ぜおんぐ会記。 | 1152|共感9
1723691| JAPANzeong | 2008.12.01 17:32:22
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駅で夕暮れに人を待つのは久方振りの事である。
遠方より知友が来るとの事で、その宴席に侍る事となったのであるが、
他事あって私は少し遅れての到着となってしまったようだ。
今回は自宅にて粗餐を献じたいとのお話。
彼人の事であるからと以前より楽しみにしていた催しである。

「やあやあ、遠方よりお疲れ様です」
「いえ、今回はお招き頂きましてありがとうございます」

そう言って、主自ら自動車にてお迎え頂き、聊か恐縮の体で車に乗り込む。
現地に到着してみれば、やはり私が最後であるようだ。
通された和室には既に他の客人達が座っており、
私は先ず遅参を謝して設えてある自分の席へついた。

ややあって、奥様とお嬢さん方が挨拶に来られた。
丁寧なお礼儀にこちらが戸惑ってしまう。

爾後、互いの近況や四方山話などを語りつつ、旧交を温めおる中、
ふと目を転ずれば床の間に東郷平八郎の掛け軸が飾ってある。
「皇國興廃在此一戦 各員一層奮励努力」のお馴染みの一文が書かれており、
恐らくは話の種にと敢えて掛けたに相違無い。
同文の物には贋作も多く、果たして真筆ならんかと考えた。

「私は偽物だと思います」とは上のお嬢さんの弁。

理由を問うと、だって買った当人の父がそう申しておりましたから、との事。
それを聞いて、悪戯好きの彼らしいと苦笑した。

そうこうしている間に宴席の準備が整ったようで、乾杯の運びとなった。
取り敢えずは麦酒からという事で、これを干しつつ、
先ずは各種野菜の蒸し物から手をつける事にした。
これは同家の家庭菜園で収穫されたもので、中でも「安納芋」が素晴らしかった。
薩摩芋の一種なのであるが、ねっとりとした食感の中に芳醇な甘みがある。
私はそのまま食したが、少し塩などをつけてみても良いだろう。

次に、これも主自ら作った鰤大根である。
これは私が以前より好物である旨を話せし事を踏まえての献立であろう。
関東風なのか、少し濃い目の味付けとなっているのだが、
これもまた大根によく味が染みて、しっかりとした味わいを醸している。

柔らかい大根を箸でさくりさくりと切り分けて口へ運んでいると、
一献どうですかと秋田より到来の地酒が出て来た。
是非、これでと朱塗りの大杯を出された為、これにて頂戴する事とする。
利き酒を能くせぬ為、銘柄までは分からないが端麗な後口の佳酒である。
ほろほろと崩れる鰤の身を食せば、忽ちに盃は空となった。

焼き物として、豚肉と葱の串焼きが出る。
豚肉は所謂「カシラ」の部分であり、深谷葱と共に串打たれている。
これに軽く塩をして焼いてあるのだが、埼玉ではこの形式の「焼き鳥」が良く食されるらしい。
ただ、一般的な焼き鳥に比して倍ぐらいの大きさがある。
早速と豚肉をぐっと噛めば、透明感のある肉汁が口中に広がり、これが深谷葱の甘みと実に合う。
また、添えられた唐辛子味噌を塗りつけて食べるのも良くて、旨い旨いと三串も食べてしまった。

箸休めにとサーモンのカルパッチョとサラダを食べている間に、本日の主菜であるすき焼きの準備が出来た。
今回は砂糖と醤油で食べる関西風ではなく、割下で食べる関東風の設えにて食す。
この割下は主自らが作ったもので、出しの風味が効いた逸品である。
鉄鍋に少し大目に割下を注ぎ、これを沸かした所へ薄切りの牛肉を潜らせて食べようと言う。
尚、使用されるのは相馬牛は当地の老舗より直送して貰ったものだ。
この相馬牛、現地に於いて飼育するのは七家のみであるとの事で殆ど流通していない。
私も相馬野馬追を見に行った際に現地の方に紹介され、初めてその存在を知った。
当時は厚切りにした肉をさっと炙り、塩胡椒で食したのであるが、
これが正に処女の舌の如き体であり、忽ちに惚れ込んでしまったのである。

また、この事は主の知る所となり、それでは今回はそれをすき焼きで食べてみようという事になったのである。

早速、くつくつと煮える割下へ薄切りの肉を潜らせる。
仄かに色が変わり、一部赤みが差す程度でさっと引き上げ、溶き玉子に投じる。
噛む、というよりも含む端から羅がさらりと解けて行くようである。
そしてその隙間から脂身の甘み、割下の味わい、それら全てが玉子によって優しく包まれている。

