2008/5/28
「アウグスティヌス風な予定説」
平岡公威(ひらおかきみたけ)とは故三島由紀夫(1925年1月14〜1970年11月25)のことである。昭和45年学生とのティーチ・インが大學で何回もひらかれ当時の学生は興奮した。最近亡くなった妹の母校でもひらかれ,会社が休みだったので一度見に行ったことがあった。
丁度その二年後市谷で楯の会会員・森田必勝の介錯で割腹自刃した。(管理人注:彼がもしプラトン〜アリストテレス的本質主義の魔力を知りプラトンの曽祖父である詩人のクリティアスの伝える偉大な思想家の嘘を讃える詩,すなわちFallibilismを理解していたならばまだ生きていたであろう。そして加えるならばマラキ書の深い意味を理解してほしかったと思う。エサウはヤコブの兄であったということを。一方,三島の師川端康成は「眠れる美女という神による絶対的無救済のデガダンスを書きノーベル賞を受賞したにもかかわらず命を絶ってしまったが,フランスなどでは<La Belle Endormie>としてインテリ層に絶大な人気がある。)
「やがて寝姿の娘の指先が,詳細に描写されると,われわれはすでにこの<自分の存在がみじんも通じない>性的対象の与える一種の安心感の虜になってしまう。江口老人と娘との交渉は,男の性欲の観念性の極致であって,目の前に欲望の対象がいながら,その欲望の対象が意思を以ってこちらへ立ち向かってくることを回避し,あくまでも実在と観念との一致を企らむところに陶酔を見出しているのであるから,相手が眠っていることは理想的な状態であり,自分の存在が相手に通じないことによって,性欲が純粋性欲に止まって,相互の官能を前提とする<愛の浸潤>を防ぐことができる。ローマ法王庁がもっとも嫌悪するところの邪悪はここにある。それは<愛>から最も遠い性欲の形だからである。
しかし宿の主は,<この家には,悪はありません>と断言する」<眠れる美女:解説より>三島由紀夫

この写真は大蔵省を辞め作家として仮面の告白を書いた当時の若き三島由紀夫である。この多くの作品のうちで聖書の「予定説」に触れたのはこの作品だけである。まだ耽美的・唯美的・叙情的な作風ではなかった。
<私が人生に対して抱いていた観念は,アウグスティヌス風な予定説の線を外れることがたえてなかった。いくたびとなく無益な迷いが私を苦しめ,今もなお苦しめつずけているものの,この迷いをも一種の堕罪の誘惑と考えれば,私の決定論にゆるぎはなかった。
私の生涯の不安の総計のいわば献立表(メニュー)を,私はまだそれがよめないうちから与えられていた。私はただナプキンをかけて食卓に向かっていればよかった。今こうした奇矯な書物を書いていることすらが,献立表にはちゃんと載せられており,最初から私はそれを見ていた筈であった。
やがて私がそこへ行かねばならぬいわゆる「社会」が,お伽噺の「世間」以上に陸離たるものとは思えなかった。一つの限定が無為意識裡にはじまっていた。そしてあらゆる空想は,はじめから,この限定へ立ち向かう抵抗の下に,ふしぎに完全な・それ自体一つの熱烈な願いにも似た絶望を,滲ませていた>。 「仮面の告白」より抜粋
学生とのティーチ・インより
学生:暗殺は絶対に肯定されるべきじゃあないとおもいますが?
三島:暗殺の問題から,人を殺すか殺さないかという問題がいつもあなた方の頭の中で一緒くたになっている。そして暗殺というと熱狂的に否定して,すぐそれが人を殺しちゃいけないというふうになる。その考えの根底は,戦後のいわゆる人間主義の教育から来ていると私には思われる。つまり殺人と言う問題を客観的に扱うことができない。すぐそれが,とにかく人を殺すことはいけないのだというふうにいっちゃう。
刑法は皆さんやっておられるから一番わかるでしょうが,刑法には人間性というものに対する二つの根本的な考えが昔から争っています。これは客観主義の刑法と主観主義の刑法との二大対立であります。ご存知のように主観主義のほうが教育刑主義で,客観主義のほうが応報刑主義であります。.....ですから殺すことはいけないのだということは,一つの判断であり,一つの立場なんで,あなたは人間性というものを直視していないのです。それと同時に民主主義というものを直視していない。....
一億人の人間が全部同じ考えだということは人間としてあり得ない。それをしようとすれば,強制収容所の思想が必要になってくるのです。.....あなたはどこかの文芸評論を聞いてきて,美という字をくっつければ,三島がギャフンと参るだろうと思っているかもしれないが,そんなもんじゃない。
現実というものは行動と主張で成り立っているかもしれないが,その行動と主張にはそれぞれクオリティがなきゃならない。質がなきゃならない。最も現実的な行為と,最も高尚な行為との間に階段がなきゃならない。それが我々の生きている意味なんです。
学生:太宰治についてはどう思われますか?
三島:私は太宰とますます対照的な方向に向かっているようなわけですけど,おそらくどこか自分の根底に太宰と触れるところがあるからだろうと思う。だからこそ反発するし,だからこそ逆の方に行くのでしょうね。おそらくそうかもしれません。
学生:初期のころ三島先生は,夭折の美学ということをよく説いておられましたが。
三島:美しく死ぬということはつまり私の年齢ではもう遅いかもしれないけど,西郷隆盛は私は美しく死んだと思っています。あれは49歳なんです。.....それじゃあ醜く死ぬというのは何だろうと思うと,だんだんに世間的な名誉の....そして床の中で垂れ流しになって死ぬ事です。私はそれが嫌で嫌でおそろしくてたまらない。あなたは本当に死ぬ気はなかったのだろうというけれども,戦争が済んでからなかなかチャンスがないわけだ。
とにかく太宰さんみたいに女と一緒に川へ飛び込むのもいいだろうが,なかなかチャンスがない。私と一緒に死んでくれる女性ーーこの中にそんな女性の方でもおられればいいのですが(笑),そういう志望者がなかなか現れないのです(爆笑)ですから要するにチャンスを逸したということですな。
政治行為の象徴性について・核兵器と国家の正義

一体なにが正義なのかという問題になりますと,核兵器から遠いものほど正義になっているんですな。力が弱ければ正義量が増すんですから,男よりも女の方が正義なんだ,女は男より弱いですからね。子供は女より弱いですから,子供は女より正義量が高いんですね。そうすると世論を支配するものは,いつも正義量の高いものだから,女子供の理論で支配される。女子供の理論は,「これはいやだ」,「もっとほしい」,「ドレスがもっとほしい」,おもちゃ一つやったら「もっとほしい」。現状はみんな不満なんです。女であることはいやだ,こどもであることはいやだ,現状を全部変えたいとなる。
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