昼寝をしなければならないくらいです。

もちろん帽子をかぶったり、木陰に入ったりなど日射病の予防はしています。

若い頃はそんなことはなかったので年のせいかと思っていたのですが(現在30歳台です)、他の人に聞いても疲れるという人やそうでもない人と色々です。

天気がいい方が好きなくせに、太陽の光に当たるとつらくなり、ジレンマを感じます。

いつか街を離れて田舎で農業生活をするのが夢なのですが(夫の親が酪農家なので)、こんなことでは務まらないかと思っています。

子どもも小さく、なるべく外で遊ばせたいのですが、体がいうことをききません。

いま地球はフォトンの影響を受けているようですが、関係あるのでしょうか?

浄化作用のようなもので疲れを感じるのかと思ったり、それとも自分自身の波動が低すぎて、もう耐えられなくなってきているのかも、と思ったり・・・。

以前の私は暇な時間があれば必ずテレビを見ているような人間で、あまり自分の考えもなく流されるままの人生だったのですが、一年ほど前からテレビをやめ(なんて無駄な時間をすごしていたのか!と今では思います)、友人とも密に付き合うのをやめ、自分の考える時間を持つようにしています。

自分で自分の生き方を選べるということにようやく気づいて、無気力人生から開放され、ようやくのびのびと暮らし始めたところです。

こちらのような情報を見ていますと、以前の自分の波動はとても低かったと思うのです。ガイアに同調するまでには私のような人間はかなりの時間が(何年も)かかるのかもしれませんね。

 

Aご存知のように、人類の近代文明によって上空のオゾン層が大幅に破壊された結果、紫外線の影響がたいへん強くなっています。

破壊物質の排出自体は減ってきていますが、上空で起こる(破壊の)連鎖反応のため、オゾンの減少傾向は、まだ終息していません。

曇天でも紫外線の影響はあります。そこで外に出るときは、顔など皮膚の露出する部分の紫外線対策が必須です。

顔に塗るには、オリーブの「ヴァージンオイル」がお勧めです。これは、大きいスーパーなどで、食用として売っています。少量を手にとって満遍なく塗るようにします。あまりべとつく心配はありません。これで、紫外線のほぼ80%をカットします。

腕などには、例えばDHC(会社名)の「サンブロックミルク」などがいいでしょう。これはコンビニ(セブン・イレブン)で売っています。

DHCのヴァージンオイルもありますが、値段がバカ高いので、お勧めできません。

また、サングラスも使った方がいいでしょう。

疲れがひどい時は、ビタミンB1(アリナミンなど)を摂取してもいいでしょう。

 

おそらく、今のあなたの状況は、体の変化に伴なう一時的な現象だと思います。

あと数ヵ月、またはせいぜい1,2年で、屋外生活になじめるようになるでしょう。

 

03/09)心の病気とアセンションとの関係は

 

Q40歳台の男性です。実は4年くらい前より、うつ病になり通院し薬を服用しています。そして少しづつ調子も良くなってきたようです。
その一方で、僕の友人や知人にも同じうつ病やパニック障害といった“心の病”を持っている方が何人かいます。
更には現在の日本にはこの様な“心の病”を持っている方が大勢いるとの事です。
そこで一つ質問があるのですが、この様な“心の病”と“アセンション”との間には、何か直接的な関係はあるのでしょうか?

 

Aアセンションと、うつ病など心の病とは直接の関係はありません。
個別のケースは様々だと思いますが、一般的な要因としては、人々の意識が変わってくるにつれて社会・経済の情勢も変化して、これまでの価値観が通用しない時代になってきているという事実があります。
しかし、政治やマスメディアの世界にみられるように、未だにそれが社会の共通認識になっていません。
これは、世界の先進国に共通の現象です。

毎日野山や海に出て、採集なり栽培に精を出さないと食べていけないような社会では、こうした病はほとんどありません。
また「バブル」の頃は、誰がどういうやり方で事業を始めてもほとんどが成功し、雇用環境も完全な売り手市場で、みんながせわしなく働いていました。その分、地球(環境)や人体自身にも多大の犠牲を強いていましたが。
というわけで、いま大切なことは、古い価値観に自分を合わせようとしないことです。
価値観の刷新が出来ていない親族や周囲の者の期待を充足させようとして「がんばる」ことは、ますます自分を追い詰めることになります。
得点で言えば、せいぜい60点ぐらいにとどめることです。
そうしたなかで、少しずつ自分なりの進歩を確認していくようにするといいでしょう。
自然から離れないようにすることも大切です。

 

03/09)宗教と先祖供養ことなど

 

Q1私は以前ある宗教団体に関わって来ました。

ここ数年はそちらの方とも音信不通で、あらゆる活動もしてない状態なのですが、最近ではけじめをつけなきゃいけないと思っております。
ことの発端は、学生時代同級生に誘われての事でしたが、「霊感のあるおじさんが前世とか教えてくれる」と言われて行ったのがはじまりでした。
そこで言われたのは「先祖供養」。