二、三枚食べた辺りで、主が「これを試して見て下さい」と言い、
何かつけだれの様な物を出してきた。
私はそれを別途出された小皿に注ぎ、肉をそれに付けて食してみた。
梅干を丁寧に裏漉しして、出汁と煎り酒に投じた物である。
梅肉の酸味が実に爽やかでありながら、まろみを帯びており、
これならば何枚でも食べられると言った風情で、随分と良い。
斯様な「悪戯」もする仁よなと嬉しくなった。

肉を十分に堪能した後は、焼豆腐や白滝、野菜等を投入する。
すき焼きに白菜を入れるべきか否かについては各種議論のある所だが、
私は白菜を入れても問題なしとするので特に気にしない。
これをのんびりと突付きながら、また酒を飲むのである。

この頃になると、私は専らハイボールを飲んでいたように思う。
持参して来た枝付きの干葡萄が早速出てきていたので、それを摘みつつ何杯も飲む。
本来、主はハイボールを嗜まないとの事であったが、
何にでも合うのでと私が特に希望した次第である。
列席者の中にはこれらが始めてという人もおられたが、概ね好評のようで安心した。

ここでこれまた秋田より到来の稲庭饂飩を出すと言う。
流石に食べきれないかと思いながらも、頂く事にする。
ただ、もしやこのすき焼きの中に投ぜられるのではないかと心配した。
ご存知の様に稲庭うどんは薄く平たく出来ている。
これを普通の饂飩同様にすき焼き鍋の中に投じてしまうとくたくたになってしまう、
また、割下の甘辛い味を多分に吸ってしまい、台無しになるのではないかと危惧したのである。

ただ、流石に私が考える様な事は既に心得ておられた様で、
清げにざるに盛られたそれが薬味とつゆを伴って出てきた。
このつゆも主の手製であり、鰹節の風味が素晴らしい出来である。
薬味を少し入れて食せば、あれだけ沢山食べたのにするりと入るから不思議だ。
恐らく、稲庭饂飩は別腹に設定されているに相違無い、呵々。

食後の甘味にこれも手作りのマンゴープリンが出た。
黄色く、ふるふるとしたそれに白いヨーグルトが彩りを添え、
頂にはミントの葉が一枚乗っている。
これが最後に美味に飽いた我々の口中を爽やかにして呉れたのであった。

以後はご家族にお礼を述べ、予てから用意の宿へ向かった。
また、深更に及ぶまで談論するのは初めから予測出来ていた事であるし、
その間もご家族に起きていて頂くのは忍びないからである。
無論、主も一緒である。

幸いな事に、宿は彼の家から少し離れた程度の場所にあり、
また繁忙期を外れている為に我々の貸切状態であった。
人数的な制約で部屋は二つ用意されていたので、
一つを宴会場とし、今一つを就寝の為の部屋に設定した後に、
再び宴が再開される運びとなった。

ただ、ここに至ると酒を飲んでいる人は殆ど無かったように思う。
寧ろ、私ばかり飲んでいたのではなかろうか。
後で聞いた所によると、ハイボールを只管飲んでいたそうである。
正直な所、この辺りになると記憶が実に曖昧となっており、
主が自宅に戻る辺りは覚えているが、その後ぐらいからは判然とせぬ。
恐らく、何か適当な事を言っている間に電池が切れるように眠ったに相違ない。

これで翌朝は六時に目が覚めたのが不思議である。
出発は九時という事になっていたので、勿論二度寝を決め込む。
寒い日にぬくぬくとした布団で惰眠を貪るというのは良い物である。
これに税金をかけられたらどうしようなどと詰まらぬ事を考えている間に再び眠りに落ちた。

結局、八時半過ぎまで寝ていたようである。
少し頭痛と覚えると共に、胃の具合も宜しくない。
朝食を初めから設定していなかったのは正解であろう。
ただ、中には早々に起き出して独自に朝食を確保している方もおり、
皆でその規則正しさと健啖ぶりに驚き入った次第である。

九時になると主が迎えに来た。
三々五々に帰る我々を一先ず駅まで送ろうという算段である。
彼の嗜好せるクラシックの流れる中、車が進む。
道路も然程混んではおらず、予定通りの到着となった。
本日は予定があるとて彼とはここで別れたのだが、
休日を取っている我々は主賓を上野駅まで見送る事にした。

この頃になると、随分と胃の具合も良くなってきていたので、
折角だし時間も有るからという事で神田連雀町の藪で蕎麦でもたぐろうという話になった。
独特の抑揚を持つ掛け声に迎えられつつ、暖簾をくぐると、
席の多くは既に埋まっており、もう少し遅れれば外で待たされねばならない所であった。
本来であれば、小瓶で麦酒でも飲みながら天種でも食べる所であるが、
流石に厳しいのでせいろを二枚にしておくことにする。
皆も同様の状態らしく、結局は全員せいろを注文した。

