麻生太郎首相は二十八日の施政方針演説で、景気回復後に消費税率を引き上げる方針を表明したほか、小泉政権以降の構造改革路線を転換し景気優先をアピールする姿勢をみせた。
しかし、支持率低迷にあえぐ中、未曾有の危機に見舞われている日本丸のかじ取りに政治生命を賭けて挑もうとする覚悟のほどは伝わってこなかった。
昨年九月の所信表明演説では、次期衆院選を意識して民主党の小沢一郎代表への対決姿勢をむき出しにしたが、今回は一変した。世界の「新しい秩序づくりへの貢献」と、国内の「安心と活力ある社会」の実現を掲げて新たな「国づくり」に取り組む決意を強調し、課題を淡々と並べるスタイルとなった。
焦点の消費税引き上げについては、社会保障制度の改革に向け「景気回復と政府の改革を進めた上で、国民に必要な負担を求める」と明言、二〇一一年度までに必要な法制上の措置を講じるとした。ただ、具体的な引き上げ時期は「経済状況をよく見極めて判断する」とぼかし、自民党内の反消費増税派への配慮をのぞかせた。
喫緊の課題である雇用問題では、環境や健康分野を柱とする新たな成長戦略などにより、今後三年間で百六十万人の雇用創出を打ち出した。しかし、即効薬にはなり得ず、雇用確保への明確な道筋は見えてこない。
小泉改革に関しては「『官から民』へといったスローガンや、『大きな政府か小さな政府か』といった発想だけではあるべき姿は見えない」と指摘、脱却の姿勢を鮮明にした。
外交問題では、オバマ米大統領と日米同盟の強化に取り組むとともに、対テロ、温暖化対策など地球規模の課題でも緊密に連携する方針を表明した。
演説の中で新たなキーワードとして連発されたのが「変革」だ。「変革には痛みが伴うが、それを恐れてはいけない」と宣言し、“オバマ人気”に便乗したきらいもある。しかし、財政健全化への目標も言及されず、経済・社会システムの再構築への筋道も明らかにされていない。何をどう「変革」しようとしているのか不透明だ。
〇九年度予算案の早期成立に向けては「国会の意思と覚悟が問われている」と民主党に迫るとともに「国民が望んでいるのは対立ではなく、迅速に結論を出す政治だ」と国会審議への協力を要請した。二十九日からは代表質問が始まる。与野党の真摯(しんし)な論戦で政治への信頼を取り戻さねばなるまい。
浜田靖一防衛相が、ソマリア沖海賊被害対策として自衛隊に海上自衛隊艦船派遣のための準備指示を出した。現場海域での活動は三月下旬以降の見通しだが、派遣の是非についての議論は十分ではない。見切り派遣は避けなければならない。
海自艦は、現行の自衛隊法に基づく海上警備行動で派遣される。しかし、海上警備行動は原則として日本の領海内を想定し、海外派遣は初めてとなる。一気にソマリア沖にまで活動範囲を広げるのは問題があろう。
防衛省は、海上警備行動では武器使用が基本的に正当防衛、緊急避難に限られることから、正式な派遣命令までに具体的な武器使用基準の策定などを行うとしている。武器使用に関しては「海賊が民間船に接近、乗り込もうとしている際に攻撃可能か現場で認定するのは困難」「一般的に正当防衛の解釈は厳格」などの課題がある。あいまいにはできない。
護衛対象は日本籍船、日本人、日本の運航事業者が運航する日本関連船舶などで、日本に関係のない外国船は対象外としている。海賊の身柄を確保する場合も想定し、自衛官には逮捕権限がないことから司法警察権を持つ海上保安官が乗り込む。自衛艦に海上保安官が同乗するのは異例だ。
ソマリア沖海賊被害対策では、国連安全保障理事会が海賊制圧を各国に認める決議を採択し、中国海軍などが派遣する。政府は「日本が乗り遅れる」と焦りを募らせているのだろうが、日本の場合、海上航行の安全確保は本来、海上保安庁の職務だ。武器使用でも正当防衛や緊急避難で多くの事例を持つことから、海自艦でなく、海保の巡視船などの派遣を検討すべきだろう。あたふたと海自艦を展開させては将来に禍根を残す。
(2009年1月29日掲載)