なまじ何かの神を拝まされるのではなかったので嫌な予感を感じつつも断る事ができず、またその同級生からは「前に声をかけて最初は来てたけどやめちゃった(来なくなった)人は不幸になってる」とか「声をかけられた人は皆やらなきゃいけない人で、産まれる前に霊界に約束してきた」と脅しとも本当ともとれるような事を言われたので、どうしてよいか悩んでました。
でも、先祖供養をしたいという心は私の中にあり、上記の言い方には反発を覚え、間に挟まれていました。
元々団体に属するのが嫌いな私で、「色んな宗教がある以上、ひとつの団体に属するということは、表向き別の宗教を否定していなくても、他の人との間に壁をつくることになる」と思っておりましたので、何ごともなければ違った意味での「御先祖供養」をしたかったんです。
しかし、お世話になった事もあり簡単には縁を切るまではできずここまできています。いま現在、除籍になっているかどうかはわかりません。

でもそこから頂いた先祖供養の方法や総戒名、購入した仏具、などなど残っているものをどうしようかと悩んでおります。
その宗教は「アヌンナキ」の手先なのかもと思った事もあります。
私が宇宙人の話をする事を好んでおりませんでした。
でもいざやめるとなると、最初の脅しともとれる言葉が気になったり、今後どのようにご先祖供養をしたらいいのか、また関連する道具はどうしたらよいか、なにかアドヴァイスをいただけませんでしょうか?

Q2今度引っ越しをしなければなりません。九星による方位学が「風水」として最近流行っていますが、小松さんは「風水」や「方位」をどのように御考えですか?
地球に磁場がある以上、移動によって磁場の変化を体に受けたりという事が科学的で、統計によって吉凶を判断することはアリな気がしますが、果たしてその統計方法が理にかなっているのか非常に気になります。

Q3本文のどこかに「日本の神様」はポジティブな存在と書いてあったと思います。
神社にお参りすることはいかがなものでしょうか?
私は伊勢神宮にひかれます。行ったこともないのに何かにひかれるように「伊勢」へ行きたいと思い立ち、機会に恵まれて行ってみたら、やはり思ったとおりの所でした。
そして生まれたところの氏神様が伊勢神宮関係だったようです。
また、毎年伊勢神宮関連の近くの神様をお参りしてました。
上で質問した宗教に関わってから「憑依される」ことが多く、どうにも対処できないほどの時もありました。
現在は少しすっきりしておりますが、今度なにかあったら神社に相談してみようかと思うのですが・・・。

 

A1そのようなモノは、いわば「商売の小道具」で、あなたがそれを気にしないかぎり、あなたに対して何の作用力もありません。

いちおう、そのモノに対して、「これまでは、ありがとうございました。これからの私には必要がないので、処分させていただきます」と声をかけて、後は(焼くなり、ゴミとして出すなり)どのような形で処分してもかまいません。

そもそも、まともな宗教(今日ほとんど見られません)であれば、小道具など必要としないのです。

「けじめ」をつけることについても、あなたの心がけじめをつければ、それで終りです。

 

あなたの現実を決めるものは、あなたの思い(意識)以外にはありません。

したがって先祖供養も、あなたの意図によって行うのが本来のやり方です。  

お分かりと思いますが、あなたの先祖(の魂)は、いま現在も実在しています。そして、どの魂も、多かれ少なかれ、(適当な機会に恵まれないまま)未清算のカルマを抱えたままでいるはずです。

それが、あなたにも影響しているので、あなた自身の今生でのカルマの浄化と併せて、先祖のカルマの浄化を意図するようにするといいでしょう。

浄化すべきカルマは、それぞれ(の先祖)が属した国家や社会の状況、職業や地位、家庭の環境などによって、それこそ千差万別といえるでしょう。

例えば、戦争に絡んだ殺害や傷害、動物の虐待、私利私欲のための他者または自然からの搾取、地球への有害物の廃棄排出、他者との間に生み出した不調和などなど。

それらを考えられるかぎり列挙して、個別に浄化を意図するか、または「全てのカルマ」をまとめて、浄化を意図するかです。できれば、前者がお勧めです。

典型的には、次のようにやればいいでしょう。

私は、**についての、私自身と私の先祖のカルマを解き放つことを意図します。

私は、私自身と私の先祖の、全てのカルマを解き放つことを意図します。

 

なお、以上の話とは別に、先祖の中に「未成仏霊」がいる場合があります。これについては、下記を参照してください。

Q&A'02e」(02/06)迷える先祖霊にどう対応するか

 

A2例えば、この時期に住むのに適した場所かどうかの違いは、間違いなくあります。また、自分に適しているかどうかという区別も、多少はあるでしょう。

しかし、「方位」や「風水」というものを、私はまったく評価していません。

むしろ、「カタカムナ文献」の方が、宇宙的な原理に適合しているとみています。これについては、Webの中にも情報があるでしょう。

 

A3日本民族が関係する非物質界の「日本霊団」というものはありますが、神社がそれに対応しているというわけではありません。

あなた自身が「神」であり、「自分の現実は自分が創る」ことを忘れないでください。

 

03/09)「宇宙暦」のこと

 

Q1天候不順、ワーム騒ぎ、ニューヨーク大停電、凶悪な事件の多発、など、まるで吹き出すように様々な出来事が現われています・・・。
これも、アセンションの前に必要なことなのでしょうか。
アセンションを意図して生活をするよう努力していますが、ふと心弱くなることがあります。そんなとき、宇宙暦を見て一日の行動の」指針としています。ホームページに掲載されている暦の新年度版をお願いできないでしょうか。自分で作成すればよいのですが・・・。

 

Q2「宇宙暦」の見本が2002年夏で終わっておりますが、2003.7.26時点で「12Ma, 0Pop,12Ma」で間違いないでしょうか?