ただ、彼の健啖の仁が「皆で突付きましょう」とて湯葉刺しを頼んでおり、これを馳走になった。
それを引き剥がす様に取り分けて食すと、生麩の様なもっちりとした食感と共に豆の濃い味がする。
醤油等を何もつけずに食したのであるがそれで何の不自由も感じなかった。

隣の席で品の無い客が蒲鉾を指して、
「こんなのそこいらの魚屋で買ってきて切っただけのもんでしょう」と言っている。
だから、この値段は法外だとも言いたいのかも知れないが、
それを敢えて店員に言う辺りが何とも情けない事だと思う。

漸く出てきたせいろは、通常通りに薄緑の美しい体を為しており、
濃い目のつゆに少しだけ付けてすすれば、胃にしみこむ様である。
「蕎麦は飲むものである」との言があるが中々に難しいものだ、
やはり二三回は噛まねばなるまいよ、等と軽口を叩き合いながら忽ちに平らげた。
また、のんびりと味わう蕎麦湯も嬉しい。
私はつゆに注いで飲むのと、そのままを飲むのとで最低二回は楽しむ事にしているが、
未だに正しい蕎麦湯の飲み方が如何なるものなのかを知らずにいる、存外その様なものは無いのかもしれぬ。

上野駅にて主賓を送る。
彼はこれより、あの北の街へ帰るのだ。
道中ご無事でとの思いを込めつつ抱擁し合う。
その人柄の為か、この様な振る舞いも違和感が無い。

帰路、今回の宴席について思う。
兎に角、誠に主が多く心を砕かれていた事は特筆に価するように思う。
少なくとも私は至極満足し、終始愉しい気分でいる事が出来た。
勿論それは、他の列席者の人々の座に臨んでの気遣いも大きい。
主が主たりて、客が客たる。
書けば簡単な事であるが、それが保たれる事は難しいのである。
然るに、今回の宴席はそれを十二分に成し得ていたのではなかったろうか。

