2009-01-31
ポスドク問題について思う2、、、根にある原因は何か?
Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @San Francisco, CA
(これは昨日の呟き編の続きです。ごはんを楽しく食べていたら書くのを忘れてしまってました、、、。昨日のを読まれていない人は、まずそちらをご覧ください。)
wackyhopeさん、いつもコメントありがとうございます。
ふーん、へぇーーーでした。学位を取ろうとする人の集団は、いくら何でも民間企業に働くことを最終目的にした人が主ではないと思うので、あのような検討をしたのですが、まあ要はアカデミアは無理でもやっぱり仕事に就けないということが問題ということで、supply(社会への供給量)とdemand(社会の需要)の問題ということは変わらない訳ですね。
(、、、昨日書いた通り、明らかにアカデミア側のキャパがたりない状況下で、「もし」ですが、自分のトンガリ、売りもないのに、非現実的にアカデミアの道のみを考える人ばかりが大量にいてあぶれているのであれば、それは人としてのimmaturity、空想癖の問題なので、それは人間そのものを大人にしないとどうしようもありません。「自滅」としか言いようがない。)
僕は、Ph.D.、あるいは日本の博士号取得者を労働社会が吸収できるかどうかは、国というより、その社会の、その分野における基礎研究の強さに著しく依存しているので、一般論で議論すること自体にあまり価値はないと思います。たまたまその分野で強ければ沢山吸収できる。
例えば、アメリカの基礎研究の半分ぐらいを占めるlife science(生物系の科学)の場合、民間での最大の吸収先は、当然、アメリカ最大の産業の一つである医薬系ということになります。
ではその規模は、というと次のようなものです。(Wikipediaによる)
2007年度医薬品メーカー売上高ランキング(トップ20)
圧倒的に欧米系、特に米国資本が多く、日本勢はホント悲しいぐらいに小さいことが分かります。このトップ20での事業規模(売上高の総和)は次のようなものです。
アメリカ 196,670 (日本の10.1倍)
ヨーロッパ 204,155 (日本の10.5倍)
日本 19,437
(アメリカとヨーロッパが大体20兆円、日本は2兆円)
おおむねR&Dの規模感というのは事業規模に連動しますので*1、ライフサイエンス系Ph.D.の民間吸収余力の指標としては、かなり適切なものでしょう。アメリカは少なくともこのような分野では、我が国(日本)とは圧倒的に吸収余力が違うのです。
また、ヨーロッパ系の開発拠点は世界に散っているとは言うものの、実際には大半がアメリカを本国並み、あるいはメインの開発拠点にしています*2。ですからこの数字以上に、アメリカは吸収余力が大きいと見てまず間違いありません。
ヘルスケアの世界では90年代初頭からはげしい企業合併が繰り返されてきましたが、その最大のドライブは、販路の拡大でも、生産コストの低減でもなく、十分なR&D力の確保でした。一つの大型新薬の開発に800-1000億、しかも上市まで10年ほどもかかるという非常に統計学的なビジネスであり、開発力にある程度の規模がない限り、事業が安定しない。だから、合併の度に事業規模だけでなく、ということで、R&Dのランキングも発表され議論されてきたのは業界の人であれば(日本のメディアは良く分かりませんが)ご案内の通りです。
例えば、僕のいたコネティカットには、ファイザーとブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)のR&Dの大半*3がありましたが、ファイザーがグラクソ・スミスクライン(GSK)の誕生の後、ワーナー・ランバート、ファルマシアを買ってトップに立ったのは同様の話。(←ココ、最初に書いていたことに事実誤認がありました。BMSとSKを逆に覚えていました。Sorry!)