 

A1ご自分で作ってみてください。
Q&A
で解説したことがありますが、それほど難しくないはずです。
勉強にもなるでしょう。

Q&A02c」(02/03「宇宙カレンダー」の急所

アセンション・オンゴーイング[3]新しい「時」を泳ぐ

 

A2その通り、宇宙暦で「12Manik」の年の元日に当たる2003726日は、「12Manik, 0Pop,12Manik」です。

 

03/08)音楽によるコントロールについて

 

Q昨日「ガイア・アセンション」のHPをみて、『プレアデス 銀河の夜明け』という本を知り、(私には珍しくないことですが)本が呼んでいると感じて近所のブックオフに出かけ、まるで当たり前のように買ってきて一気に読みました。

 

私にとってこの本は長年感じていた疑問を解決するもので、宗教、特に聖書に関する違和感の原因がすっきり解消されました。

 

そこで質問なのですが、私は子供のころから宗教に関する限界のようなもの、「宗教を信じても別な苦しみが発生するだけ」という考え方に取りつかれていて、「自分はとても罰当たりなのではないか」と思っていました。

大学はキリスト教系だったのでキリスト教学を学び、聖書を読み、理解しようと努力しましたが、私の中の何かが「出エジプト記」を読むと大反発するので、それどころではありませんでした。

 

今回ようやく「反発」の原因がわかった次第です。

自分でインプットしてきたということなのでしょうか?・・・つまり「コードを外す」要因のひとつとして。

 

まだ混乱しているのでうまく言葉にならないのですが、「敵」の手ごわさといったら、すごいじゃないですか。

宗教による管理システムは、まだまだ強力に稼動中ですよね。

私たちは、とにかく「持ち場で自分の仕事を懸命にやる」しかないんでしょうか?

なんだか映画「マトリックス」を思い出してしまいました。

自分のハイアーセルフがいかに「気をつけろ」とメッセージを送っていても、古い概念や価値観は、私たちの自然な感情をさえぎってコントロールしようとしてきます。

 

私はいま、極力TVを消しています。

食べるものにも注意をはらっています。

でも、音楽が好きなのでCDはよく聞きます。

・・・ただ、(クラシックも聞きますが)モーツァルトを聞くと居心地が悪くなるし、ヒーリングミュージックも脂汗が出そうになります(歯医者の待合室でなら癒されるかもしれませんが)。

ヒップホップやレゲエ、ソウルミュージックが私の定番なのです。

こういった音楽でコントロールされるのも癪なので、もし小松様が音楽とコントロールの関係について知っていらしたら

教えていただけると幸いです。

 

A「ヤミ評論家(これは労多く稔り少ない仕事)」を目指すのでないかぎり、これからは、ヤミに意識を向けないことが賢明です。
誰でも、ヤミとまったく無関係に一生を送ることができるのです。
波動の性質は、それぐらいシンプルです。
一方、ヤミを商売にするメディアとヤミへの関心から離れなれない大衆との相互作用が、けっきょくはヤミの思う壺に嵌まっている状況はご存知の通りです。
音楽は、自分の感性に合うものを選択できるし、レストランなど(バックグラウンド・ミュージック)もそうです。

 

03/08)海外由来の有機食品が増えているが

 

Q「食」に関してです。
有機野菜や近辺の自分に合った波動のものを、口にするのが大事なのはわかります。

といいますか、自分の波動値が「非常に」高ければ、そのような心配事さえ不必要なものなんだとも理解していますが、いかんせん、まだまだ途上の身。
その身には少しでも波動値の高いものを選択し、自分の波動値が影響されないように腐心しなければならないのですよね。

そこで今、「選択」する際に迷ってしまうのが、「有機食品ではないが国産の食品」と「有機食品であるが外国産の食品」なんです。

ここは、どのように考えたらよろしいでしょうか
かなり身の回りでは有機食品が増えてきておりますが、同時に外国産のものが多いことにびっくりしています。
小松さんならば、どちらをどのような基準で選ばれますか
やはり農薬を使用しているというだけで、かなりのダメージを、そのものは与えているのでしょうか。

全てに感謝して頂いていれば問題ないのでしょうが、「家族の食」を任されている以上、「頂く」前の段階、「購買」の段階で迷っています。

 

A有機食品については、たとえ海外の生産地の定義で「有機」であっても、その後の輸送・流通プロセス(ポスト・ハーベスト)の実体については、ほとんど情報がありません。
また食品は、すべて鮮度が「いのち」です。
したがって、国産で、出来るだけ近場でとれたものを優先するようにしています。
「有機」にこだわりすぎると、食べるものがなくなってしまいます。
例えば野菜など、よく洗うようにすればいいでしょう。
なお、下記も参考にしてください。
時代の分水嶺[第3回] いま私たちの「食」はどうなっているのでしょうか?

 

03/08)「アセンションUFO」のことなど

 

Q先日、北海道のキリパ、アナカに行ってきました。

とてもきれいなところで気に入りました。事前に本池さんの本も読んで行ったんですが、コミュニティーで聞いたことや本の内容などで何点かわからないところがあります。

 

・地球はいま「アセンションUFO」の中にいて、地球人全員が、いまアセンション中だというのは、小松さんはどうご理解されてますか?

