佐世保の少女         11/15/04
 
 
 
佐世保の少女について考えるには、全日空機長殺害事件を参考にすると分かり易いと思う。
 
彼については、自分の考えを人に押しつけるという話は出てこない。
つまり、自分の興味のあること以外は別にどうでもいいんだね。
 
但し、自分の職務だけには異常に、必要以上に忠実だった。
つまり、飛行場の安全、乗客の安全、ターミナルの保安については、
頼まれてもいないのに、
(保安要員として働いていたので、間接的には責任があるが)
悲しくなるぐらい心を痛めた。
 
 
彼は、考えられる、彼が出来うるすべての能力を動員して、空港の保安の不備を訴えた。
 
しかし、誰にアピールすれば受け入れられるか。
どの様にすれば、聞き入れられるか。
 
肝心な所が彼には解らなかった。
 
 
彼は、心底心配したに違いない。
 
彼の努力も虚しく、空港の保安が改善された兆しは全く見えない。
こんな状態ならば、いつなんどき、テロや、不測の事態が起きるとも限らない。
 
 
彼は、日夜、24時間本当に考え続けた。
 
「結局、ここまで言っているのに、誰も分かろうとしないし、手を打とうともしない」
「ならば、自分で行動してその危険性を分からせなきゃ。」
 
 
彼は、空港保安の不備を、自らがハイジャックする事で、
やっと空港側に知らせることが出来たのである。
 
 
 
「空港保安」というのは、彼自身が知らなかった彼の「こだわり」の世界である。
 
髪型や、服装や、遊びについて何を言われてもきっと平気だったろう。
しかし、「空港保安」にだけ「明確な不備」として彼の世界に侵入するモノがいた。
 
彼はそれが許せず、何とかその「不備」を取り除こうと努力した。
しかし、彼の能力ではままならなかった。
 
 
 
佐世保の少女はどうか。
 
実際の教室内で、リアルタイムに同級生と渡り合うのは苦手だし、
学校での事は全然重要じゃあない。
別に何を言われても、何があっても興味は無い。
 
交換日記が始まった。
文字を通じて、自分の世界を書き表すのはしゃべるより得意だ。
ここは自分だけの世界だ。
 
ところが、自分が書いたことに、侵入して(係わって)くる人が居る。
これは交換日記だ。誰でも書き込める世界だからしょうがない。
 
インターネットのホームページがある。
ここは、誰も入り込んで来ない。私だけの世界だ。
 
ここなら、安心して自分の好きなように、好きなことを書ける。
きっとここが私の思い描いた世界だ。
 
 
 
「私と同じ」佐世保の少女をこう言い切った妻について書く。
 
妻は驚くほど(表面上は)主体性が無い。
何一つこだわる事無く人の意見に従う。
 
「それ、右に置いた方がいいよ。」  「うん。」
「それより先にお湯入れてきて。」  「うん。」
自分が途中まで仕事をしているのに、それを止めてすぐ言われたとおりに動く。
 
 
ところが、彼女にはすごく狭い範囲だが、強固な彼女の世界がある。
それらに関することは、例えこちらが正しくとも、頑として受け入れない。
 
つまり、自己の世界が他の人より小さい代わりに、強固なのである。
 
 
 
佐世保の少女にとって、「ホームページ」は自分の宝物のような
「自分だけの世界」だと考えてしまったのではないだろうか。
 
 
その本当に小さな「自分の世界」が侵されたとき、
 
勿論、現実の世界で上手に相手に話すことが出来ない。
では、言葉を使って交換日記上でコミニュケーションが取れるかと言うと、
相手の気持ち(心理)を読みとって、適切な言葉と言い回しを作り出す事が出来ない。
 
さらに退却して、インターネット上で相手に対して言いたくとも、
相手の姿が見えない。
 
あとは、相手がビビルように力を誇示して撃退するしかない。
 
ところが、どんなに力を誇示しても、相手は退却する気配が見えない。
 
こうなったら、教室でも力を誇示するしかない。
 
 
どんなに、教室で脅して見せても、何の効果も見えない。
 
 
 
私が、自分の大切な世界を「侵された」彼女の気持ちを想像するとこうなる。
 
本当であれば、もっと適切な実例を出したいところだが、今は思い付かない。
 
 
 
ただ、こんな例がある。
 
私は、「人を殺そうと思ったことがある」とはっきり口に出した人間を3人知っている。
 
私の友人(アスペルガー症候群かな?と感じたヤツ)、私の妻、そして私の三人である。
幸運なことに、私達がそう思ったときにはすでに「割に合わない」と気付く年齢にあった。
私達は一線を越えることは無かった。
 
 
 
 
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