満州日日新聞 1917.11.19(大正6)
朝鮮漫遊所感
文学博士 林泰輔氏談
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朝鮮の歴史旧蹟、若しくは人情風俗等に就ては、まだ世間に知られて居ないことが沢山ある。
私はそれ等を研究旁々約二ケ月許り彼の地を漫遊し二週間程以前に帰って来たのであるが、歴史的の穿鑿はまた発表する機会もあろうから、茲には只だ朝鮮漫遊の所感だけ話したいと思う。
先ず何人も彼の地に渡って最初奇異に感ずることは、一般住民が極めて平穏無事で、悪く言えば呑気千万の状態に在ると云うことであろう。
例えば男と云う男は、殆んど全部例の長い羅宇の付いた煙管で頻りと煙草を吹かして居る。而して婦人はと云うと、是れ亦更に悠長なるもので、只だ好んで辛いものを択んで食膳に上ぼせると云う妙な遺伝的風習を実行して居る斯る有様であるから、一寸見た所では朝鮮_人には所謂近代的の激げしい生活上の圧迫などと云うことはテンで問題にならぬらしくも想われる。
従ってまた、人間の本能性と云うか生慾と云うか、兎に角其の方面の発達は実に驚くべきものがある。
尤も這は、其の嗜好する食物が殊に婦人になると前でも述べた通り刺激性を帯びた辛味を喜ぶと云う風があって、之等も大に原因して居ることと思われる。 然し何れにしても右の如き次第であるから、どうも住民一般に元気がなく、動もすれば因循姑息に陥いる傾きがある這は誠に憂う可き現象で何とか今に於て之等の弊風を一掃しなくてはならぬ。
次ぎに朝鮮家屋の構造であるが、之も吾々本国人の多くが経験せぬ程の寒気に耐ゆる必要上からでもあろうが実に奇怪なる造り方である。即ち鴨居が極端に低く、若し普通に歩るいて行くと頭にぶつかると云う位いで、而しも床下は殆どなく宛然たる穴居生活である斯の如くして、長い冬季中特に 活動と称する程のこともせず茫然として煙草を呑み辛味を食し、而もムカムカする温室の如き所に起臥して暮らすのであるから、勢い其の体質が脆弱となり意思力が欠乏して来ると云う事は寧ろ当然の結果であると謂わねばならぬ。
元来、朝鮮_人は其の天賦の質に於て決して劣等なるものでないことは、之を歴史的事実に徴しても明かな所である。
然るに今日兎もすれば如何にも意気地のない亡国民扱いさるる所以のものは、全く右の如き伝習的陋弊に基く人心の萎靡せる結果に外ならぬ。
現に私が彼の地に於ける或る有力者から一夕晩餐に呼ばれた時のことであるが、私の隣席にこれも呼ばれた一人の朝鮮_人が居ったので種々談話を交換して見たのである所が、先方の云うことがどうも腑に落ちない。まるで何を話して居るのかサッパリ分らぬ其の頭脳の朦朧たる事実に、喫驚するより外はなかった。
そこで私は、切実に朝鮮_人今日の状態に対して同情の念禁じ能わざるを感じたのである。と同時に、如何かして這の気の毒なる境地から救い出し、希くば再び優秀なる鮮_人本来の面目を発揮させたいと考えたのである。勿論其の本質が悪るくては絶望であるけれども、朝鮮_人は決してそうではなく只だ多年の悪習慣の為め今日あるに至ったのであるから、之れが善導誘掖は案外易々たるものであろうと思う。
(完)
※句読点、段落はwatcher1による