・電磁波に対しての悪影響はもう解除されたそうです。

・ コアというのはいままで聞いたことが無かったように思うのですが、何でしょう。コミュニティーの方に聞いたんですが、うまく説明できないそうです。

コミュニティーの住人は選ばれた特別な人間だそうです(そういう思想には反感を覚えます)。

 

私はアセンションすることを切望しているんですが、アセンションに関しての情報もさまざまな情報が入り混じってるように思います。

私は、今まで、『アウト・オン・ア・リム』にはじまり、プレアデス系のチャネッリング本:『地球をとく鍵』『かく語りき』バーバラ・マーシニアック、『覚醒への道』アモラ・クアン・イン、『銀河の夜明け』バーバラ・ハンド・クロウ、『聖なる予言』、『第十の予言』、『人生を変える力 第十一の予言』、『ローリング・サンダー』、『ミュータント・メッセージ』などを読み、大変影響を受けてきたんですが、最近読んだ『プレアデス 銀河の夜明け』(バーバラ・ハンド・クロウ)は、私には難しくて理解しづらい部分も多く、表現もすごく乱暴な感じがして、はじめは怖くて読むのにとても抵抗を感じましたが、読み進むうちに、すごい情報量で、今までわからなかったことの多くがつじつまが合ったような気がします。

小松さんは読まれましたか? まだでしたらぜひ本で頂きたいです。

どのように感じられるか知りたいのですが。

 

Aどれも、ごもっともな質問だと思います。
1.(アセンションUFO):アセンションについての、ユニークな情報の1つとして評価しています。
地球という貴重な「種子」を(期限内に)無事に「孵化」させるのに、いわば幕で包んだ相対的に安全な領域を造って、その中でアセンションを進行させるというのは、なかなか的を射た「仕掛け」だと思います。
そしてその中で、(5層→6層→7層のように)順次より高い「階層」へ移っていくというのは、他方では地球自体が、「スター・ゲート」を通過しながら、段階的にアセンドしつつあるという別の情報とも符合します。
この意味で、言葉の使い方としては、「アセンションUFO」よりも「アセンション・コクーン(まゆ)」の方が、その機能や目的からみて適切ではないかと私は言っています。

地球の物理学が教える限定された視点では、宇宙の本質を理解することは困難です。
私たちが知覚している物理的現実(物質界)の実相は、「天」と「地(の存在たち)」が共同で創造し保持している、波動で出来た「スーパー・ホログラム空間」です。
これは、宇宙の様々な存在の勉強のために、特別に創られた領域と言っていいでしょう。
対象物と人間とが同じ波動レベルにあるため、感覚器官の主観的認識によって、一般に知られているような世界像が実在しているように見えているに過ぎません。
どちらかというと「幻想」に近いものですが、(勉強がよく出来るように)「場」の役割として、それを感じさせないように巧妙に創られているのです。
しかしそれは、集合の意識と「天」のサポートによって、どのような形にでも変化し得るものです。

「階層」や「スター・ゲート」のような階梯については、次のように理解してください。
バルセローナにあるアントニオ・ガウディの有名な「サグラダ・ファミリア聖堂」の、「トウモロコシのお化けのような鐘塔」の螺旋階段を黙々と登っていく人は、連続した果てしない道のりを歩むように感じます。
しかし、鐘塔を外から観察すると、螺旋階段を登る人は、一周する毎に1段高いレベルへ昇っていることが分かります。

波動の概念の1つとして、これを「エネルギー・スパイラル」と私は呼んでいます。
例えば地球人類は、エネルギー・スパイラルの或るレベルの、「半周」の間に存在しています。その中で、愛し合ったり、「戦争ごっこ」をやったりしています。
多少の個人差はありますが、大まかにその半周が、私たちが見たり聴いたりして、知覚できる範囲です。それが存在する全てだと、人類は思っているのです。
アセンションのプロセスは、エネルギー・スパイラルを上方に向かって歩むことです。
今は、多かれ少なかれ人類の全体が、近傍宇宙全体と共にアセンドしつつあります。
つまり、エネルギー・スパイラルを上方に向かって移動しつつあります。
したがって、私たちの現実認識は、いずれ大きく変わってくるでしょう。

2.(電磁波):ある波動レベルを達成した人に対して、低レベルのウイルスが影響しないように、電磁波も人体も本質は波動なので、レベルの「ずれ」が大きくなると「干渉」が起こりません。いわば、それぞれが別の空間に存在するようになるのです。
しかし現時点ではまだ、それを(人類全体に)一般化して言える段階ではないとみています。

