|
抜身で通した非拘束名簿
「他の法案をすべて犠牲にしてもこれだけはやらせて貰う」−これは、参院比例選への非拘束名簿方式を導入する公職選挙法を巡って与野党が対決し、与党のみで片肺審議に入った頃の自民党参議院首脳の発言である。事実、与野党折衝の最前線にあった私の耳にも、「与党は、公職選挙法、健保法、あっせん利得処罰法の3法案を与党単独で成立させ、その後半月くらい国会を空白にして、世論の批判を野党に向けさせる作戦に転じた」といった情報が飛び込んだりした。まさに数の力をバックに押しに押しまくる与党の国会運営である。その通りに衆院での公職選挙法の審議も僅か3日で打ち切られ、来年の参院選での非拘束名簿方式の導入が決まった。
もともと、今臨時国会は、少年法、警察法、健保法、あっせん利得処罰法、永住外国人選挙権付与法といった、国民の関心も高く処理も先送りされていた重要法案を審議するために召集が決まったものである。にもかかわらず、「この話(非拘束名簿方式)は火砕流のように落ちてきた」−これは、与野党合意を反故にして10ヵ月後にせまった選挙のやり方をなぜ変えるのかとの野党側の詰問に対する与党首脳の返答である。ちなみに、この発言の主は非拘束名簿方式に最後まで反対した有力者の一人とされている。
非拘束名簿方式への切り替えは、次期総理候補と目される自民党反主流派の大物政治家(この問題の発端となった久世前金融再生委員長は同じ派閥の一員である)が提唱し、公明党トップが呼応したことで、自民党執行部が乗ったものとされている。非拘束名簿方式こそ、総選挙で敗北し党内若手議員の反乱で大揺れに揺れる政権から見ると、党内反主流派を取り込み、また、総選挙で割を喰ったとしてスキ間風が吹き始めた公明党を引き寄せ、さらに来年の参院選で与党過半数を維持するための一石二鳥三鳥の妙案であり政権維持の切札でもあった。
“プレーヤーがルールを決めている”と揶揄されるように、常に混乱するのが選挙制度を巡る国会での論議である。しかし、選挙制度は民主主義の土俵であることも厳然たる事実である。権力の延命や多数派の都合だけでこれを強引に変え始めると、自ら墓穴を掘ることにつながる。この思いがあるからこそ、選挙制度を改正する場合には、丁寧に時間をかけステップを踏みながら事を運んだのがこれまでの多数派が常にとった姿勢であった。つまり多数の力で押し切ることは可能でも国民世論に意を払い公正・公平な(少なくともそう見える)手法をとってきた。今回のように意図むき出しに“抜身”を振り回し、強引なやり方で民主主義の土俵を変えたのは憲政史上初めてといってもいい。
政治から“知恵”と“余裕”がなくなり、ますます直線的で薄っぺらなものになりつつある。このことを痛感せざるを得ない。もちろん与党の強引な提案を門前払いすることしかできなかった野党側の対応も含めて、“苦吟”の異常国会の1ヶ月であった。
日刊自動車新聞(11月4日掲載)
|