【暮らし】どう備える?新型インフルエンザ2009年1月29日 新型インフルエンザの発生・感染拡大に備えて、対応マニュアルを作る動きが広がっている。交通手段が発達した現代社会で、どんな規模の感染が起こるのか、従来の薬はどの程度効くのか−。想定しにくい部分は多いが、今できることを形にしていくのが大切だ。地域、企業、家庭のさまざまな取り組みを紹介していく。まずは保健行政の先駆的な試みを。 (安藤明夫) ◆東京都荒川区「モデルがないので、議論がたくさん出て大変でした」と話すのは、東京都荒川区保健所の保健予防課長・鷹箸右子(たかのはしみぎこ)さん。 同区が昨年七月に作成した「新型インフルエンザ業務対応マニュアル」のまとめ役を務めた。いま多くの企業が取り組む「事業継続計画」の区役所版だ。 一昨年に区が作成した行動計画を受けて、全部署の仕事の進め方を具体化。危機対応の緊急業務のほか、普段の仕事をどこまで継続し、どの部分を休止するかを各部署ごとに決めてもらった。 区内での感染が分かり、区長が「健康危機対策本部」を招集して「区内発生宣言」したと想定。以後、おおむね二週間の対応を決めたが、作成するまでに「死亡届や転入届の受理業務はしなくていいのか」「学校を休みにする法的根拠は」など、判断に迷う例が続出した。 「感染リスクがある間は、原則として区役所の機能を停止。ごみ収集など例外的に行うものはその方法を検討する」という基本線を立てたが、その後、国の各種ガイドラインの中でも同様の方針が出され、方向性の正しさを確かめられたという。 ◆福岡県行橋市新型インフルエンザに備えた医療機関の事業継続計画は、一部の災害拠点病院などを除けば、取り組みが遅れている。 福岡県行橋市の県京筑保健所長・岩本治也さんは、管内の病院を対象にした「事業継続計画作成の手引」を昨年十月に作成。全国保健所長会のホームページで公開している。 「例えば、医師に熱意があっても、事務の人が感染を怖がって出勤しなかったら、医療は機能しません。患者さんや従業員の安全・安心を守りつつ、使命を果たすという目的から、具体的なデータを入れた手引にしました」と岩本さん。 国の推計を基に患者数の推移を試算。人口二十万人の管内で、国内感染の初期から、感染拡大、終了までの二十三週間に、患者数が計一万二千五百人に達し、うち八百二十二人が入院すると仮定。従業員や家族の感染などで、ピーク時には40%の欠勤者が出ることも見込み、段階に応じた対策を促した。 これを受けて、管内の三病院が事業継続計画作りに取りかかり、岩本さんも議論に参加して、感染対策、診療体制などの大枠を決めた。次は、診療所向けの手引を作るという。 ◆佐賀県鳥栖市昨年十一月、佐賀県鳥栖市で、大流行時の「ドライブスルー方式の発熱外来」の訓練が行われた。 大流行時には、かかりつけ医を持たない感染者や、感染の不安を抱く人が大量に出ることを想定。ドライブスルー方式だと、他の患者と接触のない環境でスムーズに診察でき、重症者だけ救急搬送することも容易だ。地元医師会の提案をもとに、鳥栖保健所が関係機関と協議し、六十五人が参加して訓練を実施した。 この方式で一日に三千人を診療する場合、医師、看護師、薬剤師、事務職員ら二百四十人が三交代で臨めば対応できると試算。訓練の結果、車に乗ったままの患者を診察するのは可能と分かったが、車の移動や投薬・服薬指導に想定以上の時間がかかった。 鳥栖保健所長の中里栄介さんは「かかりつけ医を持つ人には、電話やファクスによる遠隔診療方式を利用してもらい、殺到を緩和することも大切。実現可能な形を模索していきたい」と話す。 ◆国内発生に どう対応新型インフルエンザ関係の用語は、一般のなじみの薄いものも多い。国の対策の流れに沿って、基本事項を解説しよう。 新型インフルエンザとは、毎年流行するインフルエンザウイルスの亜種に当たる。ほとんどの人が免疫を持っていないため世界的な大流行(パンデミック)を起こし、社会機能や経済活動も混乱する恐れがある。 過去に、世界中で四千万人が死亡したスペイン風邪(一九一八年)や、アジア風邪(一九五七年)などの例がある。東南アジアを中心に近年流行している鳥インフルエンザもこの亜型で「H5N1型」と呼ばれている。 H5N1型は、現在、鳥から人へと感染して死亡者も出ており、この段階はWHO(世界保健機関)の定める「フェーズ3」に当たる。今後、H5N1型か別の亜種が変異して「人から人へ」への感染が確認されるとフェーズ4、より大きな集団発生があるとフェーズ5、社会の中で急速に拡大するとパンデミック期(フェーズ6)だ。 日本は、WHOの分類をもとに、二〇〇五年に「対策行動計画」を作成したが、近く大幅に改定する。これまではウイルスの国内侵入を食い止める水際作戦を中心にしていたが、国内で発生した場合の対応を段階ごとに定めたのが大きな特徴(図参照)だ。 公表されている改定案によれば、未発生期(現在)は体制の整備と発生の早期確認を目指す。行政機関や企業などが事業継続計画を策定。プレパンデミックワクチン(H5N1型を用いて製造したワクチン)や抗ウイルス薬の備蓄を進める。 抗ウイルス薬の有効性について名古屋市健康福祉局参事の伊藤実医師は「H5N1型に対しては、タミフルが最も有効とされている。新型インフルエンザにもタミフルが効くなら、肺炎や多臓器不全による死亡をかなり食い止められるだろう。ただ、新型になって性質が変わる可能性もある」と話す。 第一段階(海外発生期)になると、国内侵入の阻止、国内発生の備えを急ぐ。発生国への渡航規制、入国者の健康チェックなども。各地に発熱相談センターを設置する。パンデミックワクチン(新型インフルエンザが発生した段階で製造されるワクチン)の開発・製造も始まる。 第二段階(国内発生早期)では、患者を指定医療機関などに入院させる一方、患者への接触者らにタミフルなどの抗インフルエンザ薬を投与するなどして、封じ込めを目指す。感染の疑いがある人と、それ以外の人を振り分ける「発熱外来」が設けられる。企業は、不要不急の業務の縮小や、職場での感染防止に取り掛かる。 第三段階(感染拡大期・まん延期、回復期)では、健康被害や社会への影響を最小限に抑えることを目的にする。まん延期になると、軽症の発症者は自宅療養を原則として、医療機関での感染拡大を防ぐ。都道府県や国が備蓄している抗インフルエンザ薬をスムーズに供給できるようにする。在宅患者への支援にも力を入れる。 第四段階(小康期)では、次の流行の波に備える。 推計では、新型インフルエンザの病原性が中程度の場合、最大限で入院患者五十三万人、死者十七万人が見込まれる。病原性が重度の場合は、入院患者二百万人、死者六十四万人が見込まれる。人口の25%がかかり、流行は八週間続くと仮定している。 国民の意識も、被害を左右する。厚生労働省が提唱する「咳(せき)エチケット」は▽咳、くしゃみの際はティッシュなどで口や鼻を覆い、他人から顔をそらす▽使ったティッシュはすぐに捨てる▽症状のある人にはマスクの着用を勧める−など。帰宅後の手洗い、うがい、流行期の人込みを避けることも、感染予防の王道だ。
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