3.(コア):「神」としての人間の「本質」または「本体」、つまり個別の体験を求めてやってきた根本創造主の一側面、という程度の理解で十分でしょう。
一般に言われる「魂(ソウル)」についても、同じように定義しています。
高度に進化した存在(いわば「光の存在」)が特別の目的を持って人体に宿る場合、その「意識」のことを「コア」と呼ぶこともあるようです。
この場合、(今生で)肉体として誕生した当初から「コア」が宿っている場合と、適当な肉体を探して後から「コア」が宿る場合があります(ここで肉体というのは、正確には、いわゆるライト・ボディー[光体]など、それに付随する構造を含みます)。
後者の場合は、「先住者」の了解を得て、その肉体に入るわけです。
そして「先住者」は、その肉体を離れて「新しい意識の冒険」に乗り出すこともあるでしょう。または、「主操縦士」の役割を新しい「コア」に任せて、その「お手並み」を拝見しながら、「副操縦士」などの地位で、共に勉強する道を選ぶこともあるでしょう。
肉体は「乗り物」なので、様々な存在が「相乗り」することが出来るのです。

これと混同しやすいのは、「憑依」のケースです。
こちらは、低レベルのネガティブな「意識」が、「先住者」の了解なしに入り込んできて居座るので、無秩序状態となるわけです。
これにどう対処するかは、また別のテーマです。

4.(選ばれた存在):誰がそれを言ったか知りませんが、どんな存在でも(「神」でさえも)、本人の意思と無関係に人を「選ぶ」ことはできません。
「選ばれた」というより、「自分が自分を選んだ」のです。
「自分の現実は自分が創る」というのが普遍的な真理です。
こうした場合の典型的なケースは、「生前」に、魂のレベルで約束をしていて、それを意識的または無意識的に「思い出して」集まってくるものです。

5.(『プレアデス ― 銀河の夜明け』):購入して最初に読んだのは、何年か前のことです。
シリウスやプレアデス、またアルクトゥルスなど、それぞれが持つ地球へのカルマの償いとして、あるいは彼らが持つ普遍的な愛によって、それぞれの立場から人類に伝えようとする真剣なメッセージの1つだと思います。
あまりディテールに捕らわれず大意や本旨を汲み取るようにすれば、参考になることが多いと思います(宇宙情報の万華鏡です)。
アヌンナキを「ニビル人」などと別の種族のように描写して、彼らを放逐した「親元」の責任を回避しようとする姿勢には感心しません。
プレアデスは、アヌンナキが地球を舞台に遂行した「悪行」の巨大さを知り尽くしているだけに、「仲間」と認めたくない気持ちは理解できないではありませんが---

宇宙から伝えられる過去・現在・未来のファクトというものは、視点が違えばまったく別物になったり、(過去のものでさえ)時々刻々変化したりするものなので、どんな情報も、それを絶対的なものとみなして、のめり込むことは危険です。
全ては相対的なもので、有為転変する宇宙の1断面についての、1つの視点を表すものに過ぎないと考えましょう。
それらは、地球人の迷妄(固定観念)をブチ破るのに過渡的に必要なものですが、すでに迷妄を脱した人にとっては、大して意義のあるものではありません。
山のように情報を集めたところで、1歩も前進していない自分を発見するだけでしょう。
大切なのは、そうした情報が伝えようとする精神(こころ)です。
それには不変の真理が含まれており、私たちがアセンションのために活用することができるものがあります。

 

03/08)タバコを手放せない「彼」

 

Q今ある一点で思いあぐねているところです。
もしよろしければコメント頂けたら嬉しいのですが・・・。

それは「喫煙」に関してです。
お互いにとって非常に縁深く感じている人がいるのですが、その彼が喫煙から離れられません。

以前、お互いの時間が取れた時は、喫煙はしていませんでした。
いわゆる非常にバランスのとれた時間をお互い持てていました。

それが互いの事情により、現在、会う事もなかなか困難な状況です。
私にしてみれば、一種の現実逃避のように感じますので、それを電話口なので言うのですが、受け止めてくれません。

小松様のHPにもあるように、単純にアセンション目指していれば、喫煙なんて話題にも上らない事柄だと思います。
彼はアセンションのことは理解できていませんが、以前は私からみれば、自然と共に、自分に正直に生きていたので決して外れた人ではないと思っていました。

Q&Aにも散見しますように、アセンションを強制は出来ないとは十分理解しています。
彼の選択いかん、例え今理解できていなくても、その時がくれば、自分に正直で柔軟な心さえ保っていれば、受け入れてくれるものと信じています。

結局は私が焦点ぶらすことなく向かっていれば彼の為にもなるんですよね、ひいては人類の為なんですよね。
ただ残念なんです。

 

A喫煙については、お互いの事情により「会うこともなかなか困難な状況」では、あなたにとって「実害」はあまりないでしょうね。
しかしあなたの側に、相手の喫煙についての懸念があるようなので、この際、喫煙についての一般論を整理してみましょう。
これは、たいへん根が深い問題なのです。

将来にわたって深く付き合っていくパートナーを前提として考えると、直ちに現実問題が浮上してきます。
「副流煙」による「受動喫煙」の問題はご存知と思います。
例えば、レストランや列車で、「喫煙」にするか「禁煙」にするかという選択です。
また、クルマや部屋の中で、タバコを吸うか吸わないかということもあります。
この場合、喫煙者が、相手に忍従を強いるか、自分に忍従を強いるかのいずれかになります。
しかし、自分に忍従を強いるくらいなら、そもそもタバコを吸わないか、早い時期に禁煙するかしているでしょう。
実際には、相手に忍従を強いているのに、それを重く受け止めていないというケースが多いと思います。

