「なっ、凄いだろ?つまり、最後には、奴らの国ではウンコを舐めて誰の物かを当てる遊びが流行になったんだ・・・」
「ええっ?汚いなあ。さすがは、ええっと・・・」
「斜め上、だろ」
「そう、斜め上だね!」
西田君はその頃、見舞いに来るといつも「あの国」の話をしてくれた。ベッド上での生活が4年目ともなるその頃には、僕に定期的に会いに来てくれるのは、ちょっと大人びて背の高く、そして乱暴者だと大人達には(少しだけ)評判の悪い、西田君だけだった。
「けど、もっと凄いのは、先週『あの国』で起きた事件だぜ。いいか、始まりは・・・」
その珍妙な事件の内容を聞いた僕は、思い切り笑った。笑いすぎて点滴の針が外れてしまい、あとで看護婦さんに怒られてしまったほどだ。
「いつも思うんだけど、やっぱり『あの国』の人って、みんな頭が変なんだね!」
西田君も、嬉しそうに笑いながら言った。
「そうさ、何てったって『あの国』だからな!」
その、大人には決して見せない、とっても素晴らしい笑顔のまま西田君は続けた。
「なあ、お前の病気が直ったら、二人で『あの国』に行こうぜ。絶対、ひっくり帰るほど面白いぜ!」
「うんと楽しいだろうね!だけど何だか怖いな・・・僕なんて体が弱いし、日本人って判ったらひどい目に会うよ、きっと」
「なーに、俺が付いてるじゃないか。お前に手なんか出させるわけが無いさ、だから行こうぜ、一緒にな!」
そう言ってから、西田君は病室の壁に掛かった時計を見上げた。
「もう、そろそろ帰らなきゃ・・また来てやるけど・・・判ってるよな、『あの国』を馬鹿にするような事は、誰にも言ったらいけないんだぞ」
「もちろん判ってるけど、何故なんだい?別に、日本人が困ることじゃないし・・」
僕の言葉を制し、西田君は珍しく真剣な顔で答えた。
「『あの国』の事は、大人にはタブーだからさ」
その頃、僕は脊髄の重い病気で、もう4年間も入院していた。だから小学校も2年生までしか行けなかったし、友達と呼べるような相手は、毎週一回は自転車を漕いで、一時間ほども掛かる隣町から僕に会いに来てくれる元同級生の西田君だけだった。
検査と点滴と注射ばかりの毎日の中、僕が笑うのは「あの国」の話を彼から聞く時だけだったかも知れない。一ヶ月に何度も受けなくてはならない、とても痛いその検査の時も、僕は頭の中で「あの国」のことを考えながら我慢した。
西田君との約束を守り、僕は「あの国」の事は誰にも言わなかった。だけど時々、「あの国」は新聞やテレビのニュースになっていた。でも何故か、そこでは「あの国」は普通の国として扱われ、西田君の言うような面白い事や凄い事は、何も報じられてはいなかった。
一度、その事について西田君に聞いてみたことがある。
珍しくゆっくりと、言葉を選びながら彼は答えた。
「ホウドウキセイ」って奴だよ、奴らは汚いんだ。日本人になりすましてマスコミを操っているからな。だけど、インターネットだけは違う・・・物知りの人達が調べた「あの国」の真の姿がいくらでも載ってるんだぜ。ホントの事は、そこにしか書いてないんだから。
彼の答えはこんな感じだった。少し変だとは思ったけど、僕はそれで一層「あの国」に興味を持った。
そして、僕が入院して5年目の夏、西田君は突然僕に会いに来てくれなくなった。ひどい話だと思われるかも知れないが、当時の僕は、彼が来なくなって寂しいというより、「あの国」の話が聞けないのが残念でならなかった。後で聞いた話では、何でもお父さんのお店がうまくいかなくなって、西田君の一家は行き先も言わずにどこか遠い町に引っ越したという事だった。今にして思うと、夜逃げと言う奴だったのかも知れない。・・その事を知ったのは、僕の病気が良くなってきて退院が決まった、その次の日だった。
なんとか退院はしたけど、僕はまだ外出を禁じられていた。そして5年ぶりに家に帰った僕は、真っ先に父にコンピュータをねだった。夢にまで見た「あの国」の事を見るためだ。父は外出が出来ない僕を可哀想に思ったのだろう、その日のうちに最新型のコンピュータをお店に注文してくれた。
家に届いたその包みを開けるのももどかしく、ネットに接続してしばらく検索を続けた僕は、愕然とした。無い・・「あの国」に関して、西田君が楽しげに教えてくれたような情報など、どこにも無かった。確かに「あの国」と同名の国のニュースや情報は、あちこちに有った。しかし、それらは無味乾燥な、ごく普通の文化紹介や経済ニュース等でしか無かった。
僕は、取り付かれたかのように数日間に渡りネット上を検索した。西田君の言っていた巨大掲示板や翻訳掲示板、ブログやニュースサイト・・・しかし、いくら熱心にその作業を続けても、結果は同じだった。
そして、僕は唐突に悟った。嘘・・・全ては嘘だったのだ。
おそらく、何年も続く入院生活で日に日に笑顔を失っていった僕を楽しませる為、おみやげのマンガやおもちゃも購えない西田君が考えた究極の笑い・・・それが「あの国」だったに違いない。彼が、何故そんな事を考えついたのかは判らない。しかし、いくら子供だったとはいえ、僕は何故あのような突拍子無い馬鹿げた嘘の数々を信じていたのか。
「『あの国』の住民は糞を舐め、糞に漬けた刺身を食べる」
「『あの国』の住民は、自分も日本の一部として戦争した癖に何故か日本に永遠に謝罪と賠償を求め、指を切断したり自分に火を付けたりする」
「『あの国』では大学の教授すら馬鹿ばかりで、歴史を捏造したり、偽造した研究結果を得意になって世界に発表する」
「『あの国』の住民は皆、他の国には無い特殊なヒステリーを起こす。それには『花瓶』と言う、専用の病名が付けられている」
「『あの国』の中においては顔面改造が普通で、国家の最高権力者まで人気取りのため顔面を改造する」・・・
今更ながら、当時まだ小学生だった西田君の、豊かなイマジネーションと創作力には驚かされる。しかし、この21世紀の現代にそんな国家が、そんな国民が存在する筈が訳が無い事など、ほんの少し考えれば判ったはずなのだ。
・・・だが、大人になった今、僕は西田君の優しい嘘を、そして、その他愛も無い嘘を心地良く信じていた自分を誇らしく感じる。そして彼と僕だけの笑いの王国である「あの国」の事を、時々懐かしく思い出す。
仕事に疲れきって眠りに就いた晩、僕の夢にひょっこり出てくる「あの国」では、住民達が毎日ヒステリーを起こしたり、日本のあらゆるものを模倣したり、楽しそうにデモをしながら謝罪と賠償を要求したりしている。そして、朝になり目を覚ました僕は、そんな迷惑な国が日本の隣に実在しない事にほっとするとともに、いつもちょっとした寂しさを憶えるのだ。