岡山市の第二十四回坪田譲治文学賞を受ける作家瀬尾まいこさんの作品と出合ったのは、偶然目にした高校生向けの試験問題だった。
短編「優しい音楽」のほんの一部が紹介されていたにすぎないが、魅力的な内容を平易に伝える文章に魅了されてしまった。短い抜粋でさえ人の心をつかむ文才に驚いたものだ。
主人公のタケルは恋人の亡くなった兄とよく似ている。彼女の家で、兄のものだったというフルートを目にしたタケルは、ひそかにこの楽器をにわか練習し、彼女の一家と音楽で楽しいひとときを過ごす。
瀬尾作品には心をほのぼのとさせる読後感がある。後でこの作品全体を読んだ。実は恋人の兄はフルートをたしなんでなどいなかった。生前、友人にもらったものを置いていただけだ。それでも恋人と家族は、タケルの稚拙なフルートを心から歓迎する。そして、二人の絆(きずな)は深まっていく。
タケルの心遣いが、それぞれの胸に響いたからだろう。思いやり、いたわり、人の立場で考える。そうした優しい心がいまの社会に薄れているからこそ、瀬尾さんの作品に魅力を感じるのかもしれない。
坪田譲治文学賞の受賞作「戸村飯店 青春100連発」はまだ読んでいない。読みたい作家に未読作があるというのは、幸せなことだと思っている。