男性の喫煙率が圧倒的に高い日本の田舎では、女性の側が忍従を引き受けるパターンが「定着」しており、それが若い世代にも「継承」されているようです。
一方、男性の喫煙率が下がるなかで女性の喫煙率が上昇して、若い男女の喫煙率が接近しつつある都会地では、喫煙者同士のカップルと非喫煙者同士のカップルが自然に形成される傾向が見られます。
日常の「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)」に直接関わる問題なので、自立した男女の間で、「喫煙者と非喫煙者のカップル」が成り立つ枠は、たいへん狭いと言えるでしょう。

そこであなたの場合、「非常に縁深く感じている」ことが、あなたが組み立てた幻想でないかどうかのチェックをすることをお勧めします。
つまり、「真実のパートナー」かどうかを見極めるわけです。
その上で、なお交流の継続を望まれる場合、あなたの「愛ある説得」の参考になりそうなことを列挙してみましょう。
それらを、どう活用するかは、あなたの腕次第です。

喫煙と肺ガン、喉頭ガンそして心臓病との関係は、つとに有名なので省略しますが、実際にはもっと大きい広がりがあります。
例えば、検索エンジンGooglewww.google.com/)で、「肺気腫」を検索して、どのサイトでもいいから読んでみてください。

世界一厳しいと言われるカリフォルニア州の禁煙法では、1995年からオフィスやレストランでの喫煙が禁止されていましたが、1998年からは、バー、カジノ、そしてレストラン内のバーでの喫煙も禁止されました。
この立法の最大の動機は、それらの場所の、従業員の健康を守ることです。
日本の喫煙者で、レストラン従業員や列車の車掌、また車内販売従事者の健康を気遣う人が、はたして何人いるでしょうか。
ちなみに、カリフォルニア州の喫煙者は18%、つまり82%が非喫煙者です。
日本では、2002年のJT(日本タバコ)調査で、喫煙者は31%(男性49%、女性14%)でした。
日本の男性の喫煙率は、1965年には8割を超えていました。その後かなり急ピッチで下がってきて現在に至っています。
日本でも、「タバコを吸える場所」はどんどん減っていくでしょう。

一般に喫煙者は、いわゆるアクティブなタイプの人が多く、自分にとっての「有益な時間」を狭く捉える傾向があります。
つまり、自分が場の状況を主導している時間は「有益」とみるけれど、人の話に耳を傾けたり、場の流れを観察したりしている時間は、「有益でない」様な気がして落ち着かないのです。
そこで、「間が持てない」ので、タバコで紛らわすことになります。
実際には、前者の時間は、自分にとって新しい学びが少ないのに対して、後者の時間は、新しいものを吸収することが多い「有益な」時間なのですが---
こういう方には、戒律の厳しい禅寺で生活してみることもお勧めです。
「タバコのない時間」を体験すると同時に、時間の流れへの身の置き方を学ぶという、一石二鳥の効果があるでしょう。

以上は、まだ「ニコチン中毒」に至っていない人を想定しましたが、中毒の方には、中毒者特有の「生理現象(禁断症状)」が上乗せされます。
これに対しては、禁煙ガムや禁煙パッチなどによる対処法もあります。

 

03/07)意識と脳の関係

 

Q大学病院でPETMRIなどを使って脳の画像を調べようと思っています。

両親は私の幻聴・幻覚を統合失調症だと判断していますが、私は霊障だと認識しています。

詳しい事は解りませんが、統合失調症の患者は、脳になんらかの異常があるようです。

もし、脳に何らかの異常が見付かれば、両親の言うように、素直にメジャー・トランキライザーを飲んで治すつもりです。お伺いしたいのは、意識と脳の相関関係です。

薬を飲むと幻聴・幻覚がおさまったり、精神状態が良くなったりする事を考えると、意識と脳は密接に結びついているような気がしますが、意識は体のどこに宿っているのですか?

 

A地球文明は、「コンピュータ、ソフトが無ければただの箱」と言われるように、コンピュータの本質については完璧に理解しているのに、肝心の(医学的にみた)人間の本質については、「ハードウェアだけの存在」という破天荒な認識に固執しています。
人類のあらゆる問題の根源がここにある、といっても過言ではありません。

人間の脳は、コンピュータのCPUCentral Processing Unit:中央処理装置)に相当します。
脳をどんなに分解しても、CPUと同じように、「回路」以外のものは何も見付からないでしょう。人間の脳は、どんなコンピュータもかなわない高度の性能を持ってはいますが、しょせんは「ハードウェア」です。
「ソフトウェア」つまり「意識」と組み合わせなければ、何の機能も発揮しません。
というよりも、全体を統御しているのは、コンピュータ・システムと同じように、ソフトウェア(意識)なのです。
意識は、人体の全体を、包み込むように存在していると考えればいいでしょう。

向精神剤としての「抗精神病剤(メジャー・トランキライザー)」は、簡単に言えば、ハードウェアとしての脳の作用を減殺するクスリです。
ソフトに何か問題があるとき、ハードの機能を部分的に殺して、いわば「愚鈍」にしておけば、大きい問題を避けられるという発想です。
但しこの場合、ソフト(意識)の存在を最初から否定しているから、病因がハードにあるとしか考えられないので、あの手この手でハード(脳)の「愚鈍化」を追求して、患者の病状に変化が見られると、治療薬として「有効」ということになるわけです。
こうした「有効な」クスリが、山のように「発見」され登録されています。

