焦点:ぐらつく豪年金制度、2008年1―10月期に約2000億ドル失う
[シドニー 27日 ロイター] オーストラリアは長い間、世界的な年金改革のモデルとされてきた。だが、金融市場でメルトダウンを経験した現在、オーストラリア国民だけでなく、世界に対しても事情の説明を求められている。
オーストラリアは過去20年以上にわたって、マーケットが老後の資金を提供すると国民に信用させ、ほかの国にも同じ道をたどるよう引きつけてきた。昨年以降、そんなオーストラリアの退職基金制度の資産残高のかなりの部分がはかなく消えるのをがくぜんと見ている。
経済協力開発機構(OECD)のデータによると、昨年の金融市場の急落は、実質ベースで1兆ドル(約90兆円)近いオーストラリアの年金基金残高の約4分の1を消し去った。年金基金の損失額でオーストラリアを上回るのは、経済規模で大幅に上回る米国と英国だけだ。2008年1─10月期にオーストラリアの年金基金は約2000億ドルを失った。英国は3000億ドル、米国は膨大な2兆2000億ドルの損失を出した。
その結果、オーストラリアの人々は思ってもみなかったことをしている。公的年金を求めて列になしているのだ。アジアから欧州まで世界中の国々に年金モデルの草分けとして存在してきたオーストラリア・モデルへの信頼も危機にさらされている。
ボトリング産業で重役をしていたボブ・パーティントンさん(60)は「私のスーパーアニュエーション・ファンド(年金基金)は壊滅的だ」と話した。パーティントンさんは、もっとゴルフを楽しみ、年金基金からの資金で生活する予定で2006年、半引退生活に入った。「私のファンドは40―50%下がった。引退するつもりだったが、今は引退できなくなった」とシドニーの自宅で語った。パーティントンさんは5人の家族を養い、生計を立てるために自宅でビジネス・コンサルタントの仕事を始めた。
<規制強化を求める声>
オーストラリアの老齢年金は65歳以上が受給対象で、保有資産や収入によって受給額が制限されるが、1カ月当たり最高で約1100オーストラリアドル(約6万6000円)となる。OECDのデータによると、老齢年金の上限は退職時の平均給与の約5分の1でしかないが、政策の観点からは成功の印とされる。
多額の個人預金がなければ、老齢年金の受給額はもっと多くなければならないだろう。だが、この個人預金が縮小するにつれて、老齢年金額を引き上げるかどうかという問題は、民間の年金基金に対する規制強化とともに差し迫った政治問題となりつつある。
シドニー・モーニング・ヘラルド紙によると、老齢年金に頼る人の割合は10―12月期に約50%急上昇した。オーストラリアと世界のマーケットが暴落したのを受けて、1週当たりの人数は10月の約2000人から12月には約3000人に増加した。
年金制度改革を政府に働き掛けている協会、The Association of Independent Retireesのプレジデント、テレサ・コト氏は「自己資金でまかなっている退職者が老齢年金を受け取る境界の下に落ち始めている」と指摘する。同協会は政府に対して、年金基金がどんな投資商品に投資するかを規制する制度改善を確実にするよう求めた。政府は昨年5月、すでに制度の見直しに着手している。
「われわれの信頼の危機は、基金そのものに対してはそれほどでもないが、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)に対して抱いているものだ。ASICはマーケットや商品の監視に慎重に対応してこなかった」とコト氏は付け加えた。
<失われる信頼>
オーストラリアの年金制度は3つの柱の上に立っている。雇用主が給与の9%を加入者個人の年金口座に拠出する義務的な拠出金、労働者個人による任意拠出金、そして最後に国よる年金がある。
欧州やアジア、南米の多くの国々がオーストラリアの経験から学ぼうと、調査団を地球の反対側まで派遣した。各国は資産残高を増やし、高齢化が国家財政に強いる負担を軽減する道を見つけようとやってきた。
英国もその中に含まれていた。英国は昨年、オーストラリアの制度の特徴を一部取り入れた新たな年金の枠組みを2012年から導入することを決めた。
オーストラリアがそうしたように、英国も、雇用主が最終給与に応じた決まった額を支払うことを保証する、確定給付型年金から労働者を引き離した。そこから、労働者が国による基礎年金とマーケットに翻弄される年金基金を引退後に残される制度に移行しようとしている。
英国を拠点とする独立年金コンサルタントのジョン・ラルフ氏は、昨年9月に実施されたオーストラリアの産業調査では、年金基金の利益に80%が満足しているとされ、前年同時期の87%から低下したとはいえ、依然高い満足度が示されたにもかかわらず、オーストラリア式モデルに対する信頼は薄いと指摘する。
ラルフ氏は「2012年が近づくにつれて、たとえ不況を乗り越えていたとしても、人々はこう言うだろう。『住宅ローンを払わなければならないから、3%拠出するのはやめておく。たとえ3%を積み立てたとしても、株に資金を投じたらどうなるか。消えてしまうよ』と。そうやって人々は手を引くようになってしまう」と語った。
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