同じようにアメリカの基幹的な産業である、IT・ハイテク系、航空系においてはアメリカは世界のどの国の追随も許さないレベルの民間R&D規模があります。が、一方、電気的なエンジニアリング、クルマの新型エンジンの開発などに関しては、日本の方が吸収余力は大きいでしょう。ただ、残念なことに、このような分野ではPh.D.はほとんど要求されません。
つまり日本の場合、もっとも吸収余力を持つ分野に集中して、しかし吸収力を勘案しつつ、Ph.D.の育成(生産)を行うべきだが、実際には、そのような分野は少なく、増産は危険である、ということが言えると思います。
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ということで、やはり国の吸収余力がない分野に対して、日本は不必要に学位取得者を生み出しているということは、ほぼ明らかではないかと思います。根にあるのは雇用の柔軟性というよりむしろ、産業構造の問題であり、国としての産業分野の強さの問題なのです。
それに見合った数しか生み出しては行けないのに、それを越えて生み出せば、あふれるに決まっており、昨日のエントリの話と総合すれば、構造的に二重にまちがった増産が行われていることが分かります。
1.大学の吸収力そのものが低い(具体的に検討していませんが、国立研究所、理化学研究所などもほぼ同じでしょう、、、トップ大学に並ぶポジションですから、大学以上に大きい理由がない)
2.産業的な強さを全く反映せずに生み出されている
大量に学位取得者が生み出されたのだから、産業を強くしろ(そして大量に受け入れろ)というのは、ほとんど言っても詮無いことです。武田だって、別に好んでこの規模なのではないのです。全力を尽くしているのですから。上の二つはどちらも明らかに、産業側ではなく、アカデミア、政府の側、そして単純な算数もせずに行ってしまった学生の側の問題です。
無理した増産をすれば起こることは、メーカーの経営と同じで、在庫が積み上がる、そして積み上がれば普通は価値が落ちる。在庫処分をすれば、叩き売り、すなわちインフレになります。アメリカの10分の1のバケツに、同じ量の水を流し込めば、どうなるかは言うまでもありません。
もう一つ厄介なことは、欧米とは異なり、同じ日本の大学院が非常に似たスペックで若干安い人を大量に生み出していることです。すなわち、日本ではterminal degreeとして修士を生み出すプログラムが存在し、それが一般化しているために(註:サイエンスの修士課程は少なくともアメリカではほとんど存在しない。最近のエントリ『専門教育に関して悩まれている人へ贈る言葉』を参照)、大学院卒を採るということはマスターを採ることとほとんど同義語化しており、わざわざ歳をとって学位を取得した人を採る意義をあまり感じないということがあるでしょう。つまり身内に敵がいる。これも上と同じく企業側ではなく、大学、政府側の問題です。本来博士課程を増強するなら、修士課程をつぶすべきでした。
(これは、ビジネス的にはあまりにも基本的な問題でもあります。画期的な新商品を出すときに、カニバル可能性がある昔の商品を整理するのは、いかなる商売、マーケティングのにおいても基本中の基本ですが、それが出来ていない。こんなことをすれば、株主やIRでボコボコにされるのが落ちです。人類の知の象徴であるはずのアカデミアが、自分のことすらロジカルにモノを考えられないのであれば、もう存在意義があるのか、とすら思いますね。)
という需給バランスを無視した供給が起こっていることが、現状の最も本質的な理由*4であり、とにかく増産をやめることが即効性の高い打ち手になるでしょう。増産部分で余剰状況になっている社会の在庫(かわいそうなポスドクたち、、、100年前の政府にだまされて行ったブラジル移民のようなものです)については、社会のサンクコスト*5にならないように、何らかの社会的な打ち手が必要だと思います。
しかし、こんなに経済の基本のようなことが分からない人が教育行政に携わり、それを大学もあまり考えずにやり、学生もほとんど盲目的に進学しているという総思考停止状態を止めないことには、このようなことは繰り返されるのではないかと思います。
学生の人たちへ、、、自分の人生は自分しか守ってくれません。文句を言っている暇があれば、どうやってこのリスクを回避できるか考えましょう!
たまにはコンサルタント的なエントリもということで。:)
参考エントリ:
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このエントリに限らず、写真にもスターなど頂けたりするととてもうれしいです。また、よろしければ下のリンクをクリックして頂けると幸いです。
*1:実際には大きいほどR&D比率は上昇する
*2:これは、このような良質なPh.D.取得の容易さの問題であり、言葉の問題でもあり、また世界最先端の研究を行う優れた大学への近さの問題でもあります。つまりアメリカが生み出すPh.D.のグローバルな「市場価値」は少なくともこの分野では世界のどこよりも高いことがここから分かります。
*3:例えばグロトンという町はほとんどファイザーのためにあります
*4:昨日書いた、アカデミア以外の道を検討しないという非現実的な行動習性を持つimmatureな人が多いのではないか、という問題は除く
*5:sunk cost: その事業や取り組みをやめても回収できない費用
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