松竹は昨年11月に「歌舞伎座さよなら公演」を記念して「好きな歌舞伎20選」のアンケートを実施した。1位になったのが「勧進帳」。応募総数1万5971通の中で1852通を集め、2位の「義経千本桜」の931通を大きく引き離した。人気の理由はどこにあるのか。【小玉祥子】
「いちずな男の生き様が描かれているからではないでしょうか」と話すのは中村吉右衛門さん。2月の東京・歌舞伎座夜の部で「勧進帳」の弁慶を演じる。
兄の源頼朝に疎まれて逃亡する身の義経は、弁慶らとともに北陸の安宅の関に至る。関守の富樫は、山伏姿の一行を義経主従と疑う。疑念を晴らそうとする弁慶は、荷運びの強力姿の義経を「疑われるのは、おまえのせい」とののしり、杖(つえ)で打ち据える。富樫は義経を思う弁慶の心に感じ入り、一行を通してやる。
能の「安宅」をもとに七代目市川團十郎(だんじゅうろう)が歌舞伎化し、初演したのは1840年。團十郎家の家の芸である「歌舞伎十八番」に収められた。題名は、「東大寺再興の勧進のための山伏」と偽る弁慶が、富樫の疑いを晴らすために白紙の巻物を「勧進帳」として読み上げる場面に由来する。
吉右衛門さんは「『歌舞伎十八番』のほとんどは、超人的な人間が活躍する作品。その中では珍しく心理劇的な部分がある。それも人気の理由でしょう」と話す。
弁慶役は七代目團十郎から九代目團十郎へと引き継がれた。さらに弟子の七代目松本幸四郎が大正、昭和を通じてのあたり役とし、生涯に1600回以上演じた。七代目幸四郎は吉右衛門さんの父方の祖父だ。
能から素材を取り込みながら、より劇的な色づけが施されているのが特徴だ。関の通行を拒否された弁慶たちが祈る「ノット」▽白紙の勧進帳の「読み上げ」▽富樫の山伏についての疑義に弁慶が答える「問答」▽弁慶の義経への「杖折檻(せっかん)」▽義経が弁慶に謝意を表す「判官(ほうがん)おん手を」▽富樫が酒を振るまい、礼に弁慶が舞う「延年の舞」▽弁慶が花道を入る「飛び六方」。
見せ場の連続だが、中でも吉右衛門さんが一番難しいと感じるのは、「判官おん手を」だという。「義経と弁慶、四天王の強い結び付きが、この場面に凝縮される。義経と弁慶の主従を超えた情景が出せればと思います。それがこの作品の眼目です」
吉右衛門さんの夢は80歳で弁慶を演じること。「実父(松本白鸚(はくおう))は思いを内に秘めた弁慶で、人間性と修業の成果が演技に出ていた。私もたゆまずやっていけたら、80歳でみなさんに納得していただける弁慶ができるかもしれません」
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2月歌舞伎座公演は1日から25日まで。富樫は尾上菊五郎さん、義経は中村梅玉さん。問い合わせは03・5565・6000へ。
毎日新聞 2009年1月31日 東京朝刊