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社説

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失職者急増―対策を早く総動員せよ

 仕事を失う人たちは、いったいどこまで増えていくのか。3月までの約半年間で、製造業で働く派遣・請負の人だけで40万人が職を失う――。こんな見通しを業界団体がまとめた。

 ラフな推計だが、これまでいわれてきた「春までに失職する非正社員は少なくとも8万5千人」を、現実がはるかに超えていることは間違いない。

 この不況が以前とまるで違うのは、それだけの雇用の削減が、津波のように一気に押し寄せている点だ。正社員を減らす企業も出てきた。もし失業率が1%幅上がれば、60万〜70万人が職を失うことになる。

 政府や自治体は、考えられる限りの対策を早く打っていかなければならない。成立した第2次補正予算や、これから審議される09年度予算案には、雇用対策が盛り込まれてはいるが、まだまだ十分とは言いがたい。

 たとえば、年長フリーターらを正社員として雇った企業へ最大100万円の奨励金を出す制度は、効果に疑問がある。この雇用情勢下に、わずかな助成で新たに正社員を雇おうとする企業がどれだけあるだろうか。

 効果が期待できそうなものもある。会社の寮を追い出された人に、新居への入居費用などを貸し付ける。失業手当を受けられない人が職業訓練を受けるときには、月10万円を給付してその期間の生活を保障するなどの制度だ。

 この先、安定した仕事につくには、失業中に働く能力を高めておくことが欠かせないが、失業手当がなく生活できない人は訓練も受けられない。職業訓練中の生活を支えるこの制度を多くの人が広く利用できるよう、思い切って予算を投入したらいい。

 また、職業訓練を受けずにすぐ職探しをしようとしても時間がかかる。その間の生活費がない人にとっては生活保護が頼りになるが、審査が厳しく支給のハードルが高い。そうした人にも生活費を給付する何らかの対策を暫定的にとってはどうか。

 介護や農林漁業など、人手不足の分野へ転職を勧める動きが官民両方に出てきたことを歓迎したい。職業紹介や生活相談には人手がかかるので、行政だけでは不十分だろう。それを手がけてきたNPOへ補助金を出すなど、民間の力を最大限に活用すべきだ。

 必要なのは、効果があがる分野へ集中的に予算を配分することである。仮に失業者40万人へ月10万円の生活費を出したとして、1年間で4800億円。定額給付金の2兆円があれば、十分におつりがくる。

 麻生首相は施政方針演説で、今回の世界同時不況に対しては異例な対応が必要と語った。ならば大胆に妥協して野党の協力を取りつけ、雇用対策の実現を最優先してほしい。それを多くの国民は願っているはずだ。

麻生演説―信なき人の言葉の弱さ

 4カ月前の挑戦的な姿勢はすっかり影をひそめ、ひたすら経済重視。きのうの麻生首相の施政方針演説だ。

 昨年9月末、就任直後の所信表明で、首相は民主党に五つもの質問をぶつける異例の演説をした。

 ねじれ国会での合意形成ルールをつくるつもりはあるか。対案を出すなら財源を示せ……。早期の衆院解散・総選挙を考えていたのだろう。露骨に対決ムードをあおったものだ。

 今回は様変わりである。代わりに首相が強調したのは、いまの不景気、雇用危機などへの対応だ。「異常な経済には、異例な対応が必要だ」と、09年度予算案の中身を並べた。

 こんな時に選挙どころではない。そこに国民の共感を得たいのだろう。

 しかし、衆院議員の任期は9月で満了するから、それまでに必ず総選挙がある。長くてあと7カ月余りの政権運営なのに、その後に控える選挙には全く触れなかった。4年ぶりの政権選択の機会に向けて首相がなにを訴えるか注目していた国民は、肩すかしにあった思いではなかろうか。

 国民が今、政治に求めるのは「金融危機の津波から国民生活を守ること」だと首相は言う。「迅速に結論を出す政治だ」とも語った。

 その言やよし。では、衆参で多数派が異なる国会のねじれをどう克服して結論を出すつもりなのか。その手だてについて「野党にも良い案があるなら大いに議論をしたい」と簡単に済ませたのはなんとも物足りない。

 もっと本腰を入れて野党に話し合いを呼びかけ、大胆な妥協の構えを示すべきだったのではないか。

 内閣支持率が低迷する中で、解散はしたくない。さりとて9月までにはある政治決戦をにらめば、妥協もしたくない。演説には、そんな首相の苦境が色濃くあらわれていた。

 「『官から民へ』といったスローガンや、『大きな政府か、小さな政府か』といった発想だけでは、あるべき姿は見えない」と首相は言った。

 問われるのは政府の大小ではなく、機能するかどうかだ、というオバマ米大統領の演説を思い起こさせる。市場や競争を重視し、政府の関与は小さくあるべきだという小泉元首相の構造改革路線と明確に一線を引く思いを述べたのだろう。

 景気対策としての公共事業への封印を解き、財政再建の青写真も描き直す。そうした大転換をするには、本来なら有権者の信任に支えられた強力な政権が必要だ。

 首相の言葉がいま一つ胸に迫ってこないのは、信任の問題、つまり総選挙から逃げているからだ。まして小泉時代に得られた与党の議席数を使って押し通すというのでは、著しく説得力を欠く。

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