また、残念ながら参加は出来なかったが秋田より種々の物産をお送り下さった方にも感謝したい。
若し、当地に立ち寄る事があれば、是非お礼を申し上げたく思う。

以上、この二日間の備忘の為に記し置く次第である。



最後になりますが、ichiryu氏、ごちそうさまでした!
IP xxx.149.xxx.165
veritsat|12-01 17:13
イチリュウさん元気でしたか?
 → zeong|12-01 17:22
はい、非常にお元気で。
neojapanese|12-01 17:17
うーん良い宴だった様で・・・。 でも主の名前を間違えては勿体無いと思うの。。。。
 → zeong|12-01 17:23
しまった!訂正…格好つけ切らん子だなあ、トホホ。
lastluck|12-01 17:23
埼玉在住ですがその形態の焼き鳥、かしら+ネギ串は食べたことありません・・・
 → zeong|12-01 17:27
何か、ホルモン焼きも盛んとの由、最近になって埼玉って存外奥深いなりと思い始めた私ですよ。
genocider_yu|12-01 17:24
zeong氏の文を読むと脳内で鳥肌実ボイスで再生されるウリです。 我が家では父の趣味の一つが蕎麦や饂飩を打つことなので、冗談抜きに月の内十日程は三食の内、一食は蕎麦なのですが、これを方々の友人に話すと蕎麦を「たぐる」と言う言い方をする友人が一人も居ない(涙)。 落語が若者の娯楽では無くなってしまったからなのか、江戸や近代物の小説を読む若者が減ってしまったからなのか、定かではありませんが、ちょっと悲しいなあと。
 → zeong|12-01 17:29
蕎麦、打つのもさることながら均等に切るのが難しいんですよね。こういうふるい言い回しを好むのは祖父が時代劇好きで、幼少の頃にヒーロー物見る代わりに見ていたからかもしれません。また、落語も子供の頃から好きで、今でも時々末広亭に行ったりします。
doerocup|12-01 17:31
ε(*'д')^o/∩羨ましいニダ!羨ましいニダ!羨ましいニダ!羨ましいニダ!羨ましいニダ!
 → zeong|12-01 17:33
いや、ichiryu氏とそのご家族の心配りが非常に嬉しい一夜でありました。
super_aaa|12-01 17:33
うう・・・ 読んでると涎が溢れてきて・・・ (;^ ω、^)
 → zeong|12-01 17:35
大概食べ過ぎて、昨日の蕎麦以来、何も食べていない私ですよ(笑)
 → super_aaa|12-01 17:36
これは残したらバチが当たりそうですよw 
 → zeong|12-01 17:39
ええ、もうすっかり平らげてしまったのですが、流石に食べすぎですw
d_deridex|12-01 17:49
^0-0) 胃袋に非常に重い一撃で。あぁここ暫く美味い蕎麦は食ってないです。関東風のすき焼きも食したことなく(´・ω・`)
 → zeong|12-01 17:55
私は専ら関西風なのですが、最近食べてみて関東風も存外良いなと思うようになった次第。蕎麦については、やっぱり私もたまに食べる程度で…近所にも旨い店あるんですが、家に帰る時間が遅いので結局行けてないです(笑)
 → d_deridex|12-01 17:56
^0-0) 伯父の家で正月によくすき焼きを食べるのですが、砂糖と醤油をこれでもかと投入されるので薄味好きの私には合わなくて。伯父一家は濃い味好きなので喜んでますが。
 → zeong|12-01 17:59
それは私も一寸苦手かも…肉を少し濃い目に味付けして野菜なんかは軽くするというのはありますが、やりすぎると焦げたり折角のお肉の味が台無しになったりしますもんね。
 → nouminn|12-01 18:04
しつこく濃い味のすき焼きにね、生卵ぐぢゅぐぢゅってとじて、丼に乗っけて食べるの好き。
 → zeong|12-01 18:06
nouminn|12-01 18:04 翌日のすき焼きでそれをするのは好きw
 → d_deridex|12-01 18:07
^0-0) 所謂「良い」肉ということで脂が多いのが、また私には苦手で(笑) nouminn|12-01 18:04 >それはアリ。
 → nouminn|12-01 18:08
zeong|12-01 18:06 >真っ黒になったニンジン・白滝・脂身。エエですぅ。
 → nouminn|12-01 18:09
d_deridex|12-01 18:07>まっつぁか肉でやっちゃぁ、いけねえだよ。
 → zeong|12-01 18:09
d_deridex|12-01 18:07 成程、さしが多いのは苦手なんですね、確かにしゃぶしゃぶとかなら私もそうだなあ…今回の相馬牛はその脂がほんのりと甘く、旨かったのですが、まあそこは好みがありますもんね。
 → zeong|12-01 18:10
nouminn|12-01 18:08 味の染みた焼豆腐も素敵で!w
 → nouminn|12-01 18:13
白菜入れてうどん入れちゃう野暮な人はもうなんというか・・・
 → d_deridex|12-01 18:13
^0-0) 本当に良い肉であれば、脂もまた確かに美味しいと思います(笑)
 → nouminn|12-01 18:15
でーでれっくすさん家のすき焼き鍋はグリスカップ付きですね。
 → zeong|12-01 18:16
nouminn|12-01 18:13 白菜は染み出る水をどうするかという問題がありますもんね、これを忌避する人の多くはこの点を指摘することが多くて。まあ、私は余り気にしないんですけどもw
 → d_deridex|12-01 18:20
^0-0) nouminn|12-01 18:15 >ズルズルになってしまいますがな(笑)
 → nouminn|12-01 18:28
まあ、春菊やニラ入れるよりは・・。
 → nouminn|12-01 18:29
くぢらのすき焼きにはニラニンニクとショウガですけどね。また食いたいな。
 → zeong|12-01 18:50
くじらのすき焼か…それも旨そうな(じゅるり)。
 → nouminn|12-01 19:00
シロナガスのスジ無しブロックを厚切りで、一晩トウガラシニンニク醤油に漬けこんで・・・。ですよ。 もう食えないんですやろなあ・・・。
go_jap_pe|12-01 18:11
美味い店での飲み食いってのも良いですが、人の家にお呼ばれってのもいいもんですね。楽しかったようで何よりです。
 → zeong|12-01 18:14
ええ、何か一家総出で良くして下さって、非常にありがたかったです。また機会があればお邪魔したいなと思います。
 → go_jap_pe|12-01 18:23
私も、そういう友人を持ちたいものです(笑)
 → zeong|12-01 18:51
誠に私には過分な友人達に恵まれております(笑)
go_jap_pe|12-01 18:58
すきやきといえば、いや、「すき焼き」じゃないんですがw 似たようなところで「焼きしゃぶ」ってのもオツなもので・・・割り下のようなつゆで下味をつけたしゃぶしゃぶ用の肉をさっと炙ってとき卵に付けて。そりゃあもう・・・。
 → go_jap_pe|12-01 19:00
っと思って調べてみたら、既に一つの料理として確立されてるみたいで(笑)
 → zeong|12-01 19:15
今回のすき焼きは割とそれに近かった、というか、それそのものかも(笑)
zeong|12-01 19:22
ともあれ、これから忘年会シーズン。皆様の宴席にも佳酒佳肴が在りますように!
もし明成皇后が住んで [3]
- ぜおんぐ会記。 [42]
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