人間の本質を外した、こうした治療法が、本質的な問題解決にならないことはお分かりと思います。
ハードとしての脳は極めて柔軟な組織なので、極端な外傷でも受けない限り、機能がおかしくなったりすることはありません。
右脳か左脳の一方が欠けても、いつの間にか両方の機能を片側がカバーしていたというレポートすらあります。
医学が脳の問題とみているものの大半は、実際はソフト(意識)の問題なのです。

あなたの場合、きっかけが何かは別として、おそらく意識にダメージを与える生活を永年続けてきたことが根本原因だと思います。霊障(憑依)があるとすれば、同じ原因からです。
したがって、「意識の正常化」に真剣に取り組む必要があります。現在は、まだその途上というところでしょう。
しかし、頂いたメールの文章からは、本質的な欠陥ではないように思います。
クスリで対処することは、すでにあなたの悩みの種になっているように、根本的な治療に結びつかないだけでなく、クスリからの離脱がまた難題となります。

 

03/07)「貨幣のない社会」への道のり

 

Q1経済については明るいほうではないのですが、ひょんなことから「地域通貨」とうことや 『エンデの遺言』(根源からお金を問うこと)という本が出版されたと知りました。
経済をまったく新しい感覚で創造していくヒントになるのかなという気がしまして、メールしたしだいです。
貨幣に対する意識を変えることはできるでしょうか。
ぜひ小松さんのお考えをお聞かせできれば、ありがたいと思います。

 

A1貨幣は、それ自体の作用力を人間に及ぼすので、貨幣に依存している限り、この世界の本質は変わりません。
目指すべき方向は、奉仕を基本に置いた、貨幣のない世界です。
その前提として、第1に人間の意識が変わること、第2に社会が十分な生産力を持つことがあります。
後者に関して言えば、我欲追求と巧妙に偽装された搾取(富の偏在)によって動いている現在の資本主義市場経済は、極めて複雑で非効率なシステムです。
その結果、世界全体として資源も生産力も足りないかのような外観を呈していますが、それは事実ではありません。
奉仕を基本にしたシンプルなシステムのもとでは、資源も生産力(労働力)も、この地球には十分にあることが分かるでしょう。
目標は、あくまでも貨幣(金融)から離脱することです。
ただ過渡的に、「ローカルマネー(地域通貨)」のようなものが役割を果たす局面もありえますが、それは目標とすべきものではありません。

 

Q2早速お返事をいただきありがとうございます。
小松さんのお考えになる「奉仕を基本に置いた貨幣のない世界」についてもう少しお聞かせいただけたらうれしいです。

具体的な構想をおもちですか。
いずれ貨幣に依存しない世界が訪れると思われますが、もっとはっきりイメージできる形にして提示できたなら、実現は加速されると思います。

まず、「奉仕」とはどんなものでしょう。人によってイメージする「奉仕」には違いがあると感じています。小松さんのおっしゃる奉仕とは見返りを求めないのでしょうか。

次に、前提としてあげておられる「人間の意識が変わること」について、意識がどのように変容していくことを望まれますか。
意識が変われば、第2の前提「社会が十分な生産力を持つこと」は容易にクリアすると思われます。

「奉仕を基本としたシンプルなシステム」をぜひ創りあげていきたいものです。

 

A2意識が変わることが先決、というより「すべて」です。
私のホームページは、全体としてそれに捧げているつもりです。
アセンションが目標とする路線からは、「貨幣(金融)」と「欠乏」によって「鍛錬」された論理的頭脳が、納得するようなものは何ひとつ出てこないでしょう。

そこで、現在の社会から「次の社会」へ移行するには、一種の「量子跳躍」が必要になりますが、それは、意識の変革を遂げた者が「臨界数量」を達成した時、半ば自動的に起こるでしょう。
「気がついた時には変わっていた」という感じです。
その段階になれば、新しい社会システムを構築するのに何の苦労も要りません。
宇宙には「先進モデル」がいくらでもあるので、それらを参考にして、地球人独自のものを追加していけば足ります。
人類の意識は全体として急速に変わりつつありますが、まだ「その時」は来ていません。
現時点で、そうしたものをイメージとして提示しても、大きいインパクトにはならないでしょう。

先進社会での「奉仕」とは、「無条件の愛」に近い概念です。
そしてそのなかにも、「授受のバランス」はあります。
富や資源の「収奪」や「集中」は消えて、「欠乏」はなく「豊富」が行き渡っている社会でのことです。
そこでの授受の対象は、モノばかりとは限りません。
例えば、芸術的表現を差し出して、その見返りに「賞賛(「気」のエネルギー)」や「愛」を受け取るわけです。
「授」が先行して、「受」が結果としてついてくる、という感じになるでしょう。

 

03/07)「奇怪」な写真

 

Q沢山の質問が寄せられる小松様にお尋ねしてよいものかどうかと迷いましたが、ではどちらへ・・・という当てもなく、困りました。
それは、テレビなどではよく特集されるものの自分とは無縁だった、奇怪に感じられる写真が初めて撮れてしまったことについてです。
どう対処して良いのかわからず、結局はこうしてお便りすることに致しました。

それは、先日家族で参りましたホノルルの、Hという巨大 ホテルの一室で夫を撮ったものです。
ただ、私にはこの1枚を撮った記憶はなく、そうすると、4歳の息子がシャッターを 押した?としか思えないものですが・・・。

着いた初日、ベッドの上にあがっていた息子が、座るか何かしてそこから撮ったようで(息子は時々写真を撮りますが、かなり上手に、ぶれずにフレームの中央に被写体 を映します)写真の手前3分の1は、ベッドのすその方が映っています。
その向こうに、180cm位の高さの引き出しがあり、その前で夫は、カメラのある方に背を向けて、ちょうど夫のふとももの真ん中くらいの所の高さの引き出しをあけ、かなりうつむいて(下を向かないとできない作業です)、中に洋服をしまっている、その後ろ姿を、やや左側から撮ったものです。
ところが、夫の肩の上に、・・・首も頭もないのです・・・・。
・・・・もしかしたら、背を向けて思いっきりうつむいている後方2m位から、子供が見上げるような目線で撮ると、物理的(?)に、目の錯覚というか、いたずら のようにこうした写真が撮れるのかもしれませんよね。きっと、そうなのだと思います。
そうであってほしい・・・と、思います。
でも・・・あまりにも、全く、首筋すらも映っていなくて・・・黒いTシャツを着ているのですが・・・ぷっつり、その上に何もなくて・・・。


よく見ると、キャラメル色(キャメル色?)のその引き出しの、夫の肩やあるはずの頭の前あたりだけ、白っぽいもやの様な煙のようなものが20c m位の大きさでしょうか、ぼんやり色がかかっているのです。やや離れた壁にも白っぽい、こちらの方も大きさ は同じようですが、形はかなり円に近いものが映っていて、光の加減かもしれませんが、それもまた奇異 な気がして・・・。
この一枚を見て、思わず声を失ってしまいました。

ただの、目線によるカメラのいたずらかもしれない、自分や夫が気持ちを明るく輝かせていれば何も気にしなくてよいのかもしれない けれど・・・でも、もし、何か意味があってこう映ってしまったとして、この写真は、きちんと対処しないといけないのかもしれないものなのでしょうか・・・。

実は 昨年暮れから夫は仕事でかなり心的に苦労をし、そんな姿を見ていて、1月にS寺に1人でお参りに行った私は(普段、そうしたことはしないのですが・・・)そこで、500円の、紫のひもで首から下げる小さな木の札のお守りを思わず買って帰ったのです。
(お陰様で、5月頃からようやく一段落つきましたので、ハワイに行く前には、親子3人で、お礼参りに行って来ました。)
普段そういったものには興味を示さない夫が、その札はそれから毎日身につけていてくれ、しかも 「これはすごく効くね。でも、家にいると自分が強くなりすぎて家族の体調 が悪くなっている気がするから家でははずすよ」と、それ以降、会社に行くときは毎日付けているものを、お守り代わりにハワイ旅行にも付けていったのです。
毎日管理をしていて、帰国前日まではあることを確認していたつもりだったのに、帰国便の中で、ふと、そのお守りがないことに気づきました。
あのお守りが、なにか、身代わりとなって、夫に起こるはずの何かを引き受けてハワ イに残ってくれたのかしら、などとも思ったり・・・。
(中略)
夫は、表面上は、「うつむいているからこう撮れたんだよ」と言ってはいますが、やはり、いい気持ちはしていないようなのが感じられます。
(中略)
それこそ、S寺にお払いしてくださいませ、と写真を納めにいった方がいいものか・・・。

テレビで霊能者のような方々がアドバイスしているような、例えば、自分で燃やすとか、お清めをする、ようなことをするべきものなのか・・・するにもその方法がわからないのですけど・・・。

申し訳ありません、写真をお見せしているわけでもないのに、こんなことをご相談してしまいまして・・。
お忙しい中、本当に申し訳ありません。
急ぎませんが、いつか、お時間のありましたときにアドバイスを頂ければ有り難いと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

A写真は、おそらくお子さんが、低い位置から上向きに撮ったものでしょう。
こうした角度の写真は、大人がとても想像できないイメージを造ることがあります。

一方、「円形の白っぽいもの」については、可能性は2つあります。
第1に、カメラのレンズのいたずら。中心近くに明るい光源(例えば電灯スタンド)があって、周辺部とのコントラストが大きい場合に、そのようなものが現れることがあります。その場合、やや距離を置いて2つ現れます。
第2に、写真のフィルム(またはデジカメの受光体)の感度域のエネルギー体が、たまたまそこに存在した場合です。
2つ現れていることから判断すると、前者の可能性が高いと思います。
したがって、あえてその写真を処分する必要はないと思います。普段はあまり見ないような場所にしまっておけばいいでしょう。
大切なことは、「奇怪」だ、などと思わないことです。

ところで、あなたの本質は「神」の分魂で、あなた自身が「神」であり、創造する存在だから、「お守り」のようなものは必要でありません。
意図によって、自分の現実を自由に創造することが出来るのです。
「お守り」のようなものは、「効く」と思えば効くし、「効かない」と思えば効きません。
自己暗示や催眠法の効果と同じで、「神」としての創造性の一部です。
「お守り」を持つことは、自分の創造力を信頼することが出来ず、自分の外に「神」を求める姿勢につながります。

 

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